episode2-25 決意だけは
「目標が平定者になるってことはまあわかったけどさ、そもそもあんたなんで平定者になりたいわけ? 理由を聞いた覚えないんだけど」
「そういえば樹霧も知りません!」
「私も聞きたいです!」
かったるそうな如月の言葉に樹霧と古條が同意しながら目を輝かせる。
今更だが、そういえばその話はまだしてなかったな。
別に隠しているというわけではないんだが、正直に話したとして信じるかどうか……。
「男がテッペン目指すのに理由がいるか?」
「そういうのは良いって」
「なんだ、枡米でもねーのに嘘が見抜けるってか?」
「異能なんてなくてもそれくらいわかるでしょ。あたしはマジになった時のあんたを知ってる。平定者を目指すって言ってるあんたは、同じくらいマジに見えたけど?」
……如月のくせに痛いところを突きやがる。
良いだろう、だったら包み隠さず教えてやろう。
「ふざけてるように聞こえるかもしれねえが、俺がそう決めたから。それが理由だ」
「ぶー! 氷室くんそれはないですよ! 理由になってないじゃないですか!」
「なんでそう決めたのかって話をしてんのわかってる? 言いたくないなら素直にそう言えばいいじゃん」
「誰にだって秘密の一つや二つはありますよ凪様!」
理由になっていないか、たしかにもっともだ。
だが言いたくないわけではない。
秘密にしているのではなく、俺自身も知らないのだからしょうがない。
「お前ら、『世界からの消失』って知ってるか?」
「なんですかそれ? 聞いたことないです!」
「私も知りません」
「あー、なんか噂で聞いたことあるかも。七不思議だか怪談だかだったっけ? 急にそれがなに?」
全員知らなくてもおかしくはないと思ったのだが、如月だけは心当たりがあるようだ。
異能のことは驚くほど無知だというのに、こういう都市伝説のようなものはそれなりに知っているんだな。
「話は最後まで聞け」
口伝で広まった話でありながら全国各地でそれを知る者がおり、そして遭遇したという者も存在する噂。
「『世界からの消失』ってのは、人がこの世界から消えちまうっつー話だ。そいつの姿が見えなくなって、そいつがいた痕跡はなくなって、そいつに関する記憶も消える。そいつにとって関係が希薄な奴から徐々に始まって、最後はどんなに親しい相手でも全て忘れ去って、最初からこの世にそいつはいなかったことになる」
大変革以前の世であれば、そんなものは面白おかしい作り話に過ぎなかっただろう。
「あたしそれ前に聞いたときも思ったんだけどさ、話の通りならそもそもこんな都市伝説があること自体おかしくない? だって最後は誰の記憶にも記録にも残らないんでしょ?」
そうだ。誰からも忘れ去られるというのなら、そんな噂が存在することそのものが矛盾と言える。
だが、可能性は0じゃない。
「あ、でもですよ? 徐々に忘れてく人が増えてくってことなら、消え始めてから完全に消えるまでの間はその現象を認識出来てる人がいるってことなんじゃないですか?」
「どういうことですか? 樹霧には難しすぎてわかりません! 古條さん頭良いんですねー」
「え、えへへ、そんな、天才だなんて、それほどでも!」
「そこまでは言ってなくない?」
いや実際目の付け所は鋭い。今の話を聞いただけでそれに気づけるなんて大したもんだ。
「古條の言うとおり、この話は恐らく被害にあった人物に近しい人間が語り継ぐことで都市伝説にまでなったんだ」
友人か、恋人か、家族か。関係性はなんだったのか知らないが、きっとそいつは自分の大切な人が世界から消えかかっていることに気がついて助けを求めた。
今はインターネットを通じて世界中に情報を発信できる時代だ。まともに取り合ったかどうかは別として、その話を見聞きした者はそれなりの数存在しただろう。
そしてその中で、恐らく後から同じ現象に遭遇した者が現れた。二人目は『世界からの消失』について知っていて、それは真実だったと、自分もそれに遭遇したと、そして助けてくれと、一人目と同じように発信したはずだ。
そうしてその連鎖が続いていくことで、最初の被害者が完全に忘れ去られた後も、『世界からの消失』という現象だけは語り継がれることになった。
その現象に気づいた時点で、被害者に近しい存在以外は被害者を認識出来なくなると推測されるため、物的証拠はなく、だからこそ都市伝説の域を出ない話として扱われているんだろうがな。
「え、でも今の話がマジならもっと問題になってても良くない?」
「今のがマジなのかもわからねえってことだよ。俺が勝手に調べて情報の穴は推測で埋めた部分も大きい。世間的には十分与太話の類いだ」
なんせ親しい人間が被害に合っていると主張している奴がいたとしても、他の奴は肝心の被害者を観測出来ないうえ、時間経過でその主張していたという事実すら失われる可能性があるわけだからな。
