惨劇の果て、そして一縷の手がかり
「…い、おい!」
遠くから声がする。その声が徐々に鮮明に聞こえてきたのに合わせて、意識が戻ってくる。視界がぼやけている中、龍栄は身体を起こした。
「おう、気がついたか」
「…う、き、君は…?って、その傷、大丈夫なのか!?」
「おっと。まずは他人の心配か?なーに、ちょいと血が流れてるがかすり傷と変わんねえよ」
龍栄の目に入ったのは、頭から血を滴らせている長髪の青年、漣聖だった。
「好き放題暴れている連中の何人かにお仕置きしてやってたんだがな。ピカッと光ったと思ったらとんでもねえ衝撃波付きだ。思わずふっ飛ばされて頭ン傷が開いちまってな」
「腕や足にもひどい傷がある。君は随分戦ったんだな
」
「お前だって似たようなもんだろ?二人の女に覆い被さって衝撃波から守ったんだからよ」
「女…」
漣聖に言われて龍栄はハッとして辺りを見渡す。そこには妹の亡骸を抱きながら呆然としている凛奈がいた。龍栄は近づいて、まずしたことは謝罪だった。
「…ごめん。その子を助けられなくて…」
「…なんで、あなたが謝るの…」
しばしの沈黙ののち、凛奈は突き放すように冷たく返す。
「俺が…もう少し早く飛び込めていれば、助けられたかもしれないか」
「気休めなんて言わないでくれる?何も知らないくせに!」
かぶせるように言い放ちながら凛奈。そこには明らかに怒りが宿り、亡骸を抱く手にも力が入っている。そのまま凛奈は吐き捨てるように叫んだ。
「どうせだだったら私も殺されたかったわ!そしたらすぐに環奈に会えたのに…」
「環奈…その子のことか」
「どういうつもりか知らないけど、なんで助けたの。いい格好したいだけなら、こっちはいい迷惑だわ!」
「おいおい。そんな言い方はねえだろ」
漣聖が咎めたのを無視して、凛奈はそのまま振り返ると、龍栄の顔を見るや嘲るように口元を緩める。
「…その糸目、あなたが『うわさの天才君』だったってわけね…。何よ、謝るってことは環奈を助けられたんじゃない?あなたの力の出し惜しみで、妹は見殺しにされたってわけ?アハハハ…こんな理不尽ってあるの?何が天才君よ!人一人助けられない…いや、助けなかったじゃない!アハハハハ、ウソも大概にしてよ!!」
口は狂ったように笑いながら、怒りの眼差しで涙と暴言をとめどなく流す凛奈。龍栄、漣聖の二人は何も言えずに立ち尽くす。しかし、ふと龍栄が近づいて膝を落として手を伸ばす。
「ちょ、あな…」
龍栄の手は凛奈が抱く環奈の亡骸に伸びた。凛奈はさらに怒鳴ろうとしたが、龍栄は見開かれたままの環奈の目を閉じさせた。その死に顔は一転して安らかなものとなり、凛奈の怒りも鎮めた。
「君がそれほどまでにして守りたいと思っていた妹さんだろう。自分の死で姉が変わったとなれば、その魂は浮かばれないんじゃないか…」
そう言って龍栄が立ち上がると同時に、担架を抱えた男性たちが駆け寄ってきた。
「我々は日本国防軍救護部隊だ。これより君たちを保護する」
「あ、ありがとうございます。俺より、彼やこの二人の方を…」
環奈の遺体は凛奈の手を離れ、救護部隊の持ってきた担架に寝かされ、身体全体を覆うように白い布をかぶせて運ばれていった。それを凛奈は目をはらしながら見送る。漣聖もまた負傷具合から救護隊員に連れられて病院へと向かった。龍栄と凛奈だけが場に残されて間もなく、不意につぶやいた。
「…さっきはごめんなさい。助けてくれたのに…言いすぎた」
振り向かずに謝罪を口にした凛奈。龍栄はその肩に手を添えて言った。
「大事な家族が目の前で亡くなって、錯乱しない方が普通だ。…俺の方こそ、知りもしないのに自分よがりな悔いを言って悪かった」
「…でも、誰だってわからないわ。正直、殺されたかったというのも本音よ。目の前で妹が殺されただけじゃなくて、殺したのが…自分の兄っていう私の気持ちは」
「え!?あれは、君の兄だったのか!?」
凛奈の告白に驚く龍栄。凛奈はそんな彼に向き直った。目には枯れたはずの涙が再び溜まっていたが、先ほどのそれとは違い、表情には生気があった。
「もう…わけわかんないよ。国を護りたいと思って妹と一緒に入った学校の入学式で、いきなり妹が殺されて、その犯人が兄って…、これで狂わないと思う?!」
そのまま龍栄の胸に抱き着いた凛奈。
「もう、一体なんなの?父がいなくなったと思ったら兄もいなくなって、そして今日で妹も…わたしが一体何をしたっていうの…、う、うう、うあああああああああああああ」
そう言って泣きじゃくる凛奈を、龍栄は何も言わずに抱きしめた。
