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新鋭機小隊、始動

 2098年(慶光23年)4月中旬、若狭湾沖。


 突如として大きなしぶきとともに、海中から鋼鉄の巨体が現れた。海中から、ともなればそれは潜水艦なのだが、普通のそれとはどうも様子が違う。浮上してきて露わになった艦体は潜水艦というよりも空母のそれだった。艦首ブリッジは艦体の最後尾に位置し、その前方は艦首までの間は滑走路のように広くとられている。


『総員、戦闘配備。これより、艦載機の射出作業を行う。機動兵操縦士は各機に搭乗。準備整い次第随時発進せよ』


 女性の声で艦内にアナウンスが響くと、艦体の四隅と中央の両舷から内蔵されていたCIWSシウスが姿を現す。同時に、格納庫から一体の人型ロボット、機動兵士がせりあがってきた。全身を青く塗装されたその機体は、左前腕にシールドが取り付けられ、右手には大型のライフル銃を手にしている。胴体に設置された操縦席では、パイロットスーツに身を包み、フルフェイスヘルメットをかぶった若き青年が各機器を点検している。青年の瞳は閉じられているように見えるが、いわゆる『糸目』というやつだ。少なくとも緊張はしていないようで、非常に落ち着いている。


「飛行用ブラスター、レーダー各種、機体駆動、通信機器、すべて異常なし。システム基幹機器、接続」


 青年が操作すると、コックピット内上部から複数のコードがついたヘッドギアらしきものが降り、彼の頭を覆う。結合したような音とともに、モニターに「B.L.S GREEN」の文字が出た。青年は小さく頷く。


『電磁カタパルト、最終点検終了。艦載機、発進どうぞ』

 オペレーターからの案内に、操縦士は呼応した。

「了解。艦載一番機、蒼龍。八神龍栄やがみ・りゅうえい、行きます!!」


 青年の乗る機動兵士が前かがみの態勢になるや、電磁カタパルトが作動。高速で機体を射出し、はなられるや機体の背部ブースターが作動、青年、八神龍栄は空に舞った。


 続いて格納庫からせりあがったのは、真紅に輝く大型の戦闘機。まるで不死鳥を思わせるその機体のコクピットには、若い女性が搭乗しているようだ。パイロットスーツが浮き上がらせるボディラインは、胸のふくらみも含めて妙に艶めかしい。しかし、ヘルメットの中で開いている切れ目には、抑えきれていない戦意の炎が宿っている。彼女の搭乗機にも、龍栄と同じヘッドギアがあり、ヘルメットを覆うように結合。彼女の機体のモニターにも「B.L.S GREEN」の一文が浮かんだ。


 カタパルト上では機体の背後にリフレクターが起き上がり、ブラスターから放たれる炎を受け止める。準備は整った。

『二番機、発進どうぞ』

「…二番機、朱雀。菅澤凛奈すがさわ・りんな…行くわよっ!!!」


 勇ましい掛け声とともに、機体は勢い良く発艦。するや、機体はなんと変形。先ほどの蒼龍よりも全体的に細身の人型に変わり、蒼龍の後を追うように飛んでいった。



 そして三機目が格納庫からせりあがってくる。今度は白い体に所々に黒い線が刻まれている、まるで虎を思わせるカラーリングである。両前腕は何かを内蔵しているようなふくらみをしている。そして背中の装備、おそらく飛行関連の装備だが、それが前の二機よりもかなり物々しい。まるで、それがないと飛行できないという重装備である。

 それでいて、コクピットにはあのヘッドギアがない。搭乗するのは髪の長い男のようだ。ヘルメットをかぶらず、髪をオールバックに引き上げてそれを首の下で束ねる。右の頬には大きな傷があり、若々しい風貌に対して歴戦の勇士と思わせるような面構えだ。


「さ~て。いっちょ『天然』の意地を見せますか」

 余裕を感じさせる軽口を叩きながらヘルメットをかぶると同時に、オペレーターから発艦を促すアナウンスが入る。

『三番機、発進どうぞ』

「OK。三番機白虎。相馬漣聖そうま・れんせい、行くぜえ!」


 カタパルトが起動し、高速で打ち出された機体。二機を追うように空へと舞い上がった。


「司令、艦長、艦載機動兵士の蒼龍、朱雀、白虎。全機、問題なく出撃しました」

 パイロットとの交信を終えたオペレーター、円谷美咲つぶらや・みさきから報告を受け、司令官席に座る女性は頷いた。

 彼女は半藤澪乃はんどう・みおの、弱冠29歳で少佐の地位につく俊英で、この部隊の司令官である。艶のある黒髪をストレートに伸ばし、知性を感じさせる眼鏡をかけている。ちなみに、先立って艦内に戦闘配備と発艦準備を通達したのは彼女である。

