1 年齢確認で暴れだす原生生物がKawaii
「俺が高校生にでも見えるっていうのか!?」
形式的確認をしただけで、無駄に膨大なエネルギーを消費して、怒りをさらけ出す原生生物はKawaii。
深夜はほとんど顧客が来ない地域に24時間開店のコンビニを出店する無計画さもKawaii。
多くの原生生物が活動を停止している深夜3時に来店し、体内に有害物質を取り込むというデメリットしかない嗜好品をわざわざ対価を払って獲得しようとする愚かさもとてもKawaii。
この星の原生生物はとにかくKawaii。
心底、そう思う。
カワイイは本来この地域特有の言葉だったらしいが、近年全世界に流通しKawaiiがこの星の共通語になるのも大いに頷ける。
「私の視覚には年齢を判断する機能は無い。よって質問の答えは”分からない”、になるな」
「馬鹿にしているのか、テメェ! 意味わかんねぇし、なんでタメ語なんだよ」
目の前の原生生物のオスの鼻息が荒くなっている。
私のセンサーがオスの血圧があがっていくのを感知する。
自ら求めて情報をただやり取りする会話という行為を行っただけなのに異様に興奮し、今にも飛びかかってきそうなのが不合理でとても愛くるしい。
「とんでもない。この星、特にこの地域の言語はなかなか複雑でな。ケイゴと言ったか? あれは特に習得するのが難しい。まぁ、そもそも進化の途上も途上である原生生物に対して尊敬が必要なのかは疑問だ。いや、愛着はあるんだ。愛着はな。君のこともすこぶるKawaiiと思うぞ」
「訳わかんねぇよ!! 可愛いとか気持ちワリィし。お前はもういいから責任者を出せよ」
「……私だが?」
原生生物のオスは、目を丸くしている。私の言葉が理解できなかったのか? 仕方ない。幼生の原生生物に語りかけるようにゆっくり話すとしよう。
この星では体が成体であっても、知能が幼生並の個体がそこそこいるという事を私は学んでいる。よくそんな個体が生存できているなと思うが、種としての結束がそこそこ強いのであろう。
ほぼ同一化している我々ほどではないが。
「すまん。分かりにくかったか? このぉ、こんびにのぉ……」
「言い直さなくていいわ! お前みたいな奴が責任者なわけがないだろ!」
疑われている。まさか、私の擬態がバレているのか?構成元素は完璧に模倣しているはずだが。
稀に原生生物が私の正体を見破って影で”宇宙人”と呼称するので油断はできない。彼らは私には気づかれていないつもりのようだが、原生生物が私に隠し事をする事はできない。
私には彼らが創造および想像すらできない器官やセンサーがある。進化のステージが違うのだ。
ただ、正体を見破ったのに排斥や抹殺しようとする者は一人もいない。それどころか、面と向かってその事実を指摘してくる者も一人ぐらいしかいない。外敵かもしれないのに悠長なことだ。もしかしたら、原生生物は宇宙から来るモノに対して寛容なのかもしれない。
そういうことなら、私もわざわざ問い詰めたりしない。この地域風に言うなら藪蟹というやつだ。……いや、藪から出てくるのは蝶だったか?
とにかくこの星は外敵にいつ侵略されてもおかしくない。そんな脆い所もカワイクて良い。
「どこからどう見ても完璧な原生生物だろう。一体何がオカシイというんだ?」
「全部だよ、全部! 見た目、態度、発言! 一番ムカつくのが、コンビニ店員が仕事中にサングラスかけてることだよ!! お前、クスリでもやっているのか?」
私の鋭すぎる視覚にこの星の照明は眩しすぎる。だからサングラスをかけているのだが、そんなことも分からないのだろうか?
至って健康な私に薬の心配をする意図も分からない。もしかして、この原生生物は恐ろしく知能が低いのかもしれない。ますます愛着が湧いてくるではないか。
不条理で不合理で無駄が多いほど観察のしがいがある。この星に滞在している意義が生まれるというものだ。
「サングラスの理由は明白だろう? 考えてくれ。それに私は病気ではないからクスリは飲んでいない。そもそもこの星の薬は私にとって毒でしかない」
事実を答えているだけなのに原生生物の顔はどんどん赤くなり、心拍数もあがっていく。
知能が低い上にきっと不整脈なのであろう。薬が必要なのはむしろこのオスだ。
それなのに私の心配をしてくるなんて、なんてKawaii生物なんだろう。
「いちいちムカつく野郎だな!! そういうクスリじゃなくて、ドラッグだよ、ドラッグ!! なんだよ、星って。やっぱりラリってるだろ?」
「ドラッグ……なんだ、君はこの地域の原生生物でないのか。だから言葉があまり通じないのだな。May I help you?」
この星の環境は総じて気に入っているが、地域によって言語が異なる点はいただけない。それもこの原生生物の進化を阻害している原因だと思う。
「ああ、もうめんどくせぇ!」
原生生物は散々騒いだ挙句、年齢確認のボタンを押して乱暴に現金を半セルフレジに放り込んだ。最初からそうすれば無駄にエネルギーを消費することもなかったろうに。合理から外れてばかりの原生生物が愛おしくてたまらない。
「二度と来ねぇよ、こんな店!!」
「そうか、私は大歓迎だぞ?」
「うるせぇ!!」
