episode2-5 これからの方針
やはり桜ノ宮はその可能性に気づいていた。
俺のCスキル、君臨する支配はダンジョン内でも異能を発動可能にする特異な力を持つ。
普通であれば、それは冒険者である菓子姫としての能力であり、であればダンジョン外ではその力を発揮できないと考えられる。
だが、ダンジョン内において冒険者とそれ以外のホルダーの垣根を取り去るこの力が、果たして本当にダンジョン外では使えなくなるだろうか。
確証はなくとも、その可能性に思い至るのは至極当然。俺自身がそうだったんだからな。
「だとすると氷室くんの異能が本当に『冒険者』なのかは疑問を感じるわね」
「ステータスとかは話に聞く通りだから多分冒険者だとは思うけどな。まあ、つっても分類なんざどうでも良いだろ」
「それもそうね。何よりも重要なのは、氷室くんの異能がダンジョンという括りに縛られず、いつどこでも発動出来るということ」
ダンジョン外でも発動出来る冒険者の力なのか、それともダンジョン内でも発動できるホルダーの力なのか、学者先生にゃ重要なことかもしれないが、俺にとってはそんなの些末なことだ。どちらにせよ結果は変わらない。
「この話、他に知ってる人は? さっきの反応からすると沖嶋くんたちには見せてないみたいだけど」
「俺の弟と妹分の二人だけだ。沖嶋と加賀美と如月にはダンジョン内での検証しか付き合わせてない」
ここ数日の検証は主にダンジョン内で、沖嶋と加賀美の力を借りて行っていた。如月も付き合わせたのは沖嶋との恋路に協力するという約束の一環だ。あわよくば星の杖も検証に使いたかったが、開発者である祖父に回収されたとかで如月は持っていなかった。
余談だが、ダンジョンの入り口は今のところ学校の敷地内に固定している。備品やら何やらのサルベージが終わってないし、未踏破部分の探索のため多くの人間を招き入れる必要があるからだ。そしてそれが隠れ蓑にもなっている。学校なら沖嶋や加賀美、如月、そして俺が入って行っても何もおかしくないから関係性を疑われる可能性が低い。
今日みたいに誰かの家に集まるというのは、本来なら今はまだ避けた方が良い。俺と桜ノ宮の二人でダンジョンを踏破したということになっているため俺が桜ノ宮を訪ねるのは自然だし、桜ノ宮と沖嶋たちは親しい友人であるため沖嶋たちが桜ノ宮を訪ねるのも自然だ。だが、俺と沖嶋たちには表向きほとんど接点はない。にもかかわらず同時に桜ノ宮を訪ねるというのは不自然だ。だから今回の訪問では忍さんの魔術で俺の動向を偽装する手筈になっていた。本人が来ているということまでは聞いてなかったけどな。
閑話休題
それとは別に自宅でも明と美月の力を借りて検証を行っていた。ダンジョン外でも異能が使えるとわかったのはこっちでの話だな。
「そう……、でも、あまり気にしてもしょうがないかもしれないわね。冒険者にならない、けれど平定者になるのを諦めるつもりもない。それってつまり異能を隠す気はなくて、今後はホルダーとして活動していくつもりってことでしょう?」
「どこまでオープンにするかは別として、基本はそういうことになるな」
たしかに俺も、ダンジョンを踏破した直後は冒険者の力を極め、そちらの方面から平定者を目指すつもりでいた。懸念事項はあったが、何事にも抜け道はあるものだからな。
だがダンジョンに拘る必要がないとわかったことで選択肢の幅が広がった。俺は冒険者の道を歩むことも、ホルダーの道を歩むことも、その両方の道を歩むことも出来る。
そしてそのうえで俺が選んだのは、ホルダーとして平定者を目指す道だ。
桜ノ宮があまり気にしてもしょうがないと言ったのは、ダンジョンアサルトの件で俺が冒険者だということが公にされているからだろう。
