2 複雑な求愛行動がKawaii
助けを求めたメスは心拍数が高まっており、気温は適正温度のはずだが発汗をしている。焦りや恐怖の感情が発露しているようだ。一体何がこのメスにそうさせているのか非常に興味深い。Kawaii。
私はなんでもかんでもKawaiiと思えてしまうが、この星の特有の言葉なのでうまく解釈できているか自信はない。
原生生物達は愛玩動物によくKawaiiという言葉を使うという。それに近しい感情だと私は思う。下等生物の非合理行動を、怒りや呆れではなくポジティブな感情に転換する魔法の言葉だ。素晴らしい。
この言葉を生み出した原生生物は、ひょっとしたら我々より高い次元にいるのかもしれないと最近では思い始めた。合理性が全てではないのかもしれない。
もしかしたら、各種の愚かな行動は私を楽しませるためにわざとやっているのかもしれない。なんとサービス精神旺盛な生物だろうか。
「事務所、借りるぞ」
私が思いを馳せている間に、天敵がメスと話を進めていたらしい。私の許可を待たずに二人は事務所へ入っていく。そういうところが天敵のカワイクないところだ。私は犯罪者ではないのだからケーサツであろうと敬意を払うべきであろう。
もし許可をしないと私が言ったらどうなるのか考えているのだろうか。私はこの地域の法にそこまで詳しくはないが、確か他人の所有する建造物に無許可で入ると違法なはずだ。
ケーサツは法を守らせるための治安維持部隊だ。そのケーサツが法を破ってどうするというのか。長くこの星に住み過ぎて、奴も原生生物と同等の不合理さを身につけてしまったのだろうか。
ということは、天敵もKawaiiのか……?いや、違う。それは奴の元来の愚かさであり、憎むべき性質だ。そういうことにしよう。
さて、今はそんなことよりメスの話が聞きたい。
扉1枚程度挟んだ程度で支障をきたすようなセンサーではない。聞かせてもらおう。
……
うむ。メスの話が要領を得ない。Kawaii!
「えっと」という雑音が頻繁に入り何が言いたいのか良く分からない。きっと気が動転しているのだろう。3回ほど同じような内容を話したところで、ようやく概要が理解できた。
端的に言うと、『ストーカー』という者に追われているらしい。
なるほど。ストーカー。
なんだ、それは。
これだけメスが取り乱しているのだから、もしかしたら原生生物を捕食する生物なのか?
それは良くない。こんなにKawaii原生生物の数が減るのは困る。
ストーカーとやらは駆逐しなければならない。
メスの話によると原生生物に擬態しているようだ。もしかしたら私と同類なのか?
そこへ、新たなオスが来店する。
体にたっぷりと非常用のエネルギーを備蓄したオスだ。恐らく近々厳しい環境に身を置くための備えだろう。確かそんな状態を肥満というのだったか。
オスは発汗が著しい。目線が泳いでいて何かを探している様子。
しかし、妙に存在感がある。地に根を張っているようだ。植物型の宇宙生物の擬態か?
肥満体型も体積をごまかすための処置かもしれない。……疑わしい。
「何を探しているんだ?」
「いや、えーっと……っていうかなんでそんな偉そうなんだ」
ぼそぼそと喋っていて聞き取れない。後半部分は原生生物なら聞き取れない音量だろう。もちろん、私にはちゃんと聞こえているから安心してほしい。
意思疎通を図るための発声で相手に届かない音量で話す意味不明な行動も普段ならKawaiiと思うが、今は警戒中だ。用心しなければならない。こういう時は先んじて動いた方が良い。生存競争でも奇襲したものが大概勝つ。
「君はストーカーか?」
「へ?」
勝った。
明らかにこのオス(原生生物を捕食する宇宙生物が擬態している可能性はある)は動揺して隙ができている。
そこへ天敵がやってきて、
「ちょっとすみませんね~どうぞ、ごゆっくり」
そうオスに向かって言いながら私の首根っこを掴んで事務所へと引っ張り込んだ。
今が奇襲のチャンスだというのに、何をやっているのか。外敵を倒すくらいしか能がないのに。
「何やってんだ! お前は!」
「いや、こちらの台詞だが。今こそ、ストーカー駆除のチャンスだろう?」
天敵に怒鳴られる謂れはない。むしろ、珍しく手伝っているというのに。
天敵は大げさに頭を振ってため息をついた。
「お前、ストーカーをなんだと思っている?」
「原生生物を捕食する生物だろう? まさに貴様が倒すべき敵だと思うが」
「違うわ! いいか、ストーカーというのはだな―」
「警官さん! なんで、この人、私の話した内容を知っているんですか?」
天敵がいつものくどい説明を始めようとした所で、メスが話に割って入る。
原生生物の認識では扉1枚隔てれば話は聞こえないとなっているのだから不思議に思うのは当然だ。