原生生物が肩を怒らせて帰っていくので、新たに店内に入ってきた私の良く知る原生生物とぶつかってしまう。
新客はメスであり、一般的にはオスより体が弱いはずだがオスの方が軽く飛ばされ、後ずさりする。メスの方はビクともしていない。
オスはまた大きな鳴き声を出そうとメスの目を睨みつけたが、言葉が出てこない。この地域風に言うなら蛇に睨まれた蛙だ。……あっ思い出したぞ。さっきのも藪蛇だったな。蟹ではない。
「何か御用ですか?」
メスは表情こそ笑顔であったが、声の迫力でオスの心臓を鷲掴みしている。決して音量が大きいわけではないのに、なぜこんなに他人を屈服させる力を持つのかいつも不思議に思う。
そんな未知の部分もKawaiiに内包されているのだろうか。
オスは呻きとも悪態とも分からぬ声をあげて大人しく退店していった。
メスの方はそれを歯牙にもかけず、いつものように私の方へ一直線に向かってくる。
「ハロー、宇宙人君!元気にやってる?」
宇宙人と面と向かって指摘してくる唯一の原生生物。それが彼女だ。固有名はサオリ。このコンビニのオーナーでもある。私は対価によって雇われている責任者に過ぎない。
この星に調査に来てから紆余曲折あったが、うまく原生生物に擬態できているのは彼女のおかげだ。その点では感謝しているが、いかんせん要求が多かったりする。何より、聡い。私の知る原生生物の中で一番に知能が高い個体だと思われる。
だから、あまりKawaiiとは思えない原生生物の一人でもある。
彼女は自分でよく「こんなに若くてカワイイ経営者なんてそうそういないよ?」と言っていて、実際この星の情報媒体に何度か取材も受けているが、カワイイの定義について小一時間くらい議論をしたいところだ。
「私はそんなに調子が悪そうに見えるのか?」
短時間のうちに2回も健康状態を尋ねられたので確認してみる。そもそも状態が悪いということがあり得ないのだが、擬態の精度に影響するので確かめなければならない。
「まぁた、そういうひねくれた事言う」
「いや、先ほどの男にも、薬でもやっているのか? と聞かれたのだ。薬が必要なほど調子が悪く見えたということだろう?」
サオリが急に腹抱えて笑い出す。私と話しているとよくあることだが、彼女こそ一度病院に行った方が良いだろう。情緒が不安定すぎる。
「ふぅ。深夜にこんなに笑わせないでよ。お肌に悪いでしょ」
笑う事と肌にどんな関係があるのか教えてほしいが、話が長くなるので黙っておこう。
「で、何しに来たんだ?」
「そう、無碍に扱わないでよ。現場に顔を出す経営者は貴重なんだよぉ?」
「すまない。私の質問が悪かっただろうか? 用件は何かを聞いているんだが」
質問に対する答えが返ってこないので、念押しする。彼女とのこういうやり取りがなかなかに面倒だ。
「もう、つれないなぁ。様子を見に来ただけだよ」
雇用主と労働者という立場であるから、そういう事なら報告が必要だ。簡単に店の現状を伝えようとすると、彼女はそれを遮る。
「あー、仕事の話はいいよ。つまんない」
矛盾がひどい。経営者として様子を見に来たのに、仕事の話以外に何をすると言うのか。ただ、そんな矛盾を孕むのはKawaiiかもしれない。
私が混乱していると入口の自動ドアが開く音がする。
「こんばんはー。異常はありませんか?」
こんな時間なのに今日は来客が多い。しかもカワイクない来客が。
「あー巡査さん、ご苦労様です!店長は相変わらず異常者ですが、他は異常なしです!」
サオリはふざけて敬礼しながらそう答える。
ちなみに来訪したのは我が天敵だ。絶対的に確定的にカワイクない生命体である。
原生生物の治安維持組織”ケーサツ”に擬態しているが、私と同じく外宇宙から来た生命体だ。
手あたり次第に生命体がいる発展途上の惑星へ行って、誰に頼まれるでもなく外敵から原生生物を守る活動をしている。まさに宇宙のケーサツだ。
噂によるとサイズ感の違う敵には巨大化して戦うこともあるという。あまり関わりたくない連中だ。
私が異星人である事が判明した時にひと悶着あったが、なんとか和解した……はずだ。
それからというもの、この星に対する敵対行動が無いか定期的に確認されている。極めて面倒だ。
「なるほど、それは逮捕しないといけませんなー。はっはっは」
「それじゃオーナーとしては良い弁護士探しておかなくちゃ! ということで。宇宙人君、バイバイ」
サオリはそう言って手を振りながら颯爽と去っていく。本当に何をしに来たのか分からない。
彼女が退店したのを確認すると、警官の目が鋭くなる。
「最近この辺で通り魔が頻発している。お前じゃないだろうな?」
「私は原生生物に非常に愛着を持っている。無闇に傷つけはしない。何度も伝えたはずだか?」
「疑うのが俺達の仕事だからな」
「仕事?習性の間違いじゃないのか?」
気分が悪くなる会話をしていると再び来客。今日は本当にどうしたというのだ。
「ハァハァ」
駆け込んできたようでレジ前で息を整えている。正確な年齢を判断する機能はないが、流石に成熟しきっていないことぐらいの区別はつく。もうすぐ成体となるであろうメスだ。
「た、助けてください!!」
店内に原生生物の悲痛な叫び声が響き渡った。