episode2-43 終焉のマスカレイド
漆黒のマスカレイドに蹴り飛ばされた八木橋は、背から生えた大きな薄い羽を高速で羽ばたかせて地に転がることを回避し体勢を立て直す。
家族の仇であり、自らをこんな醜悪な怪人へと改造した怨敵であるマスカレイドキメラを前にして我を忘れていたが、痛みと衝撃によっていくらかの冷静さを取り戻し、様子を見るようにホバリングしている。
Dr.ヴォイドことマスカレイドキメラとは、全てのマスカレイドの生みの親であり、悪の組織インポスターにおける最高幹部の一人だった男だ。
一年半前の決戦の際には組織の本拠地を見捨てて逃亡しており、それ以来インポスターの残党として異能庁と警察から指名手配されて足跡を追われていた。
マスカレイドはそれぞれモデルとなった生物の能力を有しており、例えば八木橋の場合はスズメバチの持つ飛行能力や毒針、強靭な顎などが当てはまるわけだが、キメラは様々な生物を継ぎ接ぎされたマスカレイドであり能力も多岐に渡る。
そしてその中の一つに、DNAを取り込んだ相手の外見を真似るというものがあり、キメラはこれを利用して頻繁に姿を変えて逃げ隠れしていたのだ。
(さっきまでの愛川先輩の姿もそういうこと。成り代わったのは多分、休校中。本物はどこかに監禁されてるか殺されてるか……)
表面的な姿かたちを変えるだけでは、長期間特定の場所に紛れ込むことは難しい。記憶や性格まで真似ることが出来るわけではないため親しい相手がいるほど違和感を与えることになるし、学校は年に一度の健康診断の際に魂魄鑑定も合わせて行われるため、そこで確実に正体がバレてしまう。
特に咲良第二高校では直近で大事件が起きており、その時にも魂魄鑑定は実施されている。そこで騒ぎになっていないということは、愛川の姿を借りて学内に紛れ込んだのは最近だと推測できる。
「マスカレイド・ホーネット」
「なっ!? どうしてあなたがホーネットを使えるの!?」
八木橋は一度観察と思考を優先するため距離を取ろうと動き出すが、それを許さないというように漆黒のマスカレイドが呟くと、背中からホーネットと全く同じ形状の羽が生えてきた。有する能力まで同じなのか、薄い羽が高速で羽ばたき、逃げるように飛び回る八木橋を追いかけ始める。
マスカレイドキメラについては不本意ながらもよく知っている八木橋だが、この漆黒のマスカレイドについては何一つ知識がない。
変身前の黒石庶務は、状況についていけていないというような無表情で話を聞いていたため巻き込まれてしまっただけの一般人だろうと考えていたのだが、八木橋がホーネットに変身したのを見た瞬間、人が変わったかのように平坦な声で流暢に喋り出し漆黒のマスカレイドへと変身した。
一見して加賀美のマスカレイド・ホワイトによく似ており、対になっているようなデザインのマスカレイドだ。しかし八木橋の知る限り、インポスターにこんなマスカレイドは存在しなかった。
(新しく作られたマスカレイド? 生徒会役員がインポスターとグルだった? それともこっちもキメラと同じ擬態能力持ちで黒石さんに成り代わってる? だけど生徒会役員の中で黒石さんだけ表立った活躍がないのは、前からだった)
冷静になって考えてみると、不可解な点は他にもいくつかあることに八木橋は思い至る。
例えば、どうしてわざわざ学校の中で自分に接触して来たのか。脅しの手紙によって人目に付かない場所に誘い出して来た以上、キメラが今はまだ目立ちたくないと考えていることは間違いないはず。しかしだとすれば、わざわざ人の多い学校の中ではなく、下校中や休日などを狙うことも出来たのではないか。
他にも、そもそも目的はなんなのか。インポスターを壊滅させるにあたって大きな貢献をした自分や、直接首領にトドメを刺した加賀美に復讐しようとしているのか。そうだとすれば、わざわざ変身前に正体を明かして八木橋の変身を許したのは何故か。
(それにしてもこいつ、速い! 同じホーネットだとしたらなんで!?)
