episode2-45 明滅、後――
原初のマスカレイドと終焉のマスカレイドが、雌雄を決するように激しくぶつかり合う。
岩をも砕く拳が、大地を割る蹴りが、鉄をも切り裂き貫く武器が、何度も互いに叩き込まれ、強烈な衝撃波を周囲にまき散らす。
基本的な出力は僅かにブラックが上回っているが、その差を補って余りあるほど技量はシルバーが上だった。
ブラックの繰り出す攻撃を的確に防御し、受け流し、直撃を避けられない場合はビートルの外骨格を瞬間的に形成することでダメージを軽減する。
さらに格闘戦の中で一瞬の隙を見つけてはスパイダーの糸を操り、マンティスの鎌を鎖鎌のように振り回してブラックへ叩きつける。
雨のように降り注ぐ打撃と斬撃をブラックも何とか凌いではいるが、様々な生物の能力を引き出してなお、さばききることが出来ていない。
蠍の能力で尾を生やし、シルバーの背後に回り込ませようとするが、振り回される鎌に叩き斬られる。
蛸の能力で触手を増やし、目にも止まらぬラッシュを仕掛けるが、全てビートルの外骨格に阻まれる。
蜂の能力で羽を生成し、距離を取って制空権を取ろうとするが、いつの間にか背に付着していた粘着質な蜘蛛糸が絡まって羽ばたきを封じられる。
「何をしているブラック! 同じ能力を使え! 性能は貴様の方が上だ!」
「オーダー! スパイラルランド!」
『accept,SpiralLand』
「隼人の邪魔はさせない! 絶対にブレイクは使わせない!!」
如月とホーネットの二人に足止めされているキメラはブラックに加勢する余裕がなく、さっさと終わらせろと言うように指示を出した。
「戦術命令を受領。能力の優先度を修正。マスカレイド・スパイダー、マンティス、ビートル」
キメラの指示に従ってシルバーと全く同じ能力を発動したブラックが、シルバーの行動を妨害するように蜘蛛の糸を飛ばし、生成された鎌を糸でつるして振り回し、硬質な外骨格を纏って身を守る。
しかし糸がシルバーを捉えることはなく、振り回される鎌は無軌道に暴れるばかりで、外骨格の重量は動きを鈍らせた。
先ほどよりも状況はむしろ悪化していたが、当然と言えば当然の話だ。
膨大とも言えるほどの手数を持つブラックやキメラと異なり、シルバーは改造された超人的な肉体の他には三つの能力しか持っていない。
だからこそ、その能力を徹底的に研鑽し磨き上げることで、襲い来るインポスターの怪人を撃破してきた。
これらの能力に限って言えば、シルバーは他の誰よりも上手く使いこなすことが出来る。
「形勢不利。戦術の変更を進言します」
突き出した拳を引き戻す動作が、そのまま糸を引く動作となりブラックの背後から鎌が襲い来る。
蹴り上げた足を戻す動作で、頭上の鎌を叩き落すように引き戻す。
あらゆる格闘の一手が糸の動きに連動し、意識の間隙に斬りこんでいく。
外骨格によりダメージは軽減出来ているが、ブラックは完全に防戦一方となっていた。
このままならば、シルバーが時間制限を迎えるよりもブラックが削り切られる方が早い。
「ちっ! 使えん手駒だ! もういい、ブレイクを使え!」
「戦術命令を受領。ブレイクマスク」
全てのマスカレイドが持つ奥の手であり切り札、それがブレイクマスク。
ホワイトやホーネットのような初期型のマスカレイドは、残存する全てのエネルギーを集結させて解放するという共通の仕様となっており、発動後はしばらくの間身動き一つ取ることが出来なくなる。
しかし世代を重ねるにつれてブレイクマスクは改良されており、最盛期に作られていたマスカレイドのそれは威力の底上げに加え、発動後は一定時間出力が下がるものの普通に活動することが可能なまでに進化していた。
「っ!? 離れろ香織! 如月!」
ブレイクマスクという単語を発した瞬間、ブラックの身体が泡立つように形を変えて膨張し始める。
致命的な何かが来ることを察知したシルバーは、素早くブラックから離れてキメラへ鎌を投げつけることで、二人が離脱するための隙を作り出す。
「今はまだ目立ちたくなかったが、仕方がない」
しかし当のキメラはそんなことをされなくても追うつもりなどないというように、鎌を回避した後は自ら如月とホーネットから距離を取ってそう呟いた。
「クククッ、こいつのブレイクは他のマスカレイドとは次元が違う。インポスターに逆らったことを地獄で後悔するがいい!」
【【【オOヲぉをOォオおoオぉOヲおをオォー!!】】】
四階建ての旧校舎とちょうど同じ程度の大きさにまで膨れ上がり、原形を留めていない澱めいた黒い肉塊に変貌したブラックが、背筋の凍るような、聞いただけで気分が悪くなりそうな悍ましく不気味な雄叫びをあげた。
全身の至る所に様々な生物の口があり、それらが一斉に叫ぶことで化け物の合唱とでも言うような耳障りな声を発しているのだ。
