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No.8 無敵じゃん


「はぁ〜もーー疲れるっ!!!」



ドゴッ、と鈍い音が響いた。

僕、ファン・ダンテの代わりにクラスDの副担任になったリーナ・アイリーンが、勢いよく机に突っ伏した音だ。昼休みの教員室。彼女の机には手つかずの弁当が置かれている。余程疲れているようだ。長い黒髪が机の上に広がり、死体のようなオーラを放っている。


「どうでした?コージロー先生」


僕は、彼女の隣で悠々と食事をしている男の背中に声をかけた。


「完璧っ」


コージローさんは、食堂の日替わり弁当を頬張りながら、自信満々にピースサインを掲げた。サングラスの奥の目は見えないが、会心の手応えがあったことは口元の笑みで分かる。


「なーーーーんでクラスAを真面目に一年授業してきた私が1日で敗北感を感じなきゃならないのよ!!」


「適当でつまんねぇ授業だったんだろ」

弁当をつまみながらリーナの方を見ずに言う。


「あんたには分からないでしょうねぇ私の苦労が!」


たぶん、自分が今クラスDの副担任だったら、同じ

感情を抱いていたかも知れない。少なくともリーナがここまで教師をやってきた姿は見ている。1年目以降、めちゃくちゃ手は抜いていたが、そうなってしまった気持ちもわかる。


「あー嫌になるわ〜もう人に教える自信無くなった」

「まだ頭が固いだけだ、10年やって半人前だぞ」

「あんた教師初日でしょ」


「胸はちょうど良い柔らかさだったけどな」


…!?


!?!?!?


!?!!!??!?!!?


時が、止まった。

僕の思考も止まった。

だが、リーナの殺意だけは光速で動いた。


爆発(エクス)!!!!!!


「言い方考えなさいよバッッッカじゃないの!?」


もの凄いスピードで顔面に魔法を放つ。コージローは何事も無かったように弁当を食べ進める。


「コージローさん!!!その話!詳しく!!!!!」

回る椅子でくるりとゆっくりこちらを向く。

ニヤリと笑う。

「後で、な」


ええええ何したのコージローさんズルイよぉぉ

顔に出ていたらしい。

ドカッ。

顔面を、思い切りリーナに蹴られた。鋭角なヒールの痛みが脳を揺らす。うーんこれも良いけどやはりなんか違う。求めている柔らかさとは対極の硬さだ。


「ここをどこだと思ってんだお前らは!!!」

「が、学園です…」

顔を押さえつつ、何とか答える。するとコンコン、と教員室の扉が叩かれる。


「失礼しまーす」


ひょっこりと顔を出したのは、クラスDのジフ・レインバール、ザック・ヘルパテス、そしてクリス・クロス。不良、不良、オタク。異色の取り合わせだ。そもそも、生徒が昼休みに自発的に教員室に来るなんて、リオハイムでは天変地異に近い。


「あ、あのコージロー先生」


「ぅおーん?」

咀嚼しながら返事をする。飲み込んでから喋りましょう、コージロー先生。


「先生の『魔術』のタネ、教えていただきませんか」

「おういいぞー」


軽っ。

そんな簡単に教えて良いものなのか?というか…


「『魔術』ってなんですか?」


「なんで教師のお前までわかんねーんだよ」

ぶっきらぼうにザックが言う。面目ない。


「知ってる奴がそもそも少ねえのよ、なんたって必殺技だからな。何かが出来なくなる代わりに何かが出来るようになるリスクとリターンを天秤に掛ける技だ」


コージロー先生の説明に、三人の生徒が怪訝そうな顔をする。リーナも僕も、同じ顔をしていただろう。

等価交換、あるいは制約と誓約。


「その俺の『魔術』のタネな、ただの速度の制限だ」


『速度の制限???』

声がキレイに揃う。僕はそもそもコージロー先生の

『魔術』を見た事がない。生徒達、ズルいぞ。


「めっちゃ簡単に言うとな、『ゆっくりなら動ける』って事だ。その設定した速度以上に速く動くと、位置と姿勢はもちろん、起こしたアクション、起きた事象全てをリセットする」


