episode2-50 インポスターの終焉
美月が不可視の鬩ぎ合いを発動してから早数分。
加賀美はシルバーフォームが時間制限で解除された以外は特に動きがなく、会長は黒石への呼びかけを続けて、樹霧と俺の召喚獣は暴れまわるキメラと怪人共をうまくいなし現状を維持できている。
さらに時間が経てば如月が復帰できるはずだし、会長も魔力が回復して戦えるようになるかもしれない。時間は俺たちの味方だ。
「てかさ! なんで先生とか誰も来ないわけ!? おかしくない!?」
「生徒の避難を優先してるんだろ。ウチの先生で一番強いのは異能強度4だったはずだし、素人が下手に首突っ込んでも被害が拡大するだけだからな」
不満を言える程度には精神的余裕が出て来たのか、如月がキャンキャンと吠え始めた。
現在進行形で生徒が対処に当たってるってことを知ってれば教師陣の対応もまた違って来るかもしれないが、誰も先生を呼びになんて行ってないしな。
それに一昔前と違って、今は必ずしも大人の方が子供より頼りになるとは限らない。
例えば助っ人に現れたのが樹霧や古條ではなく先生たちだったら、キメラの攻撃を防ぎ切ることは出来なかっただろう。
ただまあ、何が起きてるのかもわかっていないはずなのに、誰一人様子見にすら来ないのはたしかに不可解だな……。
俺の予想が正しければこの生徒会と悪の組織の争いは学校ぐるみだと思うんだが、先生の中に会長たちの協力者はいないのか?
「んなこと言ったらあたしたちだって素人なんだけど!?」
真っ先に首を突っ込んでたやつが何を言ってんだか。
それに俺の配下になった以上、いつまでも素人気分でいてもらっちゃ困る。
今回は慣らしも兼ねて命の取り合いにならないような相手を選んだが、今後は命懸けの戦いをすることだってあるだろう。平定者になるってのは、邪魔する奴をみんな蹴散らして暴力で黙らせるってことだからな。
「なんだ? 動きが鈍くなってきてる?」
ああ言えばこう言う如月の話に付き合うのは時間の無駄でしかないため、暴れまわるキメラを注視していたのだが、乱雑に振り回される腕の勢いが見る見るうちに遅くなっていき、やがて停止した。
【【【チカラガァァァ!? あアAァァAあアぁ!?】】】
断末魔のごとき叫び声をあげた黒い肉塊がブルブルと激しく痙攣し、複数ある口の中の最も大きいところから何かを勢いよく吐きだし、かと思えば急速に萎むようにその体が小さくなっていく。さらにそれと連動するように、黒づくめの怪人たちがブルブルと震え出し溶けるように形を崩しだした。
「ゲホッ、ゴホッ! バカな!? ハァッハァッ、分離したというのか!?」
吐きだされ地面に勢いよく投げ出されたのは、黒い粘液にまみれた初老の男だった。
這いつくばって息を荒げながら、信じられないというような表情で小さくなっていく肉塊を睨み付けている。
「氷室っ、そいつがキメラだ!!」
「よくやった加賀美! マカロンビートル! 取り押さえろ!!」
何となくそんな気はしたが、不可視の鬩ぎ合いの世界から帰って来たらしい加賀美の言葉により、確信を得てマカロンビートルへ確保を命じる。如月の話を聞く限りどう考えても悪人の部類であり、自由にしておいて良いことはない。
「来るなぁ!! 貴様ら私を誰だと思っている!? マスカレイドキメラ!!」
地を這いながらも抵抗するようにその男は叫んだが、何も起きない。
加賀美と同じタイプの異能、マスカレイドだというなら変身するはずだが、ガス欠か?
「っなぜだ!? クソ! 放せクソガキ共が!! 私を誰だと思っている! マスカレイドキメラ! マスカレイドキメラァァ!!」
「無駄」
何をしでかすつもりだと注意を完全にその男に向けていたため気づかなかったが、平坦な声が聞こえた方に視線を向ければ、黒い肉塊がいつの間にか俺たちと大して変わらない程度にまで縮んでおり、人型に変化していた。
「菜々ちゃん! 菜々ちゃんだよね!? 戻れたんだよね!?」
「うん、ありがとう和佳奈。みんなも、ありがとう」
まるで加賀美のマスカレイド・ホワイトを黒く染めたような姿。もちろん細部に違いはあるようだが、少なくとも如月に庇われるように倒れている蜂の怪人よりは加賀美の方に近い見た目だ。あれが黒石庶務の異能。さしずめ、マスカレイド・ブラックといったところか。
「みんな無事か!? 俺がいない間も大丈夫だったか!?」
「俺らは大丈夫だけどお前の彼女がどういう状況かわからん。行ってやれ」
「わかった! 氷室、マジ助かった! ありがとな!!」
加賀美は古條や樹霧、美月を一瞥してから代表するように俺にお礼を言って彼女の元へ駆け出した。こいつらの手綱は俺が握っていることを何となく感じ取ったのだろう。美月は少し違うが、まあ今はそんな細かいことは良い。
さて、途中参戦したせいでわけわからんことばかりだが、一先ず戦いは終わったと思って良さそうか。
「無視するなブラック!! 無駄とはどういうことだ!? 貴様私に何をしたぁ!」
さきほどから黒幕らしき男が黒石庶務へしきりに話しかけているのだが、黒石庶務は舞締会長と無事の再会を喜び合うように抱擁しながら言葉を交わしており、全く耳に入っていないようだった。
