episode2-閑 仮面を外して(上)
今回の事件の関係者による情報共有が終わり、これ以上は部外者に聞かせられないと氷室一派が追い出された後、生徒会室に残った加賀美と舞締会長はお互いに頭を下げていた。
「決戦の時、俺たちがキメラを取り逃がしたせいで巻き込んじまって、すいませんでした」
「ううん。加賀美くんたちは何も悪くないよ。むしろもう巻き込まないつもりだったのに、結局巻き込むことになっちゃって、こっちこそごめんなさい」
加賀美は因縁を清算し切れなかった自分のせいで今回の事件が起きたことを気に病んでおり、一方で会長の方も、自分なんかよりも遥かに壮絶な過去を歩んできていることを知っていた加賀美を、また戦わせてしまったことを申し訳なく感じているようだった。
二人は何度も自分こそ、こちらこそとペコペコ頭を下げ合っていつまで経っても終わりそうもない。
「はい、謝罪合戦はそこまでです」
そんな二人を制するように、有栖先生が大きく一度手を叩いて全員の注目を集めた。
「みんなの頑張りのお陰でインポスターという悪の組織は完全に撲滅できました。これまで色々なことがあってお互いに思うこともあると思いますけれど、これからの話をしましょう」
「親戚に刑事がいて、残党が逃げ隠れしてるって聞いてたんすけどキメラで最後だったってことですか?」
「はい。キメラの潜伏能力は頭一つ抜けていましたから。他の残党は捕まるなり討ち取られるなり、対処は終わってます」
「キメラもそんなようなこと言ってたし、多分間違いないよ。これでようやく、私たちの戦いは本当に終わったんだよ、隼人」
八木橋が感極まったように涙ぐみながら加賀美に寄り添う。
決戦によってインポスターの大部分が討伐され日常へと戻っていた加賀美と八木橋だが、倒しきれなかったマスカレイドの存在はいつも頭の片隅に残っていた。
普通の学生のように振舞っていても、楽しい日常を過ごしていても、本当の意味で安らぎを得られてはいなかった。
またいつ、どこで奴らが襲って来るかという不安がチラついて離れなかった。
けれどそんな日々もようやく終わるのだ。
「黒石さん、加賀美くんと八木橋さんのことも、キメラのように人間に戻すことは出来ますか?」
「出来る」
有栖先生の問いに黒石は悩む素振りもなく断言する。
改造人間とは言っても肉体の100%が怪人に置き換わっているわけではない。人としての遺伝子や記憶は残されており、黒石の新たな能力ならばその情報を複製することで人間の身体を作ることが出来る。
ただしこれは、マスカレイドの力を吸収するというブレイクの特性を利用したものであるため、誰も彼も肉体を再構成できるわけではない。あくまで融合過程の一工程として不要な人間部分の排出が可能となる。
その辺の理屈を黒石自身が正確に把握しているわけではないが、感覚的にマスカレイドを人間に戻すことは出来るということだけは理解していた。
「そうですか。協力してくれますか?」
「当然」
危険を冒してまで自分の精神を助け出してくれた加賀美と、命令のせいとはいえ襲い掛かって迷惑をかけてしまった八木橋。
加賀美の行動はことの成り行きだったのかもしれないが、それでも黒石は深い感謝の念を抱いている。
そして八木橋には申し訳なさを感じており、自分に出来ることならどんな罪滅ぼしでもするつもりだった。
「なら後は、二人の意思次第ですね」
「ほ、本当に、ほんとに人間に戻れるの……?」
「本当。キメラが証拠」
「ちなみに、みなさんと情報共有している時に分身から連絡があって、たしかにキメラが人間の肉体になっていることを確認したそうです」
人間に戻れる。
八木橋にとってそれは現実味のない言葉だった。
インポスターから逃れて加賀美と出会い、異能庁で身体の検査や研究を何度も受けて来たが、人間に戻れる可能性は極めて低いと言われてきた。
旧校舎裏の戦いの結果キメラが人間に戻ったという話は聞いたが、改造の世代が違うキメラと自分たちとでは勝手が違うかもしれない。自分たちはやっぱり戻れないかもしれない。そんな可能性だってあるのだから、ぬか喜びしないように期待なんてしていなかった。いや、期待しないよう自分に言い聞かせていた。