「止まれ、マスカレイドブラック」
「停止命令を受領。作戦行動を一時中断します」
低空飛行しながら逃げ回っていた八木橋にあっと言う間に追い付き、上を取って攻撃を仕掛けようとしたマスカレイド・ブラックをキメラが制止した。するとブラックはピタリと動きを止めて地面に降り立ち、そのまま待機するように動かなくなった。
「……なんのつもり?」
「勧誘さ。貴様らのせいで我らがインポスターは壊滅状態だ。新たに怪人を生み出すことすら容易ではない。だから脳改造を受け我らの仲間になるのなら、命だけは助けてやろう」
油断を誘うため、というわけではなく本気で言っているのだと八木橋は理解する。わざわざ油断させるなんて回りくどいことをしなくても、一連の攻防でマスカレイド・ブラックの方が性能的に優れていることはわかった。恐らく先ほどの追いかけっこはデモンストレーションでもあったのだ。同じ力で戦えばマスカレイド・ブラックが勝つと見せつけるための。
「嘘だね。私はこんなマスカレイドは知らない。あんたたちはまだ十分力を持ってるはずだ」
「ふっ、こいつか。たしかにこのレベルのマスカレイドを量産できるのなら、貴様なんぞ虫けらのように踏み潰してやるのだがな」
マスカレイド・ブラックを指さしてそう問い詰めると、よほど追い詰められているのか、キメラは八木橋が思っていた以上にあっさりと内情を話し始めた。
今の会話だけでも、インポスターは一年半前に壊滅させられてからほとんど力を取り戻せておらず、新しく怪人を作る体力もなく、そして目の前にいるマスカレイド・ブラックが切り札にあたる存在ということがわかる。
当然仲間になる気などないが、このまま会話を続けることでより情報を引き出せればインポスターの完全撲滅に役立てられると考え、八木橋は検討しているような姿勢を見せることにする。
普通ならば家族の仇であるインポスターの仲間になるわけがないと気づけそうなものだが、普通の感覚というものを理解しているような人間は悪の組織で怪人を作ったりはしない。共感能力に欠けているからこそ、助かるためならインポスターに寝返るだろうと本気で考えている。
そしてそのことを八木橋もよく理解している。
「私、勝ち馬以外には乗りたくないんだよね。そもそもその子はなんなの?」
「くっくっく、よくぞ聞いてくれたな! こいつはマスカレイド・ブラック! 最新にして最強のマスカレイド! インポスター全盛期に多額の資金と技術の粋を集めて作り出された、マスカレイドの完成形だ!!」
とっておきの玩具を自慢する子供のように、キメラは活き活きとした表情で目を輝かせながら語り始める。
「あの裏切り者のホワイトを原初のマスカレイドとするならば、こいつは終焉のマスカレイド。これまでの全てのマスカレイドの力を有し、状況に合わせて自由に使い分けることが出来る! さらにその力はオリジナルを大きく上回る! 貴様も見ただろう、こいつのホーネットのスピードを! もちろんパワー、タフネス、スタミナ、全てが貴様を、そしてホワイトを超えている!」
それはある意味加賀美のホワイトによく似た能力だったが、成り立ちは全く異なるものだ。
ホワイトの能力は真っ白なキャンバスに絵を描くように、特定のマスカレイドの能力を写し取って使用するものだが、ブラックの場合は最初から全ての力を内包している。全ての色をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたからこその、黒。
「ブラックが決戦の場にいれば、結果は真逆のものとなっていただろう! しかし卑怯にも異能庁の連中、そして裏切り者のホワイトはブラックの完成を待たずに我らを強襲し、我らは志半ばで散り散りに逃亡することになってしまった」
煽りでも何でもなく、キメラが本気で被害者意識を持っていることに八木橋は背筋の凍るような悍ましさを覚える。やはりこいつは、インポスターの連中は生きていてはいけない存在だと改めて理解する。
「本拠地とは別の研究所で完成を待っていたはずのブラックは姿を消し、私は途方に暮れた。同志は次々と捕らえられ、今となっては私一人。このままでは我らの野望が潰えてしまうとな。しかしそれでは犠牲となっていった同志たちに、そして首領様に合わせる顔がない! だから私は最後まで諦めず、研究所の記録からブラックを攫った下手人の身元を突き止め、そしてようやく見つけたのだ! この咲良第二高校で学生として過ごしているブラックを!!」
最早話を聞いてくれる相手もいなかったからか、キメラの熱弁する内容はいつの間にかブラックの性能自慢から自らの苦労話へと変わっていた。
人格破綻者の苦労話など八木橋は興味ないが、しかし聞き逃せない部分もあった。
今の話を聞く限り、マスカレイド・ブラックである黒石菜々をこの学校に入学させたのはインポスターではないということになる。
自身や加賀美と同じように、脳改造を免れて元の生活に戻ったとも考えられるが、だとすれば今こうしてキメラの指示に従っているのは何故かという疑問が残る。
「裏切り者のホワイトや貴様までいることは想定外だったがな。しかしある意味都合が良かった。人造怪人の分際で普通の高校生のように生活しているものだから、製造時に設定した作戦目的が今でも生きているかは試してみなければわからなかったからな」
(人造、怪人? 製造? ……もしかしてこの子は、改造された人間じゃない?)
