episode2-38 人魔一体『メトロノーム』(VS彦根副会長①)
氷室の召喚演出に気を取られ、まんまと古條の転移を食らってしまった彦根副会長はグラウンドの上空に飛ばされていた。
聖剣のように道具を所持するタイプではなく憑りついた悪魔の力を使う副会長は、朱鷺戸のように取り乱すこともなく冷静に着地し素早く周囲を警戒する。
「うちのグラウンドか。分断するにしては近いな」
古條の異能は元よりそれほど遠くへ飛ばすことは出来ないが、だとしてもグラウンドというのは近い。これは氷室陣営が各役員とそれぞれタイマンするにあたり、校内での騒ぎに留めるためあえてそれほど遠くない場所に転移させているからだ。
尤も、氷室陣営の思惑や古條の異能の詳細を知る由もない副会長にしてみれば、分断工作にしては詰が甘いとしか感じられなかった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「よう、彦根か。何がどうして空から降って来たんだよ」
「なんだ、生徒会かよ」
生徒の立ち入りが禁止されている屋上と異なり、グラウンドには既に部活動を始めている者が何人もいる。
いくら大変革以降おかしな世の中になっているとはいえ、いきなり空から人が降って来て全員が全員無関心とはいかず、何人かの生徒たちが副会長の元までやって来て心配の声や疑問を投げかけた。
「騒がしくして悪い。何でもないから気にしないでくれ」
「何でもないとは連れないですね! 副会長の相手はこの樹霧緑です!」
とにかくすぐに舞締生徒会長の元に戻らなければと、副会長は生徒たちへの説明もそこそこにその場を離れようとするが、それよりも早く土煙をあげながら猛スピードで近づいて来た樹霧が副会長の数歩手前で急停止しそう宣言した。
副会長がわざわざ空中に転移させられたのは、対朱鷺戸戦同様に氷室陣営が追い付くまでの時間稼ぎだった。
「なるほど、そういうことか。みんな危ないから離れてろ」
副会長自身も樹霧がこの場に現れたことでそのことに思い至ったのか、してやられたという感情を隠しもせず苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。
咲良第二高で最も多く樹霧と戦っているのは何を隠そう副会長であり、その強さと厄介さは身に染みている。
「つーか樹霧お前、俺の勧誘は散々断っといてどういう風の吹き回しだよ」
「ちっちっち、相変わらず副会長は女心がわかってませんね! 生徒会と違って氷室くんの野望は面白いんですよ!」
「悪いがイカレ女への口説き文句は持ち合わせてないんでな」
「ひどいです! 樹霧はイカレてません!」
どの口で言いやがる、と内心で悪態をつく副会長だが言葉には出さない。このまま会話を続けても樹霧のペースに付き合わされるだけだからだ。
新聞部を使っての挑発や気運作り、決まれば勝ちは確定するはずだった坂島の異能へのカウンターなど、氷室陣営はかなり計画的に生徒会と争う準備を整えていた。だとすれば、あの舞締会長にも勝つ算段をつけていると考えるのが自然であり、それを覆そうとするのなら、どこかで番狂わせを起こす必要がある。
そしてそれを出来る可能性が最も高いのは自分だと副会長は自負している。
「お前はつまらないなんて言うけどな、こっちにも引けない理由がある。今日は本気でやらせてもらうぞ」
「そうこなくちゃですね! 一度でいいので全力の副会長と遊びたかったんです!」
これまで副会長は幾度となく樹霧と戦い、その全てに負けてきた。
何のバフもかかっていない樹霧が相手であれば、異能強度のうえでは同等、あるいは副会長が上であるにもかかわらずだ。
その理由は樹霧の優れた戦闘センスによる部分もあるが、何よりも大きいのは自身が本気を出したことがなかったからだと副会長は考えている。
悪魔憑きの奥の手は、常に悪魔に身体を乗っ取られるリスクがつきまとう。
だから命がけの局面や、絶対に負けられないここぞという場面以外では使用を控えている。
とくに副会長は実際にかつて悪魔に乗っ取られ、前生徒会長に助けられた経験があるため、一般的な悪魔憑きと比較してもかなり慎重で滅多にそれを使うことはない。