 美咲の報告を受けて口を開いたのは、彼女の傍らに立つ、筋骨隆々の男だった。

「よし。戦闘配備を継続し第二船速。これより浮上航行にて日本海の定時哨戒を開始する」


 彼は権田雄三ごんだ・ゆうぞう大尉。年齢は34歳とこちらも若手士官であり、この部隊の母艦である潜水護衛航空母艦『白鯨はくげい』の館長を務める。体格に加えスキンヘッドと迫力十分だが、温厚な人柄で知られている。権田の命令後、半藤がふと安堵のため息を漏らす。


「迅速な発艦でした。ここまでは訓練通りですね、艦長」

「彼らはみな優秀な騎兵(機動兵士)乗りですよ。それに、滞りなく発艦作業が行えたのはあなたの教育のたまものですよ、司令」


 年上である権田が、やや大げさに畏まりながら返すと、半藤は思わず顔をしかめた。


「…やめてください、艦長。私の階級は対外的な意味が強いんですから」

「なんの。どういう事情であれ、今のあなたは私の上官だ。年齢関係なく上官に敬語は”常識”でしょう。あなたの方こそ、いざという伝達のためにも、私への会話で敬語を抜く練習だけはしておいてもらいましょうか」

「意外と人をからかうんですね…」


 そうむくれる半藤を、権田はほほえましく見守っていた。


 

 その頃、出撃した三機は順調に飛行を続けていた。先行していた蒼龍のパイロット、龍栄は後に続く二人と交信する。

「こちら一番機。二番、三番、異常ないか」

「二番機、問題ないわ」

「三番機、大いに問題アリだ」

 淡々と返した凛奈に対して、漣聖からは少々緊張感のない声色で、緊張感が高まる返しがくる。龍栄は思わず問い返した。

「問題?何かあったのか、漣聖」

「俺の白虎は背中に小道具を背負わなきゃ飛べねえってのに、お前らがスイスイ飛んでるのが問題だな。ついていくのがやっとなんだからもう少し気を使ってくれよ」

 軽口で返してくる漣聖に龍栄は苦笑しつつ返す。

「それはしょうがないだろ。機体のコンセプトそのものが違うんだから。でも、そんな軽口を言えるのは頼もしい限りだよ」

 一方で、凛奈は少し苛立ったように、棘のある返しをする。

「そうかしら?冗談を言ってられる気の抜けようは、私は信頼できないわね」

「ハッ、なんか言ったか二番」

「さあ?気を抜いてるから空耳でも聞こえたんじゃない?三番」

「まあまあ凛奈、少しは落ち着け。漣聖も、今日の哨戒任務は俺たち小隊の初任務なんだ。緊張感は保てよ」


 ここで、この三機の性能について、日本国防軍のロボット兵器、通称・機動兵士の歴史も振り返りつつ説明しておこう。


 2098年現在、日本国防軍は5つの軍に分かれている。

 陸上、航空、海上の三軍(それぞれ「国土防衛軍(陸軍)」「国土防空軍(空軍)」「海洋防衛軍(海軍)」と呼称)に加え、サイバーテロ対策など情報セキュリティ関連に特化した「国防電脳軍(電軍)」、そして機動兵士ロボットに搭乗し三軍の後方支援および護衛にあたる「国防機兵軍(機軍)」が存在。龍栄たちはこの機軍に籍を置く。

 機軍の戦力は、発足以来、プロトタイプとして開発・配備された高機動型の新月と重火器防衛型の満月の二種類を運用。これまでに新月は50機、満月は30機製造されており、性能面でのマイナーチェンジとアップグレードを繰り返しつつ日本の防衛能力誇示に大いに貢献している。


 しかし、2090年頃に新鋭機の製造に着手。生み出されたのは『蒼龍』『朱雀』『白虎』の三機だった。いずれも新月をベースとしつつ、満月の利点を組み合わせ、それぞれにさらなる個性を持たせた、画期的新鋭機である。

