episode2-閑 「子」のエトランゼ
異能庁異能犯罪対策部直属特殊作戦部隊「十二槍」。
それは異能庁の外部、日本中から集められた選りすぐりのホルダーたちによって構成された部隊であるとされている。
噂では最低でも異能強度8以上のホルダーだけで構成されており、それぞれ干支にちなんだコードネームを与えられているのだとかなんとか。
しかしそれほどのホルダーが大人しく日本の行政に従うのは疑わしいという声も多く、さらにはその構成員の顔や名前を知る職員がいないため、組織内では外向きのハッタリで実在しない部隊であるとも囁かれている。
(ところがどっこい、実在するんだよねこれが)
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、その他諸々。
異能を除くあらゆる感覚器での情報受信を遮るローブ、「隠者の外套」に身を包み姿を隠した有栖真白が内心で呟きながら視線の先で繰り広げられているインポスターと生徒たちの戦いを見守っている。
エトランゼが実在する部隊だと言い切れるのは、有栖自身がその一員だからだ。
顔と名前が知られていないのは秘密裏に異能犯罪を解決する特殊部隊だからであり、身バレによって生じるリスクや労力を極力排除するため。強力なホルダー相手であっても寝込みを襲ったり食事に毒を盛ったりと、殺すだけなら方法はいくらでもあるのだから。
ただし、エトランゼの一員であるということは隠しているが、派手に活躍する別の顔を持っている「寅」のような例外も存在する。
(あぁ、もどかしいな。私が「寅」くらい強かったら、こんなにコソコソしなくて良いのに……)
心のうちで噂を肯定したのは、言い訳であるのと同時に自分に言い聞かせるためだ。
たしかにここで颯爽と飛び出してインポスターをぶちのめすことは出来るだろう。
しかしそれは「子」のエトランゼである自身に与えられた役目ではない。
情報収集の足であり目であり耳、それが有栖に与えられた「子」のエトランゼとしての役割。
これは何も有栖の実力が他のエトランゼと比較して大きく劣っているということではなく、異能の性質から適した仕事を振られているに過ぎない。
有栖真白の異能「鼠算」は、凡そ自身と同程度の体積までの物体を同時に二つまで創造することが出来る。
ここでいう「物体」とは生命や異能を内包する道具などであっても、今現在実在しているものであれば何でも創造可能であり、創り出された命はクローンのように自律して行動するし異能も通常通り使用可能。
この性質を利用して、オリジナルの有栖は自分の分身を二人創造し、さらにその二人がまた二人ずつ創造し、さらにまた二人ずつ、と繰り返すことで鼠算式に数を増やし、あまり同じ場所に密集しすぎれば話題になって目立ってしまうため生活圏が重ならない程度の間隔をあけて全国各地に配置している。
そもそも本来、十二槍はインポスターなどという木っ端な悪の組織を相手にするような部隊ではない。元々はもっと重要で緊急性の高い案件に対処するために作られた部隊だ。しかし「子」の異能が、片田舎の小さな事件にまで対応することを可能にしている。
今この場で生徒たちの戦いを見守っている有栖も分身であり、本体は異能庁本庁の手厚い警備によって守られている。
鼠算で生み出された物体は、発動者が死ねば当然能力が解除されて消失する。もし有栖の本体が殺されるようなことがあれば、全国各地に散らばって様々な情報を収集している人手が一斉に消えることとなる。万年人手不足の異能庁としてはこの使い捨てに出来る人手を失うわけにはいかない。だから分身有栖には極力目立たず活動するよう命令が出されている。異能の行使についても、精々十人くらいが限度の単純な分身能力に見える程度までと決められている。
問題があるとすれば、生み出された分身にも自我があるということ。
能力発動時点の記憶や思考をコピーして生み出される分身であるため、自分が分身であることやその時点の作戦目標は頭に入っており、求められる行動を説明されずとも理解しているという強みがある一方で、生み出されてから長い時間が経過するとオリジナルの思考とズレが生じてしまう。
これは能力の欠陥ではなく、同じ人間であっても過ごす環境や接する人物が異なれば考え方も変わってくるという至極当然で単純な話だ。
本庁で後から上がって来た報告書に目を通すだけの有栖と、命がけで戦っている子供たちの姿を実際に見ている有栖とでは、揺さぶれる感情が同じになるはずがない。
(加賀美くん! あなたのブレイクはっ……!)
