Hello my world!
はろはろまいわーるど!
私の名前はしいな!
大好きなパパとママから付けてもらった名前だよ!
友達にはしーちゃんって呼ばれてるんだー!
私はいつも幸せ!ハッピーな日常を送っているよ!
「ねーねーおねえちゃん。鏡に向かってなにしゃべってるのー?」
「早くしないと、パパがよんでるよー!」
あっ...可愛い可愛い妹の声が聞こえてきた...
早く行かなきゃ!
「ごめんごめん、今行くよ!まいえんじぇる!」
「はあっ...はあっ...」
息が荒くなっていた。
今日もたくさん遊んじゃったな...
「おねえちゃん。もうお外がまっくらだよ?」
もうそんな時間なのか、と思った。
パパと遊んでいると時間をすっかり忘れちゃうな。
「そーだねー今日も沢山パパと遊んじゃったよ。」
「美味しいごはんもたくさん食べちゃったし。」
「そうなんだ...いいなぁ...」
妹はそう言ってベッドに倒れた。
「うわー!みてみておねえちゃん!今日はお星さまがきれいだよー!」
「えー?ほんとにー?」
私はベッドに乗って妹に寄り掛かった。
締め切った窓の外を妹と一緒に見た。
「すごーい!ほんとに綺麗だー!ぴかぴかしてるー!」
「でしょー!きれいだよねー!すごいよねー!」
そう言って共感する妹の表情はきらきらしていた。
しばらくの間二人でぴかぴかのお星さまを眺めていた。
ふと妹の方を見た。妹はとても眠そうだった。
眠気でうとうとしている妹はとても可愛かった。食べちゃいたいぐらいに。
「もう眠くなっちゃったー?」
「うん...でもねたくないなー。」
「おねえちゃんともっと一緒に居たいし。」
私は胸が高鳴った。
なんで私はこんなに胸がドキドキしているんだろう...
「それに、まだ明日の支度してないし。」
「明日の支度?」
「そーだよー!まだ宿題が終わってないの!」
「おねえちゃん宿題終わらせるのてつだってよー!」
そういえば明日は学校に行かないといけないんだった。
私はカレンダーを見て今日は日曜日だったことに気が付いた。
「もう、しょうがないなー!手伝ってあげるから早く終わらせよ!」
「うん!だいすき!おねえちゃん!」
もう、可愛いなーこのっ。
妹の宿題の面倒を見てから、一緒にベッドに寝転んだ。
隣で寝ている妹からとても良い匂いがした。
頭がクラクラするような匂いだった。
同じ家に住んで同じシャンプーを使っている筈なのに
どうしてこんなに甘い匂いがするんだろう...不思議だ...
もしかしたら、気づいていないだけで私もこんな匂いなのかも。
一時間程度で妹は宿題を終わらせて、私たちはベッドに寝転んだ。
隣では妹が寝息を立てて寝ていた。
すぅ...すぅ...と一定のリズムでとても心地よさそうだ。
妹に決して邪な気持ちは持ってはいけないのだけれど
それでも安眠している妹の寝顔を見ていると
熱が内側から熱ってくるような気分になった。
んー...何だかムズムズしてきた...
「んんっ...」
あっ...
横から何かが私に覆いかぶさってきたような感触がした。
どうやら妹が体を捩らせて私に抱き着いてきたみたいだ。
私は妹に向き直り、そして手を伸ばした。
互いに抱き合うような形になった。
妹の温もりが直に伝わってきた。
妹は湯たんぽみたいに暖かくて気持ちよかった。
ぷにぷにした妹の体を肌同士で触れ合うことで感じた。
これは...だめになってしまう感触だ!
こんなだめだめなお姉ちゃんをどうか許してください。
だってこんな可愛い姿を見せつけられたら我慢できないんだもん、仕方がないよね。
そんな子供騙しの言い訳をして、私はしばらく妹の感触を堪能した。
それにしても明日は学校かあ...
休みの日は楽しいけど、学校に行かないせいで友達に会えないのはとても寂しかった。
だから明日登校するのがとっても楽しみだった。
あーあ、早く明日にならないかな。
私は横に居る妹の存在を感じながら、静かに瞼を閉じた。
妹からは微かに潮の匂いがした。
「ん-っ...」
刹那、私は目を覆いかぶさってしまうような光に晒された。
「おねーちゃん!いつまでねてるのさー!」
「もうおひさま出てるよー!もう朝なんだよー!早く起きてよーっ!」
眩しかったのは妹がカーテンを全開にしたのが原因らしい。
私は仕方がなく目を開けて起き上がった。
双眸に入る光は曖昧にぼやけていて中々焦点が合わなかった。
「お花さん、お水おいしいねー。」
妹はカーテンを開けた後、窓に置いてあるお花に水をあげていた。
花瓶に飾られたその花はとても綺麗だった。
「おはよー。」
「お花にお水あげてるのー?偉いねー。」
「そうだよー!この子、私がお世話しないと枯れちゃうし!」
「それにおねえちゃんがプレゼントしてくれたお花なんだから!」
妹のそんな言葉に顔が綻ぶのを自覚した。
「そうかーこんなにお世話してもらってお花さんは幸せ者だねー。」
うちの妹はほんとに可愛いなー。べりーきゅーとだなー。
目の前に居る天使を眺めながら私は思った。
瞼を擦りながらベッドから起き上がり、全身鏡の前に立った。
そこにはパジャマ姿の私が立っていた。
寝癖ぼさぼさでまだ眠気が抜けていないふにゃりとした顔が鏡に映った。
そして開ききっていない私の瞳と目が合った。
いや、鏡なんだから目が合うのは当たり前か。
「行ってきまーす!」
「いってきます!」
家の鍵を閉めた。
妹と一緒に通学路を歩いていた。
妹はふりふりのデニムオーバーオールに
薄紫色のランドセルを背負っていた。
学校に行く妹の姿はとても可愛かった。
可愛すぎて何かの犯罪になってしまうんじゃないかと
思ってしまうレベルで可愛いかった。
危ない大人のひとに襲われてしまうんじゃないかと
早計にも心配になってしまった。
私がきちんと妹のことを守ってあげないと!