それだけではなく、目や耳、手、足、尻尾、触覚など、大きさも形状もバラバラなそれらがあちらこちらに生えて不気味に蠢いている。
「ククク、クハハッ、ハーハッハッハッハッハッハッハ!! 見たか! これが最強のマスカレイド!! そしてこいつは、マスカレイドを喰らうことで更に進化する!! 後から生まれたマスカレイドの力さえも取り込むことで我がものとする! ゆえに終焉のマスカレイドなのだよ!!」
「なんだよ、これ……?」
「これが、マスカレイド……?」
自分たちとは違うとわかっていても、それがブラックというマスカレイドの末路だと思うと、シルバーとホーネットはもしもを考えてしまい、冒涜的な恐怖を覚えて僅かな間ではあるが硬直してしまう。
そしてその恐怖に反応したかのように、悍ましい化け物の腕の一本が勢いよく伸びて、ホーネットの胴体を鷲掴みにした。
「ひっ――」
キメラの言った、マスカレイドを喰らうことで進化するという言葉がホーネットの頭をよぎる。
「いやぁぁぁっ!! こんな、こんなの!!」
「そうだ! 食え! ブラック!!」
ホーネットの悲痛な叫びが尾を引くように響きながら、伸ばされた腕が勢いよく元に戻っていく。
ホーネットは、八木橋香織は、インポスターと戦うと決意したその日から命を失う覚悟はしていた。
しかしそれはこんな悍ましく恐ろしい終わり方ではなかった。醜悪な化け物に生きたまま食われて死ぬなんて、そんな覚悟は出来ていなかった。
「やめろおおおぉぉぉ!!」
加賀美は恐怖を覚えてしまった。
もしかしたら、自分もあんな姿になってしまう可能性があるのかと思ってしまった。
だから動き出すことが遅れた。全力で駆けても、武器を投げても、ブレイクを使っても、もう間に合わない。
間に合うものがあるとするならば、
「オーダー!」
音さえも置き去りにする、
「ライトニング!!」
雷速の一撃。
『accept,Lightning』
明滅、後――
【【【オOヲぉをOォオおoオぉOヲおをオぉ!?】】】
――雷鳴
捕まっているホーネットに万が一にも当たらないように、如月の放ったライトニングは化け物の中心ではなく片側上に寄った部分に着弾した。その結果、黒い肉塊の約1/4ほどが消し炭と化して崩れ落ちる。
喪失感からか、あるいは痛みを感じているのか、化け物は悲鳴のような叫びをあげてホーネットを取り落とし、失った部位を補うように蠢きながら形を変えていく。
如月だけは唯一、冷静に状況を見れていた。
「かおり!!」
「はあっ、はあっ、あ、ありがとう……」
化け物の手から逃れたホーネットが地面に落ちるよりもはやく、その落下地点に駆け付けたシルバーがお姫様抱っこをするように受け止め、素早く急旋回して化け物から距離を取る。
ホーネットはダメージによるものか、それとも別の理由があるのか、シルバーの腕の中でたどたどしくお礼を述べたかと思えば、直後に力が抜けたかのようにぐったりして反応を示さなくなってしまった。
「加賀美! かおちゃんは大丈夫!?」
「わかんねえ! けど今はあっちだ!!」
シルバーは今すぐにでもホーネットの容態を確かめたい気持ちをぐっと堪えて、蠢く化け物と放心したようにそれを見上げるキメラに向き直った。
シルバーにとってホーネットは自分の命よりも大切な存在だ。しかしここで感情を優先して行動し自分たちが敗れれば、ホーネットの命もまた失われてしまうと理解している。
「如月、さっきのまだ撃てるか?」
「えっと、無理っぽい。あと10分は魔法使えないわ」
如月は星の杖に付いている小さなランプが緑から赤になっているのを見て、冷却時間が始まったことを確認する。
異能について大して興味はなかったが、仲間になるというのなら最低限自分の異能のことくらいはちゃんと知っておけと氷室に使い方を叩き込まれたのだ。
「――こんの小娘がああああ!! 私の最高傑作になんてことを!! ブラック! まずはあの鬱陶しい杖持ちのガキから狙え!!」
如月のことを脅威と認識したキメラが癇癪をおこしたように怒鳴り散らす。
しかし化け物はその指示が聞こえているのかいないのか、モゾモゾと蠢くばかりで先ほどのように腕を伸ばして襲い掛かっては来ない。
「聞こえていないのか!? クソっ、どこかに欠陥があったか、今の雷でおかしくなったか? 役立たずのクズめ!! 言うことを聞け!!」
全く自分の思い通りにならないことに腹を立て、キメラは化け物を何度も足蹴にして悪態をつく。
すると、化け物の全身に点在している様々な種類の瞳が一斉にギョロリと動き、睨みつけるようにキメラへ視線を向けた。
「なっ!? おい! なにをするブラック!? 放せ!!」
複数の腕が伸びてキメラを捕まえ、宙に持ち上げる。
