episode2-44 いつか必ず地獄に落ちる
「殺せ、ブラック」
「続行命令を受領。作戦行動を再開します」
八木橋の返事を受けて、キメラは何の躊躇いもなくブラックへ抹殺を命令した。
絶対に仲間に引き込んでやろうというほどの熱意はないらしく、勧誘を断った八木橋に冷めた目で見下すような視線を向けている。
「勝てると思っているのか、私たち二人に?」
他のマスカレイドとは異なり、顔の前で手を広げる動作を取ることなく、キーワードも必要とせず、再び姿が変化する。頭部は獅子をモチーフにしたフルフェイスヘルメットに覆われ、身体は山羊と人体を融合させたような歪な形に変わり、腰の辺りからヘビの尻尾が生えた。
それこそが複数の生物を混合させた化け物の怪人、マスカレイド・キメラ。自分で自分の身体を改造し、最初の改造から何度もアップデート手術を重ね、最新の怪人と同等の力を有するトップクラスのマスカレイド。
擬態能力はマスカレイドとしての力であり、すなわちキメラはずっと変身した状態を維持し続けていたというわけだ。出力だけでなく燃費の面でも他のマスカレイドとは比較にならない。
インポスターの怪人改造歴の中では初期型であるホーネットと比較すると、キメラとブラックの基本性能は大きくそれを上回っている。
「カタログスペックだけじゃ、戦いの結果は決まらない!」
高速で飛翔し襲い来るブラックの攻撃を紙一重で回避し、すれ違うように置き去りにしてホーネットはキメラへと迫る。
ホーネットはこれまで、スペックで自分に勝る怪人と何度も戦い勝利をおさめてきた。ホワイトと協力して戦っていたというのも大きいが、一人で格上を撃破した回数も一度や二度ではない。蓄積されたマスカレイドとの戦闘経験と技術は、時に性能を超えた結果を生み出す。
「たしかに、1対1ならばそうかもしれないな」
「っ!? スパイダーの糸……!」
ホーネットはギリギリのところで、旧校舎と雑木林の間に張り巡らされていた極細の糸に気が付いて軌道を変える。ブラックがホーネットに襲い掛かっている間、キメラは何もせずに棒立ちしていたわけではなく、蜘蛛の糸による罠をしかけていたのだ。
ブラックほどではないが、キメラもまた様々なマスカレイドの能力を保有している。そして能力の使い方に関しては生みの親であるキメラの方がブラックよりも優れている。
「だから言っただろう? 私たち二人に、勝てるつもりなのかと? もっとも、手数の豊富さで言えば2対1どころではないがな」
「しまっ――」
蜘蛛の糸に囚われることは回避したホーネットだが飛翔の軌道はかなり制限されることとなり、捕まらないことを意識するあまり、いつの間にか追い付いて来ていたブラックの存在に攻撃される寸前まで気が付くことが出来なかった。
「オーダー! アンカーチェイン!」
『accept,AnchorChain』
だが鋭く突き出された長太い針がホーネットの身を貫くことはなかった。それよりも早く、どこからか伸びて来た鎖がブラックに絡みつき、その攻撃モーションを妨害したからだ。
「オーダー! ストロングセカンドォォォ!」
『accept,StrongSecond』
続けて声が響き渡ったかと思えば、鎖で縛られたブラックの身体が勢いよく引き寄せられ、キメラの張った蜘蛛糸の罠に叩きつけられた。
「何者だ!?」
「2対2なら話は違うってことじゃんね? 助けるのが遅くなってごめん、かおちゃん」
物陰から姿を現したのは、起動済みの星の杖を握りしめた如月だった。
ずっと隠れて聞き耳を立てていたのだが、八木橋が情報収集のために会話を繋ぎ始めたのを察し、どこで加勢すべきかタイミングを掴むことが出来ずハラハラし続けていたのだ。
「り、りりちゃん!? どうしてここに!? っていうか、何で私だって……?」
八木橋のこの姿を知っているのは、咲良第二高の中では加賀美のみ。少なくとも八木橋はそう認識している。だからなぜこんな醜悪な怪人にしか見えない自分を見て、八木橋香織だと認識できたのかが疑問だった。
「ごめん、全部見てたし聞いてた」
「……そっか」
八木橋はこんな自分を見られたくないと強く思ったが、状況が状況だけに甘えたことは言えず言葉少なにそう返した。
「やいそこのライオンジジイ! よくもかおちゃんに酷いことしてくれたな!! 絶対許さないかんね!!」
「ふん、誰かと思えばただの学生ホルダーか。見なかったことにしておけば死なずに済んだものを」
八木橋の気持ちを察した如月はそれ以上言葉をかけず、キメラに向かって啖呵を切った。酷いこととは今よってたかって虐めていることもそうだし、八木橋を望まぬ姿に変えたこともそうだ。友が傷つけられ尊厳が踏みにじられたことに、如月は本気で怒りを燃やしている。
「かおちゃん、話は後でゆっくりしよう。今はこいつをぶっ飛ばすのが先だよ!」
「……うん、そうだね。ありがとうりりちゃん。力を貸して!」
「いつまで無様を晒している、ブラック。役目を果たせ」
「拘束強度、高。筋力の優先度を修正。マスカレイド・エレファント」
鎖で雁字搦めになったまま粘着質な蜘蛛の糸に囚われていたブラックは、再び姿を変えて力づくで糸諸共鎖を引きちぎった。今度は象と人間を融合させたようなフォルムの怪人だ。自由に動けるようになったブラックは、如月には目もくれず再びホーネットを狙って動き出す。
「オーダー! スパイラルランド!」
『accept,SpiralLand』
