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王女の憂鬱

 サリーヤが鏡台の前で深くため息をついて項垂れていると、誰かが扉を叩く音が聞こえた。


「なんなのよ一体!朝っぱらから〜……」


こっちは鬱屈としすぎていた前世の記憶が蘇って大ダメージを食らっている上、生まれ変わっても尚美貌を手に入れられない現実に嘆いているのに。苛立ちを隠さない声色のサリーヤに、可哀想に怯えた様子で従者の少女が部屋に足を踏み入れた。


「お取り込み中のところ、申し訳ありません……朝餉が出来たようですが、お持ちしますか?」


暗く沈んだ表情で口を開く少女に、サリーヤがあっけからんとした様子で返答する。


「え?なんでわざわざ。私が行けばいいだけの話でしょ」


「……え?」


従者の少女……マルヤムが唖然とした表情で固まるのに、サリーヤは困惑した。どうやら前世の記憶があまりに唐突に蘇ったせいで、今世での記憶が虫に食われたようにところどころ抜け落ちているみたいだった。自分の名前や、家族構成や、生まれた国などの基本データは思い出せても、それに付随する情報が上手く引き出せない。とにかく、部屋に籠ってもずっとこのままなのは明白だ。記憶というのはなにかフックがなければ引っかからないから……。


「お父様たちはどこで食べていらっしゃるの?食堂?」


「いえ。今日は天気が良いからと、庭で食事を……」


「そうしたら、私の分も庭に運んでもらえる?」


サリーヤの思いもよらない提案に動揺した様子を浮かべながらも、拒否権など持たないマルヤムはすぐに頷いた。


「しょ、承知しました。ただちに手配いたします」


サンキュー。得体の知れない国の言葉を後にして早々に部屋を去る主人の背中を見送りながら、マルヤムは体に冷や汗が流れるような思いをした。あんなに機嫌の良いサリーヤを見るのは初めてだったし……それになによりも、サリーヤが家族と共に食事でもしたら、すぐに大変なことが起こるだろうとわかりきっていたのだ。



 サリーヤが庭に出向くと、彼らは庭に備え付いたテーブルで既に朝食を食べ始めていた。父に、母。そしてその向かいに座っているのは、美しいブロンドのストレートヘアに、ターコイズのような青い目をした少女。覚悟はしていたけれど、いざ視界に飛び込むと身体が震えた。彼女が既に"思い出している"かどうかはわからない。それでも同じ人間には違いなかった。あまりにも同じ要素が多すぎたのだ。


「……あっ。お姉様!どうしたのですか?」


少女はサリーヤを見つけると、嬉しそうに声を上げた。鈴の音のような声さえ変わらないままで、サリーヤは今すぐにでも耳を塞ぎたい願望に駆られた。


 そして、少女の声に、国王に王妃も一斉にサリーヤの方に目をやった。……と同時に、甲高い叫び声が庭に響いた。


「一体、何しに来たの!許可なく顔を見せるなと何度言ったらわかるの?!」


声の主は母親だった。先程まで幸せそうに談笑しながら食事していた人間とは思えない険しい顔つきに、サリーヤは固まったまま一歩後ずさった。


 あ。フック、あったかも。脳内では冷静に思考しようと努めても、実の娘に向けられる憎悪の表情と、それに伴って引き出されるおびただしいほどの負の記憶に体が立ちすくむ。つまり、サリーヤは望まれざるべき子供だった。父も母も金髪碧眼で、サリーヤが生まれたのは突然変異としか考えられなかったし……突然変異ならまだ良い方で、生まれてからしばらくは、母は不貞を疑われて監禁されていたのだ。結局、差し出された赤子を見た高位の神官がひと目で「不貞によって出来た子ではない」と断言したおかげで解放されたのだが。


 誤解が解けたところで、サリーヤが祝福を受けることはなかった。

市井の子どもであれば黒い髪に黒い目はとくべつ珍しくなかったが、宮殿の外を知らない国王と王妃の目には彼女は異端にしか映らなかった。そして、サリーヤが生まれた一年後に、二人の間に新たな子供が生まれた。金髪に碧眼。なにより、生まれて日が浅い間から既に美貌を確約されたその顔に、2人はやっと愛すべき子供が生まれたといわんばかりにその子供を可愛がった。妹は、"月"を意味するタレイア語で"リーナ"と名付けられた。リーナはいつも二人の間に挟まれて、彼らは貴族でありながら、さながらごく普通の庶民の家族のように幸せに見えた。その裏では宮殿の隅に押し込まれて、顔を合わせることすらろくに許されないもう一人の娘がいたのだったが。


 生まれ変わったら幸せになれるって誰が決めたの?こんな人生、前世よりも酷いじゃん。せいぜいお金があるだけ……。

暗くなる視界の中で考えたが、とにかく今世では人生を食い潰さないと決めたのだ。きっと、私と共に空を飛んだ瞬間、私を包み込んでもう一度人生を与えてくれたのだろう"本当の"母に誓って。俯いていた顔を上げて、サリーヤは笑みを浮かべた。


「何しに来たって、朝餉を食べに来たんです。眠ったらお腹が空くでしょう?人は誰しも」


王妃も、国王も唖然とした表情を浮かべて、言葉すら出ない様子だった。とにかくそれまでのサリーヤでは彼らに楯突くことなんて有り得なかったのだ。それどころか、彼らの足音ひとつにすら怯えて、だいたい溜まったストレスを召使いか何かで発散して、もっと忌み嫌われる。そんな感じのルーティン。最悪だった。

そんな中、サリーヤはただ一人、リーナだけが何を考えているのかもよくわからない滑らかな顔で口を閉ざしているのに気がついた。もともと両親の言いつけを破ってサリーヤに会いに来るような、"一見"心優しい子だったから、この状況を許せないのだろうか?それともやはり、"思い出している"のだろうか?どちらにせよ、今のサリーヤにはわからないことだった。


「……サリーヤ。お前は三食食べる必要なんてないだろう」


それまで沈黙を貫いていた国王が口を開く。流石は天下のアディーブ家の当主だった。その厳かな声の響きにたじろぎながらも、言葉の意味がわからなかったので、サリーヤは無駄に堂々と聞き返した。


「一体なんでです?」


「物わかりまで悪いのか、お前は……。今日は婚約者のカーシム殿がいらっしゃる日だ。お前のような醜女が腹まで出ていたらどう思われるか……」


直後の失礼すぎる一言は無視するにしても、婚約者?カーシム?ますます混迷する記憶の中で、これ以上その場に立ち尽くしていたら激昂されるという危機感だけは明瞭に働いた。


「それは失礼いたしました!ただでさえこんな醜女が、腹まで出ていたら、ええ、どう思われるか……」


半ば捨て台詞に近い台詞を吐き捨てて、サリーヤは足早に部屋へ戻るのだった。リーナが投げかける冷たい眼差しにも気づかずに。


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