危険が妹に近付いてきていないか周囲をちらちら確認しながらも
無事に妹の小学校へと到着した。
どうやら、私の心配は杞憂だったようだ。
「おねーちゃん!またねー!」
大げさに手を左右に振る妹を見て
私は心が満たされるような気分になった。
うーんっ...可愛すぎる!
腕時計を見るともう八時を過ぎていた。
早く中学校へ行かないと遅刻してしまう。
私は急ぎ足で登校した。
学校にはめーちゃんとなーちゃんが居る。
仲良し三人グループだ。
私は二人と一緒に居ると私はすっごく楽しい。
今日もきっと楽しい日々になるはずだ。
大きい声で挨拶して二人を驚かせようかな。
「おっはよー!」
「おはよー!しーちゃん!」
「しーちゃんおっはよー!」
「朝から元気だねーしーちゃん!」
「あっ...うん!みんなおはよー!」
先に教室に来ていたクラスメイトに挨拶をした。
そして私は教室の端に居る二人にも声を掛けた。
「めーちゃーん。なっちゃーん。おっはよー!」
「今日も天気いいねー、日焼けしちゃいそうだよー。」
私は二人の居るほうに歩いて大きな声で話しかけた。
私の声に気づいた様子の二人は、少し戸惑っている様子だった。
二人は俯いたまま私と目を合わせてくれなかった。
もう、本当にシャイなんだから。
「もー、なんで返事してくれないのー?」
「私、悲しくて泣いちゃいそーだよー。」
返事は無かった。
「あっ...あのっ、これってあれだよね。ドッキリ的な?」
「昨日テレビで見たよー。面白かったよね。」
「めーちゃんとなーちゃんは見た?」
返事は無かった。
「あはは...。」
一、二時間目の終了のチャイムが鳴った。
次の授業は体育らしい。
しかも私の得意なバスケットボールだった。
チームに貢献できるように頑張るぞ!
「はい!パス!」
味方のレイアップが敵のゴールネットを揺らした。
「ナイッシュー!」
「な、ナイスシュート!」
試合開始数分、まだ私にボールは回ってきていない。
このままじゃチームに何も貢献できずに試合が終わっちゃう...
味方からパスを回してもらうためにもっと声を出さないと...!
「な、ナイッシュー。」
「へい!パス!私にパス!」
「しーちゃん!行くよー!」
「え?え、こんな近くでパスしなくても。」
「行くよー!」
「痛っ...」
私は保健室のベッドで寝ていた。
味方からのパスを受け止めきれずに
顔面にバスケットボールが激突してしまったのだ。
ジャージが鼻血で血だらけになっていた。
洗濯しても取れないだろうなーこれ。
今日はめーちゃんとなーちゃんも機嫌悪かったみたいだし
こんなことになるなら学校に来なければ良かったな...
鼻に詰められていた赤色に湿ったティッシュに息苦しさを感じながら
開けっ放しになっている窓の外を見つめた。
太陽の光が眩しかった。風が気持ち良かった。
日光が私の体を照らしていてとても心地が良かった。
それでも、鬱々とした私の気持ちは晴れることはなかった。
ピンポンパンポーン
五時間目の終わりのチャイムが鳴った。
はあぁーやっと授業が終わったー。
もうすぐ妹の小学校の授業も終わるし、早く妹を迎えに行かなくちゃ!
教室から一早く出て階段の方へ向かった。
そして階段を下りようとした時、背後から声が聞こえた。
「し、しーちゃーん!」
「待ってよ!」
誰かが私の名前を呼んでいる。一体誰だろう。
「め、めーちゃん?」
「う、うん...」
めーちゃんは俯いたまま、私と目を合わせなかった。
「私、今日しーちゃんに悪いことしちゃった...」
「しーちゃんがいっぱい話しかけてくれてたのに、いないものみたいにして...」
「本当にごめんなさい...」
めーちゃんの唇は震えていた。
掠れたような声音で独り言のように呟いていた。
「そんなこと言わないで、顔を上げてよ...めーちゃん...」
私はめーちゃんに近付き、背中に手を回して抱き着いた。
「めーちゃんがとーっても優しい人だってことは、私が一番分かってるんだよ...」
「それに、そんな悲しそうな顔してたらせっかくの可愛い顔が台無しだよ?」
「私、めーちゃんには笑っててほしいから。」
「だから、顔を上げてよ。」
「しーちゃん...ごめんなさい...」
めーちゃんが泣いていることに私は気づいていないふりをした。
だって乙女の涙はプロポーズまで取っておかなきゃだもんね。
「じゃあ、私行くね。」
「うん...ごめんね、しいなちゃん。」
めーちゃんは最後まで顔を上げることはなかった。
私はめーちゃんの方を打ち見ることもせずに階段を下りて玄関まで向かった。
背後から聞こえた音は、私の耳に入ることはなかった。
「おねーちゃん!」
小学校の玄関から勢いよく走ってきた妹は、私の胸の中に飛び込んできた。
妹はツインテールの頭で私の胸をグリグリしてきた。
「ちょっとーくすぐったいよー。」
「えへへーだっておねえちゃんにずっと会いたかったんだもん!」
「も...もう...」
可愛い...
