episode2-15 エクレアドッグ
俺の召喚に応じて、パチンコ台にも劣らぬ爆音と閃光を撒き散らしながら、琥珀色のぬらりとした水たまりが三つ、そして中型犬のようなシルエットのモンスターが三体姿を現した。
これが俺の第二第三の召喚獣、シロップスライムとエクレアドッグだ。
シロップスライムはその名の通り水飴の身体を持つスライムだ。スライム系召喚獣特有の物理耐性を持ち、流動的な身体との相乗効果によりほとんどの物理攻撃を無効化する。
また、スライム系召喚獣は一般的に機動力が0に等しく、ほとんどは天井から落下することによる奇襲や沼地などの水辺に潜んでの待ち伏せが主な襲撃方法になるが、このシロップスライムは一味違う。
その肉体を構成する水飴はそれそのものが膂力を有しており、言わば流動する筋肉と言える。支えとなる骨格が存在しないため人間や獣のように滑らかな動きは出来ないが、全身の筋肉をバネのように使って素早く跳びはねるように移動し獲物へと襲い掛かるのだ。
その代償に一般的なスライム系召喚獣が有する強力な酸性は失っており、丸呑みして溶かすのではなく、包み込んで締め上げたり、力任せにタックルするというのが基本的な攻撃方法となっている。
エクレアドッグもまた名が体を表しており、胴体はエクレアを巨大化したような形状で、四肢はフワフワのシュー生地、鋭い牙を持つ顔は上半分がチョコレートで覆われており、まるで黒い仮面を付けた犬のように見える。
シロップスライムをパワータイプとするならエクレアドッグはスピードタイプと言えるだろう。軽やかな足取りで小回りの利く敏捷性を持ち、それでいて直線的な走力も俺の軍勢の中ではトップクラス。恐らく樹霧にも負けていない。まさしく稲妻の名に相応しい召喚獣だ。
基本的な攻撃方法は鋭い牙による噛みつきや爪での切り裂き、そして召喚直後から習得していたアクティブスキル。
実戦投入は初めてだが、検証では単体で沖嶋を寄せ付けないほどの強さを見せ、加賀美相手にも劣勢ながら食い下がっていた。異能強度は推定5の中位。樹霧相手にも十分戦えるはずだ。
「氷室くんの召喚獣ってお菓子縛りなんですか? 可愛いですね!」
「なんせ菓子姫なもんでな。甘ったるくて胸やけしそうだ」
樹霧の身体能力や格闘センスは事前情報の通り。
問題はあの透明な壁だな。同時に展開できる数、クールダウン、強度、回数制限、とにかく情報が足りていない。使わざるを得ない状況に追い込んで限界を見極める。
「シロップスライム、エクレアドッグ、フォーメーションB! レッド、グリーン、パープルは下がれ!」
外見的にはただの液体にしか見えないシロップスライムも、犬のようなエクレアドッグも、知能に関してはゼリービーンソルジャーズと同等にあることがわかっている。だから当然、こいつらにもいくつか作戦を叩き込んだ。
フォーメーションAが同じタイプの召喚獣を一つの部隊として運用するのに対し、フォーメーションBは逆に一塊にならないで散開し、複数の方向から包囲制圧を行う戦術。現時点では包囲できるほどの数がいないのはご愛敬というやつだ。
「ばらけちゃって大丈夫ですか? カッコゲキハされちゃいますよっ!」
二体一組となって三方向に展開したシロップスライムとエクレアドッグがじりじりと樹霧を包囲するように距離を縮める中、樹霧は思惑通りになるつもりはないとでも言うように、一番俺に近い方面の一組へ向かって駆け出した。
シロップスライムとエクレアドッグを葬りそのまま俺に王手をかけようとしていたのだろう。だがそう動くであろうことは読めている。
「吠えろ!」
『グルルルルゥゥガァゥッ!!』
「っ!? わっ!!」
樹霧があと一歩踏み込めばチェーンソーが届くというギリギリのところで、エクレアドッグが低い唸り声を上げながら大きく吠えた。
その直後、踏み込もうとしていた樹霧の足がぴたりと止まる。いや、足だけではない。全身の動きが不自然に停止して、しかし慣性までは止まらずにバランスを崩したところに、追い打ちをかけるようにシロップスライムが渾身の体当たりを繰り出した。
樹霧は間抜けな声を上げながら勢いよく突き飛ばされたようにゴロゴロと来た道を転げながら戻っていき、その勢いを利用して素早く立ち上がると不思議そうに首を傾げて自分の両足や身体を揉み解すように触りだした。
「んー、電気ですね! 困りました!」
気づくのが早い。あえてスキル名を伏せて指示したというのに勘が良すぎる。前にも同じような攻撃を食らったことがあるのか? 流石に戦い慣れてるな。
樹霧の予想通り、今のはエレクトリック・バークというエクレアドッグのアクティブスキルだ。電撃を帯びた吠え声を発する範囲攻撃スキルであり、ダメージに加えて電気刺激による肉体の硬直を引き起こすことが出来る。
常人が相手であればこれ単体でも丸焦げになって即死するレベルの威力を持つスキルだが、樹霧には足止め程度の効果しか発揮していない。情報通り頑丈だ。そうでなくては困る。万が一にも死なれたら困るのは俺だから本当に情報通り頑丈で良かった。
それからシロップスライムの体当たりも沖嶋くらいなら相当なダメージになるんだが、流石に異能強度5ほどの身体強化が相手では吹き飛ばすのが精々か。
しかし
「気づいたところで、だろ?」
電気による攻撃というのは多少の身体強化や格闘センスでどうこう出来るものではない。
足止め程度でも有効であるとわかった以上、その場に縫いとめて遠距離から削ってやれば良い。
