episode2-13 大事な話
昼休みに変態セクハラ野郎に絡まれたことを除けば、特に大きなトラブルもなく休校明け初日の授業は全て終わった。
HRも終わって終業のチャイムが鳴っており、待ちに待った放課後が訪れたことを知らせてくれている。
ようやく自由に動くことができる。今日のこの瞬間を、俺は何日も前から待ちわびていた。
「氷室、話があるんだけどーー」
「後にしろ。今日は忙しい」
手早く荷物をまとめて立ち上がった俺に枡米が声をかけてくるが、適当にあしらって目的の人物の席へと歩みを進める。
先日の戦勝会で桜ノ宮は、冒険者になるにせよならないにせよ、勢力を形成するのが今後の俺の基本的な動きになると予想していた。
その予想に至る過程には少し相違があったが、結論は間違っちゃいない。確かに俺は自分の勢力を作り、個としてではなく群としての強さで平定者を目指すつもりだ。
そしてそのための第一歩が地盤固め。いきなり規模を拡大しすぎても素人の俺には恐らく制御しきれない。桜ノ宮の力を借りれば不可能ではないだろうが、そうして作られた勢力は桜ノ宮の傀儡になるだろう。
俺の、俺による、俺のための勢力を作り上げるために、まずは信頼できる少数精鋭の部下、勢力の要となる戦力、即ち幹部を集めなければならない。
人材を探す上で、学校ほど都合の良い場所はない。
学校では今後の人生で交わることのないような、自身とは異なる道を生きる人物と数多く出会うことが出来る。
既に一人目の目星はついている。
咲良第二高で最強の勢力はと問われれば、誰もが生徒会だと答えるだろう。
だが最強のホルダーは誰かと問われた時、多くの生徒は次の三人の誰かを答える。
一人、舞締生徒会長
二人、比島飼育委員長
そして三人、
「樹霧、面貸せよ。大事な話があんだ」
2年C組、樹霧 緑。
・ ・ ・
氷室と樹霧の二人が連れ立って教室を出て行った後、2-Cの面々、とくに女子たちはキャーキャーと楽しそうに騒ぎ始めた。
いつの時代もうら若き乙女は恋バナに目がないものだ。しかもその対象が今話題の氷室凪であり、さらに大事な話をされる側ではなくする側ときたのだから盛り上がりも一入だった。あちらこちらで、ああでもない、こうでもないと妄想交じりの噂が飛び交っている。
「弱みを握るチャンス! 急がないと見失――zzz」
「人の恋路を邪魔するやつはなんとやら、ってねー。噂はともかく、覗きは駄目でしょ?」
これ幸いと氷室たちを追いかけるために立ち上がった枡米が、唐突に崩れ落ちてスヤスヤと穏やかな寝息を立て始める。
続く大崎の言葉は夢の世界へと旅立った枡米ではなく、浮足立っているクラスメイトに向けてのものだろう。彼女の異能、強制睡眠は一定範囲内の対象を即座に入眠させるものであり、対象の数に制限はない。やろうと思えば今すぐにクラス全員を眠らせることも可能なのだ。
とはいえ、流石に後を追いかけようなどいう下世話なことを考えていたのは枡米だけだったのか、他のクラスメイトたちは特に気にした様子もなくお喋りを再開している。
「氷室くん、樹霧さんのことが好きだったんだ」
「にしても男らしいよな。みんなが見てる前であんな風に誘うなんて、公開告白と変わんないぜ」
クラスの雰囲気にあてられてか、小堀は意外という表情を浮かべながらも、そうだったんだと半分信じ始めている様子だ。
加賀美に至っては完全に氷室が樹霧を好きでこれから告白するという前提で話しており、その潔い男らしさに感心すらしている。
「んー、なーんかそういう感じじゃない気もするけど」
「何の話なのかはわからないけど、りりちゃんの言う通り氷室に限ってそれはないと思う」
それに対して如月はどこか懐疑的な表情を浮かべている。これまで仮想敵として氷室のことはよく観察していたが、そんな素振りを見せたことは一度もなかったからだ。
沖嶋も如月の意見に同意する。氷室が平定者を目指すうえで今は重要なタイミングであり、こんなところで恋愛に現を抜かすなどありえないと確信しているようだった。
「勧誘でしょうね。まったく、せっかちなんだから」
「勧誘? 氷室って部活かなんかやってたっけ?」
「帰宅部のはずだよ。桜ノ宮さん、何か知ってるの?」
沖嶋が如月の疑問に答えつつ、事情を知っているらしい桜ノ宮に問いかける。
