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秘密裏の切り札

 時系列を式典開始時に戻し、場所を移す。

 東京都内の国防省。その廊下を一人の軍人が歩く。スキンヘッドに太い眉、制服の上からでも分かる筋骨隆々の体格。逆光を浴びたときに照らし出されるそのシルエットは、まさに阿修羅像のそれだ。だが、彼はまだ31歳と若手の部類で、階級も少尉とむしろ低い。そのズレを上官や同僚からよくいじられていることを苦笑いする日々である。

 そんな彼は目的の部屋につき、扉をノックする。


「国防機動軍中尉、権田雄三ごんだ・ゆうぞう。只今参りました」


 中から「入りたまえ」と声がし、権田はその扉を開け入室。扉を閉めた後、中にいる人物に向き直って敬礼する。


「お呼びでしょうか、磯部中将」

「すまんな。本来は君も今日の式典に出るべき人間なのだが、私も忙しくてな」


 権田を呼び出したのは磯部清隆いそべ・きよたか中将。国防機動軍の最高責任者であり、機動兵士のプロトタイプである新月型、満月型の製造・配備に大きく関わっている。ちなみに、幻の巨人機・神威を操縦した、旧日本軍の磯部少尉は彼の曽祖父にあたる。

 促されてソファーに座った権田の向かいに、資料のような書類を手にした磯部も座った。


「機動兵士の操縦指導士官としての君の力量、非常に素晴らしいとたびたび報告がある。事実、君の教え子たちは、各方面へ巣立った後にはすぐさまエースパイロットになっている。長として、君には改めて感謝するよ」

「身に余るお言葉、嬉しく思います。ですが、彼らのもともとの技量があっての成果。私は、ほんの少しの微調整を施したにすぎません」

「その微調整が、誰でもできるものではない。教えるということは学ぶことよりも尚も難しいものだ」

「以後もご期待に応えるべく精進いたします。…それで、私をお呼びになった理由とは何でしょうか」


 しばしの雑談で笑みを浮かべつつ、表情を引き締めた権田は磯部に尋ねた。応じて、磯部は二枚の書類を権田の前に並べる。


「今年度入学する士官候補生356名。うち、機動兵士搭乗員を育てるのが機動兵士科なわけだが、そこへ入るのがそのうち49名。その中で、この二人を特に心血を注いで育成してもらいたい」


 渡された書類は新入生の履歴書であった。


「八神龍栄と、菅澤環奈…。この二人には何か事情がおありで」

「うむ。その前に権田君。君は『強化人間』について、何か知識はあるかね?」


 磯部の問いに、権田はしばしの思案ののちに返す。


「率直に言いまして…、その文言を聞いたことは何度か。ただ、知識は一般人が食いつくような噂程度であります」

「そうか。…ならば、一から説明しておく必要があるな。『慶光新生計画』について」


 そう言って、磯部は部屋の一角に備えられたモニターを操作。映し出された資料を交えながら権田に説明を始めた。発案の起源から研究内容、実践の経過、国防軍に与えている影響…一通りのレクチャーを受けて権田はふと腑に落ちたような表情を浮かべた。


「なるほど…指導士官として、まれに天賦の才と片付ける以外に説明のつかない生徒がいましたが、それも納得です。前任者らからも、そのような生徒が何人もいたと」

「無人機全盛の時代にあって、あえて有人機の製造・配備を強化していくのだ。徴兵制ではない我が国の国防において、『簡単に死なない兵士』の育成も必須というわけだ」

「つまりこの計画は、機軍(国防機動軍)の強化策の一環、というわけでしょうか」

「というよりは、この計画のために機軍が創設された、という方が正しいかもしれん。そして、君に今話した二人は、その『アップデート』とも言える」

「と、言いますと」

「強化人間のこれまでの研究データ、さらにはプロトタイプの機動兵士のテストデータ、それらを元に強化人間の能力を最大限に発揮できる機体が、ついに完成したのだ。この二人のためのな」

「なんと…」


 磯部から語られた内容に、権田は目を見開いて驚く。そして、自分に託された職責の重さを感じ取る。


「そのような…国家機密を私のような若輩者に託していただくとは。いささか、荷が重いように思います」

「謙遜しなくていい。基礎を叩きこまねばならないのは、強化人間も一般人も同じ。他の生徒と同様に、君は機動兵士の動かし方を教えるだけでよい」


 磯部はそう微笑んだが、権田の顔は晴れない。それは託された指示の重さをかみしめている…だけではない。


「ですが、おっしゃったことのみならば、わざわざ呼び出されることはないでしょう。相応の秘匿情報があると察しておりますが…」

「…やはり、君は優秀だな。それだけに伝えがいがある」


 磯部はニヤリとして、再びモニターを操作。そこに映し出されたのは『先天性と後天性の違い』であった。


「強化人間には二種類存在する。受精卵の段階で遺伝子を操作するのが『先天性』、ある程度身体が成熟した状態で遺伝子操作を施すのが『後天性』だ。君に託す二人をはじめ、これまでに軍属した強化人間はすべて『先天性』により誕生したものだ」

