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そして門出は鮮血に染まった

 柔らかい陽光が降り注ぐ芝生の広場。そこを1人の少年が走り回っている。そこに白衣を着た初老の男性が現れる。彼を見た少年が駆け出す。


「博士えっ!」


 少年はまさに天真爛漫を体現したかのような笑顔を見せながら男性に抱きつく。男性はそんな少年の頭を撫でた。

「龍栄、今日も元気そうで何よりだ」


 彼の名は佐伯泰臣さえき・やすおみ。日本における遺伝子工学の権威であり、国家機密プロジェクトである遺伝子操作による強化人間生成を目指す「慶光新生計画」の総責任者である。そして、その計画により誕生した先天性強化人間たちの育ての親でもあった。


 この計画の主目的は、国の防衛力向上を目的とした強化人間の実戦配備であった。だが、佐伯は彼らを単なる兵器としてではなく、「自我を持つ人間」であることを良しとし、慈愛をもって育て一人の人としての「心」の形成に尽力した。


「龍栄。君は国の、国防の命運を握る切り札として生み出されたことは確かだ。だが、君もまた一人の人間なんだ。平和を愛し、人を愛しむ心は絶対に忘れないでくれ。心があること、それが機械にはない人間の絶対の強みなんだ」

「はい、博士!俺、頑張ります!博士や、大好きなみんなを守れるように!」


 そして少年が15歳になり、佐伯の下を巣立っていった。「史上最高」の強化人間として。


 だが、少年がそうであることを知る人間は市井にはいない。


 2095年4月2日

 静岡県にある日本国防軍富士山嶺演習場。国防軍の所有する演習場では最大規模を誇り、その大講堂は2000人以上を収容する。この日は国防軍の専門学校である「国防士官学校」の入学式の日であった。だが、新たな生徒を迎え入れる華やかな式典なのに反して、空はあいにくの雨模様。春の冷たい雨が降り注いでいた。


 自衛隊から国防軍に改称、組織改編後も志願性を維持する日本。国防軍に入隊するには二種類の条件があり、18歳未満のいわゆる未成年の入隊ルートはこの国防士官学校へ入学し、卒業後に配備されるという流れだ。

 士官学校の受験資格は中学卒業済みの17歳以下(高校中退でも年齢が適合していれば可能)。筆記と実技の試験がありそれに合格すれば入学できる。2年間のカリキュラムを修了したのち卒業試験の合格を経て1年間の準正規兵期間(一般企業で言うところの試用期間)を経て、適性ありと承認を受ければ晴れて正規の国防軍兵士となる。このルートのメリットは、卒業時の成績次第では一定の階級をもって入隊できることであり、弱冠18歳にして尉官クラスの階級を持つことも可能だったりする。

 もう一つのルート、成人してからの入隊は非正規兵登録という資格試験に合格して各施設に配備される。日本国籍保有者であれば年齢制限はなく、登録後配備となれば一定の給与を得られるが、成績の優劣に関わらず最下位階級の三等兵からの扱いで、配備先のほとんどは雑務中心。昇級にはその都度の試験の受験を必須とする。


 こうした事情から国防軍に入隊する上で前者のルートを選ぶケースは少なくなく、毎年数百人単位の少年少女が胸をときめかせてこの日を迎えるのである。

 真新しい式典用の正装を身に着け、緊張する者やはしゃぐ者、胸躍らせるもの者と様々だが、浮かべる表情は年相応のものである。そんな彼らを見て、表情を強張らせている女性士官がいる。


「半藤少尉、緊張はしていないか?」

「藤岡大尉。ええ、幾分か。自分はあがり症なので、こういう式典は正直…新入生たちの笑顔を見ていると、職責の重さも痛感致します…」

 そう言いながら半藤澪乃少尉は制帽のつばを擦る。彼女の先輩でもある藤岡は、正直な感想に苦笑する。

「まあ、緊張は仕方ないだろうし、君も今年度から指導士官になるんだったな。だが、かと言って今のうちから緊張しているようでは、新入生たちが不安がるぞ。泰然自若でいることも教官の務めだよ」

「…はい。努力いたします」

 先輩士官から言われてさらに緊張の色が出る半藤を見て、藤岡は苦笑するのだった。



 そんな新入生たちの間で、一人の生徒が噂になっていた。


”今年の新入生には『天才』がいるらしい”


 士官学校の試験は当然ながら難しい。一般的な高校受験と同じ筆記試験に体力測定、さらに機動兵士の操縦士になるために入る機兵科においては、シミュレーターを使用しての操縦試験がある。

 筆記、あるいは体力測定で満点が出ることはないわけではない。だが操縦試験は事前説明があるだけで、試験でシミュレーターに乗り込むこと自体が初めてな人が多い。これは技術というより、勘の良さやコツをつかむまでの早さ、言い換えれば「適正」を見定める目的で行われているため、それで満点を取るケースはほとんどない。