推理や推測なんてものは手に入れた点と点を結んで道筋を作ってくのがセオリーだろうが、この現象はその点を消してしまう。現在進行形のものの輪郭しか観測出来ない。
未だに俺がこういう認識を持てているのも、積極的に被害者の情報発信を追い続けてるからだ。きっと過去の俺も同じことを続けて、何人も忘れて来たんだろう。
大変革以降、突拍子もない創作染みた現象が実際に起きることは珍しくもなくなった。
しかし同時に、今まで以上に作り話や法螺話も多くなった。客観的にそれが事実か嘘かを見抜くのが難しくなったから。
だからこの『世界からの消失』という現象も、信じている奴もいれば信じていない奴もいる、都市伝説として噂されているわけだ。
「うーん、よくわかりませんでしたけど、結局それが何なんですか?」
「俺は平定者になるって決めた。絶対にな。その決意だけはまだ消えてない。けどな、」
「その記憶は残ってないってわけね」
そういうことだ。
「いつ、どこで、どうして。全部覚えちゃいねえ。ただ意思だけがあった。漠然とした夢なんかじゃなく、絶対に平定者になるっていう意思だけがな」
どこの誰だか知らねーが、多分消えちまった奴が関係してるんだろう。だから俺は、どうして平定者になろうと思ったのかを何も覚えていない。そいつ諸共消失しちまったんだ。
「じゃ、じゃあ、もしかしたら凪様のこ、ここ、恋人って可能性も……?」
「なんか、思ってたより納得できる理由で安心したかも」
「あん? 何がだ?」
「平定者って予想も出来ないくらい凄い人たちなんでしょ? だから平定者になれば、消えちゃったかもしれない大事な人も助けられるかもしれない。だから平定者を目指してる。そういうことでしょ?」
「うぅ、私が先に……、あれでもこの場合私が後なのでは……? あぁー!」
如月がフフンとドヤ顔でそう言って、古條がオロオロしながら騒ぎ始め、樹霧は未だに話を理解出来てないのかポカンと間抜け面を浮かべている。
何か勘違いしているようだが、理由は既に言ったとおりだ。
『世界からの消失』について話したのは、理由を覚えていないのはなぜかということを説明するために過ぎない。
「勘違いするなよ如月。俺が平定者を目指すのは、絶対になるって俺が決めたからだ。記憶があろうがなかろうが関係ねえ。どこの誰だか知らない奴も関係ねえ」
この俺が、絶対にやると決めたことを途中で投げ出すなんてありえない。それが全てだ。
「またまた~、照れてんの? あ、聞いたことあるこれ。ツンデレってやつでしょ! 氷室ってツンデレだったんだ!」
「結局話はよくわかりませんでしたけど、やっぱり氷室くんは面白いですね! それでこそ協力する甲斐があります!」
「流石です凪様! ストイックで格好良いです! 私信じてました……」
如月のやつ、これ幸いと活き活きし始めやがって。未だに俺と沖嶋でどうこうってのを警戒してるのか?
とりあえず全員納得はしたみたいだし、相手をするのも面倒だからこれ以上下手に反応するのは控えるとしよう。
「俺の話は終わりだ。逆に今度はこっちが聞く番だな」
「え? なんであたしが沖嶋くんを好きになったって? そんなに知りたい? しょうがないなぁもー」
「興味ねえよ。聞きたいのは古條、お前だ」
「へ? 私ですか!? 何でも聞いてください凪様!」
ビシッと指さして名前を呼ぶと、古條はピンと背筋を正した。
「お前、なんで異能隠してた? それと生徒会連に入るのを嫌がってた理由は?」
如月に関しては異能なんてどうでも良いというスタンスであり、隠していたと言うよりは公にしていなかっただけ。
樹霧は生徒会の掲げる校内の秩序を守るという目的がつまらないから。
古條が生徒会連と決定的に敵対したのは委員長への侮辱が原因だろうが、そもそもそれより前の時点で生徒会連から逃げ回っていたようだし、ダンジョンアサルトであぶり出されるまでは異能も隠していた。
別に知らなくても問題はないが、なにか拘りがあるなら知っておくに越したことはない。部下の管理も出来なければトップは務まらないからな。
「えっと、私の師匠がですね、力はここぞという時に有効な使い方をするものだって考えでして、隠してたというか必要ない時は使わないようにしてたら誰にも気づかれなかったというか、そんな感じです」
「師匠の教えってわけか。やっぱりなにか武術をやってるのか?」
生徒会連の二人との戦いはあまりにも呆気ない決着で、古條の実力を測るには足りていないが、それでも素人の動きでなかったことはわかる。
喧嘩慣れしてるのか武術経験があるのかと考えていたが、今の話を聞くに後者なのだろう。
「空手です。師匠が勝手に考えた霊気空手っていう胡散臭い流派の道場が実家の近くにあったんです」
聞かない名前だが、字面から予想するにオーラの習得を前提とした流派の空手ってところか?
