episode2-2 戦利品
俺が率いる即席パーティーがダンジョンを踏破してから早数日。学校の方はすぐに再開できる状況じゃないということで当面の間は休校となっており、その間に俺はやるべきことを済ませていた。
ダンジョンを踏破したことに伴う行政の面倒な手続きやら何やらは、商談で決めた通り桜ノ宮の方で担当してくれることになっているため、例の執事に委任状と保護者の同意書を渡して丸投げしている状態だ。
ダンジョンを売るのか持つのかは踏破した段階では決まっていなかったが、ここ数日でひとまずこのダンジョンは売るよりも所有しておいた方が良いという結論に至ったため、その手続きも一緒に頼んでいる。最悪あいつらが所有に反対するなら後から売ることも出来るしな。
あとは、準備の整った対策本部からの事情聴取や、学校側からの被害生徒へのメンタルケア、ダンジョンに呑み込まれた学校備品をサルベージする作業の立会など、とにかく忙しなく動き回っていた。
対策本部の事情聴取には予想通り嘘を看破するホルダーが同席していたようだが、事前に桜ノ宮から紹介された魔術師に看破を防ぐ魔術をかけてもらうことでとくに嘘がバレることもなく、あらかじめ決めていた通り、俺と桜ノ宮の二人だけでダンジョンを踏破したというシナリオで乗り切った。
桜ノ宮の言っていた、その手の異能への備えというのはお抱えの魔術師のことだったらしい。対策本部の人たちは俺たちの嘘を怪しんでいる様子もなかったし、随分と腕の良い術師のようだった。
そんな感じで色々やっていたわけだが、とはいえそれらはおまけだ。
この数日の間で最も時間をかけていたのは俺に発現した異能の確認。
例えば新しい召喚獣のスペックや、Cスキルの詳細な仕様、Dスキルの応用などなど、確認するべきことは山のようにあった。
ダンジョンの攻略中は時間の制約があったこともあり最低限の確認しか出来ていなかったため、協力者をダンジョンに招きたっぷりと時間をかけて様々な検証を行った。
それから、自分で言うのもなんだがダンジョンアサルトを死傷者0で治めるというのは恐らく史上初の快挙であり、多少は家の周りが報道でうるさくなるかもとも思っていたが知らぬ間に明が異能を使って抑えてくれていたらしく、桜ノ宮のマスコミへの圧力とも相まって情報はあまり拡散されていない。
元々注目度の低い冒険者界隈ということもあり、このままであれば次第に忘れられていくだろう。
人は悪いニュースはよく覚えているものだが、明るいニュースはすぐに忘れるものだからな。人命救助で表彰された人間の名前なんて、一月後には覚えちゃいないだろ。俺は覚えてねえ。
うまく立ち回れば今回の件を利用して一気に知名度を上げることも出来ただろうが、それは今じゃないと判断した。
とりあえず休校が明けるまでは引き続きこの菓子姫というクラスが持つ力の検証だ。
などと、今日ついでに話す予定の内容を頭の中でつらつらと整理しつつ、家を出る。
桜ノ宮の方もようやくゴタゴタが一段落ついたらしく、今日は桜ノ宮の家で攻略メンバーによる祝勝会兼戦利品の分配を行うことになっているのだ。
・ ・ ・
金持ちの家にしては控えめな桜ノ宮の自宅には、既に俺以外のメンツは集まっていた。
執事に連れられてリビングに足を踏み入れれば、5人の視線が一斉に俺へと向けられる。
「よう、早いな」
少し早めに来たつもりだったが、最後になってしまったらしい。
「いらっしゃい、氷室くん」
手にしていたティーカップを静かに机の上に置いて微笑みながらそう言ったのは桜ノ宮葵。
藍色の髪を腰辺りまで伸ばした比較的長身の女子。
詳細は不明だが執事を召喚する異能を持つホルダーだ。
「おはよう氷室。ちょうどいいタイミングだな」
朗らかに笑って大きく手をあげているのは沖嶋陽介。
無造作にセットされた金髪に碧眼の爽やかイケメン。
フレーム使いと呼ばれるホルダーであり、「チェイン」のフレームを所有している。
「おーっす」
沖嶋ほどではないが能天気な笑み浮かべて軽く手を振っているのは加賀美隼人。
前髪をかきあげ、サイドは軽くかりあげた束感のある黒髪の長身イケメン。
マスカレイドと呼ばれる改造手術を受けたタイプの科学系ホルダーだ。
「氷室の方こそ早いじゃん。まだ集合の10分前なのに」
とくに笑ってるわけでもなければ怒ってるわけでもない、素直に思ったことを口にしたらしいのは如月りり。
