episode2-閑 古條の行きつけ
喫茶店というには少々派手で可愛らしい装飾が施された内装のカフェ。
店内に流れている楽曲はどこかの売れないアイドルのものなのか、店の雰囲気にはあっているがプロ級とは呼べない程度の拙さが感じられる。
ざっと周囲を見渡せば、カラフルなメイド服に身を包んだ店員が客と一緒に写真を撮っていたり、提供された飲食物に調味料で絵を描いたりしている姿が目に映る。
「美味しくな~れ、萌え萌えキュン♡」
そして俺の目の前では、美味しくなるおまじないをかけますと宣言したメイドがオムライスに向かって指でハートマークを形作り何やら呪文を唱えている。
美味しくなるおまじないとなると、異能強度は1と言ったところだろうか。飲食店にはうってつけのホルダーというわけだ。
古條曰く、このメイドカフェとやらで働いている店員は全員がその美味しくなるおまじないを使えるらしい。一括りに異能強度1とは言っても種類は千差万別であり、同じ異能を持つホルダーをこれだけ集めるのはさぞ苦労したことだろう。食事時を外して来ているにもかかわらずかなり混んでいると思っていたが、そういう強みがあるのなら納得だ。
「うつりお嬢様もご一緒に」
「は~い!」
「「美味しくな~れ、萌え萌えキュン♡」」
今度は俺の対面の席に座っている古條が、店員と一緒にさきほどのおまじないをパスタに向かってかけ始めた。古條はここの常連らしく随分と手慣れている。
しかし古條の異能には他者の異能を強化するような性質はなかったはず。ということは、あの美味しくなるおまじないとやらは他者と合唱することで効力が上がる性質があるのかもしれない。
「それでは最後にそちらのお嬢様にも」
「あ、いえ、私は大丈夫です……」
「遠慮しなくて良いんですよ美月さん。それも料金に含まれてるんですから、楽しまなきゃ損です!」
「飯がうまくなるんだろ? やって貰えば良いじゃねえか」
「おまじないは異能じゃないよ……。ちょっと私にはまだ恥ずかしいので、今回はすみません」
「お嬢様がそう仰るのであれば、かしこまりました。それではお嬢様方、ごゆるりとお寛ぎください」
美月のような客も珍しくはないのか、店員は嫌な顔一つせずにそう告げて戻っていった。
「しかしメイドカフェなぁ。名前くらいは知ってたけど古條が常連ってのは驚いたぞ」
今日は俺、美月、古條の三人で、古條行きつけのメイドカフェという喫茶店にやってきている。
それというのも古條がご褒美の行き先として希望したからなのだが、話を聞きつけた美月が自分も一緒に行きたいと言い出したのだ。
考えてみれば古條は厳密には一人一殺を達成出来ていないため、協力した美月にもご褒美を求める権利はあると思い古條にどうしたいか確認したところ、古條は全然オッケーですと嬉しそうに承諾した。
まあ、古條としても同学年の美月と仲良くなれるならそれに越したことはないだろうし、良い機会だと思ったのかもしれない。
「ふふふ、お金さえ払えばカワイコちゃんたちとキャッキャウフフ出来ますからね! ここは楽園です!」
「趣味に文句をつける気はないけど、ほどほどにしておけよ」
俺の軍勢に女で身を持ち崩すような奴はいらないからな。
「もちろんです!」
「……もしかして古條さんって、女の人が好きなの?」
「そうですよ? だから安心してください美月さん!」
今の流れで何でだからという接続詞になるのか意味がわからん。
むしろ美月的には身の危険を感じる発言じゃないか?
「じゃあーー」
「あ、うつりちゃんまた来てくれたんだ、やっほー!」
「アサヒちゃんに会いに来たんですよー! あーんしてください!」
「はいはい、調子の良いお嬢様の仰せのままにー」
美月が古條に何か言おうとしていたが、タイミング悪く先ほどとは別の店員が古條に話しかけて来た。
先ほどの店員はメイドというイメージ通りのかしこまった丁寧な接客だったが、こちらは随分と馴れ馴れしくフランクだ。しかも古條とは随分親しいのか、冗談めかした古條の言葉に照れたり嫌がったりすることもなく、自然にパスタを巻き取って古條の口へと運んでいる。
「そっちの二人はうつりちゃんのお友達?」
「そんな感じです。凪様と美月さん、両手に華で良いでしょう?」
「たしかにどっちもカワイーね。新規のお嬢様に布教してくれてるみたいだし、うつりちゃんの浮気は見逃してあげよっかなー」
「え゛っ゛!? 浮気なんてしてません!」
アサヒと呼ばれた店員が悪戯っぽく笑いながらそう言うと、古條は面白いくらいに目を泳がせながら答えた。枡米でなくてもわかるレベルで嘘が下手だな……。
「ふーん、とぼけるんだー。最近うつりちゃんがTSっ娘喫茶に頻繁に出入りしてる目撃証言があるんだけどなー」
「いやっ、それはですねっ、違うんですよ凪様! 勉強! 勉強のためです! ATS被害者に寄り添うための勉強としてですね!」
「何で俺に弁明してんだよ。つーか、TSっ娘喫茶ってなんだ?」
古條の言葉から察するにATS絡みの店なんだろうってのはわかるが、喫茶ってのはどういうことだ?