しかしあの男がどういう状態なのかは俺も気になるところだ。もし無力化出来ているのであれば気を張る必要もなくなる。
「水を差すようで悪いんだが、さっきの無駄ってのがどういう意味か教えてくれるか?」
「……氷室凪」
「おっと、喧嘩売ってた件は今は置いといてくれよ。それどころじゃないだろ?」
それに会長とはもう決着がついたしな。
確認してる余裕がなかったから樹霧と古條にも聞いていなかったが、多分二人も勝ってるはず。だからここに副会長と書記が駆け付けていないんだろうしな。
つまりVS生徒会は俺たちの完全勝利で幕を閉じているわけだ。
「マスカレイドの力をあの男から分離させて奪った。あれはもう、ただの人間」
「そうか。それなら」
「ありえん! そんなこと出来るはずがない!!」
それなら差し当たっての危険はないな、と言おうとした俺の言葉を遮って男が信じられないというように声を荒げた。さっきからうるせえ奴だな。
「マスカレイドの力は身体改造によるものだぞ!? 不可逆の変化だ! マスカレイドを人間に戻すなど出来るはずがない!!」
「出来る。キメラと私のブレイクを組み合わせれば、『融合』したマスカレイドの人間部分を『分離』して、『複製』と『調和』で人としての身体を作れる」
「なんて愚かな……! そんな下らない力の使い方をするなど! 貴様それでもインポスターの怪人か!!」
「ふざけないで! この子はインポスターの怪人なんかじゃない!! 菜々ちゃんはっ! 私の友達だ!!」
「とりあえず無力化出来てることはわかったから、その辺にしとけ」
事情は知らないが、このまま話をさせても無益な言い合いにしかならなそうであるため、マカロンビートルに軽く小突かせて男の意識を飛ばす。こいつの処遇については会長たちの方で決めるんだろうし、この場で尋問する必要はないだろう。
この学校で一体何が起きていたのかは、会長や黒石に聞けばいい。
「それで、もちろん説明はしてくれんだよな? 一から十まで丁寧に」
「うっ、あの、菜々ちゃんを助けてくれたことは本当に感謝してるんだけど……、私の一存じゃなんとも……」
「ってことはやっぱバックがついてるわけか。学校か? それとも、もっと上か?」
生徒会が勝手に動いてたんなら自分の一存で話せないとはならない。
「みんなよく頑張りましたね。でも意地悪するのはその辺にしておいてくださいね、氷室くん」
「有栖先生! 今まで何してたんですか!! 大変だったんですからね!!」
唐突に、パチパチと拍手の音が聞こえたかと思えば、穏やかな笑顔を浮かべた有栖先生が旧校舎裏へやって来ていた。
現在の旧校舎裏は戦闘跡でかなり荒れ果てている上に、召喚獣が不審者を取り押さえているこの状況を見ても困惑した様子は一切ない。さらに会長の責めるような言葉から察するに、今回の一件の関係者と見て良いだろう。
「ごめんなさい舞締さん。先生にも事情があって……。でも、みんな本当によくやってくれましたね。黒石さんが暴走しちゃった時はどうなることかと思いましたけど、氷室くんやお友達のお陰で期待以上の結果になりました」
……この物言い、まさかずっと見てたのか?
いや、如月にも言った通り荒事に不慣れな雑魚が首を突っ込んでもむしろ邪魔だから加勢しなかったことを責める気はないんだが、少なくとも素人ではないはずだよな? 会長の言う通り、本当に今まで何をやってたんだ?
「ここにいるみんなには詳しい説明が必要ですね。今から生徒会室に集まってもらえますか? それと避難してる生徒たちには野良の怪人が出て有志の生徒で討伐したと説明して、大事にはしない予定です」
まあ、説明してくれるってんなら文句はない。
「わかりました。ここにいない生徒会のみんなも呼んで大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。それから、キメラの身柄はこちらで預かりますね。鼠算」
俺たちを代表して話す会長と有栖先生で話がまとまると、先生が二人増えて三人となった。
有栖先生がホルダーとは知らなかったが、分身の異能か? 今のキメラはただの人間らしいが、細身の女三人だけじゃ力負けして逃げられる可能性もあるんじゃないか?
「「鼠算」」
と、思っていたのだが、増えた二人の先生がさらに異能を発動し、今度は四人増えて総勢七人となった。異能によって作られた分身も同じ異能を持っているわけか。面白いな。
「このモンスターの主人は氷室くんですよね? どかしてくれますか?」
「じゃあ私がこっち持つから反対お願い」
「了解。残りは二人ずつ前後ね」
「武器は何にする?」
「銃で良いと思う」
「今はもうただの人間らしいからね」
分身の一人のお願いを聞いてマカロンビートルを退かせると、二人の先生が囚人を連行するかのように左右を固めて、四人の先生が二手に分かれて前後を固める。それぞれが自律して行動しているように見えるが、だとするとかなり便利だな。
「よし、じゃあしっかりお願いね、私」
「「「「「「はーい」」」」」」
オリジナルと思われる先生がいつものように人の良さそうな笑顔で言うと、六人の先生は声を揃えて返事をした後、キメラを連れて去って行った。




