No.22 夢、叶えし者
「謝りに行きます!!!」
「待て待て、そんなすぐに起きるかよ」
クリスがハルルとの戦いから控え室に帰ってくるなり謝りに行くと言って聞かない。恐らく本人もびっくりの威力だったのだろう。
「魔障壁もあるしハルルも雑にとはいえ防御魔法を唱えてた。そしてこれは『デュエル』だ、こういう勝負の着き方も多々ある。慣れていけクリス」
「で、でもぉ…」
「とりあえず今はダメだ、ハルルはプライド高そうだし真剣勝負をしたこの結果で、格下だと思っていたお前さんに謝られてみろ、ブチ切れられてもおかしくない」
うーんと唸りながらも納得したのか下がっていく。
ごめん、と言えるのもクリスの優しさなんだろうが初めてのちゃんとした実戦らしい実戦。勝負の礼儀も教えなければいけない。
「クリス、そう謝るのも良いが『ありがとう』も忘れるなよ、『良い戦いだった、ありがとう。お前も強かった』って言え。言ったら握手だぜ」
なにも憎悪で戦っていた訳じゃない、真摯に向き合えば相手も答えてくれるもんさ。
「でもあいつクリスの事ゴミムシとか言ってたけど」
…
余計な事言うな!!!ジフ!!
───────
「おークリス、てめぇ見てたぜこの野郎」
ザックが医務室から帰ってきたようだ、向こうでも試合の様子は観れるんだな。
ザックがクリスと無理矢理肩を組む。
そのまま腕で首を絞めるようとする。
クリスをめちゃくちゃ睨みながら言う。
「わざとあんな力隠してやがったのか?てめぇいつでもオレなんてぶっ飛ばせると思ってたんじゃねぇだろうな」
「お!思ってない!!思ってないよ!!」
いつも大人しく、脇役のような存在だったクリスが
自分の最高威力の魔法と同じ威力の魔法を唱えられると知った訳だ。そりゃあ胸中穏やかじゃないわな。
ザックがクリスを投げるようにして突き離す。
「もうお前には魔法の事聞かねぇ」
「え、」
「てめぇも今日からオレのライバルだ、いつかぶっ潰してやるからそン時までせいぜい自分磨きしとけや」
「えええ!?」
良かったなクリス、好敵手が出来たぞ。
「よし、そろそろ、私行くよ」
副将戦、ルカ・ワンダーホークの準備が整った。
相手は恐らくジャム・ジョレンテとかいうラテン系の男だろう。見た感じ、とてもルカの相手になるとは思えない、だが油断は禁物。
「ルカ、バッチリ完勝して来い」
「うん、ジフが負けても良いようにしてくるね」
「あ!!?」
非常にリラックス出来ている。ルカのマイペースさが良い方向に働いている、これなら心配は無さそうだ。
───────
『クラスD副将、ルカ・ワンダーホーク』
可愛らしい箒を片手にふんふんと鼻息荒く意気込んでいる。そこまで顔には出ていないがワクワクしているような表情だ。
『クラスA副将、ジャム・ジョレンテ』
「あ…」
驚いた表情のまま固まるジャム。なんだ?
それを警戒してか身構えるルカ。まだ鐘は鳴っていないから仕掛けて来るって事は無いと思うが。
「当たりだあああああ!!!!!」
…
「な、なに、なにが当たり?」
「君の美貌、あーいや、俺の運の良さが引き寄せた当たりという事だ」
…何の話だ?一目惚れとかそんな類の事か?
『カウトダウン、3、2、1』
戦いの鐘の音が鳴る。さぁどう出る。
魔力混成。
発生──
蚯蚓!!!
「わあああ!!!」
ジフが見るなり大声を出して机の下に潜り込む。苦手なヤツに対してなら恐らく無敵な爬虫類系の魔法。
大きな蚯蚓が地面から這い出る。これはさすがに俺でも鳥肌が立つ。怖すぎるだろ、戦況を見守る目が自然と薄くになる。直視はなるべくしたくない。
「降参するなら、今のうち」
ジャムがニヤリと笑う。
「冗談言うなよ、俺だぜ!!!」
「…知らないよ」
指を天に向けてビシッとポーズを決める。
「自己紹介してやるゼ、俺はジャム・ジョレンテ。
将来、魔法科学者になる男だ!覚えておけぇ!」
魔法使い、じゃなくて魔法化学者?
