瓦礫と悲鳴と銃声と
「う、うう…」
全身に走る痛みを感じ、意識を取り戻した龍栄。身を起こしてみると、先ほどまで国歌が流れていた大講堂には瓦礫が散乱していた。前も後ろも新入生の座席だったはずだが、天井のコンクリートや鉄筋が容赦なく圧し潰していた。…そこに座っていた新入生もろとも…。
「な、なんてことだ…ウッ!」
ふと左を見ると、瓦礫の中から新入生の手が”生えている”。血だまりの中に浮かんでいたそれは、圧死した人間のそれだと示している。思わず吐き気を覚え、少し吐しゃした。だが、自分の身体が自由に動くと感じるや、龍栄は我が身を起こし立ち上がる。
(生きている人を…助けなきゃ…)
本心からそう思い、動こうとした。だが、目の前に広がる光景は凄惨なものだった。
大量の瓦礫に、その上をノッシノッシと歩く二足歩行の人型ロボット。周囲を見渡しながら左右の銃口から容赦なく弾丸を打ち出し、その薬きょうが弾む。目の前の粉塵が徐々に晴れると、無数の血だまりと瓦礫、そして新入生の死体が横たわっていた。その多くは原形を留めていない。
(一体、何が起こっているんだ…)
その光景をすんなり理解できるほど、彼は冷静…いや、冷徹ではない。ただ分かったのは「信じられないことが起きている」ことだけだった。
「逃げろおおお」
「助けてええ」
「で、出口はどこだ出口は!」
「な、なんだよこれ!非常口が開かない!?」
崩落に巻き込まれずに済んだ一部の新入生や一般参加者はパニック状態だった。銃声が響く中、なんとか死地を脱せんと出口に殺到するが、どういうわけか正面玄関の一か所しか開いておらず、他の非常口は完全に施錠されてしまっている。当然ながら殺到する出入口はたちまち大混雑となる。それをロボットたちは容赦なく射撃。そのたびに、悲鳴と鮮血と肉片が舞った。
さらに彼らを襲ったのはロボットだけではない。正面玄関に殺到する人込みを見て近づくのをためらった新入生たちを襲う影があった。
黒づくめのマスクをつけた謎の人間が、ハンドガンやナイフで次々と生存者を襲っていった。
心臓、あるいは眉間を撃ち抜かれる者、首を搔っ切られる者、背後から刺される者、彼らは容赦なくその命を奪っていった。そんな危険人物たちに立ち向かう男がいた。
「うおおらああああっ」
鉄筋を握りしめ、振り回し、容赦なく殴打するのは漣聖だ。覚醒した漣聖は生存者を襲う連中を見るや、目の前にあった手頃な鉄筋を得物に反撃。割って入って多くの生存者を助け出した。
「クソが!天井が落ちるわ、銃を乱射されるわ、随分なサプライズだなおい!」
また一人殴打し、漣聖はぼやく。
「どこのどいつか知らねえが、好き勝手も大概にしやがれえ!」
そして漣聖は向かっていくのだった。
「…環奈、大丈夫?」
意識を取り戻した凛奈は、隣に倒れる妹に呼びかけた。建物の崩落の瞬間、凛奈は隣の席に座る環奈をかばうように抱き着いた。だが、覆いかぶさった時の衝撃で頭を打ち、脳震盪を起こしたのかいまだに妹は目覚めない。とにかくこの場を脱出せねばと思い、凛奈は自分の肩を自分に貸して立ち上がる。
「う、うーん…」
「環奈。よかった…歩ける?」
「お、お姉ちゃん…」
その時にうつむいたままであるが、意識を取り戻し声をかけてきた妹に安どする凛奈。だが、そこにハンドガンを手にした全身黒づくめの男と鉢合わせる。
「見つけたぞ」
マスクでこもった声であったが、確かにそういって銃口を向けた男。突然のことで凛奈は硬直してしまう。そして、男の指が引き金を引く瞬間…
「お姉ちゃん、危ない!!」
顔を上げた環奈がそう叫んで凛奈を突き飛ばす。同時に銃声が響く。放たれた弾丸は環奈の眉間を貫き血しぶきが舞う。即死し、脱力した環奈が膝から崩れ、仰向けに倒れた。
突き飛ばされた凛奈には、その様子がスローモーションのように映っていた。
「か…ん…な…?」
目の前で起きた妹の死。思考が理解できないまま、凛奈はゆらりと立ち上がって近づいていく。
「ねえ…環奈、環奈ってば…」
か細く声をかけるも、反応のない妹。傍にきてその顔を覗き込むと、眉間に赤い点が刻まれた環奈は瞳孔が開ききっていた。凛奈が抱き寄せて揺さぶる。
「ちょっと…うそでしょ?ねえ、環奈ってば…環奈!」
生気を失い、黒目が薄らいでいる環奈の瞳。いくら呼んでも動くことはなかった。そして死を理解した瞬間、凛奈は叫んだ。
「環奈ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
一方で環奈を撃った男もまた立ち尽くしている。どうやら凛奈を撃つはずだったがのが失敗したのに唖然としている…のではなかった。マスク越しに、彼は笑い出した。
「そっちが環奈…そうか、そうだったのか。これはツイてる。全く、双子は紛らわしいな」
そう言って彼はわめくだけの凛奈の後頭部に銃口を当てる。
「まあいい。紛らわしいついでに、お前も消しておくか」
その時だった。彼の頬に拳が叩きこまれたのは。
「でやあああっ!!」
砂塵が舞う状況下、それを破って現れたのは龍栄だった。思わず飛び掛かった彼は右の拳を男に食らわせる。目の前の二人に気を取られていた彼は、モロに一撃を喰らい吹き飛ぶ。同時に、彼が被っていたゴーグル付きのマスクが倒れた衝撃で外れた。
「大丈夫か!」
凛奈は一瞬、駆けつけてきた龍栄に視線が行くが、マスクが外れた男の顔にすぐにそれは移る。そして凛奈はさらなる衝撃を受けることになる。
「…うそ」
「チッ、ククク」
一瞬、男は顔を隠そうとしたが、にやけながら隠そうとした手を下ろした。
「いい顔だ・・・。どうだ、尊敬していた男に愛する妹を殺された気分は・・・クククク」
男は凛奈をそう嘲笑していく。その笑顔は、淀みのある瞳も相まって禍々しかった。言葉を失っていく凛奈に代わり、龍栄が尋ねる。
「おい。お前、この子と何関係があるのか」
「なんだ?何の用だ」
「答えろ」
「知ってどうする?」
「なぜ殺した?旧知の者を手にかけて、なぜ笑っていられるんだ」
真顔で問いただしてくる龍栄に、男は急に噴き出す。
「・・・何を言うかと思えば。そんなガキみたいなことを・・・」
「何がおかしい!」
「おかしいさ。そんな『お坊ちゃん』が士官候補生・・・フン。この国の終わりも近いな」
男のつぶやきに、龍栄はさらに眉をひそめる。そんな時だった。男の腕から音がした。
「チッ。時間か。まあいい。どうあれ、本来のターゲットは仕留めたんだ。それに、これだけ殺せば十分だ」
そうつぶやいて男は片手に収まるほどの黒い球体を手にし、叩きつける。龍栄はとっさに凛奈に覆いかぶさる。
強烈な光が辺りを覆い尽くした。