今日は長い金髪のサイドテールを巻いているようで、普段とは違った印象を受ける。
ガジェット型に分類される科学系ホルダーであり、星の杖と呼ばれる道具を用いて異能を振るう。
「こ、こんにちわ」
少し驚いたような表情をしてから取り繕うようにぎこちなく笑って挨拶してきたのは小堀菫。
淡く薄い桃色の髪をセミロングにしており、どこか自信なさげでおどおどとした仕草からは小動物のような印象を受ける。
九十九憑きと呼ばれるホルダーであり、付喪神化したお守りを所有している。しかしカミサマは出てきていないらしかった。
「戦利品の分配の件でね、氷室くんがいるとややこしくなりそうだから先に私たちだけで話をしてたのよ」
「はぁ? 俺がいるとややこしくなるってどういうことだよ?」
「今からそれを説明するから座ったら?」
沖嶋のちょうどいいタイミングという言葉から考えるに、その話とやらは既に終わっているのだろう。
しかし妙だな。ダンジョン内でも話したように俺は戦利品なんかも含めた全体の売却によって得られる利益を等分割するつもりで、それが一番無難でかつ禍根を残さないと思うのだが、何を話し合っていたというのか。
疑問を感じつつ、桜ノ宮の言葉に従って空いているソファに腰をおろす。
「失礼します」
「あぁ、どうも」
俺が腰かけるのを見計らっていたように、間髪入れずお茶が出される。
あいにく茶器には詳しくないが、随分と瀟洒な感じのティーカップだ。中身は多分紅茶だろうが、こちらも匂いで茶葉がわかるほど精通してはいない。まあ、桜ノ宮が客に出すものなのだからどちらもお高いものなんだろう。
「氷室くんは物資とかダンジョンそのものの価値も含めて等分割するつもりだったみたいだけど、実際問題全てを売ってしまうのは勿体ないでしょう? 特に物資はね」
お茶出しを終えた執事が下がるのを見届けてから桜ノ宮が話し始める。
ダンジョンを踏破することで得られる利益は、大きく分けて3つある。
その1、ダンジョンそのものの売却または運営によって得られる利益。
その2、ダンジョン内に形成された天然資源を売却して得られる利益。
その3、ダンジョン内に持ち込まれた異世界の物資を売却して得られる利益。
桜ノ宮が言っているのはこの3つ目のことだ。
流石にあの広いダンジョンを俺の足だけでくまなく調べまわるのは時間がかかりすぎるため、今回踏破したダンジョンの完全な探索は桜ノ宮グループの冒険者の手を借りている。だから当然桜ノ宮もどういう物資が発見されたのかは把握している。
「ポーション類とかマジックバッグ、魔法の地図なんかは今後氷室くんが冒険者として活動する上で必須でしょうし、それを後から買うくらいだったら今手元にあるのを使った方が安上がりよ」
今回見つかったものをざっくり羅列すると、ポーション、マジックバッグ、スクロール、魔石、食料、衣類、魔法の地図、武器防具等々と言ったところか。
簡単に解説するとそれぞれ以下のようなアイテムだ。
ポーション。HPやMP、物理的な怪我や欠損、あるいは状態異常の回復等、様々な効果を持つ水薬。
マジックバッグ。見た目以上の容量を持つ魔法の鞄。低等級の冒険者ではあまり有効に活用することは出来ないが、企業冒険者や国家冒険者など、大所帯の冒険者には必須の便利アイテムだな。
スクロール。消耗品の魔法と言うのが一番正しいか。巻物の形状をしており、込められたスキルを一度だけ使用することが出来る。
魔石。魔力の詰まったエネルギー資源。こちらの世界ではまだまだ研究途上だが、あちらの世界では最もスタンダードなエネルギーとして使われているという説が主流だ。
食料、衣類。言うまでもなく、異世界の食料や衣類だ。冒険者にとって必須な品というわけではないが、実はポーションやマジックバッグなんかよりも高く売れることが多い。
魔法の地図。オートマッピングの機能を持つ地図だ。人力でざっくりした地図を作ることは出来るため、なくても死にはしないがあるとダンジョン攻略が捗るそうだ。
武器防具。異世界の素材で作られた武器や防具。基本的な需要は冒険者だが、中には珍品として収集しているコレクターも存在するらしい。
冒険者がこれらの物資を発見し所有権を得た場合、基本的に一般の市場へ売却されるのは食料や衣類程度で、それ以外のものは自分で使うか冒険者同士の物々交換に使われるのが一般的だ。