あの腕の力は実際に一度捕まったホーネットはよく知っている。マスカレイドのパワーをもってしてもビクともしない。いくらキメラがホーネットより優れた性能だとしても、あれほどの数で掴まれては力づくで抜け出すことは出来ないだろう。
「この私を食うつもりなのか!? よせ! やめろ!! 私を誰だと思っている!? ふざけるな!! ブレイクマス――」
最後まで言い切る前に、キメラは大きく開かれた化け物の口に放り込まれてしまった。
「く、食われた……」
「敵味方の区別がついてない? 暴走してるのか?」
如月のライトニングによって体積を大幅に減らし、一回りほど縮んでいた化け物の身体が、再び泡立つように脈動して膨張していく。そして元のサイズを上回るほどに肥大化したところで動きを止め、ギョロギョロと動き回っていた複数の目玉がシルバーと如月の方を向いた。
【【【ハハハハハ! スバラシイ! コレガシュウエンノマスカレイド!! サイキョウノチカラガワタシノテニ!!】】】
不気味で悍ましい声はそのままに、明確に知性を感じさせる言語をその化け物が発する。
「え!? なに!? どういうこと!?」
「そうか! キメラのブレイクは融合だ! 他の生き物の能力を取り込むのに使う切り札! あいつは食われる寸前にブラックを取り込んだんだ!」
【【【ソノトオリ。ヨテイヨリショウショウハヤイガ、コウナルコトハキマッテイタ】】】
キメラは元より、いずれ成長したブラックを取りこむ計画を立てていたのだ。
最初から、マスカレイド・ブラックはキメラの糧として造られていた。
「どこまで身勝手なんだよ、テメエはぁ!」
【【【サエズルナ、マスカレイド・ホワイト。キサマノヨウナコットウヒンナドトリコムキモオキン。シヌガイイ!!】】】
いくつもの口から放たれる言葉は神経を逆撫でするような不協和音を奏で、化け物の本体から人間大の大きさの黒い塊が切り離されるように落ちたかと思えば、グニャグニャと粘土のように形を変えて人に近い姿を形作る。それが二つ、三つ、四つと瞬く間に増えていく。
【【【ブラックノブレイクハ、マスカレイドヲクラウダケデハナイ! クラッタマスカレイドノチカラヲ『フクセイ』シ、カイジントシテ『ブンリ』スルノウリョクヲモツ! コノチカラサエアレバ、モハヤソタイノニンゲンナドヒツヨウナイ!!】】】
喰らったマスカレイドの力を複製し、分離することで尽きることのない兵隊を生み出す。すなわち生み落とされた真っ黒な肉塊は、キメラの複製怪人。
化け物の言葉に従うように、コピーキメラの群体が一斉に動き出しシルバーたちに向かって走り出す。
さらにある程度コピーキメラの生成を行ったところで、化け物から伸びる複数の腕が再び動き出しシルバーへと迫る。
「ブレイクマスクッ!!」
「加賀美!?」
「下がってろ如月。それと、謝っておいてくれ」
怒鳴り声のような激しい叫びと共に、シルバーの身体が輝きを発する。
ダンジョンアサルトの一件や氷室の検証に付き合っていたことで、それが非常に反動の重い技であることを知っている如月は心配するように加賀美の名を呼ぶが、それに返された言葉はとても穏やかなものだった。
ホーネットは身動きが取れず、如月は戦闘能力を一時的に失ってしまっている。
あの化け物が暴走していれば一旦この場は引くという選択肢もあったが、キメラに取り込まれ知性を得た今、逃げ出しても後ろから襲われるだけだ。
そして自らとほぼ互角だったブラックのブレイクに対抗するためには、シルバーもブレイクを使うしかない。
自暴自棄になったわけでも感情に流されているのでもなく、シルバーは当然の判断としてブレイクを発動した。
それが自らの命を削る諸刃の剣であることも、いつ絶命するかわからないほどに傷ついた身体であることも、この反動で死ぬ可能性があることも、愛する人を悲しませることも、全てを理解したうえで切り札を切ったのだ。
「おおおおおおぉぉぉぉぉーーっ!!」
【【【クハハ! オマエノブレイクハナンビョウモツ! クルシマギレノワルアガキダナ!!】】】
シルバーはブレイクのエネルギーを乗せた鎖鎌を縦横無尽に振り回し、怪人の群れを切り刻み、津波のように迫る黒腕を次々と切り落としていく。
「香織を連れて逃げろ如月!」
「加賀美はどうすんのさ!?」
「良いから行け!! 香織を助けてくれ!!」
ブレイクを発動したシルバーの勢いは、完全に制御されたブラックのブレイクにも引けを取っていない。一進一退の攻防が繰り広げられ、戦況が一時的に膠着する。しかしキメラの言った通りシルバーのブレイクは長くはもたない。精々、仲間を逃がすための時間稼ぎが限界。
加賀美隼人の命は、じきに尽きる。
「君臨する支配!!」
ここに氷室凪がいなかったのなら。