かつてインポスターと対峙しその壊滅に多大な貢献をした子供、加賀美隼人。彼の経歴や異能についての詳細は異能庁内部でも共有されているため当然有栖も知っている。反動が非常に重い必殺技であり、加賀美の身体はもう後何度それに耐えられるかわからない。それほどまでにインポスターとの戦いは彼に大きな傷を残していた。
それなのに、加賀美は自分が死んでしまうかもしれないなんて気にもしないで、躊躇いもせずに発動した。彼はもう十分戦ったと、彼を知る誰もがそう思っていたからこそ巻き込まないようにしていたのに、そんなことはお構いなしで彼は首を突っ込んできてしまう。
(お願い舞締さん! どうか、どうか早く! 彼の命が尽きる前に……!)
誰にも見えない不可視のローブの中で、有栖は祈るように手を重ねる。
マスカレイド・ブラックの暴走は全くの予想外だった。当初の作戦は最早意味をなさない。しかしインポスターの最後の生き残り、キメラを釣りだすことには成功している。咲良第二高校における最高戦力、魔法少女ホースが到着さえすれば、十分に勝機はある。
結局、加賀美を助けに現れたのは舞締会長ではなく氷室凪であったり、生徒会役員と戦っていたはずの氷室一派の面々が続々参戦したりと、予想外の事態が立て続けに起こったものの、結果だけを見れば当初の想定よりも遥かに良いと言える結末を迎えられた。生徒に死傷者が出ることはなく、さらに加賀美と八木橋が人間に戻れる手段まで見つかったのだ。生徒たちの手前冷静な大人の対応を心がけていた有栖だが、心の内では本当に良かったねぇと滝のように涙を流していた。
そして同時に、心配していたからこそ、なぜかブレイクの反動が来ていないことにも気が付いていた。
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「あ、有栖先生? これは一体?」
「お話していたインポスターの残党と、少し眠って貰った生徒です」
鼠算によって新たに生み出された有栖たちは、キメラを連れて校長室へとやって来ていた。
意識を失って両腕を抱えられているキメラに加えて、背後をかためる有栖の片方が一人の生徒をお姫様抱っこしている。その生徒の名は枡米美海。実は枡米は氷室の後を追って旧校舎裏へとやって来ていたのだが、あまり大事にされると困る有栖がこっそり近づいて意識を奪い、物陰に寝かせておいたのだ。そのままにしておくのも忍びないため、キメラの連行ついでに一旦この校長室へと運び込まれた次第である。
「迎えが来るまでにやることがありますので、校長先生はしばらく職員室にいていただけますか?」
「は、はあ、わかりました」
今回の作戦は学校ぐるみのものであり、当然校長も有栖が異能庁所属のホルダーであることは理解している。表向きは対等な協力関係としているが、実際の力関係で言えば有栖がずっと上であるということも。だから疑問を覚えはしたものの、深く追求することはなく言われた通り校長室を後にする。
「さて、それじゃあ本来の目的を手早く済ませようか」
「私は枡米さんを保健室に連れて行くね」
枡米をお姫様抱っこしていた有栖も校長に続いて部屋を出て行き、残されたのはキメラと五人の有栖。
「鼠算」
まだ能力を発動していない有栖の内の一人が、鋭い長剣を創造し大きく振りかぶった。
「加賀美くんたちが人間に戻る方法が見つかって本当に良かったぁ。これで何の憂いもなく、お前を斬れる」
表向き作戦目的を残党の捕縛又は討伐としていたのは、子供たちへの影響に配慮して有栖が独断で手を加えたものであり、異能庁からの指令は最初から残党の掃滅だった。捕まえた後は子供たちの見えないところで済ませれば良いと有栖は決めていたのだ。
キメラが人間に戻るというのは異能庁も予想していなかっただろうが、例えマスカレイドの力を失っていたとしてもこの男は危険すぎる。なにせマスカレイドを生み出した頭脳は健在なのだから、生かしておけばまた何をしでかすかわかったものではない。
だから「子」のエトランゼは事実を握り潰すことを決めた。
これは命令違反ではない。なぜなら当初の命令通り、キメラを抹殺するだけなのだから。
鼠算で生み出される分身はあくまでコピーであり、その情報をオリジナルが吸い上げるような能力はない。見聞きしたものを分身自身が報告書にまとめて情報共有しているだけだ。
「さようなら、キメラ」




