episode2-28 利害の一致
新聞部の部室は本校舎からは少し離れた部室棟という建物の中にある。
特別教室棟とは違い渡り廊下で繋がっていたりもしないため、向かうには一度外に出なければいけない。
「待ってましたよ氷室先輩! ここを通りたければこの私を倒してからです!」
「建内の次は加古川か」
下駄箱で上履きからローファーに履き替え、正面玄関から外へ出た俺の行く手を阻むように小柄な女子が立ち塞がった。
直接話したことはないが生徒会連所属のホルダーであるため名前と顔は知っている。一年の加古川だ。使う異能は召喚術で、異能強度は2。どうやら生徒会連の連中も異能強度1程度では全く相手にならないことを理解したらしい。
「私のこと知ってるんですか。だったら話は早いですね! いざ尋常に、召喚獣バトルです!」
だがその認識でもまだ甘い。本気で俺とやり合う気があるのなら、最低でも異能強度3は必要だ。
「この後用があるんでな、手短に終わらせるぞ。来い、ゼリービーンソルジャーズ」
「遅れる連絡をしておいた方が良いですよ? サモン! 大ネズミ!」
俺たちの呼びかけに応じて、七体のゼリービーンソルジャーズ、そして十匹の大ネズミが同時に姿を現す。
大ネズミのサイズは中型犬程度で、体毛はドブのような灰色。僅かに飛び出た目玉がギョロギョロと忙しなく動き回り、半開きの口からは汚らしい涎が垂れ流しになっている。名前の通り不気味なネズミだ。
召喚師は冒険者の召喚系クラスとはまた別口のホルダーだ。
特定の手順を踏んで召喚の儀式を行い、捧げた供物に応じた召喚獣と契約を結ぶ。
元々は魔術の一種であり高度な術式だったらしいが、大変革以降その性質が大きく変容し、魔術的素養が低い人間でも簡単に儀式を行えるようになったことで情報の秘匿が難しくなり、今では試そうと思えば誰でも試せる程度の異能になっている。
とはいえどんな召喚獣と契約できるかはかなり運否天賦な部分があり、加古川のように雑魚召喚獣を引くケースも珍しくない。簡単に引き直し出来るものでもないため、上昇志向の強い無能力者にはあまり人気がない。
「さあ行っちゃってネズミちゃんたち!」
「ラピッドショット」
加古川の号令に従って大ネズミたちが動き出すのと同時に、ブルーへ早撃ちのスキルを指示する。
すると目にもとまらぬ三連射が、小刻みに動き回る大ネズミを的確にとらえて地面に縫い付けた。眉間を撃ち抜かれた三匹の大ネズミがピクピクと痙攣してから霞のように消滅していく。
魔術的な召喚獣は殺しても本当に死ぬわけではないため、朝と違って鏃は潰していない。
「そんな!」
「やれ、お前ら」
そこから先は詳しく説明するまでもない。開幕のラピッドショットであっさり三匹の大ネズミを討ち取ったように、一体一体の戦闘力に差があり過ぎた。大ネズミたちはどうにかゼリービーンソルジャーズの壁を突破して俺に迫ろうとしていたが、結局ただの一匹も通り抜けることは出来ず、ものの一分も経たない内に全ての大ネズミが消え去った。
「わ、私のネズミちゃんたちが、こんなにあっさり……」
世間一般では異能戦闘を生業にする最低ラインは異能強度4だが、生徒会連では異能強度2からが戦闘員として数えられるようになる。
それはなにも咲良第二高のレベルが特別低いというわけではなく、単純に分母の差だ。人の数が増えれば増えるほどより優れたホルダーの数も多くなる。一つの学校程度の集団であれば、異能強度2もあれば十分上位に食い込めるというわけだ。
だからこそ加古川は打ちのめされいる。校内ではそれなりに強い方だと自負していた自分が、冒険者を相手に負けたという事実に。
「次は異能強度3以上のホルダーを連れてくるんだな」
地に膝をついて項垂れている加古川にそう言い残してその場を去る。
建内、加古川と立て続けに戦闘員が完封されたことを知れば、生徒会連もそろそろ本腰を入れてくるだろうか。こいつらが独断で俺に喧嘩を売って来てるのか、生徒会が方針を変えたのかはまだわからない。だから断言はできないし、希望的な観測で待つ気もない。
「ん? 向こうも強度2か」
スマホからメッセージの受信を知らせる電子音が鳴り、通知の内容を見てみれば古條からの勝利報告だった。
どうやら俺と同じように生徒会連の刺客に襲われていたらしい。
ぶちのめされて地面に転がる二人組を背景に、ドヤ顔でピースしている古條の自撮り写真が一緒に送られてきていた。
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「枡米ー! 話題の英雄様が来てやったぞ!!」
「えっ!? なに!?」
「なんか凄いクセ強めの人来てるんですけど」
「記事の苦情でも言いに来たわけ?」
加古川を降した後は特に何事もなく部室棟に到着し、勢いよく新聞部の扉を開いてズカズカと中に入っていく。
部員が全部で何人いるのかは知らないが、今部室にいるのは枡米含めて三人だけみたいだ。
