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episode2-7 不可視の鬩ぎ合い

 鏡に映る自分の姿をじっと見つめていると、胸の奥にぽっかりと穴が開いているような違和感を覚える。


 髪の毛は細くさらさらした絹のような手触りで、クリーム色に近い淡い金色。立ち上がってなお足元近くにまで届くほどに長く、ひねり出したホイップクリームのようにくるくると巻かれうねっている。

 瞳は宝石のように美しい薄緑色をしており、形状自体は若干たれ目のようだが気弱そうな印象はなく、むしろ意志の強さを表すように煌めいている。

 鼻梁は鋭く、肌はきめ細やかで、小ぶりな口は瑞々しい、どこをとっても文句のつけようがない可憐な少女が、一糸纏わぬ姿でそこにいた。


 なにも露出に興じているというわけではなく、桜ノ宮たちとの打ち合わせが終わり家に帰る頃には良い時間になっていたため、風呂に入って汗を流していたのだ。

 女の裸をマジマジと観察するなんていう経験はこれまでなかったため、この姿に変わってすぐは好奇心からあれこれ確認したりもしたものだが、今となっては見慣れてしまって目新しさもない。ふとした瞬間、鏡に映っている姿に若干の違和感を覚える程度だ。

 明や美月からは羞恥心とかないのか、なんて言われたし、俺自身最初は性的興奮を覚えてもおかしくないと考えていたのだが、実際見てみると自分の身体だなという感想しか湧いてこない。

 別に誰かの身体と入れ替わったとかコピーしてるというわけでもなく、所詮は自分の肉体なのだから特別感じることもないのかもしれない。

 容姿が美月に似ているのは確かだが、美月そのものというほどそっくりなわけでもない。もしもそうであれば、流石に申し訳なさを感じて観察なんて出来なかっただろう。


 余談だが、戦利品の分配については桜ノ宮の案を採用することで話がついた。

 まずは俺を代表に法人を立ち上げ、いずれ沖嶋たちを役員に任命して役員報酬として分配するっていう話だな。時間はかかるが沖嶋たちも異論はないようだった。

 起業やら契約やらの書類手続きは桜ノ宮を通して伝手のある書士や社労士に丸投げすることになった。起業自体にもそれなりに時間がかかるということで、実際に契約金が支払われるのは当分先の話になる。別に急ぎで入用というわけでもないため問題はないため、それまでの間に使い道を考えておくことにした。


「ふ~~~」


 異能を使えるようになったという部分を除けば、正直この身体は不便が多い。

 力は弱く、体力がなく、足も遅い。さらには身長が低いせいで前までは届いてた場所に手が届かないし、体重が軽いせいでぶつかり合えば簡単に吹っ飛ばされる。

 見たところ十代前半、中学生くらいに見えるためもしかしたらここから成長するかもしれないが、だとしても元の肉体の水準には遠く及ばないだろう。

 それでもあえてこの身体になって良かった点をあげるのであれば、湯船でのびのびと足を伸ばせることだろうか。全身の力を抜いて湯に浸かれるというのは悪くない。


「~~~~♪」


 身体の芯まで暖まり風呂を出た俺は、部屋着に着替えて鼻歌交じりにリビングへ戻ってきた。


「ただいま、あに、き……」


 すると、俺が風呂に入ってる間に部活から帰って来ていたらしい明が、ソファに座りながらこちらに視線を向けて声をかけてきた。


「おー、おかえり。風呂湧いてるから入っちゃえよ。母さん遅くなるみたいだから飯作っとくわ」

「……わかったけどさ、何度も言ってるだろ。そういうだらしない格好でうろつくなって」


 まったく、またいつもの小言が始まってしまったか。

 どういうわけか明は俺がこの姿になってから羞恥心だとか身だしなみだとか口うるさくなったんだよな。兄が姉に変わっただけの話だというのに。

 美月にも色々言われて、外では確かにちょっと無警戒過ぎたかと反省しなくもなかったが、流石に家の中でまでそんなことを言われる筋合いはない。

 今の俺はタンクトップにトランクスという確かにラフな格好だが、人目につくわけでもないのだから問題などないだろうに。


「お前以外誰もいないんだから良いじゃねえか。それより今日パスタで良いか?」


 パスタは茹でるだけでお手軽なのが良いよな。

 ソースはレトルトのがあるからそれを使えばいい。

 あー、そういやこの身体で不便なのは食える飯の量が減ったってのもあるな。気分的には全然満足してないのに身体的にもう入らなくなっちゃうんだよな。


「あぁ、ありがと……じゃなくて! 兄貴は気になんないのかよ。そんな美月さんに似た外見で美月さんの品性を下げるようなことしてさ」

「はぁ?」


 そりゃあ美月に間違われるような状況だったら滅多なことする気はねーけど、そもそも似てるっつっても髪色からして別物だし今は明しか見てないし大袈裟だろ。


 にしても美月の品性、品性ねえ……。

 ……うーん、俺だって美月に迷惑をかけるつもりはないしな。

 まあ、明の言うことも一理あ――


「君臨する支配」


 料理の準備をする手を止めて、着替えに行こうと動き出した身体を制止するように異能を発動し、明の創り出した世界・・・・・・・を支配する。

 その瞬間、明の言うことも一理あるし着替えるか、という思考が霞のように掻き消えた。


「明テメー! また俺に異能を使いやがったな!!」

「ちっ、兄貴のそれ卑怯だろ。ちょっ、待っ、落ち着けって!」


 怒りに身を任せて明へ掴み掛かり、引きずり倒そうと力を込めるが抵抗される。


 明の異能、不可視の鬩ぎ合いボーダーオブインビジブルは世界系に分類される異能だ。

 世界系とは、そのホルダーにとって有利なルールが敷かれた小さな世界を創造する異能のことを指す。そのほとんどは一定の条件を満たすことで創造した世界に他者を無理矢理引きずり込む能力を内包しており、その世界に敷かれたルールを強制的に課す。要は自分に有利なフィールドでの戦いを強要するタイプの異能ってことだ。