「エレクトリック・バーク、三段打ちだ!」
三方面に展開したエクレアドッグに順番にスキルを発動させることで、呼吸による一瞬の隙間をなくす。これにより樹霧は永遠にハメられ続け行動不能になる。
それを回避するためには、さっきの壁を使うしかないだろう。それで電撃を防げるのかは知らないが、今にわかる。
「うむむ、どうしましょう。うーん、ここには氷室くんしかいませんし、氷室くんは今女の子ですし、それなら無しよりの有りでセーフ、ですかね?」
その言葉の意味するところはわからないが、普通に喋れているということはエレクトリック・バークが届いていないということ。例の壁を使ってるな。三方向からの咆哮を全て遮断しているということは、カミサマのバリアのように球状の全方位防御が可能なのか? あるいは板のような形状の壁を複数展開している? 不可視の壁はこれだから厄介だ。水や炎で攻めることが出来れば形状を可視化出来たのだが、ないものねだりをしてもしょうがない。
カミサマのバリアがエルフの魔法で割れたように、不壊のバリアというのはそうあるものじゃない。樹霧の壁も耐久限界を超えれば割れると考えるのが自然だ。現状樹霧はエレクトリック・バークに身を晒さないため身動きが取れないのだからここが攻め時。カミサマのバリアのように内側からの攻撃は通すというインチキ性能を持っている可能性もあるが、それは試してみなければわからない。
「ブレイズスラッシュ、ライトニングチャージ、ティルウインド」
レッドの持つ剣が熱を帯び陽炎によって景色が歪む。
パープルの身体が紫電を帯びてバチバチと耳障りな音を立てる。
グリーンが追い風を受けて誰よりも先に走り出す。
「行け! ラピッドショット!」
号令と共に、グリーンに続けと言わんばかりに勢いよくレッドとパープルも走り出し、その背後からはブルーの速射による支援が続く。
エレクトリック・バークはゼリービーンソルジャーズにもダメージを与えるが、連中は電気刺激によって止まることはない。肉を切らせて骨を断つだ。
「よし! ちょっと本気出しちゃいますよ!」
ゼリービーンソルジャーズたちの攻撃が不可視の壁に届く直前、樹霧が上体を落として這いずるような姿勢を見せた。そして次の瞬間、大きく跳び上がって空中へと舞い上がった。
確かにそれなら一斉攻撃は受けなくて済むかもしれないが、一時しのぎでしかない。落ちてきたところを叩けば――
「なにぃ!? 空を蹴ってるのか!?」
強化された身体能力による大ジャンプで一時的に上へ避難したのだと思ったがそれは間違いだった。
樹霧は当然のように何もないはずの空を蹴り、三次元的な軌道を描いて猛スピードでこちらへと向かって来ている。
「エクレアドッグ! っ、そういうカラクリか!!」
樹霧を追いかけて上を向いていた視線を下に戻すと、壁に向かって攻撃を仕掛けたはずのゼリービーンソルジャーズが同士討ちして倒れていた。
樹霧は空を蹴る異能を持っているのではなく、不可視の壁を空に作り出しそれを蹴ることで移動しているんだ。跳び上がった直後に地上の壁を解除して空中に作り直した。だからゼリービーンソルジャーズたちは壁に阻まれずお互いを攻撃してしまったのだ。
「あはは! この距離なら届かないみたいですね!」
俺に呼ばれるまでもなくエクレアドッグたちも空中の樹霧に向けてエレクトリック・バークを放っているが、樹霧の言う通りこのスキルは有効射程があまり長くない。さらに言えばエクレアドッグの首の可動域の問題もあり、対空では分が悪い。
「ラピッドショット!」
「弓は高所から撃つものですよ!」
真上から落ちるように襲い掛かる樹霧に対してブルーが弓で迎撃を試みるが、空中だというのに縦横無尽に動き回る樹霧には当たらない。
「必殺、キギリギリ!」
「ちっ! 君臨する支配!」
座っていた玉座から転げ落ちるように飛び出し、重力の乗った樹霧の一撃をギリギリのところで回避する。先ほどまで座っていた大きな石の玉座は勢いに耐えきれなかったのか、ガラガラと砕け散る音が響き、それと共に砂ぼこりが舞い上がる。
君臨する支配の再発動によって、樹霧と俺の間に玉座を呼び出して目くらましに利用するが、それも樹霧が雑に振るった横なぎのチェーンソーによって粉々に打ち砕かれた。
だが、ほんの短時間ではあるが、この距離の中で隙はできた。
「召喚系のホルダーは本体が弱い。常識だよな?」
「降参ですか? 氷室く、ん?」
玉座をデコイとして利用し、砂ぼこりに紛れて俺はひっそりと樹霧のすぐそばにまで近づいていた。
樹霧もその距離まで気づかなかったということはないだろうが、召喚獣を使役するタイプのホルダーは基本的に本体性能が貧弱だ。近づかれても問題はないという油断はあったのだろう。事実、俺自身に戦闘能力はないしな。
だからこそ樹霧は戸惑っている。なぜ、チェーンソーを握る腕を動かすことが出来ないのか。先ほどのような電気刺激による強制停止ではない。単純な腕力の差で無理矢理にチェーンソーを押さえられている。だが目の前の小さな召喚士に、そんな膂力があるはずないと。
「筋肉は骨格があってこそ、だろ!!」
「やば――か゛ぁ゛っ゛!?」
素早く混乱から立ち直った樹霧はチェーンソーを手放して距離を取ろうとする動きを見せたが、シロップスライムで覆われた左拳を全力で振り抜く方が早かった。
吹っ飛ばされた樹霧は旧校舎の壁にめり込むほどの勢いで叩きつけられ、ずるずると地面に崩れ落ちた。