「人魔一体『メトロノーム』!」
しかしその力を今、解放する。
悪魔憑きとは、悪魔に気に入られて勝手に憑りつかれていたり、あるいは魔術で従えていたり、契約に則って力を借りていたりと様々なパターンが存在するが、悪魔の力を使うホルダーの総称としてそのように呼ばれている。
基本的に出来ることは、自分に憑りついた悪魔から漏れ出る魔力を利用した身体能力の強化や感覚の鋭敏化、そして悪魔が持つ固有能力の行使などがある。
そして人魔一体とは、自身に憑りついている悪魔と融合する奥義。
「オオオォォォッー!!」
苦痛を紛らわすような野太い雄叫びが徐々に甲高くなっていき、同時に肉体が変化を始める。
男子としては長すぎず短すぎない程度だった青髪が真っ黒なロングストレートへと変化し、身長や体格が僅かに大きくなっていく。黄色人種らしい薄橙色の肌は病的な白さへと変わり、白目は黒く染まり、瞳孔は金色に輝き、胸が膨らんでいく。
悪魔の肉体は魔界と呼ばれるこの世とは別の世界にあり、通常こちらの世界に直接干渉することが出来ないため、相性の良い人間を経由してちょっかいをかけてくる。その際エネルギーロスが生じ、悪魔憑きが使える力はその悪魔が持つ力のほんの一部になってしまう。
しかしこの人魔一体はこの世の肉体である人の身と、魔界の肉体である魔の身を重ね合わせることで、一時的に世界の認識を欺き悪魔が持つ本来の力でこの世に干渉可能となる。
ただし、引き出すことが出来る力は融合率に比例して高くなっていくが、同時に悪魔の精神に身体を乗っ取られるリスクも高まっていく。
現在融合率は、50%。
「マタセタナ、ジュンビハイイカ?」
「行きますよ、フライデイ!」
『副会長も懲りないな』
男性的な筋肉質で角ばった骨格は残しながら、女性的な要素を兼ね備えた魔人へと変貌した副会長の問いかけに、樹霧はスターターを引くことで答える。
「イママデノオレト、オナジトオモウナヨ」
「それは楽しみですね!」
呆れたようなフライデイの言葉を引き金に両者が同時に動き出す。
古條と朱鷺戸がどちらも武術を修めていたのに対し、樹霧と副会長はどちらも我流体術。ハッキリ言ってしまえば本能と経験に従って暴れるだけであり、一手一手を組み立てるような美しさはなく、獣の如く互いの武器をぶつけ合う。
樹霧のチェーンソーと副会長の鋭い爪が衝突する度に甲高い音が鳴り響き火花を散らす。
お互い肉体へのダメージはなく、激しく切り結ぶ様子は外から見ると拮抗しているようにも見える。
しかし当事者である二人は明らかに一方が優勢であることを理解していた。
「あははははははっ! 良いですね! 良いですねぇ! 楽しくなって来ましたね!!」
副会長の長く伸びた鋭い硬質な爪が、火花と共に削り飛ばされて瞬く間に短くなっていく。
腰から伸びた尻尾を操り樹霧の腕を絡めとろうとしたところ、さらに攻撃の回転速度が上がった樹霧に切り飛ばされて宙を舞う。
悪魔メトロノームが持つ固有能力を使用しても、樹霧はタイミングを外すことなく易々と副会長の攻撃についてくる。
「クソッ! アイカワラズノバケモノップリダナ!!」
わかってはいたことだが、樹霧緑の強さを改めて認識して副会長は思わず悪態をつく。
メトロノームの固有能力は、一定範囲内の行動のテンポを強制的に変化させる。
例えばテンポをBPM60に設定したのなら、どれほど素早く動こうとしても一秒あたりに一つの行動しか出来なくなり、逆にBPMを180に設定したのなら、どれだけゆっくり動こうとしても一秒あたりに三つの行動を強制させられる。
つまり互いの行動速度を強制的に減速、あるいは加速させる能力というわけだ。
速度の変化が生じるのは行動のみであり、思考速度が変わることはない。そのため、行動の途中で緩急を生み出すことで相手を混乱させたり、思考が追い付かないほどテンポを上げて行動を単調化させるというような行動阻害に使用できる。
副会長自身はどのタイミングでテンポが変わるかわかっているため、あらかじめ動きを決めておくことで能力のデメリットをある程度軽減することが出来るが、相手はいつどのようにテンポが変わるかわからないため行動に思考が追い付かない。