語彙力のない私にはこの感情を可愛いでしか表せないよ...
可愛いを超える言葉...うーん...
そう...先週テレビで見たアイドルの...
あっ...そうだ!萌えってやつ?
私はもう妹に萌え萌えだよ...。
「学校は楽しかった?」
「うん!楽しかった!」
「今日はねーなんか自分の好きなものを描いてねーって時間があったんだ!」
「わたし、ママの絵を描いたんだよ!見て!」
妹がランドセルから取り出した絵はお世辞にも上手とは言えなかった。
ママだと言われなければ私はこれが誰を描いた絵なのか分からなかったはずだ。
ふと思うと私は、自分が歯ぎしりをしていることに気づいた。
妹の一番は私ではなくママだという事実。
その事実は私の心に闇を落とすには十分だった。
「そ、そうなんだ。」
「上手に描けてるね。」
「うん!でしょー!」
妹は笑顔だった。
私の表情は?
そんなこと、言うまでもない。
冷たい風が吹いていた。
季節は秋だった。
秋は四季の中で言えば二番目に嫌いだった。
それとも三番目に好きと言った方が正しいんだろうか?
まあ寒い日は一肌が恋しくなった。
季節の変わり目で冷たいとも温かいとも言えない不透明で曖昧な季節。
別に彼氏が欲しいわけでもないけど、人の温もりを味わいたかったのだ。
「うーっ...おねえちゃん...寒いねー。」
マフラーを口元に被せながら妹は言った。
「そうだねー、家に帰ったら温かいものでも食べようか。」
「私、あれが食べたい!あれ!」
「グラタンでしょ、分かったよ、作ってあげる。」
「やったー!おねえちゃん好きー!」
妹は歯を見せて笑っていた。
この妹の笑顔は私だけのものだ。
他の人になんて見せたりしない。
私だけの天使、どうか私に振り向いて。
「ただいまー!」
「ただいま...。」
家の鍵を閉めた。
靴を脱いでリビングへと入った。
ソファーにはパパが座っていた。
明日の天気のニュースを退屈そうに眺めていた。
「パパ、ただいまー!」
妹はランドセルを床に放り出してパパの元へ行った。
座っているパパの上に乗ってパパに抱き着いた。
「おお、おかえり。」
パパは妹の頭を撫でた。
赤子を抱くかのように妹を抱え、そして妹に口付けをした。
妹もそれに応えるのように目を閉じていた。
それを受け入れるのがさも当然かのように。
私はその行為を直視できなかった。
小学生の妹が父親と接吻をするのは世間では一般的なのだろうか。
家族愛では勿論キスは愛情表現として使われるのだろう。
でも、この人は違う。
妹を性的対象として見ているんだ。
私はずっと見ていた。
パパの私たちの体を舐め回すような視線を。
卑猥で低俗な視線を。汚らわしい視線を。
「おお、しいなちゃんも帰ってきていたのか。」
「うん...ただいま。」
「しいなちゃん...今日も...アレよろしくね。」
「...はい。」
パパと話すことなんて何もなかった。
だって私たちの本当の父親は数年前に突然いなくなってしまったのだから。
どうして?そんなの分からない。
私たちは餌を与えられるだけの子供だったから。
口を開けて食べ物を欲するだけのただの家畜。
私は何も知らない純粋な子供だった。
飼い主の命令に従い支配されるだけの存在。
それでも私は幸せだった。何も知らなかったから。
何も知らないということは何も失わない。
幸せの裏返しが不幸せであるように。
でも家畜の私はある日、失うことが怖くなってしまった。
知ってしまったのだ。幸せという言葉を。
私には沢山の失うものがあった。
血の繋がったパパとママがいて。妹がいて。家族がいる。
学校には友達がいて。家に住んでいて...それから...