説明せねばなるまい。
「実は、私は君達の言うところの宇……」
「ああ、よくあるんですよ、最近。だから当てずっぽうで言ったんでしょう。ね? 店長?」
天敵は念話で「話を合わせろ」と送ってくるが、話を合わせる義理はない。
それに原生生物は外宇宙から来る生物に対してきっと寛容なはずだ。
メスは天敵の説明では納得していない表情だ。やはり、事実を説明した方が良い。
「いや、だから私は」
「ああ、そういえばトイレ我慢してるんだったなぁ! 店長さん、トイレ案内してください。お嬢さん、少々お待ちくださいね」
「え!?今ですか?」
メスは困惑顔だ。私でも分かる。排泄のタイミングは今じゃない。そもそも、我々に原生生物と同じ排泄は不要だが。
「すみませーん、漏れそうなんです。ほら、店長さん、早く」
異様に強い力で強引にトイレまで連れて行かれた。原生生物なら壊れるぞ。
連行される途中で店内を見渡すと、ストーカーと疑われるオスが徘徊していた。
動きに無駄がない。やはり油断できない。
来客が無いことを祈ろう。捕食されてはたまらない。
多目的トイレに入るなり天敵の説教が始まった。
天敵の方がこの星での生活が長いのは事実だ。だから、文化・慣習を私より理解しているのは認めねばならない。
よって、クドクドと説明されて嫌気が差したものの、以下の2点については飲み込もうと思う。
・ストーキングは原生生物の求愛行動のひとつ。ただし、相手が非常に嫌がる求愛行動である。そして、それを行うものがストーカー。その行動の大半は違法行為である。下手に刺激すると過激な行動をとる可能性があるので、刺激するな。
・多くの原生生物は宇宙人の存在に懐疑的であるため、存在を明かすのはデメリットしかない。
前者については私がどれだけ分析しても理解できる感情ではないだろう。なぜなら、我らは個であり全であるからだ。我が種は、思考を全て共有する。 当然雌雄の別もなく、求愛行動は一切必要ない。
個体数はいくらでも調整できる。一個の大きな個体といっても良いのかもしれない。
だから、個体間のコミュニケーションで四苦八苦する原生生物がとても物珍しくて愛おしいのだ。ある記録によると我が種も進化の過程でそういう時代があったとされるから、細胞レベルのノスタルジーなのかもしれない。
後者については納得し辛い部分があり、反論はした。そういうことなら、なぜ原生生物は理解できない存在を『宇宙人』と言及するのか?と。
天敵曰く比喩表現らしい。なるほど、理解できない存在を表すために存在すら懐疑的な宇宙人を引き合いに出すことでその理解し辛さを表現しているわけか。なかなか難解だ。やはり、この星の文化はそれなりに高度なのだろう。
それはおいおい観察していくとして、原生生物が捕食される可能性が無いなら今は目の前に事象を存分に楽しまなければならない。
私は有り余る時間を少しでも楽しむために、Kawaiiを堪能するだけだ。別に危害を加えるわけではないのだから、ケーサツに止められる筋合いもない。
私がレジに戻ったタイミングで、丁度ストーカーと疑われるオスがペットボトルの飲料を持ってやってきた。飲み物なら自動販売機で買えるのに、わざわざ店内を見て回ったということはやはり何か別の目的があるのだろうかと勘ぐってしまう。
何よりまずは先ほど話が途中になったことを詫びないといけない。例え外星人やストーカーだったとしても礼節は必要だろう。
「先ほどはすまなかった」
「いや……別に」
「では改めて聞こう。君はストーカーか?」
事実は明らかにしなければならない。
私が知りたいからだ。
途端にケーサツの念話が飛んでくる。
(お前、話聞いていなかったのか!?刺激するな、と言っただろう)
(ここの責任者は私だ。私が顧客と何を話そうが自由だろう?)
(……勝手にしろ。やばくなったら問答無用で制圧するからな)
天敵との小競り合いは何度かあったため、私が一度決めたら引かないことを十分に理解させてある。何でもすぐに暴力で解決しようとしないのは、天敵の唯一と言っていい長所であろう。
質問されたオスはさっきからずっと下を向いて答えない。
猛烈な腹痛でも起きたのだろうか? トイレを貸した方が良いだろうか?
「……馬鹿にしている、みんなして、俺のこと……」
「いや、馬鹿にはしていない。質問しているだけだ」
「そうやって、みんな、俺のことを馬鹿にしているんだ!!!」
ぼそぼそと普通の人間には聞こえない音量で話していたかと思ったら、今度は私のセンサーが壊れそうな勢いの大音量でオスは叫んだ。
分からない。どういう論理なんだ。私はただストーカーかどうか確認しただけだぞ。
この不条理さがカワイクて堪らない。
もっと私を困惑させてくれ。