基本的にはこの2つは具体的な差は無いが、特筆すべきは『戦わない』という事だ。
こんな世界だ、犯罪者や危険な魔獣も魔法を使って来る。それに対抗するのが魔法警察や魔狩人、そして『デュエル』や『フラッグ』といった魔法をスポーツ的に楽しくさせたモノ。
それらと一線を画す職業が魔法化学者。
人や物に対して魔法を一切使わず、新しい魔法を作ったり、便利な魔道具を作ったりと職人のような職業だ。それをわざわざ目指す人間は少ないだろう。
なんて野心のあるヤツだ、気に入ったぜ。
「その、魔法化学者さんがなに?」
「今から君に『参った』と言わせる、ぜ!!」
魔力混成!
発生─
「弱酸!!」
ジャムの足元から緑色の水の玉がぷかぷかと浮き出てくる。
「もう1つ!」
魔力混成───
「それを待つほど、バカじゃない…!」
大きな蚯蚓がジャム目掛けて突進してくる。想像するだけで気分が悪くなる。
「全く、可愛い蚯蚓ちゃんだぜ」
ジャムは少しも動じていない。蚯蚓がそもそも得意なのか、これを魔法と見ているのか、怯む事なく魔力を練る。
「とはいえ、躱さなきゃあな」
魔力を地面に向けて撃ちジャムが宙に舞う。
その下を蚯蚓が駆け抜ける。最小限の動きで躱すか、意外とコイツやり手だぞ。
「困るよ、そのくらいしてもらわなきゃ」
ルカが箒に乗って先回りしていた、随分と乗るのが
上手くなったもんだ。
「チャンスだ」
「どっちの?」
「もちろん俺っ!」
『魔法混成』
酸星!!!
酸の玉が小さな爆発を起こす。接近したルカに酸の水滴が振りかかる、しかしルカは箒に乗ったままジャムを通り過ぎた。蚯蚓もいるし今無理をして仕留める場面では無いと判断したか、回避を優先させた。
「危なかった」
「果たしてそうかな?」
魔法と魔法を混ぜた特別な酸。やはり何か別の特性を持った酸か?
「やはりイイものを持っているな」
「なんの話?」
「服の話さ」
ツンツンと親指で自分の胸を指すジャム。すると唐突にクラスAとクラスDの応援席が盛り上がる。
その盛り上がりの正体、それは──
ルカの制服の胸の部分が溶け、下着が見えていた。
「なっ」
赤面しながら急いで片手で胸を隠す。
もしや、ジャムが魔法化学者志望なのは野心があるとかでは無く──
「覚えておくがいいぜ!俺はジャム・ジョレンテ!!男の夢を叶える者だぜ!!!」
自分に素直なアホだからか!!
「蚯蚓っ」
少し怒った表情で蚯蚓を操る。
蚯蚓がジャムに向かって突進してくる。ルカはその隙に片手で箒を操作し、空中へ離脱する。2度とあの魔法は喰らってはいけないと判断し距離を取る。
「片手で箒を操れるほど達者じゃねぇはずだぜ」
『魔法混成』
光打石!
石を生成し、空中で石と石をぶつける。
その瞬間、目が眩む程の光が花火のように宙に煌めく。
すると突然蚯蚓が軌道を変えてルカに向かって行く。
「ちょ、なんで…!」
「蚯蚓は光と振動を頼りに移動するんだぜ?」
ルカは咄嗟に左へ方向転換する。片手での不安定な箒操作も相まって上手く曲がり切れず、蚯蚓と接触し、ルカが地面に打ち付けられる。
「痛っ…」
『魔法混成』
「あ…」
酸星!!!!
ルカに酸星が直撃する。
するとどうなるか?それはもちろん皆の予想通り。
クラスAとDの応援席が沸く。
全身が水浸しになり、見事に服だけを溶かす。そしてルカはほぼ裸同然の格好になる。地面に落ちた時も片手で胸を押さえていたのか、胸の部分だけ少し下着が残っているのも応援席のヤツらが興奮する材料となっていたか。
「────ッッッ!!!!!」
ルカの顔がみるみる赤くなりうずくまる。
ゆっくりと歩いてきたジャムがルカの前で止まる。
着ていたブレザーをルカに羽織らせ、言う
「まだやるかい?」
「降参…!!」
副将戦──
勝者、ジャム・ジョレンテ。
彼の夢は男の夢を叶える事─────
25/03/29
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