「めっちゃ強いじゃん…」


ジフが口を尖らせ言う。

激しく同意する。正直そんな事されたら勝負にならない。

「となると…何が出来なくなってるかが知りたいんですけど」

リーナが身を乗り出した。そりゃあ、学生時代秀才として有名だった彼女なら気になるだろう。リスクとリターン。その強大な効果に対する代償は何なのか。


「俺も動けない」


『弱ぁ!』


ザック、ジフ、リーナが声を揃える。いやいや、違うだろ。彼らは分かっていない。

恐らく、クリス君だけは気付いたようだ。


「いや、それって……コージロー先生の独壇場になる、って事ですよね……」


3人の頭の上に?の文字が浮かんでいる。リーナ、

君はもう少し賢いと思っていた。


「普通の魔法使いがそんな『魔術』使ったら使い物にならない、でも賢者レベルのコージロー先生が使うとするなら多分、無敵だ」


「なんでそうなんのよ」

リーナも多分起こった事を思い返せばわかるハズ。

何だったら今さっき僕はソレを見た。


「せ、先生がさ、「不思議体験終了」って言って手を叩いたじゃん、もうその時には『魔術』は解除されてたはずなんだよ」


「ん?そっか」

ここまではクラスDの授業の中で起こった事。

ザックがハッとした顔をする。


「実技…オレらが魔法ぶつけてる時、

お前動いてたか…?」

「……あぁ!!!」

リーナが素っ頓狂な声をあげる。


「私の爆発(エクス)()()()()()()()()()()()()()…」


クリスがまとめる。

「つまり、コージロー先生は速度制限の『魔術』のオンオフ、そして魔法そのものをノーモーションで使う事ができる」


「んーー正解」


ず、

『ズルぅ……』

全員の声が重なった。

聞いた事も見た事もない、規格外の連続に驚くばかりだ。自分も相手も動けない。その膠着状態の中で、自分だけが「指一本動かさずに」魔法を行使できるとしたら?一方的な蹂躙になる事だろう。賢者とは、こんなにも遠い存在なんだと、改めてレベルの差を痛感させられる。


ジフがささっと下から近づいて、リーナに話しかけた。

「あんたは動かずに魔法使えんの?」

「…やろうと思えば出来るけど、粗末な完成度になるでしょうね」


基本的に魔法は手や足や口、体の動きで魔法を使う感覚を掴む。真っ直ぐ立ったまま魔力を練る、魔法を使う、それをコントロールするなんて芸当、賢者以外出来ないだろう。ちなみに僕はというと魔力を練るくらいなら出来る。


「まぁそうだな、1週間もすれば必殺技、教えてやらん事もないぞ?」


おおっと声を上げる。

「マジかよンな簡単に…」

「が、頑張って授業しないと…」

「私にも教えなさいよ『魔術』!!」


リーナも子供のようにコージローに迫る。

なんだかんだみんな魔法を上手く使いたいとは思っているんだなと思った。目の前にいる人間はその極地なわけだから当然といえば当然か。


「…私も必殺技出来んの?」

ジフが不安そうに尋ねる。彼女だけは事情が違う。


「ジフよぉ、お前さんはまず『瓦解』を身につけてからだ」

「なんか私だけ違ぁう」

「それがお前の他の人間には持ち得ない絶対的長所なんだから仕方ねぇだろう」


不満げながらも、ジフの瞳には光が宿っていた。自分だけの武器、それを磨くことへの期待。

……僕も、必殺技を教えてほしい。

一週間経ったら、こっそりお願いしてみようかな。

そう思いながら、僕は騒がしくも活気づき始めた教員室を眺めていた。




挿絵(By みてみん)

25/03/09

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