如月の詠唱に反応して、キメラの足元の地面が勢いよく回転しながら隆起する。
これは土をドリルに変えて対象を貫く魔法であり、当たり所が悪ければ死ぬし、良くても身体が貫かれれば身動きは取れなくなる。殺すだけならライトニングを使えば済む話だが、いくら怪人とはいえ元は人間らしい存在を躊躇なく殺せるほど如月は吹っ切れていない。
「ちっ、鬱陶しい!」
「マジ!?」
キメラは咄嗟に昆虫の能力を呼び出し、体表に硬い外骨格を形成しながら体を丸めることで土のドリルを弾き身を守った。
戦闘経験の浅い如月はそこから次の行動に繋げるまでにラグがあり、先手をとって対処を強要したにも関わらず敵の行動を許してしまう。
「燃えてしまえ!」
「オーダー! フライ!」
『accept,Fly』
息を大きく吸い込んだキメラが口から勢いよく炎を吐き出した。
如月は魔法の使用枠を確保するためストロングセカンドとスパイラルランドを解除しつつ、フライの魔法で空を飛ぶことで炎の息を回避する。
「りりちゃんは殺させない!」
「邪魔をするな!」
「――ぐっ」
「がっ、はぁっ!?」
飛行するホーネットを捕捉するため、能力をマスカレイド・ドラゴンフライに切り替えたブラックがホーネットを追いかけ空中で格闘戦を繰り広げていたのだが、如月のピンチを察知したホーネットは一方的に攻撃を食らいながらも自分諸共キメラに体当たりする軌道で飛翔することで、炎に追い回される如月を助けに入った。
ブラックともつれるように突っ込めばキメラも炎を止めざるを得ないという読みであり、実際それは正しかったが、キメラは突っ込んできた二人を、脚力を強化する飛蝗の能力を使いまとめて蹴り飛ばした。
先にキメラが言っていたように、基本的なスペックはブラックの方が優れている。つまり耐久力もブラックが上。二人まとめて攻撃すれば、先に駄目になるのはホーネットの方ということになる。
「かおちゃん!? あんた仲間ごと攻撃するなんて何考えてんの!?」
「ふっ、仲間? 何を勘違いしているんだ? あれは仲間ではなく道具。私が作り出した私の兵器。どう使おうが私の勝手だ」
キメラの思いもよらぬ行動に戦闘中であるにも関わらず如月は非難の声をあげるが、キメラはそれがどうしたと言わんばかりに半笑いで答える。
目の前の学生ホルダーは威勢よく首を突っ込んできた割には大したことがなく、さらに今の一撃でホーネットには相当なダメージを与えたため、自分たちの勝利は揺るがないと確信しているらしかった。
「……殺す」
何も今の言葉が如月の逆鱗に触れたというわけではない。
信じられない言葉であり、氷室相手に感じるような苛立ちとは比べ物にならないほどの嫌悪感と怒りを覚えたのは確かだが、如月が覚悟を決めたのは、視線の先で明らかに動きが悪くなり防戦一方となっている八木橋を見たからだ。
ここで自分が躊躇えば、死ぬのは自分だけではなく大切な友人もだということを自覚した。
――必殺の魔法を撃つ
「オーダー!」
「ふん、また子供だましの術か?」
これまでの傾向から、如月の異能は自分の防御を抜くほど強力なものではないと理解して、キメラは完全に如月のことを侮っていた。見てから十分に対処可能だと油断していた。だからもしかすれば、如月は人殺しになっていたかもしれない。
「よせよ、如月」
だが結果として如月のライトニングが放たれることはなかった。
それを制するように、如月の前に真っ白なコートを羽織った背中が立ち塞がったからだ。
原初のマスカレイド、加賀美隼人。
「そういうのは俺の役目だ」
「隼人!? なんで!?」
「加賀美! 遅いって!」
加賀美を呼んだのは如月だ。
マスカレイドという単語が聞こえた時から、これは加賀美にも関係のある重要な話だということを理解して、今すぐ旧校舎裏に来るよう連絡を取っていたのだ。
「マスカレイドホワイトォ! またか! また貴様か!! 何度私の邪魔をすれば気が済む!! この骨董品が、いい加減にしろっ!!」
「マスカレイド・シルバー」
キメラの怒号に答えは返さず、最終フォームへの変身をもって加賀美は応える。
インポスターという組織とは会話が通用しないことを加賀美はよく知っている。
だからこの悪逆非道の外道共を止めようとするならば、その命を奪う以外に道はないのだ。
「ブラック! 貴様の宿敵が現れたぞ! 死にぞこないの虫けらは放っておけ!」
「変更命令を受領。作戦行動をマスカレイド・ホワイトの抹殺へ変更します」
「許してくれとは言わない」
インポスターの怪人、マスカレイドはそのほとんどが罪のない一般市民だった。
戦闘員に拉致された一般人は、改造手術を受けてマスカレイドへと貶められ、脳改造によって人格の死を迎える。そしてその時点で、元の人間に戻ることは絶対に出来なくなる。
さらにインポスターは、無力化されたマスカレイドが政府に分析されるのを防ぐため、全ての個体に自爆装置を取り付けていた。改造された脳が敗北を認識した途端、その爆弾は周囲に甚大な被害を撒き散らして盛大に爆発するのだ。
加賀美たちには怪人を助ける術がなかった。
せめてこれ以上その尊厳が踏みにじられることのないように、命を奪うことしか出来なかった。
大人も子供も、男も女も、見知らぬ他人も、自分の家族も、罪のない人々を全て、すべて殺して、加賀美の手は血に染まっている。
「俺もいつか必ず地獄に落ちるから、恨み言はその時に言ってくれ」