「『後天性』はいないのですか?」

「同時進行で研究および実践をしているのだが…今のところはな。主な手段は薬物投与なのだが、もとある遺伝子を強引に入れ替えるわけだ。当然、元の身体は抵抗する。その拒絶反応は生命をも脅かす。そっして…」

「時に、死に至ると」

「生き残ったとしても、五体はおろか植物状態に陥ることすら珍しくはない。一般社会で身体障碍者として、社会保障を頼りながら暮らすのが関の山だ。これもあって、後天性の研究中止、廃止を提言する関係者も少なくなくなっておる」

「先天性は、人体として形成される前だから成功しているのでしょうな…」

「おそらくな。そして、八神龍栄はその『最高傑作』と言われておる。そして最新鋭機は彼の潜在能力を最大限に発揮できるものとなっている。だが…問題はその菅澤環奈だ」


 ここで磯部の表情はわずかに曇る。そしてその理由を続ける。


「生命の倫理を侵しておいて言うことではないが、彼女に関しては『非合法』の存在だ」

「非合法…?まさか、この技術が外部に漏れている可能性が」

「いや、それは違う。非合法というのは、正規の手順で生み出されたものではない、ということだ。彼女はある男の手によって無理やり生み出された存在だ」


 モニターには、白衣を羽織った男性が映し出された。目つきには生気がなく、眼光はどこか狂気じみている。


菅澤隆道すがさわ・たかみち。我が国における遺伝子研究の権威の一人であり、慶光新生計画のオリジナルメンバーでもあった。彼の知識は計画の進行、発展に大きく寄与していたが、その思考が危険でな…」

「と、言いますと」

「奴は強化人間を『生物兵器としか見ていなかった』。そして、国の方針から徐々に逸脱していき、家族すら彼の研究の道具となってしまった…」

「家族…!」


 ため息交じりに眉間を抑える磯部の言葉に、権田は目を見開く。磯部は続ける。


「先天性強化人間は、無作為に採取した精子と卵子を人間の対外にて受精させ、試験官の中で遺伝子操作を行い、その受精卵を選抜された女性の子宮に移す。簡単に言えば、体外受精の過程に遺伝子操作を加えて、代理出産させるのだ。…だが奴は独自の手段を、機関には無断で自分の妻に対して行った。双子の受精卵の一方にだけ遺伝子操作をしてな」

「…その結果は?」

「捕隊に多大な影響を与え、双子は共に無事出産されたが、母体はそのまま事切れてしまった。当然、機関内で問題視され、懲罰委員会が招集されたのだが…そこで奴はこう言い放った。『無事に生まれたのなら妻の使命は終わった。何の問題もない』と」

「なんと…」

「私もその場にいたが、あの時の目の禍々しさと言ったら…今思い出しても身の毛がよだつ。結果、菅澤は計画メンバーから追放。表向きは昇進の上で一部署の責任者という役職を与えたが、実際は閑職への左遷だ。解任し、野に放てば何をしでかすかわからない。ゆえに『島流しの上、幽閉』というところだ」

「そんな人間が生み出した双子の片割れが、菅澤環奈であるということですか…。お言葉ですが、そのような逸脱した手段で生み出された存在を利用するというのはいかがなものかと…」

「ごもっともだ。だが、菅澤同様、彼女の能力は常人の比ではない。もし他国に亡命されでもすれば、下手をすれば我が国や環太平洋同盟にとって最悪の存在ともなりかねないのだ」

「…倫理を逸脱して生み出した存在。立ち位置次第で、救世主にも脅威にもなるのですね」


 権田のつぶやきに、磯部は苦渋の表情を浮かべる。


「いや、…すでに脅威となっている可能性もある」

「え?」

「まだ公表はされておらんが、…実は菅澤隆道が消息を絶っている」

「なんですと!?」


 権田は思わず立ち上がり声を上げる。すぐに我に返って着席するも、表情はこわばったままだ。


「厳戒体制で監視しておったのだが、三カ月前にふつり、とな。全力を挙げて捜索しているが、経緯からして国外に出奔した可能性が高い…。強化人間の生成は一朝一夕ではできんが、仮にユーラシアに渡ったとして『後天性』の実証を際限なくできたとしたら…」

「お話を聞いただけでも、やりかねませんな…」


 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。それは遠慮のない荒々しいもので不測の事態が起きたことがわかる。飛び込んできた下士官は顔面蒼白で叫んだ。


「も、申し上げます!し、式典が…富士演習場が大規模な襲撃を受けたと報告が…!!」


 二人は顔を見合わせる。そして互いに思った。懸念が現実になった、と。

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