この状況で俺が普通のホルダーのように異能を使えば、冒険者でありながらダンジョンの外でも異能が使えるという特異性は簡単にバレる。ちょっと異能の性質を知っている者なら普通ではないと気がづく。
だから誰が知っているかなんて気にしてもしょうがないのだ。今後それを知る人間はどんどん増えていくだろうから。
「……元々、氷室くんの性格的に職業冒険者は向いてないと思ってたのよね。だけど、平定者を目指すのなら適応しなければならないこと。それは例えダンジョン外で異能を使えるのだとしても同じだと思うのだけど、違うかしら?」
いいや、違うな。
「レベルのことを言いたいんだろ?」
「自覚があるのね。『ステータスとかは話に聞く通り』、さっき氷室くんが言ったことよ。だとすれば、レベルやスキルのシステムは冒険者と同じということよね? なら、ダンジョンでレベルを上げてダンジョン外でホルダーとしても活動する。異能を隠す気がないなら、これが一番確実に平定者を目指す方法だと思うけれど?」
桜ノ宮の言い分も間違いではない。
確かに、ただ単に場所を選ばず使えるだけの異能なんだとしたらそれがベストだろう。
異能強度を上げるのは一朝一夕では出来ない。だが冒険者なら、レベルを上げさえすれば強くなる。その強くなった力をダンジョン外で発揮出来ないことが最大の欠点なわけだが、俺にはその欠点がない。
だが、
「桜ノ宮、知ってるかもしれねえがもう一度言っておくぞ」
ダンジョン内での交渉でわざわざあんな言い回しをしてきたのだから、当然知っているだろう。
それでもあえて釘を刺すように告げる。
「俺は誰の下にもつかねえ」
誰が好き好んで使い走りになんざなるかよ。
「そんなことだろうと思ったけど、そんなに兵役が嫌?」
「俺の命の使い道は俺が決める。どこの誰とも知らない野郎に指図されて命張るなんざ真っ平御免だね」
「職業冒険者にならないとダンジョンへの侵攻権は得られない。それも当然知ってるわね?」
「当たり前だろ」
ダンジョンに踏み入ってモンスターを倒し、資源を持ち帰るのは職業冒険者の特権だからな。そしてその特権の対価とでも言うように兵役の義務が存在する。そんなのは常識中の常識だ。
「そんなに心配するなよ桜ノ宮。俺だって冒険者のレベルの重要性はわかってる。職業冒険者になる気はないって言ったけど、レベル上げをしないとは言ってないぜ?」
「……? 冒険者のレベルはダンジョンでしか――、……本当に、どこまでもふざけた異能だわ」
察しの良いことで、皆まで言わずとも桜ノ宮は気づいたようだ。
とはいえ、これだけ支援を受けておいて曖昧に濁すのは筋が通らない。
職業冒険者にならなくても問題はないと俺が判断している根拠を一から十まで懇切丁寧にしっかり説明してやる。
「なるほど、氷室くんの根拠はわかったわ。ただ、だとしても私の意見は変わらない」
「んだよ、そんなに心配すんなよ桜ノ宮。俺の菓子姫は多分お前が思ってる以上の力を持ってるぜ?」
「心配じゃなくて不満なのよ。氷室くんが我儘を言う可能性は考えていたけど、私としては冒険者として活躍して成果を沢山上げて貰うつもりだったから。今後の方針を大きく変える必要があるわね」
「んなもん皮算用してたお前が悪い。つーか、想定してたんならその場合のプランも考えてるんだろ?」
「そうね、細かくは色々あるけど大まかな方針は2パターン」
肩を落とし心底ガッカリしていますと態度で示している桜ノ宮が、徐に右手の人差し指を立てた。
「1つ、派手に動き続けて実績で外野を黙らせる方針。桜ノ宮グループの中で私の影響力はまだまだ小さいわ。けれど今回はマスコミに圧力をかけたり、ダンジョン資源の取引で氷室くんに不利にならないよう働きかけたり、少し強引に動いたから悪い意味で目立ってしまった。この私を小娘だと舐めてる人もいるでしょうし不平不満を持ってる人もいる。そういう有象無象を力業で黙らせるというわけ。氷室くんに冒険者業で活躍してもらうっていうのもその一環よ」