ATS被害者が交流したり情報交換するための店とかそういうのだろうか。
「ありゃ? もしかしてお二人さんはあんまりコンセプトカフェには詳しくない感じかな?」
「コンセプトカフェ……? メイドカフェと何か違うのか?」
「まーざっくり言っちゃえば名前の通りコンセプトを揃えたカフェのことかな。広義で言えばメイドカフェも、メイドっていうコンセプトのカフェだね。で、TSっ娘喫茶って言うのは店員さんがみ~んなATS被害者の元男の子現女の子、要するにTSっ娘ってわけ。逆にTS男子カフェとかもあるし、その他色々、大変革以降は本当にバリュエーションが増えたらしいよ」
要するにメイドカフェのATS被害者版ってわけか。
「随分妙な店があるんだな。にしても、メイドは独特な衣装があるから外見的に属性を表しやすい気がするけど、ATS被害者はそんなわかりやすい特徴なくないか? 需要あるのか?」
「そこはロールプレイとかオプションの見せ所でしょ。あたしはTSっ娘喫茶には詳しくないけど、どんな感じなのうつりちゃん?」
「そうですね、定番なのは女の子扱いして俺は男だ! って言って貰ったり、着せ替え人形にして恥じらう様子を写真に収めたり、お客さんが親友って設定でお前しか頼れる奴がいないっていうロールプレイをして貰ったり、それはもう新鮮で可愛らしくて……ハッ!? んんっ、まあ勉強した結果そんな感じでしたね」
メイドに話を振られ嬉々として熱弁し始めた古條が、唐突に我に返って咳払いを交えつつ取り繕うように締めくくった。無理があるだろ。
「随分満喫してるみたいだな」
「違うんです! 違うんです凪様ー! 凪様の前で恥をかかないように予行演習をしてただけなんですー!」
意味のわからんことを言うな。
そもそも既に散々醜態を晒してるだろうが。
「ん? あれ、もしかして凪ちゃんはATS被害者なの?」
「まあな」
「あー、なるほど。そういうことね……。じゃあ凪ちゃんもTSっ娘喫茶で働く資格はあるね。可愛いし、即採用間違いなしだよ」
「凪様を、お金で買う!? それはそれで……」
「そんなの絶対駄目! 駄目だからね凪兄さん!」
人見知りを発動して静かになっていた美月が、いきなり声を荒げて机から身を乗り出しながら俺にズイッと近づいた。
どう考えても冗談だろうに、何を二人して本気にしてるんだ。つーかお金で買うって、風俗じゃあるまいし言い方が悪すぎるだろ。
「ほほぅ、これは思ってたより更に面白い状況かにゃ~?」
「おいあんた、あんまり俺の連れをからかうな」
「おっと、たしかに新規のお嬢様に悪乗りしすぎちゃったかな。じゃあサービスってことで特別にタダであーんしてあげる」
いらねぇ……。っていうかさっき古條がやって貰ってたあれは有料だったのかよ。
「結構だ」
「えー、連れないね凪ちゃん。美月ちゃんは?」
「私も、大丈夫です」
「はいはい! じゃあ私に二回してください!」
「うつりちゃん最近照れてくれないし面白くないんだよなー」
「ひどいです! 私にはもう飽きたんですか!? 捨てられちゃうんですか!?」
「人聞きがわるーい。まあいいや、ほらあーん、もっかいあーん。じゃ、あたしはそろそろ行くからまたオプション頼みたかったら呼んでね~」
メイドは駄々をこねる古條の扱いに慣れた様子で手早くあーんを済ませ、ひらひらと手を振りながら別のテーブルへと向かっていった。自由なメイドだな。
「つーか、オプションってなんだ?」
「それはですね、今みたいにメイドさんにあーんして貰えたり、一緒に写真を撮れたりカラオケできたりするサービスのことです!」
お金を払えばってそういうことかよ。
「なんとなくどういう店なのかはわかったけど、何でわざわざ俺を連れて来たんだ?」
一緒に遊びに行くというだけならこんな店でなくても良かっただろうに。つーか、まだそこまで親しいわけでもない相手を連れてくるような場所じゃないだろ。
「凪様にもっと私のことを知って欲しいからです! あと、私ももっと凪様のことを知りたいので今度は凪様の行きつけに連れてってください!」