施設で育った龍栄は、幸か不幸か家族との別れ、その辛さを知らない。だが、これだけはわかる。今日彼女には、その華奢な身にも若い心にも受け止めきれない衝撃が襲い掛かったことを。そんな状態の人間に軽々しくかけられる言葉はないということを。
その日の夜、会場に近い国立駿河国防医療大学病院は騒然としていた。
新入生300人のうち、無傷あるいは軽傷で済んだものは20にも届かず、死亡者は200人以上。一命をとりとめた重症患者も、その多くは負傷による身体の欠損や精神崩壊により入学困難者となった。他、式典の来賓として参加した軍関係者や一般見学者らにも被害は及び、のちに「富士4.2事件」として記録されるこの出来事での死者の総数は734人に上った。
その大学病院には多くのマスコミも駆け付け、事件を報道。1階ロビーは阿鼻叫喚であり、特に死亡した新入生の母親と思われる金切り声がそこら中から響いていた。その喧騒の中、軍服姿の大男が合間を縫ってエレベーターに乗る。体躯だけでなくスキンヘッドの風貌も威圧感たっぷりだが、混乱が支配する空間では誰の気にも止まらなかったようで、大男…権田は何事もなく軽症者が収容されているフロアについた。
「権田中尉!ご苦労様であります!」
目的の部屋につくと、前に立っていた国防隊員が敬礼してきた。権田はそれに返礼して尋ねた。
「例の“彼”はここにいるのか」
「はっ。中将より指示を受けてから案内しております」
「…少し、彼と話がしたい。漏れ聞こえたことはすべて忘れてもらいたい」
隊員は無言で頷いた。
「失礼する」
権田はノックし、そう声をかけて扉を開けた。中にいた龍栄は立ち上がるや権田に向かって、緊張した面持ちで不格好な敬礼した。生真面目な龍栄に、権田は穏やかな笑みを浮かべる。
「君はまだ入隊したわけじゃない。わざわざ敬礼しなくてもいい、楽にしてくれ」
「あ、ありがとうございます」
照れながら椅子に座るその姿は実に初々しい。権田は龍栄に対し好感を覚えた。
「八神龍栄君。私は国防機動軍中尉、権田雄三だ。今回の惨状のなか、君のように無事な新入生もいたことは不幸中の幸いだった…」
「お気遣いいただきありがとうございます。僕が無事だったのは…ただただ『運がよかった』。それに尽きます。ケガをした人や命を落とした人がいると思うと、決して喜べません」
「…そうだな。報告を受けてから国防軍全体も衝撃を受けている。…酷いことになってしまった」
権田の見せた沈痛の表情に対して、龍栄は不意に問うた。
「…中尉。失礼ながら、その言葉は何から来ていますか?」
「何から…とは」
「…今回の襲撃で死んでしまった人の多くは…いわば『将来の戦力』でした。それに、中尉という役職は世間では低く思われがちでしょうが、実際はそんな軽んじられる存在じゃない。一端の新兵候補に尉官がわざわざ出向くのは、僕は不自然に感じています」
そして龍栄は権田を見据えて尋ねる。
「あなたのその落胆は…『将来の戦力ダウンへの懸念』ですか?…それとも、喪われた命への悼みですか」
室内に沈黙が流れる。その間、龍栄は権田から目を離さず、権田もまた龍栄から目を離さない。そして一度目を閉じてから権田は返した。
「…無論、『命への悼み』だ。…確かに君に会いにきたのは、上官からの命令ではある。だが、仮に生き残った君が強化人間でなかったとしても、私は君たち生存者に会い、無事を喜ぶし、喪われたのなら悼む。人の命に差をつけるような人間が、祖国を守れるはずもない」
真っすぐ返してきた権田に、龍栄は笑みを浮かべ、詫びた。
「…軍人を試すような真似をしてすいませんでした。僕の出自が特殊なもので、聞かずには入れなかったのです」
「まだ若いのに、立派な芯を持っている。…なるほど、佐伯博士は”人間教育”にも優れておられるな」
そして一つ咳ばらいをしてから、権田は姿勢を正して話し始めた。
「それでは、ここから『国防隊員としての任務』を開始する。生存者である君から、可能な限りの情報を聞きたい。何があったのか…あの惨状の中で君が見たもの、体験したこと、可能な限り話してほしい」
「わかりました。僕からも、まず伝えたいことがあります」
そう言って龍栄は一枚の紙を開く。そこには男の似顔絵が書かれていた。
「これは?」
「僕が見た、襲撃犯の一人です。記憶をひねり出して描きました」
「君は絵も上手いのか」
「博士曰く、『最高傑作』ですから。見たものを描くが特に得意です。…国防隊員のデータベース、特に『消息不明者』のリストにこの男がいないかを探してもらえませんか」
描かれていた男は、凛奈を助けるときに、龍栄に殴られたことで顔が暴かれた凛奈の兄だった。
龍栄が示した手がかりが、のちに国防の方針までも動かすことになる…。




