2 不採用面接で戸惑う原生生物がKawaii
「君が採用の判断をするなら、私はこの場に不要なのではないか?」
あまり広いとは言えない事務室に無理やり面接スペースを作り、そこにサオリと二人で座り応募者を待っている。
あまり居心地が良いとは言えず、サオリにそう聞いてみた。
「店長なんだから居なきゃダメでしょ。あっそれとも私のこと嫌いになっちゃった? 他に好きな人でもできたの?」
瞳に水分を過剰に発生させてサオリはそう言った。原生生物の多くは感情が昂った時に目から水分を分泌するが、サオリはそれを自分の意思で操作できている節がある。カワイクない。
「元より好き嫌いの感情はない、というか分からないと言った方が正確か。君には感謝しているが」
「あら? じゃあ私が恋を教えてあげる」
「大変興味深いが、君からはあまり教わりたくないと本能が警告している」
事実だ。我々は生存に対して合理的に進化してきた。よって生存を脅かすリスクについては敏感だ。その本能が恋という行為に生命の危機を感じている。
さらには、原生生物の中でも特殊個体であるサオリさらは絶対に避けるべきだと細胞が主張している。
「失礼ねー。正直、私よりイイ女なんて、太陽系の惑星には居ないんじゃないかな?」
「……君は別の星に行ったことがあるのか?」
私の認識ではごく一部の原生生物が近隣の衛星に行ったくらいで、別の惑星への移動手段はないはずだが。サオリはやはり底知れない。外星人なのか?
私が疑いの目線を向けると、サオリはまた急に笑い出した。
「今日も調子いいねー、宇宙人君! 面接もその調子で頼むよ、キミぃ!」
サオリはそう言って、私の背中をバンバンと叩いた。
彼女とのコミュニケーションはどうにもうまくいかない。私の質問に正確に応えた試しがない。そんな意思疎通ができない私をここまで重宝している理由がまるで分からないが、都合が良いので追求するのはやめよう。
そこへ事務所の扉がノックされ「面接」と現在シフトに入っているオスから一言だけ声がかかる。
このオスとのコミュニケーションは簡単だ。必要最低限のことしか喋らないのだ。まるで機械のようである。
もしかしたらこの星のテクノロジーは思ったより進んでいて、アンドロイドが実用化されているのかと考えた時があったが、ちゃんと生体反応がありそれは否定された。
それより今は面接だ。サオリが「どうぞ」と言って応募者に入室を促した。
応募者は若いオスで、なんというか生命力に溢れていた。生存競争を優位に進めてきている事がバイタルからも感じられる。原生生物がよく言及する”勝ち組”という群れに属しているのではないだろうか。
オスはサオリの指示で着席し自己紹介をする。全ての原生生物の固有名を覚えるのは非効率なので、関わりが深い個体のみ覚えることにしている。このオスはそうなるかまだ分からないので覚えるのは保留だ。
「それで、アナタみたいな優秀な大学生がこんな僻地のコンビニバイトなんかになんで応募してきたんですか?」
やはり、このオスは優秀な個体らしい。私と話している時と同一人物とは思えない無機質な声色でサオリはそう言った。サオリも含めて原生生物はひとつの個体がいくつも自我を持っているように感じる時がある。
彼女は特にその差異が大きい。
「優秀なんてとんでもないです。木島さんの下で働きたくて応募しました。是非、いろいろ勉強させてください」
木島というのはサオリの別の固有名だ。固有名がいくつもあって原生生物が混乱しないのが不思議だ。
「んー、実務はこの店長に従ってやってもらうんですよ。あと職場は勉強する場所ではないです。それで、貴方の長所は?」
サオリの声色がさらに無機質な自動音声のようになっていく。そうなると、相手は大体動揺するものだがこのオスは例外なようだ。しっかりとサオリの目を見つめて答える。あまりカワイクないな、このオス。
「失礼しました。私にとっては何事も勉強であるということをお伝えしたくて……質問の答えですが、コミュニケーション能力ですね!」
サオリの口角が上がる。この表情をする時はだいたい何かを企んでいる時だ。急に明るくなった声でサオリは言う。
「それは素晴らしいですね。この店長、ちょっとコミュニケーションに難がありましてね。ちょっと会話してもらえますか?」
オスは少し戸惑った表情をするが、それも一瞬だけだった。自分の中で答えが出たのか、自信に満ち溢れた表情にすぐに戻った。
しかし、私の了承を取らないで勝手に話を進めないでほしい。サオリに何を言っても無駄なことは学習しているが。それに私が原生生物と上手くコミュニケーションが取れないのは私の能力のせいではない。