「そういうことなら遠慮なく頼りにさせて貰うぞ」
「はい! 遠慮なんて全く必要ありません! 私に任せてください!」
うんうん、士気が高いのは良いことだ。
それにしても、命の恩人だからという理由でここまで従順に尽くせるとはな。
「良い返事だ。お前みたいなのは結構好きだぞ」
義理堅いやつは嫌いじゃない。
「わ、私も! 私も好きです凪様!」
「それで、ホルダーバレしてから生徒会連の勧誘を蹴ってたのはなんでだ?」
強引な勧誘のせいで勘違いされがちだが、生徒会連に入ったからと言って強制的に戦力として使われたり労働を強要されるようなことはない。
異能の濫用を控え校内での私闘を禁止されることと、定期的に生徒会が行う異能の披露会に参加する義務がある程度だ。
勧誘に来てる連中は大手を振って異能を使えるから好きでやってるわけだな。
俺のように誰かの下につく気がないとか、樹霧のようにつまらない目的に協力する気はないとか、そういう確固たる意思がないのであれば、わざわざ逃げ回ったり衝突するよりは大人しく生徒会連に加入した方が利口と言えるだろう。
「勧誘に来たのがイケメンだったからです!」
「……ん?」
たしかに三下っぽい言動を脇に置いておけば顔は多少整っていたとは思うが、それと生徒会連に入らないことになんの関係があるんだ?
「あと生徒会連のトップ層には三大イケメンとかいうクソ共の一人がいるからです!」
「はぁ!? 沖嶋くんはクソなんかじゃないんだけど!?」
「イケメンに制裁を! イケメンに正義の鉄槌を! イケメンは私が良いなって思ったカワイコちゃんをみんな掻っ攫っていくんです! 許せませんよ、私……! イケメン死すべし慈悲はありません! イケメンは可愛い子を独占するなー! 百合の間に挟まるイケメンに死を!!」
「え、えぇ……?」
三大イケメンという馬鹿みたいな括りの中には沖嶋も入っているらしいため、如月が古條に食ってかかったが、古條のあまりの剣幕に押し返されて困惑してしまっている。
かくいう俺も戸惑っている。じゃあこいつ勧誘に来てたのが可愛い女子だったら生徒会連に入ってたってことか? 思っていたよりヤバい奴だったかもしれん。
「でももう良いんです。私は気づきました。一番私のパートナーにぴったりなのは、絶対イケメンに靡くことはない心を持った女の子なんだって……。ね、凪様!」
「あ、ああ、そうかもな」
なんて業が深い女なんだ古條うつり。
今はたまたま仲間が女しかいないが、今後男が増えたならどうするつもりなんだ?
とくに沖嶋の野郎は協力する気満々みたいなんだが、あいつも三大イケメンの一人だぞ。
……まあ、沖嶋ならうまくやるか!