 それを三種の試験すべてで満点をとった新入生がいるという。噂にならないわけがない。そしてその噂の”天才”はすぐに見つかった。


「な、なあ…君って、噂の天才君だろ?」


 新入生の一人が、ある少年に後ろから声をかける。振り返った少年は特徴的な糸目をしているという情報もあり、まさにその通りだった。


「やっぱり!その糸目、間違いない!君だろ、三つの試験、全部満点だったっていうのは!」


 話しかけられた少年は照れくさそうにして返す。


「いやあ、たまたまだよ。どうしても入りたかったし、そのために一生懸命にやっただけだよ」

「んなことないって。学力や体力だけじゃなくて、操縦試験も満点って普通ないって。あれ滅茶苦茶難しいじゃん」

「試験官の言ってたことを思い出しながらやってみたらうまくいっただけだよ。さすがに俺も満点とは思わなかったよ」

「いや~すげえ同級生がいて尊敬しちゃうね。俺、三浦っていうんだ。名前は?」

「八神龍栄だ。よろしく、三浦君」


 すると三浦を皮切りに、他の新入生たちも次々と龍栄に声をかけ、龍栄も気さくに応じ、謙虚にふるまう。好感の持てる龍栄の周りには自然と人の輪ができた。


 その輪の前を通りがかった二人の少女がいた。


「ねえお姉ちゃん。あそこにいるのって、もしかして噂の”天才”君じゃない?」

「ああ…。そういえば噂になっていたわね。私は興味ないわね」

「そうなの?あたし声かけてこよっかな~」

「やめなさい、はしたない。ここは軍人になるための学校なの。初日からうつつを抜かしてる場合じゃないわ、環奈かんな

「逆に凛奈りんなお姉ちゃんはお堅いのよ~。まだ軍人じゃないんだから気楽に行こうよ~」


 二人の少女は、明らかに双子だとわかるぐらいに顔がそっくり…である以上に生き写しではないかと思うぐらいによく似ている。正装の胸につけられた名札には「菅澤」としか書いておらず、見た目の違いは髪の色の濃淡ぐらいだろう。濃いほうの姉は生真面目、薄いほうの妹は無邪気という性格と声色の違いははっきりしているが。



 式典の開会時間が迫るにつれて、新入生たちはそれぞれの席に座り始める。ある新入生も、自分の席に座ろうとした。だが、先に隣の席に座っている少年を見て驚く。襟元のボタンを開け、袖はたくし上げられており、制帽も後ろ前にかぶっている。何より、けだるそうに頭の後ろで腕を組み、ふんぞり返るように椅子にもたれかかって足を組んで前に投げ出している。そして彼は、その足が邪魔で自分の席に行けないようだった。


「あの…、足をどけてくれないか?通れなくて」

「んあ?ああ、りーな」


 雰囲気的に声をかけづらい出で立ちだったが、勇気を出して声をかけてみると、少年は素直に従った。安堵して席に着くと、ふと気になって彼は訪ねた。


「な、なあ。もうすぐ式典が始まるんだぞ。そんなに着崩してたら怒られないか?」

「いいんだよ。俺ぁこの式典出るのは二度目なんだ。顔もわかんねえお偉方のご高説また聞かなきゃならねえってんで滅入ってんだよ」

「二度目?なにか事情でも」

「留年生だ。文句あっか?」

「い、いやあ…た、大変だね」

「お前はまっさらな新人か。だったら『相馬漣聖』って男に感謝しとけ。上級生にはびこってた新入生いじめを、主犯格を全員病院送りにして撲滅してやったんだ。…ま、それが俺なんだけど」

「そ、そうなんですか…」

「全員半年前後の重症にしたのはさすがにやりすぎたって反省はしてるぜ?まあ、本来なら退学のところ、嘆願もあって情状酌量で1年間の謹慎ってわけだ。だから一から新入生をやり直しというわけだ」

「…」


 興味本位で声をかけた新入生に、漣聖はさらりと自分語りをし、またけだるそうにため息をつく。新入生はもともと人を見下す性分があったのだが、図らずも改心することになった。うっかり同じことをやって病院送りにされたらたまったものではない。



 ほどなくして、士官学校の入学式典は始まった。大講堂には新入生300人、防衛大臣、国防軍トップの幕僚長、士官学校関係者ら50人、そして保護者をはじめとした一般見学者が1000人以上が参加していた。

 式典の開会に際し、大講堂内に国歌が響く。国旗を前にし、緊張で顔色が強張る者、荘厳な演奏に胸打たれる者とさまざまである。


 そんな大講堂のはるか上空、高度15000mの位置を飛ぶ一機の飛行体があった。


「…忌々しいウジ虫の卵、そのふ化を阻止せねばな…」


 眼下を見下ろして、ある男がつぶやく。そして、部下に命じる。


「部隊の降下を開始、作戦を遂行せよ」

「了解。降下カウント5秒前、4,3,2…」


 部下の手がスイッチに据えられる。


「1…降下」


 そしてその手がスイッチを押す。すると飛行体の腹部から、にび色の立方体が切り離され、地面に向かって落下していく。


「…私を排除した報い。まずかその挨拶を受け取ってもらおう…」


 雲層に消えた立方体を見やり、男はそう言ってほくそ笑む。



 立方体は雲層を抜け、雨とともに演習場へ向かって落下する。瞬間、分解される。破られた卵の殻のように。中には両腕に銃口を持つ三体の巨人型のロボットが現れた。そしてそれらは大講堂の天井にのしかかる。


 それは、国歌の演奏が終わる直前だった。


 突然の轟音とともに崩落する天井、瓦礫とともに建物内になだれ込む三体の巨人型ロボット。ロボットたちの銃口は、その中で火を噴き始めた。



 日本国防軍の歴史において最大の惨劇として語られる「富士4.2事件」の始まりであった。

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