原生生物のコミュニケーションが非効率で非合理で非生産的であるのが原因だ。最近はそれがKawaiiの源だとも感じているが。
「はい、喜んで!それでは早速。良かったら店長さんのヴィジョンを教えてくれませんか?」
考えているそばからコミュニケーションが非効率であることの証左がすぐに出た。相手が”ヴィジョン”なる言葉の意味を理解している前提で話が展開される。少しカワイクなってきたじゃないか。
「ヴィジョンとはなんだ?」
「えっと……ヴィジョンはヴィジョンですけど……」
「すまないが、私はこのホ……地域の言葉にまだ不慣れでな。説明してくれないか?」
「なるほど、そういうことですか!わかりました」
オスは勝手に何かに納得したようだ。質問しているのはこちらなのに。Kawaii。
「ヴィジョンというのはですね、ずばり展望です。このコンビニをどうしていきたいか、そういう想いのことです!」
オスは両手をバタバタとさせながら、そう言った。その動きは一体なんだ? 求愛行動か? Kawaii。
それはそれとして、質問の答えに窮し私は腕を組む。
「ふむ、どうしていきたいか……分からんな」
「えっと……分からない、ですか」
「ああ、分からない。私はこのホ……地域のことが、まるで分からない。それにコンビニの役割・意義なども正直分かっていない」
「だ、大丈夫なんですか?」
オスは何故か心配そうな顔をしてサオリの方を見る。私もつられて彼女の方を見た。
人形のように無表情だ。生存が心配になり思わずバイタルを確認してしまうほどに。
「あら、それで会話はおしまいですか?」
今までの余裕の表情が消え、オスは明らかに焦っている。
「あ、アレですかね、新任の店長さんなんですかね! じゃあ、もっとシンプルに。この地域の好きな所はないんですか?」
「それはもちろんKawaiiところだ」
私は即答する。この質問は簡単だ。
「カ、カワイイ?」
「ああ、そうだ。君もKawaiiぞ」
オスのコメカミあたりを汗が一筋垂れていく。この部屋の気温は適温のはずだが。
「ははは、ご冗談がうまいですね」
「何を言っている。冗談という文化は私の最も苦手とする分野だぞ」
「あーはいはい、もういいですよー。後々連絡するのが面倒だから、今伝えますね。誠に残念ながら不採用です」
サオリは笑顔でそう言った。この笑顔が作り笑顔だということは最近認識できるようになってきた。
「え、あ、はい」
オスの顔から感情が抜け落ちた。
「今、ちょっとホッとしているでしょう? 不採用の理由はそういうところです。では、お時間ありがとうございました」
オスは何かを言いたそうに口を開きかけるが、思い直したのか会釈だけして退室していった。
「なぜ不採用なんだ? 結構、Kawaiiと思ったぞ?」
私は率直な疑問をサオリにぶつける。サオリは声出して笑った。さっきまでの無機質さが嘘のようだ。
「カワイイかどうかは関係ないから! 宇宙人君ってああいうのが好みなの? っていうか私は? また浮気?」
「すまない。私が悪かった。聞かなかったことにしてくれ」
「あーごめんごめん。拗ねないでよ。単純に反応がおもしろくないからよ。なんか僕分かってますよって感じが鼻につくし。もっと大げさにリアクションしたり、ツッコンでくれないとねー。宇宙人君の相方は務まらないでしょ」
「私には良く分からないが、それはコンビニの業務なのか?」
「そうよ。私のコンビニで働くならそれくらいやってもらわないと」
◆
今、思い出してもサオリの採用基準は理解できない。理解しようとするのが無駄なのだ。
「また、ぼーっとして! 店長も、アルバイトの候補者を見つけて少しはポイント稼いだ方がいいんじゃないですか? あんまり使えないとクビになっちゃいますよ」
アキが騒ぎ立てる。
「どういうことなんだ、それは? 私がサオリの首になるのか?」
「なんか日本語が変ですけど、まぁそういうことです。何かあてはないんですか?」
労働で責務を果たさないとそんな罰があるのか。原生生物は恐ろしい生物なのかもしれないな。しかし、基準が分からないと候補者を見つけ出すことも難しい。
いや……待てよ。
もしかしたら、アレは候補者足り得るんじゃないのか?
「すまないが、少し事務所にいる」
「良さそうな人、思い出したんですか? 忙しくなったら戻ってきてくださいよー」
店舗をアキに任せ、事務所の引き出しを漁り、いつの日か無造作に保管したメモを見つけ出す。
そこには電話番号と以下の記載が残されていた。
『師匠へ アルバイトの募集が始まったら連絡してください。 西湖キネシより』