episode2-閑 とある男子の戸惑い
とある日の昼休み、2年C組のクラスの一角にて、昼食もそこそこにカードゲームに興じる一団の姿があった。
「フィールドカード、ドラゴンを発動! バトルゾーンに存在するドラゴンコールとドラゴントークンの攻撃力・守備力を2倍に強化する! これでトドメだ!」
「甘いよ。カウンターマジック、奈落を発動。バトルゾーンに存在する全てのカードを破壊する」
「なに~!?」
「あらら、全体除去握ってましたか。やっぱり重力デッキは除去が豊富で強いですね」
「まー……、その分コストは重いから丁度いい塩梅じゃね……」
美少女キャラクターのスリーブに収められた、これまた美少女キャラのイラストが全面に押し出されたカードで恥ずかしげもなく遊んでいる彼らは、スクールカーストに則ってカテゴライズするのなら陰キャと呼ばれる男子たちだ。騒がしい彼らにクラスメイトの一部は白い目を向けているが、最早慣れきっているのか全く動じている素振りもない。
高い展開力とバフが強みの竜巫女デッキを操るのは、流されやすく主体性に欠ける凡人こと並木泰平。
全体除去や単体除去が豊富な重力デッキを操るのは、純文学からライトノベル、web小説まで嗜む活字中毒の草壁海人。
並木の背後に立ってあれこれと口出ししているのは、特に理由のない遅刻や無断欠席の常習犯である根無蓬。
草壁の背後で机に腰掛けてダルそうにしているのは、生粋の夜型で学校には眠りに来ている宵路紀介。
四人はいつも携帯ゲーム機を持ち寄って通信しながら遊んだり、今日のようにカードゲームで対戦したり、あるいはボードゲームを楽しんだりと、華はないながらも面白おかしく学校生活を楽しんでいた。
もちろん彼らも年頃の男子であるため彼女が欲しいと思ったこともないわけではないが、同じクラスにはあの性格までイケメンでお馴染みの沖嶋や、そうでなくてもカースト上位の運動部などもおり、それらと張り合うのにリソースを割くくらいなら同類と遊んでいた方が気楽で良いと半ば割り切っているのだった。
しかし、そんな女っ気のない彼らの元に、ある日突然黒船は訪れた。
「よ~お前ら」
草壁の除去にしてやられた並木がズルズルと削り切られて敗北し、選手交代ということで席を根無に譲ろうとしたところで、誰かが勢いよくガッと肩を組んで声をかけてきた。
「うわっ!? って、誰かと思ったら氷室か」
甲高い声と可愛らしい容姿がすぐ目の前にまで近づいて来ていて驚いてしまった並木だが、それがクラスメイトの氷室凪であることに気が付くとすぐに落ち着きを取り戻した。
こんなどこに出しても恥ずかしくない美少女の見た目をしているが、氷室は元男子だ。いくらガワが美少女でも元男を相手に緊張したりはしない。
「楽しそうなことやってるじゃねえか。俺も混ぜろよ」
「混ぜろって、氷室MGT知ってるのか?」
MGTとは、マジックガールズトレーディングカードゲームの略称であり、実在の魔法少女をモデルにしたカードで戦うTCGだ。第一弾が発売されてから既に10年の月日が経過しており、それなりに歴史のあるカードゲームと言えるだろう。
「愚問だな。こいつが俺の相棒、ライブラリアウト型眠り姫デッキだ!」
「いやデッキタイプを自分からバラすなよ」
「というか、今時眠り姫デッキ使ってるの珍しいですね」
「化石デッキだなぁ……」
「昔はガチデッキだったけど、今となってはファンデッキだね」
じゃじゃーん、と効果音が付きそうなほど高らかにデッキを掲げた氷室に対して総ツッコミが入る。
「うるせー! なに使おうが俺の勝手だろうが! 良いからかかって来いよ! 4タテしてやるぜ!」
一戦目、根無のバーンアグロ型業火デッキにひき潰されて黒星。
二戦目、宵路のハンデス型人形デッキにキーカードを潰されて黒星。
三戦目、草壁のアグロ型飛蝗デッキにひき潰されて黒星。
四戦目、並木のアグロ型轟雷デッキにひき潰されて黒星。
「おかしいだろがい!!」
「逆に4タテされちゃいましたね~。プクク」
「対あり。これだからハンデスはやめられねぇ……」
「GG。てかライブラリアウトが相手なら普通にアグロを使うでしょ」
「氷室のデッキ新しいカード全然入ってないじゃん。相性以前の問題だろ」
バンバンと机を叩いて抗議する氷室を根無、宵路、草壁の三人が煽りつつ、並木は氷室のデッキ構成を見せて貰って問題点を指摘する。カードゲーマーは基本的に性格が悪いのである。
「ここ二年くらいは全然触れてなかったからな。なんかこのデッキに合うカードとか増えてんのか?」
「眠り系のカードならシープとかスノーホワイトとかのマジックカードが追加されてるよ。でもキーカードが今のカードパワーについてけてないから、正直ライブラリアウトはオススメ出来ないかな」
「俺はジワジワ山札が削れていって焦る相手の顔を見るのが好きなんだよ!」
「う~ん、標準的カードゲーマー。まあファンデッキ使うのを否定はしないけどさ」
「盤面ロックは捨ててデッキ破壊に特化するのもありじゃないですか?」
「俺は相手が何も出来ずに指をくわえて見てることしか出来ないのが好きなんだよ!」
「我儘すぎる……」
「コンセプトを分割してデッキを使い分けるのは? デッキを複数持ってるのなんて当たり前だし」
「ふん、悪くない案だな。よし、お前らも一緒に俺の新しいデッキを考えろ」
そんなこんなで何故か氷室のデッキをみんなで新しく考える流れとなり、今日この場には余分なカードがないため実際にデッキを組むのは後日集まってということになった。昼休みだけで決めるには時間が足りないというのもある。
「サンキューお前ら、助かるぜ」
昼休み終了のチャイムが鳴り始めたところで、氷室は楽しそうに笑いながら並木たちに軽く手を振って機嫌の良さそうな足取りで自分の席へ戻って行った。
その笑顔は何の含みもない純粋で可愛らしいもので、思わず並木はドキッとしてしまう。
並木にとって女子から向けられる笑いと言えば嘲笑や冷笑がほとんどで、委員長のように優しく微笑えまれることはあっても、共有した時間が楽しかったというような無邪気な笑顔を見たのは本当に久しぶりだった。
(いや、いやいや! 氷室は男だろ!)
何かの間違いだというように並木はブンブンと頭を振ってそのドキドキを振り払おうとするが、意識すれば意識するほど、先ほどの笑顔が脳裏に焼き付いて離れなくなってしまう。
(男子なんだからカードの話で盛り上がって楽しかったのなんて普通のこと! 草壁たちと遊んでるのと何も変わらない! 気のせい、そう気のせいだ!)
いくら可愛い外見をしていて今は女子とは言っても、氷室は元男のATSだ。だから趣味が合うのは何もおかしなことではなく、親しみやすいのも当然。恋愛対象ではなく男友達のようなもの。さっきのはちょっと脳が勘違いしてしまっただけ。自分は異性愛者で特殊な性癖はない。
並木は必死で自分にそう言い聞かせて、一瞬、氷室のことを女の子として可愛いなと思ってしまった事実をなかったことにしようとするのだった。