 蒼龍は兵装に人類史上初のビーム兵器を採用。実弾兵器の比ではない貫通力をもつ「30㎜ビームライフル」と、両刃の剣の形状で、刃の部分にビームを微細な振動付きでなぞるように纏わりつかせた「ビームブレード」を装備。現状世界最強の兵装を持つ。

 朱雀は初の可変式機動兵士で、戦闘機形態の最大飛行速度はマッハ5を誇る。ステルス性や外部電波及び照準レーダー探知能力も高く、この機の「耳目」を盗んで行動することは不可能に近い。

 白虎は汎用性を重視して開発された機体で、赴く戦地や任務に応じて換装することで、空中戦や水中戦に対応が可能。重火器兵装で満月を上回る火力をもって防衛の任務に就くことも可能だ。


 そしてこれら三機を収容する母艦、白鯨。

 100年以上前の第二次世界大戦末期において、戦果を挙げることなく終戦を迎えた『潜水空母』に着想を得て開発に着手。紆余曲折を経て空母の艦体で潜航能力を付随するという形式に落ち着く。最大潜航深度は300m程度と通常の潜水艦よりは劣るものの、海没することで神出鬼没な活動が可能であり、艦載機により突発的な事案にも対応できるという利点を持つ。


 新鋭機を搭載した母艦を持つ彼らの小隊は、国防機兵軍秘匿遊撃小隊、「神威小隊かむいしょうたい」と名付けられ、日本国防の新たなる切り札として動き出した。そして最初の任務として、機体性能を試すテスト的意味合いもあって、日本海の哨戒任務を遂行しているのであった。



「さ~て龍栄。俺はそろそろ東に行かせてもらうぜ」

「漣聖。分岐はまだだろ」

 飛行中、漣聖からそう通信が入り、龍栄が咎める。だが、漣聖は鼻で笑って返す。

「哨戒範囲は決められちゃいるが、今回はあくまで自由飛行だ。それに、”似た者同士”でイチャコラする時間をやろうっていう、年上の配慮を察せよな」

「…漣聖、あんたふざけるのも…!」

 軽口を龍栄がたしなめるより先に、凛奈が語気を強めた反応を返す。

「漣聖、今のは…」

「ハハ。さすがに、口が過ぎたか。だが、実際、俺もこの白虎も、お前らとお前らの機体とは違うんだ。その性能を間近で感じた方がいいだろ。んじゃ、また後でな」


 漣聖はそう言って、白虎とともに東に進路を変更。佐渡島方面に消えていった。


「悪い奴じゃないんだけどな…。凛奈、大丈夫か」

「冗談であることぐらい、私だってわかってる。だけど…こうも緊張感なくいられるのは胸糞悪いわ」

 龍栄の問いに凛奈は憮然としたままだった。そしてこうポツリと漏らす。

「…わたしも、あんな軽口を叩くぐらいに楽に生きれたのかもしれない…あんなことがなければ」

 急に悲壮感を漂わせる凛奈に、龍栄は一呼吸を置いて語りかけた。

「凛奈。お前がこの新型機に乗るために重ねた努力、そして…思い。漣聖だってそれはわかっているんだ。だが、今のお前は気が昂りすぎだ。最初から飛ばしていたら身が持たなくなる。…本当の意味でもな」

「ええ…。わかってる。少し、頭を冷やすわ」

「そうしてくれ。じゃあ、また後でな」


 そうやり取りを交わし、凛奈の朱雀は対馬へ、龍栄の蒼龍はそのまま大陸の方向へと飛んでいった。



 それを見送りながら、龍栄は思った。

(俺も、この蒼龍も、普通とは違う。でもそれは当然なんだ。俺が…“先天性強化人間”である以上、誰かよりも力があるのは当然なんだ。だからこそ、俺はこの力を使って国を護るんだ)

 操縦桿を握る手に力がこもる。

(あの時散った、みんなが護りたかったこの国を…俺が)


 龍栄は、国家機密プロジェクト「慶光新生計画」に基づいて生まれた、先天性強化人間。その最高傑作であった。そして蒼龍には、彼の能力を最大限に発揮するためのシステムが備わっていた。それを用いて国防のために戦うことが自己の運命と自覚していた。



 あの時…門出を祝うはずだった日が、地獄絵図に変わった事件を機にその想いは高まるばかりだった。

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