もう思い出せなかった。失ってしまった記憶も。
本当のパパはどんな顔だったかな。
ママは言っていた。
今日からこの人が私たちの家族だと。
ママが連れてきた人は知らない人だった。
「ねえ、ママ。」
「この人だれー?」
「しいな。」
「今日からこの人が新しいパパよ。」
「え...?」
「でもこの人は...パパじゃないよ...?」
「パパはどこ行ったの...?」
「こんにちは、しいなちゃん。」
「突然の事で困惑するかもしれないけど...」
「今日から僕が新しいパパなんだ。これからよろしくね。」
「今日から私たちは家族になるのよ。」
「しいな。この人のことはパパと呼んで慕いなさい。」
「そして忘れるの、今までパパだった人のことを。」
ママの言葉に私は唖然とした。動揺もした。
それでも私はゆっくりと口を開いた。
「...分かりました。」
それが何を意味しているのか、私には理解できなかった。
理解できなかったけど取り敢えず返事をした。
それがママが一番求めている言葉だろうから。
私はその期待に応えるだけだった。
パパの膝の上にいた妹の手を引いた。
そして二階にある自分たちの部屋に閉じこもった。
ママはまだ働いている時間だった。
夜遅くになるまでママは帰ってこない。
だから私が妹を守らなくちゃいけないんだ。
私は全身鏡の前に立った。
自分の顔を見た。
顔は比較的整っている方だと自負している。
でもこの美しさは下卑た視線の前には不愉快でしかない。
無駄に成長してしまったこの胸も、今はあの父親の養分でしかない。
不幸にも現世に生まれてしまった私は最初から搾取される運命だったのだ。
ここ最近の搾取の矛先は妹に向いていた。
私だけならば自分が我慢すればいい。でも妹だけはだめだ。
私の唯一の心の拠り所であり守るべき存在でもあった。
悪魔の手に既に浸食されてしまった不潔な私も矜持くらいは持っていた。
天使のような妹を守るために私が犠牲になってしまったとしても。
妹が笑ってさえすればそれでいいのだ。
私はそれだけで救われたような気分になるから。
コンコン
部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「しいなちゃん?部屋の中に入るよ?」
ガチャガチャ
「あれ?扉が開かない。」
「ごめん、しいなちゃーん。扉を開けてくれないか。」
パパの声が聞こえた。
ねっとりとして薄気味の悪い声。
欲にまみれた悪漢にさえ誤解するような
その声は扉の奥から聞こえてきていた。
扉の取っ手を動かす音が聞こえた。
そして非情にもその扉はギィィィという耳慣れた音を立てて開いてしまった。
「しいなちゃん、お遊びの時間だよー。」
パパと目が合った。
瞳には血が流れ、暴漢魔のそれと化していた姿を見た。
「いつもおねえちゃんだけずるい!」
「私も一緒にあそびたいよー!」
妹は口をとがらせて言った。
「そうか...分かったよ。今日は二人一緒に遊ぼうか。」
「みんなで遊んだほうが楽しいからね。」
この瞬間を待ちわびていた、と言わんばかりに父親の声が高ぶった。
「ダ...ダメ...私だけにして...」
「うーん...でも、妹ちゃんは...お姉ちゃんと一緒に居たいよね。」
「うん!いっしょにいたい!」
「だから...パパと一緒に行こうよ...。」
「いくー!」
「ダメ...ここでお留守番してて...」
「えー?おねえちゃんばっかずるいよー。」
「はぁ...仕方がないなぁ...」
「じゃあ、今日はここで遊ぼうか。」
「え?ほんとにー?やったー!」
「ダメっ!」
私はいつしか大声を出して父親を殴っていた。
父親の鳩尾に握りこぶしを一発。
でも、か弱くて非力な私の抵抗は無意味だったみたい。
「何してるんだ...しいなちゃん...」
「痛いじゃないか...パパは悲しいよ...」
「うるさい!あんたなんかパパじゃない...!」
「僕は傷ついたよ...」
「しいなちゃんとは如実に愛を育んできたと思っていたのに...」
「これは教育が必要だな...」
父親の手が私の腕を掴んだ時、私は悟った。
私は受け入れるしかないのだと。
父親の手に込められた力で今にも腕が折れてしまいそうだった。
「ひっ...嫌だ...」
いやだ...いやだ...
父親がいつも遊び場に使っているあの地下室...
私はまたあの地下室で苦痛を味わわなきゃいけないの...?
以前は父親との遊びの時間から逃れたせいで父親の教育を受けた。
その後、体の痛みで一週間は学校に行けなかった。
何をされたかは思い出したくもない。忘れてしまいたい。
それでもあの時の痛みは私の脳裏に寄生虫のように住み着き離れようとしなかった。
痛いのは嫌だ...
どうせ父親と遊ばなければいけないのなら気持ち良い方がいい...
あの痛みに比べたら父親の色欲に身を捩らせた方が数倍マシだ。
「ごめん…なさい...」
いくら嫌だと言ったとしても私は教育は受けなければならないだろう。
父親のそれは逃げられない命令で、そう運命づけられている。
なぜか?私が家畜だからだ。生まれながらの家畜。
家ではパパとママがルールであり、家畜は飼い主に従うほか生きていく道はないのだ。
だから命令に逆らった私が罰を受けるのは当然。
そう受け入れることが私の理不尽に対する逃避先であった。
「ずるい!私も行きたい!」
妹は言った。
「...」
私は何も言えなかった。
妹を守ると自分自身に約束したにもかかわらず、私は何も言わなかった。