けれど、戻れる。
人間に戻れるのだ。
「わ、わた、わたしっ、うっ、ひぐっ、にんげん゛に゛、も゛どり゛だい゛! ずっと! ずっ゛とぉ……!」
「……任せて」
そこから先の言葉は、嗚咽が止まらずに続けられなかった。
けれどその想いは伝わった。涙で顔をぐしゃぐしゃにした八木橋に黒石が近づいて、優しく添えるように手を握る。
「ブレイクマスク」
黒石の呟きに応じるように、旧校舎裏での戦いのときのような不気味な肉塊の胎動ではなく、暖かな黒い繭のようなものが二人の身体を包み込む。
時間にして凡そ数分。生徒会役員の面々や加賀美、有栖先生が固唾をのんで見守る中、糸が解れるように徐々に繭は形を崩していき、完全に解れ落ちた時、その中央には繭に包まれる前と変わらない二人の姿があった。
「マスカ、レイド、ほーねっと」
恐る恐るというように涙声で呟かれたその言葉は、ただ空気へと溶けて消えいていく。
八木橋は変わらず人の姿のままで、不気味で恐ろしい蜂の怪人、マスカレイド・ホーネットに変身することはない。
「もど……った……」
マスカレイドの必殺技がブレイクと名付けられたのは、初期型のマスカレイドにとって自らの仮面を破壊しかねないほどのエネルギーを放つものだったからだ。
しかし今この瞬間、その言葉は意味を変えた。
無理矢理につけられていた仮面を壊し、外すものへと。
「私、戻れたんだ……! 人間に戻れたよ、隼人! あはは! 重くてびくともしない! 全然持ち上げられないよ、隼人!」
「あぁ、本当に良かったな、香織」
笑いながらぴょんぴょんと跳びはねて人外の身体能力が消失していることを確認し、以前にやったように加賀美のことをお姫様抱っこしようとして、しかしその重さを全く持ち上げることは出来ず、八木橋は心から嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「ありがとう、黒石さん! 本当に、本当にありがとう! まさか人間に戻れる日が来るなんて、私、夢にも思ってなかった!」
「今までが間違いだっただけ。あなたはきっと、ずっと人間だった」
「うんっ、うん! ね、隼人も早く! 人間に戻して貰いなよ!」
「……そうだな。一応聞いておきたいんだけど、それ、黒石に負担はないのか?」
「ない。私のブレイクはあなたたちの世代とは全くの別物。こちらの心配はいらない」
「あ、そっか、全然気が回らなくてごめんなさい」
ブレイクマスクは大きなデメリットが伴う力だ。加賀美たちのような初期型であれば前述の通りだし、それ以降の世代でもかなり長い間使用者への負担が大きい代物だった。
その可能性に全く思い至っていなかった八木橋は気まずそうに頬をかいて頭を下げながら、何か嫌な予感を覚えた。
先ほど人間に戻れたと報告した自分にはとても優しい目を向けてくれていたのに、どうして隼人は、自分の話になると嬉しそうにしていないのだろうかと。
「ついでにもう一つ確認良いか? 黒石には、人間をマスカレイドにする力はないんだよな?」
「……? 質問の意図がわからないけれど、ない。私が生み出せるのは複製怪人で、人間を素体にマスカレイドを作る能力はない」
「だよな! あー、悪いんだけど人間に戻るのはちょっと保留で良いか?」
「っ!? なに言ってんの隼人!?」
加賀美が気まずそうにポリポリと頭をかきながら訪ねると、黒石が何か言うよりも早く八木橋が食って掛かった。
「保留ってなに!? 隼人は人間に戻りたくないの!?」
「……予定外の暴走をしてしまった私の処分がどうなるか、私にもわからない。今を逃すともうその機会はないかもしれない。保留というのは、推奨しない」
何と言って良いものかと困り顔をしている加賀美に対して、黒石からも追撃が入る。
