episode2-14 VS樹霧緑
咲良第二高校には、今はもう使われていない旧校舎が存在する。今にも倒壊寸前というほど朽ち果てているわけではないが、現在使われている校舎と見比べるとあちこちが痛んでいて年季が入っていることがわかる。
今年度に取り壊しの工事が実施される予定と学校側から通達されており、工事関係者等の出入りもあるため生徒は立ち入り禁止となっていて、新校舎と比べると人通りもかなり少ない。
そういうところには得てして不良やらがたむろしたりするものだが、うちの学校は生徒会とその下部組織である生徒会連が厳しく目を光らせており、その手の輩は幅を利かせていない。
つまり、一時的な密会をするには非常に都合が良い場所というわけだ。
「この辺で良いか」
これから起こるであろうことを考えると、流石に旧校舎内に入るわけにはいかないため、新校舎方面とは反対側になる建物の陰、すぐ隣に雑木林の広がっている、いわゆる旧校舎裏と呼ばれる場所で歩みを止める。
「こんな人気のないところに呼び出して、何の用ですかっ」
俺の呼び出しを受けた樹霧は戸惑いながらも大人しく俺の後に着いてきて、目的地に到着したことを察してか痺れを切らしたようにそう問いかけて来た。
どことなくソワソワしているように見える気もするが、お前が今更緊張なんてするはずがないことはわかっている。こういう経験が豊富なのは知ってるからな。
「ここなら周りの被害を気にしないで思う存分やれるだろ?」
「はい?」
「俺の軍門に下れ、樹霧。お前には俺の右腕になってもらう」
樹霧緑。薄緑色の長髪を肩の後ろあたりで二つ結びにしており、瞳はアメジストのような美しい紫色でパッチリしている。綺麗系と言うよりは可愛い系というやつだろう。身長は恐らく160cm後半程度。今の俺よりはかなり高いが、元の俺よりは小さかった。女子の中では高い方だが、悪目立ちするほどでもない。パッと見で一番印象に残るのは胸の大きさだろうか。一々クラスメイトの胸を見比べたりはしないが、それでも印象に残るくらいデカイ。
クラスメイトとしてのこいつは、どこか抜けた部分のある元気で明るい能天気なお調子者の女子でしかないが、ホルダーとしての実力は本物であり、咲良第二高最強議論では必ず名が挙がる強者だ。
保有する異能は、自称九十九憑き。とある道具を常に持ち歩いており、それは神なのだとしょっちゅう喧伝している。早い段階で目を付けられていたのか、生徒会連や生徒会役員にも何度も襲撃されているが、そのほとんどを返り討ちにして未だにフリーのホルダーという立場を防衛し続けている。
単に強さだけで見れば、最強議論常連の舞締生徒会長や比島飼育委員長も樹霧に匹敵するし、むしろ安定感で言えば樹霧を上回っているが、樹霧は二人にはない底知れなさがある。こいつを俺の軍勢の一人目、No.2として勧誘しようと決めたのはきっとその方が面白いと思ったからだ。
「はぁ~~~。紛らわしいですよ氷室くん。樹霧めちゃくちゃ悩んじゃったじゃないですか」
樹霧はこれ見よがしにガックリと肩を落として大きなため息を吐き、恨めしそうに言った。
「はいはい、わかりましたよ。生徒会も懲りないですね。何度も言ってますけど」
樹霧は背負っていたサイズの大きいスポーツバッグのチャックを開き、中からそれを取り出した。
「樹霧に勝てたら良いですよ」
流線形ボディのメインカラーはメタリックピンクで、ハンドルやハンドガード、スターターグリップなどはブラック。そしてガイドバーとソーチェーンには桃色のカバーが装着されている。
「そいつが噂のチェーンソーか」
「ふふん! どうです樹霧の神的チェーンソーは! 格好良いでしょう!」
樹霧はピカピカに磨かれたチェーンソーを高らかに掲げてドヤ顔を決めている。
あれが樹霧の異能、付喪神化チェーンソーだ。これまでの樹霧の戦いから、純粋に身体能力を強化する機能を持っていると推測できる。
俺の見立てでは恐らく九十九憑きというのはブラフだが、まあ今はそんなことはどうでも良い。
「言質はとったぞ。君臨する支配!」
樹霧のことをしつこく勧誘している生徒会や生徒会連に対し、樹霧がその条件をつけて襲い来るホルダーを蹴散らしていることは知っていた。
だから俺の言葉にも必ず乗ってくることはわかっていた。どうやら俺のことを生徒会の使いだと思っているようだが、それは些細な問題だ。樹霧にとって重要なのは、自分に勝てるかどうかみたいだからな。
「あれ? そういえば氷室くんって冒険者になったんじゃなかったでしたっけ? なんで異能が使えるんですか?」
「来い、ゼリービーンソルジャーズ×3!」
制限をかけない君臨する支配の発動により、俺の男子制服が煌びやかなドレスに変化し、馬鹿でかい玉座が出現した。
そしてその上でふんぞり返る俺に不思議そうに問いかける樹霧を無視して声を張り上げると、重複召喚数×2を追加で取得したことで、更に増えたゼリービーンソルジャーズ総勢21体が眩い光と共に姿を現した。
重複召喚は倍々で増えていくため、あともう1部隊召喚可能だが、ここではあえて召喚しない。
数は倍々に、強さは半々にというように反比例していくため、オリジナルに対して2部隊目は1/2、3~4部隊目は1/4のレベルになっている。
「つまらねえ問答は終わってからで良いだろ?」