無意味だと悟ったからだ。無駄だと知ったからだ。
私は父親に服従してしまったのだ。
無抵抗に理不尽を受け入れるだけの人生を肯定してしまったのだ。
自分が無様に思えた。
でもそれも肯定してしまわないと、いつか私は壊れてしまうのだ。
壊れてしまった先の日々は虚無しか残っていない。
人形として生き続ける日々。
私はそんなのは嫌だ。
私は家畜じゃない。
「そうかい?じゃあ私たちと一緒に行こう。」
「妹ちゃんが来るなら、今日は教育を取りやめにしよう。」
「お遊びの時間がやってくるよ。」
「やったー!お遊び!」
「おねえちゃん、楽しみだね!」
無知は愚かだった。
しかし、自分自身を無知だと自覚しないことは更に愚かだった。
私は愚か者だった。
しかし決して無知ではなかった。
私は知りすぎてしまったのだ。
この世界に蔓延っていた闇の部分を。
知りたくなくても、知るしかなかったのだ。生き残るためには。
無知は淘汰され賢いものだけが生き残るこの世界で私は努力した。
しかしいくら知識を身に着け、賢くなった所で無意味だという事も私は知ってしまった。
この世界は賢ければ賢いほど、不幸になっていく世界だったのだ。
色々な知識を得る度に、私は現実の理不尽さを知ってしまった。
人生を嘆く日々になっていった。成長を知らない人間になってしまった。
それでも私は進むしかなかった。生き残るために。
しかし、そんな私の希望も理不尽の前には無意味だったのだ。
「嫌だ...嫌だよ...」
妹の前ではいつも自分を取り繕ってきた。
しかし、父親の前ではそんな余裕もない。
精神では拒否しつつも私の体は父親に服従していた。
自分の足で歩いていた。あの地下室へ。
私の背後では妹が喋っていた。
「ねえねえ、おねえちゃん。」
「いつもどんなことして遊んでるのー?」
「お人形遊び?おにごっこ?いや...かくれんぼかなー?」
「うーん...今日は何をしようかな...。」
「あ!そうだ!おままごとなんてどうかな。」
「おままごとー?楽しそう!」
「今日はお医者さんごっこをしよう。」
「僕がお医者さんをやるから、妹ちゃんは患者さんね。」
「かんじゃさんー?分かった!」
そして、地下室の扉は閉じられた。
暫くして私は地下室を追い出された。
それでもまだ妹は地下室の中だった。
妹はまだパパと遊んでいるのに、私は地下室を追い出された。
それはつまり、私はもう用済みだってこと。
呼吸が荒かった。
胃の中が気持ち悪かった。
それでも我慢しなければならない。
もうすぐ帰ってくるであろう、愛する妹に笑顔で接するために。
ーーーねえねえしーちゃん!聞いてよ!
今日は久しぶりに学校に行ってきたんだよ!
学校に通うのはほんっとーに楽しいんだよ!
何故かというとね...友達がいっぱいいるから!
べんきょーはちょっぴり退屈だけど。
クラスのみんなが居るから毎日頑張れるんだよ!
声がした。私はその声のした方へと振り向いた。
鏡の中に映っている私が喋っていた。
私の顔に付いている唇を動かして、喉仏を鳴らして。
とても楽しそうな表情をして話していた。
家族のこと。学校のこと。色々なことを。
とても嬉しそうに話していた。
「おーい!しーちゃん聞いてるー?」
「聞いてるよ。」
私は囁くように返事をした。
「んー?」
「なんか今日は元気ないね。どうしたの?しーちゃん。」
「なんでもない。」
「えー?嘘だー。やっぱり元気なくない?」
「…うん。ちょっと嫌なことがあってね。」
「そうなんだ…。」
「えーと…しーちゃんが元気付く話…はなし……」
「あーっ!そういえばね、今日学校でね…。」
「めーちゃんったら、バスケ部だからって体育のバスケットボールで大活躍しててね。」
「スリーポイントシュートを決めた時なんか、私、格好良くて感動しちゃったの!」
「それになーちゃんは絵が得意だから、美術の時間で私をデッサンしてくれたんだよ!」
「見てよ!この絵、凄い可愛いでしょー?」
「これ全部めーちゃんが描いたんだよー?羨ましいでしょー?」
「欲しいって言っても絶対挙げないもんね!」
「そうなんだ…良かったね…。」
「それにね、来週はパパが遊園地に連れて行ってくれるって!」
「久しぶりだから楽しみー!着いたら最初は何に乗ろうかなー!」
「メリーゴーランド?コーヒーカップ?」
「やっぱり観覧車かなー?んー全部乗りたいよー!」
「ねぇ。」
「ん?どうしたの?しーちゃん。」
「私もそっちの世界に行けたら、幸せになれるのかな。」
「え?」
次の瞬間、私は全身鏡に体当たりをした。
強く強く、体当たりをした。
本当に鏡をすり抜けてしまいそうなぐらい、強く。
憎しみを体にこめるように、強く。
「ちょっと!やめてよ!しーちゃん!」
「痛いっ!痛いよ!やめてよ!」
鏡の中の私は、泣き叫んでいた。
部屋の中で音が反響するように、その声は私の耳に刻まれた。
「やめてよ!しーちゃん!なんでこんなことするの!?」
無粋な私の顔が痛みで歪んでいた。
先程の嬉しそうな笑顔は欠片も無かった。
「私が欲しいものを…」
「私が欲しくてたまらないものを全部持ってるからだよ!!」
「な、なんで…だって…私はしーちゃんを元気付けようとして…。」
「それが余計なお世話だって言ってんの!」
「し、しーちゃん…やめてよ…痛いよ…。」
「うるさい!」
私は鏡の中にいる自分の顔を殴った。
壁に立てかけていた全身鏡が、衝撃によって揺れ動いた。
「やめて…。」
鏡に映る私は泣いていた。
次の瞬間、鏡は床に激突し大きな音を立てて割れてしまった。