 ただし明の場合は少し特殊で、独自のルールが敷かれた世界を創造するが、そこに相手を引き込む必要はない。発動した時点で「目には見えない争いに介入できる世界」を作り出し、明自身がその世界で繰り広げられる争いに介入することで趨勢に影響を与えることが出来る、らしい。

 今回で言えば、俺の元々の思考である「着替えるなんて大袈裟だろ」という考えと「美月のことを考えるなら着替えた方が良いのか?」という明の発言によって生じた疑問、この相反する二つの見えないせめぎ合いに介入して明は後者を選ばせた。


 明自身は攻撃的じゃないから異能強度1なんて言っていたが、実際食らってみるとその厭らしさがわかる。

 俺は明がそういう異能を持っていると知っていて、かつ、世界系への特効がある異能を持っているから跳ね除けることが出来たが、そのどちらかが欠ければ明の誘導に従わされることになっただろう。

 まったく、とんでもない異能を隠し持っていたものだ。俺にも通用するところから予想するに、恐らくただの精神攻撃・・・・・・・ではない・・・・んだろうしな。


 我が弟ながら自慢したくなるような良い異能だが、ただしそれと今俺に使ったこととは話が別だ。


「俺にそれを使うなっつってんだろーが!!」

「だったら兄貴も少しは人の話を聞けって!」

「クソっ、こいつ力強っ、おわ!?」


 掴み掛かって引きずり倒そうとしていたはずが、逆に押し込まれてバランスを崩し仰向けに倒れ込んでしまった。その上から明が俺を取り押さえるように覆いかぶさり、身動きが取れないように両手両足を押さえ込まれた。部活帰りのせいか汗くさいし、風呂上がりで火照ってるせいで暑苦しい。


「ぐぬぬっ! 明お前、やって良いことと悪いことがあんだろーがよー!」

「まともな格好に着替えさせようとしたんだからむしろ良いことだろ……」


 このっ、クソっ、マジで力強いぞこいつ! びくともしねぇ!

 こっちがこんなに全身全霊で抵抗してるってのに明の方はもう余裕みたいで余計にムカつく!


「そっちがその気ならもう容赦しねぇぞ! 来い、ゼリービーンソルジャーズ!!」

「おい、本気か兄貴!? 物壊したら母さんに怒られるぞ!?」


 バチバチと激しい音を鳴らし、目に悪い光を発しながら7体のゼリービーンソルジャーズが召喚される。このエフェクトそのものに破壊的な能力がないのは確認済。派手だがただの演出に過ぎない。ダンジョン外での検証には明と美月に協力して貰ったため明もそれはわかっているだろう。


 だとしたら今の発言は自分とゼリービーンソルジャーズで戦いになると思ってのものか。はっ、わかってねー奴だ。いくら優れた異能とは言っても不可視の鬩ぎ合いに身体能力の強化はない。召喚獣の方が圧倒的にパワーは上だ。物を壊すような争いにもならないで明を取り押さえられるだろうさ。今の俺みたいにな!


「ゼリービーンソルジャーズ! 明を怪我しない程度の強さで引き剥がして押さえ込め!」


 元はと言えば先に異能をかけてきた明が悪いが、俺は心の広い兄だから明を痛めつけるつもりはない。しかし何かしらのお仕置きはしなければいけないな。俺の選択を捻じ曲げようとしたこと、そして兄弟喧嘩で兄に勝てるなどと思いあがっていたことのなぁ!!


「……ん? おい、ゼリービーンソルジャーズ? どうした?」


 なぜか召喚されたゼリービーンソルジャーズは各々好き勝手に部屋の中を歩き始め、明を引き剥がす素振りは見せない。


「まさか、これも明の異能!?」


 ゼリービーンソルジャーズにはセイレーンの精神攻撃が有効だった。つまりこいつらには意思が存在しており、であれば先ほど俺にやったように明の異能による介入が可能ということ! クッ、迂闊だった!!


「え、いや、何もしてないけど……?」

「……そうなのか」


 嘘をついているという感じではなく、明もわけがわからないというように戸惑っているようだった。


「おい、お~い! 全員こっちに来い!」


 そう呼びかけると、全員どことなく渋々という空気を感じさせる足取りでこちら近づいて来た。


「この俺の上に乗ってるのが明だ。こいつを怪我させないようにどかせ。今すぐ」


 今度は数秒ほど、どうする? とでも言うようにお互い顔を見合わせた後、再び明には見向きもせず解散してしまう。


「クソが~~!! どうなってんだー!!」

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― 新着の感想 ―
1、着替えてないと駄目 2、身内のケンカだと理解するくらいの意識がある 3、ダンジョン外だと支配力が弱い 4、ダンジョン外だとソルジャーたちの意識が強い 5、その他 っていう感じだろうか? もし1だと…
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