「行きつけな。考えておく」
……まあ、後輩に懐かれるというのも悪い気はしない。
行きつけと言えるような店なんてないんだが、バイト先でも良いんだろうか。
つらつらと考え事をしながら口に運んだオムライスは、魔法がかかっている割に普通の味だった。
・ ・ ・
食事を終え、氷室が手洗いのため席を立ったタイミングで、美月が神妙な様子で口を開く。
「古條さんって、凪兄さんのことが好きなの?」
「うっ……!? じ、実は、そうなんです」
問いかけられた古條はなにやら気まずそうに視線を逸らして、白状するように答えた。
朱鷺戸戦で加勢した時から凪様凪様とやたら馴れ馴れしかったため警戒していた美月だが、今日の古條の様子を見て疑惑は確信に変わっていた。
「そうなんだ。でも、私だって」
「でも安心してください!」
私だって凪兄さんのことが好き。この気持ちは誰にも負けない。負けるつもりはない。
そう宣言しようとした美月の言葉を遮って、古條が美月の手を取り力強く言った。
何を安心しろというのか。美月の方がずっと昔から氷室に片思いしていたことを知って、身を引くとでも言うのか。
「私にはどちらかを選ぶことなんて出来ませんでした。だから、凪様も美月さんのことも、二人とも私が幸せにしてみせます!」
「……? ?? え? ん? あれ?」
美月は古條が何を言っているのか咄嗟に理解することが出来ず、頭に疑問符を浮かべて困惑している。
「もちろん、今の日本では重婚はおろか同性婚すら出来ないのはわかってます! でも凪様が平定者になれば、そんなのどうにだってなります! だから私たちの未来のために、凪様が平定者になれるよう精一杯頑張るんです!」
「あの、ちょっと待って。どういう状況? 全然理解が追いつかなくて……」
「あ、そうでした。まずはこれをお話しないとですよね。凪様は私に生涯俺の傍にいろってプロポーズしてくれたんですけど、美月さんも私のこと好きじゃないですか? どっちかを選ばなきゃって悩んでたんですけど、逆転の発想で両方と付き合えば良いんだって気づいたんです! だから安心してください美月さん。美月さんの気持ち、ちゃんと受け止めますから」
(この人は、何を言ってるの……?)
氷室からプロポーズされたというのは何かの間違いだろうと理解しているが、なぜ自分が古條を好きということになっているのか。それが美月にはさっぱりわからなかった。しかも勝手にどちらを選ぶか悩んだ末に二股をかけるという宣言である。意味がわからなかった。
「な、凪兄さんはいずれ男の子に戻るつもりだけど、古條さんは女の子が好きなんじゃなかったの?」
「そうですね。たしかにそれは懸念事項です。でも、これから愛を育んでいく中で説得してみせます! そして美しい百合の楽園を作るんです!」
ちょっと優しくされただけで相手は自分のことが好きなのだと勘違いしてしまう百合童貞モンスターの暴走は、美月の理解の範疇を遙かに上回っていた。
「え、えっと、でも、二股は嫌かなって……。私だけを見て欲しい、みたいな、あれが、あったり、なかったりかも……」
「絶対に寂しい思いなんてさせません。勝手なことを言ってるのはわかってます。でも少しだけ、猶予をください。私が二人を愛するのに相応しいかどうか、美月さん自身の目で確かめてください」
美月もやられっぱなしではなく、古條の勘違いを利用して氷室のことを諦めさせようと咄嗟に嘘をついたが、古條は全く揺るがない。自分ならば出来る、そして二人を納得させられると信じているらしかった。
そして美月はすぐに墓穴を掘ったことに気がつく。これでは、自分が古條を好きというのは勘違いだと訂正しても、自分だけを見て欲しいと言った事実は消せなくなってしまった。
「そ、そっかぁ……」
「はい! 頑張ります!」
このまま話をしていてもきっと古條の間違った確信を覆すことは出来ないだろう。それを理解した美月は、乾いた声で疲れたように呟くのだった。