一枚の板だった鏡は、今ではもうただの破片と成り果てていた。
もう鏡の機能を成してはいなかった。
私は割れてしまった破片を両手で掬い集めていた。
「なんで…何で私は君の世界に行けないの?」
「君の世界に私は…必要のない人間なの…?」
「君はそんなに幸せそうなのに、どうして私はこんなにも不幸なの?」
「教えて…教えてよ…。」
破片に刻まれて、両手は血だらけだった。
硝子の破片をいくら集めた所で、鏡はもう二度と元には戻らなかった。
涙が溢れて止まらなかった。
どうして私だけこんな思いをしなければならないのか。
今でも地下室で妹が苦しんでいるのに。
私は何もしてあげれず、こんなことで発狂をしているただの異常者。
私はもうこんな身体になっちゃったけど…
妹ならまだ助けられる…。
それでもまだ、パパの顔が脳裏に焼きついて離れなかった。
あの性欲に支配された忌々しい顔。
思い出す度に吐きそうになる。
でも…それも今日で終わりなの。
私と妹だけの、二人きりの世界を作るから。
台所に行ってガスコンロ下の収納を開けた。
中には数本の包丁が飾られていた。
まるで、私のために用意されていたみたいに。
私は迷うことなく、全部の包丁を懐に入れた。
だって、今から化物討伐が始まるんだから。
備えあって憂いなし、だもんね。
ママはまだ帰ってきていない。
今がチャンスなんだ。今を逃したらもう次は無い。
ここで逃げてしまったら、私は一生家畜のままなんだ。
そんなのは嫌だ。私は人間なんだ。
家に寄生している化物に支配される筋合いなんかない。
私は自由になるんだ。
まだ手汗が止まらなかった。
それでも私は勇気を出して地下室の扉を開けた。
パパは裸だった。
妹はベッドで寝ているようだ。
何をしているかは、知りたくもない。
「あっ…あっ…気持ちいいよ…。」
耳の中に入ってこないでよ、もう何も聞きたくない。
「あっ…うっ…くっ……」
パパは目の前の快楽に夢中になっていて
私が入ってきたことに気づいていないみたいだった。
「うっ…。」
でも、もうパパの声なんて聞く必要ない。
だって私は自由になるのだから。
私の体はおかしくなってしまったのだろうか。
体中の震えと冷や汗が止まらなかった。
それでも私は震えている手で懐の包丁を一本取り出し、パパの背後に立った。
貴方は今まで、私とたくさん遊んでくれましたね。
それでも私は、貴方に感謝はしたくありません。
貴方のおかげで私は醜い大人の欲望を知ったから。
さようなら。
私は背後から快楽に喘ぐパパの心臓を狙って包丁を刺した。
パパは予想外の出来事に振り返る暇も無かったみたい。滑稽ね。
包丁は背中の皮膚を剥ぎ、臓器へと到達した。
傷口からは鮮血が滝のように流れていた。
パパは突然の痛みに苦しんでいた。
苦痛に顔を歪め、呼吸すらままならなくなっていた。
どうやら、手の震えで急所を外してしまったらしい。
私としたことがこんなミスをしてしまうなんて。
幸い、パパはまだ今の状況を理解できていない様子だった。
次はしっかりと狙わないとね。
私は懐からもう一本包丁を取り出した。
次はもう外さない。
私は再度パパに向けて包丁を突き刺した。
次の瞬間、鮮血が津波のように流れてきた。
ドクドクと音を立ててまるで血が生きているみたいだ。
こんなのゾンビ映画でも見たことない。
パパは胸を手で押さえて次々と来る痛みにもがき苦しんでいた。
その痛みは、私の痛みでもあるのに。
私の痛みはその程度じゃないんだ
もっと苦しんでほしい、その一心で。
私は手に力を込めた。
包丁が奥へ侵入していく。
異物がパパの体に侵入しているからか、血がたくさん出てきた。
パパは泣き叫んでいた。地下室では声がよく響いた。
私の痛みはこんなものじゃない。
もっと苦しめ、もっと苦しんで。お願い。
包丁の刃先をグリグリと動かした。
パパが痛みで叫んでいる。パパはこの場所が好きなんだね。
手を動かす度に、傷口からブチュッと音を立てて血が溢れてきた。
私は血まみれだった。この温もりは不愉快だった。
それでも、手が疼いている。体が興奮している。
こんなの、経験したことがない。
誰も教えてくれないよ、人を殺すことがこんなに楽しいなんて。
私はパパの様子に満足して包丁を握る手を離した。
痛みで体を硬直させていたパパはよろけて後ろに倒れた。
床に激突した衝撃で、パパの背中に刺さっていた二本の包丁は更に奥へと突き刺さった。
パパはビクビクと痙攣していた。
血は今でも流れ出るように溢れていた。
パパは過度な刺激で耐えられなくなったみたいだった。
もうパパは叫び声すらもまともに出せてなかった。
私が今まで恐れていたパパが、今では震えた小動物のようだった。
私はこんなちっぽけな存在を今まで恐れていたのか。
その事実が一層自分を惨めにさせた。
暫くして、パパは動かなくなった。
さっきまで命だったものが、今ではただの肉塊だった。
化物を殺した。私はもう自由なんだ。
せっかく忌々しい化物を殺したのに
心の中に一生塞ぐことの出来ない穴が空いている気分だった。
そうだ、早く妹を助けなきゃいけないんだった。
可愛い可愛い私の妹を。
私はベットで寝ている妹の方へ行った。
妹はベルトで胴体を固定されていた。
気を失っているみたいだった。
心配だった。化物に何か危険なことはされていないだろうか。
私は妹を注意深く観察した。
妹は下半身に何も履いていなかった。
筋からは液体が流れていた。
それは何の液体だった?