先日の祝勝会での内緒話は結局氷室からの許可を貰えず、沖嶋はどんな会話がされていたのかを知らない。密会を始める前の文脈から、恐らく氷室の異能はダンジョン外でも発動出来るのだろうことまでは予想出来たが、そこから先のことは沖嶋にはわからなかった。
「そうね……、氷室くんも隠すつもりはないみたいだし、これは話しても問題ないわね」
少しだけ逡巡する様子を見せてから、桜ノ宮は軽く周囲に視線を向けてからそう呟いた。
沖嶋にはそれが自分たちだけでなく、他のクラスメイトに聞かれても問題ない情報を取捨選択しているように見えた。
「実は氷室くんの異能はダンジョンの外でも効果を発揮することがわかったの」
「それはわか――」
「みんなは知らないでしょうけど、氷室くんの異能は集団を率いる時に真価を発揮するのよ。だからその集団を作るために、まずは身近な生徒を勧誘しようってところでしょうね。それにしても、樹霧さんが一人目っていうのは意外だったけれど」
気がはやり、それはわかってると言いかけた沖嶋の言葉を遮って桜ノ宮が最後まで言い切る。
沖嶋ならば、氷室の異能がダンジョン外でも使えるというのに気づいているだろうことは桜ノ宮も承知していた。
しかし、あの日の集会は表向き氷室は来ていないことになっている。だから沖嶋たちはそれを知らなかったということにしなければならない。
「だったら……」
沖嶋は咄嗟に言いそうになった言葉を呑み込んで口をつぐむ。桜ノ宮の意図は伝わった。
「だったら俺も立候補してみようかな」
沖嶋が積極的にクラスメイトに関わっていくのはいつものことであり、これであれば不自然さはない。
それに、今後は表向き氷室と交友を深める必要があると先日の話し合いで決めたのだから、氷室が人を集めているならそれに乗っかるという選択はありだ。少なくとも沖嶋はそう考えた。
「それは難しいかもしれないわ」
だが桜ノ宮の考えは違った。
「氷室くんは多分、沖嶋くんと菫は当分仲間にする気はないはずよ。勧誘しないってだけじゃなくて、立候補しても受け入れないでしょうね」
「えーっと、理由は?」
「これから二人は氷室くんの敵になるから」
「ならないよ」
「え、えぇ!? 敵って、なにそれ!?」
沖嶋は間髪入れずに答え、小堀はわけがわからないというように狼狽える。
表情と声音こそ取り繕えているが、その言葉が一呼吸の間もなく返されたということが沖嶋の心理を雄弁に物語っていた。
あの日、氷室から同じ言葉を投げかけられて以来沖嶋はずっと考えていた。自分が氷室の敵になることなどあり得るのか。答えは否だ。あるはずがない。例え世界中の全てが敵に回ったとしても、自分だけは氷室の敵になることはない。ずっと前から、沖嶋はそう決めている。
「二人とも落ち着いて。今はまだ時期じゃないというだけのことよ。しばらくは氷室くんの活躍を見物させて貰おうじゃない」
「私は別に敵にも味方にもなりたくないけど……」
「あはは、俺も冗談だから、なんかマジっぽい空気にしちゃってごめんね」
沖嶋は自分が優れた人間だなどと思いあがったことは一度もないが、クラスの中でそれなりに目立つポジションにいるということは自覚している。今この場で変に拘って意固地になっても悪い注目を集めるだけだとわかっている。だから内心まったく納得はしていないものの、空気が悪くならないように話を打ち切った。
「なあなあ桜ノ宮、じゃあ俺たちはどうなんだ? 俺と如月と桜ノ宮が立候補したら?」
「ちょっとやめてよバ加賀美! 誰が氷室の仲間になんか!」
「可能性があるとしたらりりだけね」
「葵まで何言ってんの!? あたしと氷室が仲悪いのは知ってるでしょ! 葵ってば全然予想がなってないね!」
氷室を毛嫌いしているという様子を隠す気もなく如月は二人に食ってかかる。
いつも通りということを意識してあえてやっている部分もあるが、沖嶋が氷室にご執心な様子を目の前で見せつけられたことで非常に苛立っており、ほぼほぼ現在の如月の本心をそのまま吐き出している。
「でも実際、なんで樹霧さんなんだろうね」
仲間を集めているというのなら、だったら、どうして俺たちじゃないんだ。
あの共に戦った日のことを思い出し、沖嶋は寂しそうな笑顔を浮かべて呟くのだった。