それというのも、便利だからとか、冒険に有用だからというのも一因ではあるが、最大の理由は……
「一応確認しておくけれど、ポーションなんかの所謂魔道具は大した値がつかないのは知ってるわよね?」
「流石にな。俺もその辺は売らない方が良いと思ってる」
桜ノ宮の言った通り、大した値段で売れないからだ。
ではなぜそんな大それた道具に値が付かないのかと言えば、ポーションやマジックバッグなんかの魔道具と呼ばれるものはダンジョン外ではその効果が十全に機能しないからだ。
たとえばポーション類はほとんど回復効果のない液体になってしまうし、マジックバッグは見た目通りの容量になってしまい、魔法の地図はただの紙切れになる。
一説によると、冒険者がダンジョンの外では力を発揮できないのと同様に、ダンジョンの物資はダンジョン外ではその力を発揮できないのではないかと言われている。
真相はどうだか知らないが、とにかくそんな有様であるため買い手は基本的に同業者のみ。それに対して食品や衣類なんかは特別な効果があるわけでもないため、珍味好きや所有することを一種のステータスだと考えているような金持ちに人気があり、高く売れるため市場へ出回るというわけだ。
余談だが魔石から魔力を取り出すのはダンジョン外でも可能らしく、研究機関や魔術師などの需要があるため高値で取引されているのだとかなんとか。
「それで、現金化しない魔道具は戦利品の分配でどういう位置づけにするつもりなのかしら?」
「んなもん俺の取り分から引けば良いだろ。まさかそんな下らないことで話し合ってたのかよ」
冒険者じゃないこいつらには無用の長物だし、売らないなら魔道具は俺の総取りになるだろう。
別に天然資源だけでも相当な額になるのはわかっているんだし、魔道具を売却した場合の相当額を俺の分配から引くだけの簡単な話だ。
「そうよ。氷室くんならそういうでしょうから事前に話し合ってたの。前にも言ったけど、私たちは氷室くんがいなければ何も出来なかったわ。それなのに、魔道具を持って行くならその分取り分を減らせなんて、そんな恥知らずなことを言えるわけないじゃない」
「ダンジョンも売らずに所有するつもりだけど、それでもか?」
「結論は変わらないわ。そもそも、全員に等しく所有権があるなんて考えてるのはあなただけなのよ氷室くん」
「……それじゃあよ、筋が通らねえだろうが。俺はお前らが得るはずだった名声を独り占めしてるようなもんなんだぞ? 金くらいもっと寄越せって言っても罰は当たらないだろ?」
金なんていくらあったって困りはしない。
俺はそれがどうしても必要だから時間を対価にしていた。
10億なんて聞かされた今となってはちっぽけに聞こえるかもしれないが、俺はそのちっぽけな500万、魔術大学の入試費用を集めるために莫大な時間を捧げていた。
「うわ、本当に沖嶋くんと葵の言う通りじゃん。あんた面倒な性格してんね」
「氷室、金じゃ命は買えないんだぜ? 生きて出られただけで儲けもんだろ?」
「葵ちゃんから鉱石のことも聞いたから……。億とか言われたら、正直もっとなんて思わない、かな?」
如月が呆れたように、加賀美が諭すように、小堀が困惑したように、それぞれそう答えた。
「でも、それだけじゃ氷室が納得できないだろ? だから一つだけ条件を考えてみたんだ」
「沖嶋くん、加賀美くん、りり、菫が困ってるとき、それぞれ1回だけ出来る限り力を貸してあげて。それが物資とダンジョン分のみんなの取り分よ。何を売る売らないは氷室くんに一任することにしたから現金化できたものはあなたたち5人で等分。どう? これなら文句ないでしょう?」
……なるほど、そうきたか。
現金以外の権利を取り分にすることは一度桜ノ宮に対して認めている。話しぶりと内容の甘っちょろさから予想するに、桜ノ宮が入れ知恵して沖嶋が中身を考えた、ってところか。
「わかった、そこまで言うならそうしよう。だけど良いのか? 出来る限りなんて曖昧な定義で」
「そりゃあ氷室の都合もあるだろうし、俺たちのお願いが競合することもあるかもだし、絶対にとは約束できないだろ?」
「……御尤も」
まあ、こいつらがそれで良いと言うんなら良いだろう。
戦利品の分配について話し合うつもりでいたのに、勝手に内輪で終わらせていたのは気に食わないけどな。