「ふん、異能庁の連中もそれなりにはやるらしい。通常時は上位権限の命令を受け付けないように保護されていると気づいた時は流石の私も焦ったぞ」
キメラのその言葉に、八木橋はとてつもなく嫌な予感を覚える。
「こいつに課された使命は、ホワイトとホーネットの抹殺。貴様が短絡的で助かったぞ。これでようやく、ブラックを取り戻すことが出来たのだからな!」
そこまで言われてようやく気がついた。キメラの目的は自分や加賀美への復讐などではなく、インポスターという悪の組織を復権させるため、最強の手駒であるマスカレイド・ブラックを取り戻すことにあったのだと。
黒石菜々が戦闘行動を開始したのは、八木橋がマスカレイドに変身したタイミングだった。つまり抹殺対象であるホーネットを目の前にしたことで、製造時に刻まれた命令が有効化したのだ。八木橋はまんまとキメラの口車に乗せられて変身してしまい、黒石菜々がマスカレイド・ブラックとなるためのトリガーを引いてしまった。
「それにしてもあの氷室凪とかいう生徒……」
またしてもキメラの身体がグニャグニャに歪んで形を変え、今咲良第二高校で話題沸騰中の生徒、氷室凪の姿へと変化する。
「影響力が大きいと判断して少々強引に頭髪を採取したが、まさか自らここまでの騒ぎを起こしてくれるとはな。怪しまれずにこの状況を作れたのは彼女のお陰でもある。お礼に上位怪人に改造してやるとしよう。ククッ」
キメラは氷室凪の顔で悪い笑みを浮かべながら含み笑いをこぼす。
実際、どうにかしてブラックの前でホワイトかホーネットが変身する状況を作る必要があり、かといって派手に動きすぎて正体が公にバレるような事態を引き起こすわけにもいかず、キメラは手をこまねいていたため、氷室凪という頭のおかしな生徒への感謝は本物だった。氷室凪の振りをして何かしらの騒ぎを起こすつもりが、まさか本人がこれほどの事態を引き起こすなどとは考えてもいなかった。
キメラにとって改造人間になることは至上の幸福であり、その中でも強力な上位怪人に改造してやるというのは最上級の感謝の示し方なのだ。
「さて、これで今の状況が理解できただろう? 今すぐ変身を解除しろ。こちらも無闇に戦力を消耗させたくはない」
再び初老の男性の姿に戻ったキメラが、黙って話を聞いていた八木橋にそう告げる。かなり余分な情報も交じってはいたが、たしかにキメラが今この場に現れた目的や経緯は明らかになった。
「うん、大体わかった」
最初から答えは決まっていたが、話を聞いて決意は更にかたまった。
「つまりお前を倒せば、インポスターはもうお終いってことだね」
今日この場で、自分たちの因縁にけりをつける。
そして加賀美と共に、普通の人間として生きていく。
それが八木橋香織の、あの日から変わらない、たった一つの願いだ。