本来であれば近接戦闘を得意とする相手には一方的に有利を取れる異能であり、同格はもちろん、異能強度6が相手でもタイマンならば勝ちを拾える可能性があるほど強力な能力だ。
しかし
「もっと、もっと、もーっと速くしてください! こんなんじゃ全然足りません!」
どれほどテンポを上げても、ほんの一瞬テンポを落としても、なんの規則性もないほど滅茶苦茶に狂ったテンポにしても、樹霧緑は食らいつく。最初から思考など放棄して、ただ反射のみで動いているのではないかと思えるほど正確に。
必死の形相をしているのは副会長の方だけで、樹霧は瞳を輝かせるように笑いながらチェーンソーを振り回している。
「チッ、コノママジャムリカ」
樹霧が遊んでいることに気が付いた副会長は、これではいつもと何も変わらないと判断して大きく飛びのき距離を取る。
「ユウゴウリツ、80%ダ!」
身長が更に伸びて2m近い巨躯となり、額からは一対の捻じれた角が伸び、背から鋭い棘がいくつも生えた大きな羽が展開される。鋭い羽に切り裂かれボロボロとなった衣服はかろうじて体に引っかかる形で残っているが、完全な露出よりもむしろ煽情的であった。
骨格は完全に女性的なものとなり、筋肉質だった身体はしなやかさと柔らかさを感じさせる肉付きへと変化しており、50%時点でさえ大きかった胸が更に肥大化している。
融合率が高まるほどに女性的肉体に近づいていることからもわかるとおり、悪魔メトロノームの性別は女だ。
人魔一体とはいうが、その実肉体の強度は悪魔が圧倒的に強く、融合率が高まるほど侵食されるようにその悪魔の本来の姿へと近づいていく。
『ほとんど悪魔そのものに見えるが、あれでもまだ80%か』
「すぐに100%を引き出させてあげます! 行きますよ副会長!」
「オコトワリダ!」
更なる異形と化した副会長に怯むことなく突っ込んでくる樹霧に対し、副会長はその言葉と共に空へと飛びあがり、全ての悪魔が持つ基礎的な力、魔力を集めたエネルギー弾を手のひらの上に形成する。
テンポを変える能力は自分にとっても選択の幅を狭めるという影響があるが、対空手段を持たない相手に一方的に遠距離攻撃を仕掛けるだけであれば大して問題にはならない。
樹霧の戦闘力は確かに脅威だが、何も相手のフィールドで戦ってやる必要はない。副会長は形成したエネルギー弾を棒立ちしている樹霧に撃ちだし、続けてエネルギー弾を再度形成し撃ちだす。これを何度も何度も繰り返し始める。
『悪手だな』
「むぅ~! 折角もっと斬り合えると思ってたのにガッカリです!」
エネルギー弾をチェーンソーで切り裂きながら樹霧たちが何かを言っているが、副会長は耳を傾けるつもりはない。
80%はかなり危険なラインであり、この状態があまり長時間続くとメトロノームに身体を乗っ取られる。だから一切の遊びも慈悲も油断もなく、淡々と撃ち続ける。
エネルギー弾そのものを切り伏せてもその衝撃まで無効化することは出来ない。何事もないように対応しているように見えていたが、実際には樹霧にもダメージが蓄積されているはずなのだ。
炸裂したエネルギー弾の衝撃で土埃が舞い上がり樹霧の様子が確認できなくなっても、構わず副会長は繰り返す。
「必殺――」
それは念入りであり用心深いと言える選択だったが、しかし思慮に欠ける選択でもあった。
テンポを上げ過ぎれば予想外の事態が起きた時に思考が追い付かない。そのリスクをわかっていたにもかかわらず、副会長は空の上ならば安全だと考えてしまった。
「キギリギリ!!」
「ナッ――ギィ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛!?」
いつの間にか、本当にいつの間にか副会長の背後、空の上へと移動していた樹霧が技名を叫びながら副会長の背中にチェーンソーを叩きつけた。
人魔一体で強化された副会長はそれだけで命を落とすほど脆くはないが、しかしその羽を捥ぐには十分だった。青白い背中の肉が羽の付け根からえぐり取られ、回転するチェーンソーの刃によって青紫色の血飛沫が噴き出す。
思いもよらぬ激痛に絶叫をあげながら、片翼を失った副会長は堕ちていく。
勝敗は誰の目にも明らかだった。




