3 念動力が使える原生生物はKawaii
西湖と名乗った特殊個体との出会いを思い出す。
◇
ある昼下がり、通常は顧客が来ない時間帯なので私は油断していたのかもしれない。
商品の入替作業を何人かの私で行っていた。念のため、本体以外は原生生物の視覚では視認できないように、反射する光を調整していたがそれが余計な誤解を与えたのかもしれない。
側から第三者が見たら商品が勝手に動いているように見えるのだ。
その様子を見て勢いよく入店してきた原生生物が、私に向かって叫んできた。
「師匠!」
「シショウ?」
私はそう聞き返しながら他の疑似個体を素早く消失させる。いくつかの商品が床に落ちてしまった。
「ぜひ師匠と呼ばせてください!」
「なぜだ? シショウとはどういう―」
「今、念動力を使っていましたよね?」
「ちょっと待ってくれ。分からないことが―」
「商品が宙に浮いて動いてたじゃないですか!?」
興奮しているのかそういう習性なのか、この原生生物は相手の話を聞くのが苦手らしい。私の言葉を遮ってばかりだ。そんな必死な姿はKawaiiから良いが、これではコミュニケーションが取り辛い。
「いや、宙に浮いていたわけではない」
私は事実に基づいて否定すると、原生生物は大げさに首を振る。ちなみにこの個体は頭髪が長く体に凹凸があまりないため、オスかメスか分からない。だから原生生物と呼称するしかない。
「隠さなくていいんです。悪いようにはしませんから……良かった、やっと見つけた」
一体何を見つけたというのか。まさか!? 外星人を排除するために探していたのか? 警戒しなければならないようだ。
「君は何者なんだ?」
もし私の推測が当たっているのならば素直に答えるとは思えないが、動揺具合から判別できるかもしれない。私もだいぶ原生生物のコミュニケーションに慣れてきたものだ。
私が質問すると原生生物は意気揚々と身振り手振りを交えながら答えた。
「よくぞ、聞いてくれました。貴方の町の平和を守るファンシーサイキック、西湖きねしとは私のこと!」
「平和を守るだと!? 何が目的だ?」
警戒しておいて正解だった。やはり天敵と同類だ。しかし、能力はそんなに高くないと見た。排除すべき敵に正体を明かすのは愚行だからだ。恐らく原生生物の自衛組織の一員なのだろう。
「え!? そこですか?」
「私を排除しに来たのか?」
「は、排除なんて。むしろ弟子入りしたいんです」
原生生物は両手を胸の前で振る。敵意の無いジェスチャーだが、油断はできない。私が理解できない言葉ばかりを発して混乱させるのが目的かもしれない。
「すまない。あえて言う必要もないと思うが、私はまだここに慣れていない。敵意が無いというならもう少し分かりやすく説明してくれ」
「あっ日本の方ではない? 日本語お上手ですね」
「言語は基本だからな。ああ、秘密工作しているわけではないから安心してくれ」
「なるほど、あれですか、芸術家的な。やっぱりそういう天才肌の人に超能力って宿るんですね」
原生生物は独り納得している。だいたいの原生生物ともそうだが、この個体とはより交流に齟齬がある気がする。
「それで、君の目的は一体なんなんだ?」
「ああ、すみません。私、お笑い芸人をやってまして……分かりますかね、コメディアン」
「いや、分からない」
「あっそうですか……まぁなんというか人を笑わせる仕事をする人ですね」
「そんな仕事があるのか!?」
この星に来てから何度も驚かされたが、今回もかなりの衝撃だ。仕事は生存のために原生生物が行う活動ではなかったか? 原生生物は笑わないと生存が危ぶまれるのか?