赤と白が入り混じった、薄汚れた色。
鼻をツンと刺すような匂いだった。
私はこの匂いに覚えがあった。
汚れた化物の子種。
あの化物の子種が今、妹の中にある。
早く取り除かなきゃ。
早くしなきゃ。今すぐ早く。今すぐ。早く。
固定されていたベルトを外して、私は妹を風呂場へと連れて行った。
シャワーを使って妹を洗った。
この世で一番清潔になるように、綺麗になるように洗った。
洗えば洗うだけ、ドロドロとした気持ち悪い感触の液体が出てきた。
何で妹からこんな不潔なものが出てくるのだろう、気持ち悪いよ。嫌だよ。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
なぜ汚されてしまったんだ。私の妹は。
私のせいだ。私が妹を守りきれなかったんだ。
私の天使を汚した罰は重い。この罪は死で償ってもらう他無いだろう。
でも、その罪人は私がこの手で殺してしまった。
じゃあ一体誰が、私をこの苦しみから解放してくれるの?
他に誰を償わせれば、私をこの痛みから救済してくれるの?
「ただいまー。」
声がした。誰だろう。
「あなたー、今帰ってきたわよー。」
「何処にいるのー?」
ママの声だ。
もうパパはこの世にいないのに。
健気にパパの名前を呼んでいた。
あの化物を家に連れてきたのは誰だったっけ?
私は懐に隠した残り一本の包丁を撫でた。
脱衣所で血の付いていない服に着替えた。
まだ気を失ったままの妹を脱衣所のマットに寝かせて
私は廊下を歩いた。
「ママ!」
「あら…しいな…ただいま。」
「うん…おかえり、ママ…」
「今日もお仕事大変だったの?」
「そうなのよーもう参っちゃうわ…。」
「ところで、パパはどこにいるの?」
「パパねー今こっちにいるよ。」
私は地下室の方を指差した。
「地下室に居るの?珍しいわね…。」
「何をしているのかしら…。」
パパがしていた私への遊び。黙認していたのは誰だったっけ?
こいつだ、この化物だ。早く殺さなきゃいけない。
私たちの害になる存在は、全て消さなきゃいけないんだ。
妹と二人きりの幸せな生活を手に入れるために。
ママは地下室の扉を開けた。
地下室の扉が開いた瞬間、むせ返るような凝固した血の匂いがした。
そしてママはそれを見た。
命を失ってしまった今までこの世に存在していたものに。
耳に針を通すような悲鳴が聞こえた。
でも、そんなのは私の耳には入ってこない。
今目の前にいる隙だらけの格好の獲物を見ていれば。
私は包丁を強く握った。
ママを殺すのは一瞬だった。
私は人を殺す才能があったみたい。
そんなの、ちっとも嬉しくなんてないけど。
私はママを処理し終えた後、脱衣所で寝ている妹の元へ向かった。
まだ妹は目を瞑っていた。
私は脱衣所の鏡で自分の姿を見た。
さっき着替えた服が赤色に染まっていた。
今のうちに新しい服に着替えないと。
こんな不潔なままじゃ、妹に嫌われてしまうよ。
私が洗濯かごから清潔な服を取り出しに着替え終えた後、
タイミングよく妹が目を覚ました。
私は目を覚ました妹に一目散に駆け寄った。
「大丈夫?どこも痛い所はない?」
「んー?あっ…おねーちゃんだ!」
「痛いところ…?どこも痛くなんてないよ?」
「そう…良かった…。」
良くない。
妹はあの化物に何をされた?
「パパはー?どこー?」
「パパはね、もう居ないんだよ。」
「えっ…?」
「パパとママはね、どこか遠い場所に行っちゃったの。」
「だからもう会えないの…。」
「もうパパとママ、あえないの...?」
「うん、ごめんね。」
「でも私がずっと傍にいるからね…。」
妹はパパとママにもう会えないと分かると泣き出した。
私はそんな妹が可哀想と同時にとても愛おしく思えた。
この子ははもう私が居ないと生きていけないんだ。
私が居ないとダメなんだ。妹の一番は私なんだ。
私は妹を抱きしめた。もう逃さない。私だけのまいえんじぇる!
明日にはパパとママの遺体を処理しないといけない。
それともお巡りさんが来る前に家を捨てて逃げた方がいいのかな?
でもどこに逃げればいいの?うーん、分からない…。
でも、今日はもう疲れちゃったな。
何も考えずに、ただ妹を抱きしめて寝たい気分だった。
あっ...そういえば全身鏡を割って放置したままだったんだ。
部屋があの状態のままだったら寝れないから綺麗にしないと…。
まだ泣いている妹をそっとしておいて、私は自分の部屋に向かった。
私は硝子の破片をまとめてゴミ箱の中に捨てた。
まるで、過去の雑念を振り落とすかのように。
この鏡は私の心を守ってくれていたのだ。
鏡に映っていた私は、私の理想の生活を鏡の中の自分に押し付けただけの幻想だと分かっていた。
私がもしも幸せだったらどうなっていたんだろう。
どんな毎日を送っていたんだろう。
夢を膨らませて妄想していたのは私だった。
鏡の中に居た別の世界の私は、私の妄想でそれ以下でもそれ以上でもない。
でも、偽物の幸せを願うだけの生活はもうおしまい。私は今日から自分で幸せを掴み取りに行くの!
これは私の幸せの第一歩!化物を殺して妹と共に過ごすことが今の私の幸せなの!
だからもうこんな鏡いらない。
私は今日から自由になるの!
硝子の破片を片付け終えて脱衣所へと向かった。
脱衣所では妹が待って...いなかった。
居なかった。
なんで居ないの?