「えー、気になるじゃないですかー。終わったら教えてくださいよ?」
「俺が勝ったら教えてやるよ」
「む、じゃあ聞けなそうです」
わかっちゃいたが、普段の様子からは想像できないくらい自信家だな。
自分が負けるかもなんて少しも考えていない。勝利を信じ切っている。
実際、これまで撤退したことはあれど、完全敗北したことはないのだから驕りや慢心として片付けてしまえるものでもない。
面白い。それくらいでなくちゃ、俺の右腕は務まらない。
「っていうかこの子たち、殺しちゃっても大丈夫なタイプですか?」
「ああ、遠慮すんなよ。全力で来い」
「ではお言葉に甘えて」
カバーを外した樹霧がスターターを強く引き、ブオン、と鈍い音が鳴るのと同時に、エンジンが腹の底に響くような重低音を発し始めた。
「行きますよフライデイ!」
樹霧が叫ぶのと同時にスロットルを握り、ガイドバーに装着されたチェーンソーが激しく回転を始める。
フライデイ、それが樹霧の持つチェーンソーの名前なのだろう。付喪神化した道具が名前を持つことはそれほど珍しいことではない。小堀のお守りについた付喪神がカミサマと呼ばれていたように。
「はっ、悪魔の生贄じゃねえのかよ! フォーメーションA!」
こちらも樹霧の戦闘準備が終わるのをただ黙って見ていたわけではなく、あらかじめいくつか決めておいた陣形の内の一つを指示する。
フォーメーションAはもっとも基本的な陣形であり、各カラーごとに部隊を分けてそれぞれの長所を活かすというものだ。
盾を持つイエロー部隊を前線の盾として使い、機動力のあるグリーン部隊は遊撃のため動き回る。剣を持つレッドと槍を持つパープルの部隊はそれぞれ前線の矛として挟撃するように左右へ展開し、ブラックとホワイト部隊はいつでも味方のサポートが出来るよう中衛として構え、弓を持つブルー部隊が後衛を担う。
今日のコンディションであれば、樹霧の異能強度は恐らく5の中位程度。
沖嶋や加賀美の協力を得て行った検証では、ゼリービーンソルジャーズのオリジナルは一体一体が異能強度3、全員で連携した場合には恐らく4程度という見立てだった。
冒険者の力は通常ダンジョン外では使用できないため、これまで異能強度という物差しに当てはめられていなかった。だからホルダーの力を借りて相対的な強さを測ることで異能強度を算出したわけだが、専門家でもない俺たちでは沖嶋よりは強い、加賀美よりは弱い、というざっくりした結果しかわからなかった。
「良いんですかぁ? そんなんじゃ良い的ですよ!!」
真正面から盾を構えて突撃して行ったイエロー部隊に対し、樹霧はそれを迎え撃つように地面を蹴る。
「ライトニングチャージ!」
速い。目で追えないほどではないが、通常の人間ではありえない加速。
背後に回ろうとしていたグリーン部隊も、ライトニングチャージを発動したパープル部隊も、どちらも置き去りにされてしまっている。
「鉄壁!」
馬鹿正直にイエロー部隊を狙ってくれるのであれば、防御力を高めるスキルを発動して迎え撃つ。足を止めたところを袋叩きにしてやる。
「あっはは! バターの方が硬いですっ!」
「ラピッドショット!」
横一列に並んで大きな盾を構え、まるで壁のように樹霧の進路を塞いだイエロー部隊が一太刀で真っ二つに両断された。チェーンソーのそれを一太刀と呼称することの是非は置いておいて、とにかく一撃だ。
俺の君臨する支配による強化、そして重複召喚による数の力によってある程度は戦える目算だったのだが考えが甘かったか。
イエロー部隊が壊滅した瞬間、ブルー部隊に早撃ちのスキルを発動させ合計9本の矢の雨を降らせるが、樹霧はまるで全て見えているとでも言うように軽やかなステップで回避して見せる。
「闇渡り!」
僅かな時間とはいえ足の止まった樹霧に追いついたパープル部隊がスキルによる突撃を行う。さらにブラック部隊による影からの同時奇襲。
樹霧は迫りくるパープル部隊に向き直り、三つの槍の切っ先を最小限の素早い動きで弾き軌道を逸らした。まるでパープルたちが自らの意思で樹霧を避けたかのような鮮やかさだ。
だが回避ではなくその場での迎撃を選んだ以上、同時に襲い掛かるブラックの攻撃には対処できない。そのはずだった。
「なにぃ!?」
「これを使わされたのは会長と戦った時以来です。やりますね!」
樹霧の背後から振るわれた三つの大鎌は、見えない壁に阻まれるように弾かれた。全力の一振りだった分、ブラックたちはその反動によって上体が浮いてしまい、短い時間ではあるが無防備な姿を晒してしまう。それを見逃す樹霧ではなく、目にもとまらぬ三連撃によってブラック部隊が全滅させられた。
「おいおい、聞いてないぞ」
「ふっふっふ、ホルダーたるもの切り札の一つや二つは用意しておくものですよ?」
ゼリービーンソルジャーズではどれだけ息つく暇もなく攻めても無駄だと判断し、生き残っている部隊には一時停止の合図を手話で送る。この短時間の攻防でイエロー部隊とブラック部隊が全滅とはな。
しかし悪いことばかりでもない。あの透明な壁のようなものを俺は知らなかった。つまりそれは普段の生徒会との戦いでは使っていない、樹霧自身が言ったように切り札ってやつなのだろう。その手札を使わせただけでも十分に価値はある。
「だったらこっちも出し惜しみは無しで行こうか。出て来い! シロップスライム×3! エクレアドッグ×3!」