一人はノックもなしにいきなり入ってきた俺にとても驚いていて、もう一人は枡米にジト目を向けながら責めるような言葉を投げかけている。そして肝心の枡米は、俺が来ることなど想定内だったとでも言うように落ち着き払った態度でそう返して来た。
「いいや、苦情を言う気はない。ひでえ偏向報道だが嘘は書いてなかったからな」
「ふーん、氷室にしてはわかってんじゃん。で、苦情じゃないなら何の用? あたし次の記事書くのに忙しいんだけど?」
空いてる椅子に勝手に腰かけて会話を続けると、枡米は部の備品らしきデスクトップPCに視線を向けたまま、カタカタとキーボードを叩きながら返事をする。
「俺が朝起こした乱闘騒ぎの噂は聞いてるんだろ?」
「質問に質問で返さないでくんない? まあ知ってるけどさ。てか、あんた普通に異能使ったでしょ? トップシークレットとか言ってたのはどうなったわけ?」
「気が変わった。生徒会と生徒会連のやり方は前から気に入らなかったんだが、最近は特にひどいだろ? 俺たちが生徒会の横暴を止める」
生徒会は元々校内の治安を守るためというお題目を掲げたホルダー狩りを行っていた。
実際、それによって多少は治安も改善したらしく、多少強引だったとはいえ生徒会を支持する声も少なくなかった。
しかし最近はその風向きが変わりつつある。なにせ異能を使わず品行方正に学業に励み、ホルダーであることを隠していた生徒すらもホルダー狩りの対象にし始めたのだ。しかも、ダンジョンアサルトの際に委員長が生徒たちを率いていたことを利用してホルダーの炙り出しを行っている。これがかなりの顰蹙を買っているようで、特に委員長に助けられた生徒たちからの反感は凄まじいらしい。
そしてそれはつまり、ホルダー狩りへの注目度は今までになく高まっているということでもある。
「俺たち?」
「樹霧と古條。最近俺たちがつるんでることくらいお前なら把握してんだろ? このまま無難に色恋沙汰のゴシップ記事を書くか? それとも、これから始まる祭りに乗るか?」
俺の言葉を聞いて、枡米はキーボードを打つ手を止めてこちらに振り向いた。
どっちの方がより注目を集められるかなんて、お前なら言うまでもなくわかるよな?
「……たしかにそっちの方が面白そうだけど、あんたがわざわざそれをあたしに教える理由は? あんたに何のメリットがあるわけ?」
「挑発だ」
「はぁ?」
「お前も聞いただろ? 生徒会の基本方針は「氷室凪とは穏便に」だ。どうも生徒会は今のこの状況で俺まで敵に回したくはないらしい。下っ端の統制は取れてないみたいだけどな」
完全に喧嘩を売った今もその方針が撤回されてないのかは知らないがな。下っ端の統制が取れてないのか、それとも生徒会連が独断で動いているという可能性もある。そして当然方針が変わったという可能性も。
いずれにせよ、こちらに引く気はないのだから挑発はやり得だ。
「こっちが一方的に突っかかってるだけじゃあ意味がない。他の生徒たちから見ても一目瞭然な格付けをするなら、全面対決以外にないだろ?」
「なるほどね。要はあたしの記事で対立を煽って、生徒会があんたたちを無視できない風潮を学校内に流布しようってわけ」
「都合よくお前の記事は俺たちの動向を追ってるしな」
それに、俺たちが生徒会に対抗していることが知れ渡れば、まだ生徒会連に下っていないホルダーの中にも、大人しく従うのではなく抵抗しようという気概を持つ者が現れるかもしれない。そうなれば生徒会にとって俺はレジスタンスの旗印的存在となり、余計に無視できなくなる。
「でもその場合あんたの異能がダンジョンの中でも外でも使えるっていうのは隠しようがないけど?」
「だから言っただろ。気が変わったんだよ。好きに書けばいい」
「……ふーん」
枡米は探るような目つきでジッとこちらを見つめてから、考えに没頭するよう目をつむって俯いた。
流石に怪しまれたか。だが、嘘看破を妨害していることがバレたとしても大きな問題はない。何が嘘で何が本当なのかまではわからないからな。
「良いよ。面白そうだし、たしかにそっちの方がみんな注目しそうだしね」
「交渉成立だな」
「今の細かい状況教えてくんない? 金曜の発行日を待たないで号外出すから」
「良いけどこっちの異能の詳細は伏せるぞ」
「なんでよ」
「お前金さえ貰えば生徒会にその情報売るだろ」
「……さーて、生徒会の連中どれくらい悪者にしてやろうかなー」
露骨に話を逸らしやがった。
ま、こいつがそういう奴なのはわかってたから別に良いけどな。
最初から完全な味方になるとは思っちゃいない。
「嘘は書かないで事実を誇張して、発言を切り抜いて、言い逃れは出来るようにしておけよ。つっても、お前には言うまでもなかったか?」
「氷室も悪よのう……」
「くくっ、お前が言うか」
生徒会連所属のくせして平気で裏切る奴にだけは言われたくないもんだ。
「あーあ、枡米先輩また悪だくみしてるよ」
「氷室先輩ってああいう人だったんだ。何かヤバそうだし関わらないでおこっと」
部屋の隅っこに退避していた一年部員共が何か言ってるが、聞こえねえなぁ。