「……なるほど、私の実力を試しているわけですね。いいでしょう、ノリましょう。お笑い芸人知らないんですか? 多分人口の3割がそうですよ」
そ、そんなバカな。私は初めて出会うぞ、お笑い芸人。
「……もしかして、原生生物は笑ってないと死ぬのか?」
「ええ、死にますね。だから、私が必要なんです」
なるほど、ひとつ謎が解けたぞ。だから、原生生物の多くが意味もなく笑っているのか。確か愛想笑いとかいう仕草だ。それは呼吸と同じように生存のために必要な行動だったのだな。Kawaii。
「ってそんなわけじゃないですか!」
西湖はそう言って手のひらで私の胸を軽く叩いた。なんだ、やはり宣戦布告なのか?私は困惑する。
「つまり、今の話は嘘なのか?」
「嘘なんて野暮ですよぉ。ボケでしょ、ボケ」
もうダメだ。分からないことが多すぎる。
「そんなことより、念動力ですよ。実は私も少し使えるんですよ。ただのキャラ付けの超能力(嘘)かと思ったら、本当に使える! これ、面白くないですか!?」
西湖は鼻息荒くそう主張する。その姿はKawaiiが、面白いかどうかは意味不明過ぎて判断できない。
「あっこれも嘘だと思ってますね? いいでしょう。お見せしましょう。その落ちたお菓子見ててくださいね」
彼は茫然としている私を無視して一人でしゃべり続けながら、背負っているリュックサックから折り畳み式の椅子を取り出し座る。
左手を膝の上に置き、右手を曲げて太ももを支点にしながら、握りこぶしを顎に当てる。そして、獣のように数秒間低く唸った。これはKawaii……のか。
すると、先ほど床に落ちたスナック菓子が微動した。言われなければ気づかないほどだが、確かに動きはした。これが西湖の言う念動力なのだろう。
物を触れずに動かす。確かに普通の原生生物には無い機能だ。
「ハァハァ……」
エネルギーをかなり消費するのか、西湖は息が切れているため、深呼吸している。
「どうです? 動いたでしょう」
「確かに」
動いたことは事実だが、これで原生生物は笑うのだろうか? Kawaii彼らのことだから、笑うのかもしれない。
「あーやっぱ驚かないですよね。ロダンの”考える人”ポーズをしないと力が使えないし、動かせる距離もかなり地味なんでお笑い向けじゃないんですよねー」
「ふむ、そういうものなのか」
「そこで、師匠の出番ですよ」
西湖はそう言って私を指差す。シショウと言うのは私の呼び名らしい。
「その溢れるサイコパワーで私を鍛えてくれませんか?」
「いや、私にサイコパワーなんてものはない」
「またまた謙遜して! あんなにすごいのを見せられたら誤魔化せないですよ。自分の感覚を信じてこんな僻地まで来た甲斐がありました。やっぱり私って才能あるんですね」
私はなんとなく理解してきた。この個体は原生生物の中でも、相当な特殊個体であることを。そして、私には手に負えないということも。こういう時にこそ、サオリに居てほしいのだが。
「もし仮にそのパワーがあったとしても、君を鍛えることはできない」
「あーやっぱ企業秘密的なアレですか」
「そうだ」
アレが何を指すのか分からなかったが質問してもどうせ答えは返ってこないので、肯定することにした。
「じゃあ、ひとつだけ教えてください。どうしてその力に目覚めたんですか?」
その力というのは商品入れ替えを多くの疑似個体でやっていたことだろう。だとしたら、答えられる。
「このコンビニで店長をやっているからだろうな」
「そうか! パワースポット的なアレですね。そういうことなら……ここで働かせてください!」
西湖は上半身を綺麗に90度に曲げる。これは切実な依頼をするときにこの地域の原生生物がする行動だ。言葉だけで意味は伝わるのに、行動を伴わせる無駄な労力がKawaii。
だが、残念ながら依頼に応えることはできない。
「いや、今は労働者を募集していない」
「そこをなんとか。笑わせたい人がいるんです! この通りです」
今度は両膝を折り、そのまま地面に座り込み額まで地面につけている。これは初めて見るが恐らくより切実さが強い時の行動なのだろう。
そこへ新たな客が来店するが、その様子を見て顔を強張らせてすぐに退店してしまう。
なるほど、確かに原生生物同士ではかなり影響を与えるようだ。私には意味不明だが。
「すまないが、私にその権限はない」
私が改めてそう伝えても、地面で小さくなっている行動を西湖は止めようとしない。もしかしたら、この行動をするとしばらく動けなくなる習性があるのかもしれない。そっとしておこう。
私は商品入れ替えの作業に戻る。ひとつしか疑似個体を使えないので早くしなければ。
「そ、それは冷たくないですかぁ!? Z世代も真っ青ですよ」
作業に戻った私の腰にしがみ付いて、西湖はそう叫んだ。
「依頼に応えることはできないと言った。それ以上に何がある?」
「……っぱ師匠ってタダモノじゃないっすね。分かりました。今日は引き下がりますが、バイト募集する際には絶対に声掛けてくださいね」
◇
そう言って、西湖が渡してきたものが件のメモだ。
「なにそれ、最高。採用!」
電話でサオリに経緯を話したら、即答だった。面接もせずに、西湖はコンビニで働くことになったのだった。