そもそも最初から人間ではない人造怪人の黒石が学生生活を送れていたのは、インポスターの残党を釣りだすためという明確な目的があったからだ。その目的が達成された今、黒石は用無しであり、今後どういう扱いになるかわからない。加えて想定外の暴走を起こすというリスクが露見してしまったのだから、あまり良い想像は出来ないだろう。
「加賀美くんたちの話が終わってから切り出そうと思ってましたけど、実際問題どうなんですか有栖先生? 人払いもされてましたし、菜々ちゃんが暴走したことなんて言わなきゃわかんないと思いますけど」
人間に戻るという話が始まってからは沈黙を貫いていた舞締が、有栖先生に視線を向けて問いかけた。
「黒石さんの暴走についてはしっかりと上に報告して、今黒石さんがどういう状態なのか精密な検査をして明らかにする必要があります。暴走の事実を隠蔽するのはあまりにもリスクが大きすぎる。もし黒石さんに暴走の可能性が残っていた場合、危険に晒されるのはこの学校の生徒たちですから」
「でもそれじゃあ!」
「希望的観測にはなりますけれど、黒石さんはキメラを吸収した後はマスカレイド・ホワイト、マスカレイド・ホーネットの両名を認識しても暴走はしていませんでした。検査の結果暴走する危険がないということが証明されれば、後は私の方で穏便な処分をかけあいます。私だって、黒石さんを犠牲にして終わりで良いなんて、そんな風には思っていませんから」
最初からそう聞かれることは想定していたのか、有栖先生は淀みなく自身の予想と今後の対応を説明する。その言葉には確かな熱がこもっていて、有栖先生も黒石を助けたいと思ってくれているのだということは皆に伝わった。
「……横からで悪いけどさ、だったら加賀美の件は保留にしといた方が良いと思う」
「なんで? こんな言い方するのは黒石さんに悪いと思うけど、だったら尚更今戻るべきだよ」
あまり口を挟みたくなかったという態度で、それでもぶっきらぼうに告げたのは坂島だった。
当然、そんなことを言われれば八木橋は食って掛かるように反論する。
「暴走しないことを証明するには暴走のトリガーが必要でしょ。加賀美まで今人間に戻ったら、黒石が暴走しないなんてのは悪魔の証明になっちゃうじゃん」
「……たしかに、言われてみればそうだね。じゃあ、加賀美くんはそのために?」
キメラの発言を信じるのなら、黒石が暴走するトリガーは変身状態のホーネットかホワイトを認識した時だ。しかし二人が人間に戻ってしまえばそのトリガーは失われる。見方によっては、トリガーがなくなった以上暴走することはないとも言えるかもしれないが、逆に何かの切っ掛けで暴走する可能性が残されているかもと危惧する者もいるかもしれない。一番確実なのは、理論的に暴走の可能性がないことを確かめたうえで、それを実証すること。その実証にはマスカレイド・ホワイトが必要だ。
「そ、そういうこと!」
坂島の言うことは加賀美には少々難解でイマイチ理解しきれてはいないが、どうやら乗っかっておいた方が納得させられそうだと感じてコクコク頷いている。
付き合いの長い八木橋には、絶対そんなことまで考えてないとバレているが、理屈は通っているため頭ごなしに否定することも出来ない。それに八木橋も、今まさに自分を人間に戻してくれた黒石を助けるためになるのなら、悪くない案だと思い始めていた。
ただ、もっと早く言ってくれれば自分がその役割をやったのにという気持ちもある。
「それに異能庁の一部には加賀美くんのことを気にかけてる人もいます。加賀美くんが協力して黒石さんの無害さを証明できれば、穏便な処分にという意見も通しやすくなるかもしれません」
「じゃあ、決まりだな!」
「わかった、わかったよ、もう。でもこれだけは約束して。黒石さんの件が無事に終わったら、人間に戻るって。私を置いて自分だけ戦いに行ったりしないって」
「……ごめん。まだ、自分でも整理しきれてねーんだけど、約束は出来ない」
適当に誤魔化して、この場はうんと言っておけば良いものを、加賀美はそんな嘘がつけるほど器用ではなかった。けれどそんな不器用ところも、八木橋は好きなのだ。
「ズルいよ、バカ」