桜ノ宮は続けて中指を立てピースの形を作る。
「2つ、当面は大人しくしてほとぼりが冷めるのを待つ方針。氷室くんが冒険者として活動しないなら、世間に名声が轟くような活躍は恐らく当分先の話になるわ。だからその間は私も変に目立つような動きはしないでしばらく大人しくしているって方針ね。ただこっちの場合氷室くんへのサポートもかなり制限されるわ。起業自体は節税目的だってすぐにわかるから問題ないけれど、そこで冒険者業を始めるのは厳しいわね。うちのグループにも冒険者業を営む会社はあるから、喧嘩を売るに等しいもの」
まあ、起業だの冒険者業だのは桜ノ宮の言い出したことだし別にそれは問題ないだろう。
「俺もしばらくは地盤固めが優先だって考えてたところだ。知名度を上げるのも今じゃなくて良いと思ってたし、2つ目の方針で問題はなさそうだな」
「……一応聞くけれど、ダンジョンの外でも使える異能っていうのはダンジョン内で使ってた菓子姫の力で良いのよね?」
「そりゃそうだろ」
文脈的にそういう前提で話していたと思うが、これも念のためか。
「本当に良いのね? 私が見聞きした限り、菓子姫の力はホルダーより冒険者としての活動に向いてるはずよ。特異性以外の強みは集団への強化でしょう? だとすれば勢力を形成するっていう基本的な動きは変わらないわよね? ホルダーと冒険者、どちらの方が勢力を作りやすいかなんて氷室くんならわかってるんでしょう?」
「まあ、集団戦が基本の冒険者と違ってホルダーは個人主義者が多いからな。それに結社の制限のことも考えれば、勢力を作るだけなら冒険者の方が簡単だろうな」
ごく一部の上澄みを除いて、冒険者の主力は企業冒険者や国家冒険者なんかの集団だ。
一方でホルダーは一人一人の強度差が激しく、数百人規模のホルダーで徒党を組んでもたった一人の強力なホルダーに負けるなんてこともあり得る。そのせいか数人程度でつるんでいることはあっても大所帯になることは珍しい。
加えて、ホルダーは結社の自由が一部制限されている。異能の行使を目的とする結社を組織する場合、異能強度に比例して小規模な集団になるように法で定められているのだ。そのため一つの団体に強力なホルダーが多数所属することは出来ないし、強度が低くてもあまり大勢は所属させられない。
唯一の例外は冒険者で、彼らはダンジョン外では力を振るうことが出来ないため、企業冒険者などという大所帯が認められているわけだ。
桜ノ宮の発言の背景にはそういう様々な要因が存在しており、何も自分の思い通りに行かなかったから文句を言っているというわけでもないのだろう。
「それでも職業冒険者にはならない」
「そう、そこまで言うのならわかったわ。他にやることもあるし、私も表向きはしばらく大人しくすることにしましょう。今後私から出来るサポートは、ダンジョンの所有や物資・資源の売却に係る事務処理、致命的な情報の隠蔽、起業関連の手伝い、当面の護衛配備、くらいになるけど大丈夫かしら?」
「あぁ、……いや、護衛って俺の?」
「えぇ、異能の特異性は別にして、個人でダンジョンを所有してる人は少ないからそれ狙いで襲われる可能性はあるわ。あなたの親しい相手もね。所有権を法人に移すにしても、実態のない会社である以上実質氷室くんの所有であることに変わりはないし」
それは盲点だったな。
でもまあ結構な資産ってことになるわけだし、そういうこともあるのか。
しかし護衛、護衛か……。
「……俺にも用心棒のあてはあるからまずはそっちを当たらせてくれ。難しそうなら頼んでも良いか?」
「構わないけど、最低でも異能強度6はあった方がいいわよ?」
「ああ、強度は問題ない」
強度より依頼を受けてくれるかの方が問題だが、なるようになるだろう。