私は家中を走り回った。
妹の名前を呼んで必死に探し回った。
地下室の扉が半開きになっていた。
もしかして、妹はパパとママの遺体を見てしまったのだろうか。
顔が青ざめる。もしこの死体を妹に見られたのならば、今すぐ妹を探さなければいけない。
弁明をしなければいけない。私の幸せの為に。
私の幸せを礎となってもらう為に、妹は必要不可欠な存在なのだ。
そう簡単に居なくなってもらっては困るんだ。
何処にいるの?まいえんじぇる。もうかくれんぼの時間は終わりだよ。
早く帰ってきてよ、私は寂しくてもう死んでしまいそうだよ。
結局、妹は見つからなかった。
もう家の外に出てしまったみたいだった。
私は玄関で今か今かと妹の帰宅を待っていた。
待ち遠しい、早く帰ってきてほしいと願いながら。
それでも妹の帰宅を待っている間、私は薄々感づいてしまったのだ。
でも、その事実を受け入れることは私にはできなかった。
信じたくなかったのだ。
結局、妹は朝まで帰ってこなかった。
私の唯一の希望が打ち砕かれた気分だった。
妹のためにパパを殺して、ママも殺して、自分を殺してきたのに。
いっつもパパの遊びの犠牲になっていたのは私ばっかり。
妹は呼ばれたことすらなかった。それはなぜなのか私には分からない。
でも何故か昨日、妹は遂に呼ばれた。
どうして呼ばれたのかは私には分からない。
それでも私は思ったんだ。いい気味だって。
常日頃パパの遊びの本当の意味を知らずに私を羨ましがっていて本当に気分が悪かった。
これもいい機会かもしれないと、そう思っていた。
でも、実際に妹がパパの餌食になってしまうと考えたら、私はすごく怖くなってしまった。
私の唯一の心の拠り所が失われてしまうと、そう思った。
そんなの許せない、と。
私はもう生きてはいけない人間なのかもしれない。
パパとママを自分の手で殺し、愛していた妹に逃げられて
私はもうなんのために生きているのかも分からなくなってしまった。
もう死んでしまおうと、そう思った。
私は地下室へ向かった。
むせ返るような血の匂いだった、これはパパとママの匂いだ。
人の形をしたただの肉片。私がパパとママをそうさせてしまった。
でも私に後悔は無かった。だってこの人たちは私と同じで生きている価値の無い人間なのだから。
地下室の隅の棚に置いてある首縄を手に取った。
パパの教育コレクションだ。
これを使われた日のことを私は思い出したくはない。
それでも私が命を断つには十分な代物だった。
いつか死のうと思ってた。でも死ぬ勇気がなかった。死ぬ機会がなかった。
ただ、偶然死ぬ日が今日だったというだけの話なのだ。
首縄を自分の部屋へと持っていった。
いくら私でも、死に場所くらいは選ばせてほしかった。
血生臭い罪人だらけの部屋で自殺するなんて勘弁したい。
きっとそこら辺に転がっていた遺体も私と同じ場所で死にたくないと思っているだろう。
そして、私のことを産まなければよかったとも思っていただろう。
相思相愛だ。私もこんなクソみたいな親の子に産まれなければよかった。
でもやっぱり、自殺する時は遺書でも書くべきなのかな?
うーん...でも、私の遺書を見てくれる人なんていないよね。だって自分で殺しちゃったし。
それでも心の中でだけでも懺悔しようかな、私が愛してる人にでも。
ごめんなさい、血の繋がったパパ。
私は唯一の良心であった貴方の顔が思い出せないの。
きっと優しい顔をしていたのだろうけど、私は思い出せないの。
私はママに洗脳されてしまったの。私は純粋なままではいられなかったの。
本当にごめんなさい。
ごめんなさい、めーちゃんとなーちゃん。
私が虐められていることに気づいていたのにも関わらず、私と接してくれてありがとう。
でも私思ったの。これは私一人居なくなれば済む話なのかなって。
そしたらみんな仲良く楽しく生きていけるのかなってそう思ってたの。
でも、みんな頭がおかしいんだね。
私が居ない時、私じゃない別の人が虐められてるって気づいたとき、本当に絶望しちゃったの。
しかもその標的が私の友達なんて、ほんと馬鹿げてるよね。
めーちゃんとなーちゃんはいつまでも元気で居てね。
本当にごめんなさい。めーちゃん。なーちゃん。
ごめんなさい、可哀想な妹へ、
私はもう汚されてしまったけど、貴方はまだ自分の人生を生きていける筈なの。
犯罪者のお姉ちゃんでごめんなさい。
でも私はこれ以上の良い選択が見つからなかったの。
貴方が孕ってしまう前に、決断をする必要があったの。
何も伝えられなくてごめんなさい。何もできなくてごめんなさい。
それでも、何も知らない方がきっと幸せな人生を歩めるだろうから。
本当にごめんなさい、最愛の妹へ。
首縄を境目にして世界が分断されているように見えた。
私にはその首縄の向こう側は楽園に見えたんだ。
これは現実なのかな…それとも幻想なのかな…。
首縄の向こう側では、私はお金持ちで、真実の愛があって、魔法が使えたり…
うーん…でも私にはそんなの贅沢すぎるかな…。
だって私、人を殺しちゃったんだもん。
だから、行く場所は楽園じゃなくて地獄なのかな。
でももし...もしも楽園だとしたら…。
あと少しで私がずっと追い求めていた幸せがあるんだ。
だから私は、今ここで…
窓に飾られていた花は、枯れていた。