「話が逸れまくったが、今後の方針を説明する」
おかしな空気を払拭するように強引に話題を戻す。
行く行くは平定者になるのが目標なのは言うまでもないが、一先ずは目の前の障害を片付けなければならない。
「俺たちの目下の敵は生徒会の連中だ。樹霧は前からしつこく勧誘されてるし、古條も今週から強引な勧誘を受け始めた」
平定者を目指して活動していこうって中でたかだか一高校の生徒会の相手なんざしてられねえ。
二度と勧誘なんざする気も起きないように、完膚なきまでに叩き潰してやろうじゃねえか。
それに坂島の異能をどうにかすれば、生徒会連に無理矢理加入させられてるホルダーの中から有望な奴を引き抜けるかもしれないしな。
「連中、俺とは穏便になんて考えてたみたいだけどな、盛大に喧嘩売ってやったから黙って引き下がりゃしねえだろ」
生徒会がやってるホルダーの統制ってのは言っちまえば力と恐怖による支配だ。
だがその肝心の力が軽んじられたまま放っておけば、恐怖は薄れ、俺みたいに反旗を翻すホルダーも増えることだろう。
校内の秩序を守るなんて目的で動いている連中からすれば、絶対に無視できない。
「めでたく全面戦争だ。樹霧は今更だけど古條。今後はお前のとこにも今日の雑魚共とは比較にならないホルダーが来るはずだ。負けるんじゃねえぞ」
「はい! 凪様に勝利を捧げます!」
「あたしは?」
「如月がホルダーだってことをわざわざ教えてやる必要はない。必要な時が来るまでお前が俺ら側だってのは隠しておく」
生徒会とやり合うのは安全な敵相手に経験を積むためでもある。
その点、如月はダンジョンアサルトで修羅場をくぐっているため急いで投入する必要はない。
それに異能の性質的にも、如月のは戦ったから強くなるってもんでもない。データを取るという意味では完全な無駄にはならないだろうが、ここは温存だ。
「生徒会連を蹴散らしてればいずれは生徒会役員が出張ってくる。如月はそこで使う」
「樹霧はもう何回も生徒会の人と戦ってますけどね!」
「知ってるよ。副会長には勝ち越し、会長とは決着が着いてないんだったか?」
「負ける前に逃げてますから! 負けるとわかってて戦うのは馬鹿のやることですよ!」
意外にもこの樹霧緑、言動とは裏腹にただのバトルジャンキーというわけでもない。
お互いに身を削り合うような勝敗のわからないギリギリの戦いを好む一方で、今の自分では絶対に勝ち目がない相手、あるいは状況からは逃げるという冷静さを併せ持っている。
樹霧の異能的に、13日の金曜日であれば十分勝利の可能性はあるし、最悪ただの13日でもある程度勝ちの目はあるはずだが、逆に会長側がそういう日を避けている節がある。
樹霧は普段から副会長と書記に頻繁に勧誘という名の戦いを挑まれているため、情報をたっぷりと収集され、特定の条件を満たした時だけ強くなるということと、その特定条件についても恐らく生徒会にバレているのだ。
「生徒会役員が出張ってきたら、会長の相手は俺がやる。樹霧は副会長を頼む」
「良いですけど、氷室くんでも会長に勝つのは難しくないですか?」
「俺だって勝ち目のない戦いをする気はない。勝算はあるから心配すんな」
今年の13日の金曜日は8月のみ。つまり夏休みだ。そんなピンポイントで生徒会が学校に集まっているかわからないし、そもそもそこまで長引かせるつもりもない。ダンジョンアサルトの影響による休校分で7月の夏休みがなくなったため、今年は7月末まで学校がある。それまでには決着をつける。
「……あの、今更なんですけど一つ聞いても良いですか?」
「おう、どうした?」
俺たちの会話が途切れたタイミングを見計らって古條がおずおずと手をあげた。
「凪様って冒険者なんですよ? さっきからダンジョンの外で異能を使う前提で話してる気がするんですけど、それって無理なんじゃ……?」
「おっと、古條にはまだ言ってなかったな。俺の異能はダンジョンの中でも外でも同じように使える。だから心配しなくて良いぞ」
「え、それって都会じゃ普通なんですか? 私が知る限りだと冒険者とそれ以外のホルダーは完全に棲み分けされてたはずですけど……」
「心配しなくてもそれは都会でも田舎でも変わらねえよ。俺の異能が特別ってだけだ」
見せてやるのが一番早いが、あいにくここはダンジョン内だからな。
「ここを出たら使って見せてやるよ」
「ありがとうございます! えっと、それじゃあ私は誰と戦えばいいですか?」
「それは模擬戦を見てから決めるけど、書記と庶務のどっちかだな」
生徒会の異能は庶務以外はほぼ割れている。如月と古條で相性の良い方を書記にぶつけて、あとは庶務の相手をさせる。
「悪名高い会計の異能は俺が封殺する。お前らはとにかく目の前の相手に勝つことだけを考えろ」
もっとも、この対戦カードはあくまで生徒会の連中が揃って真正面から来た場合の話だけどな。こちらから手を出すことは出来ない以上、主導権は向こうが持つことになる。想定した通りの対戦カードになるかはわからないし、一人ずつ集中的に狙ってくるかもしれない。
しかしだとしても負けるつもりはない。こんななところでモタつくようじゃ平定者になるのなんて夢のまた夢だからな。
生徒会なんざ軽くぶっ倒してやろうじゃねえか。




