episode2-47 出会い
マスカレイド・ブラックは今からおよそ2年ほど前、山奥に存在するインポスターの極秘研究所にある大きな培養槽の中で生まれた。
それまでマスカレイドは生身の人間を改造して作り出すことが一般的だったが、どれだけ強力なマスカレイドを作り出しても裏切り者のマスカレイド・ホワイトとホーネットを始末することが出来ず、とうとうインポスターは人間を素体とするのではなく一からマスカレイドを作り出す研究を始めた。
以前からその研究については組織の中で議論されており、理論上は最初から怪人として造られたマスカレイドの方が人間を素体とするよりも強力になるということがわかっていたが、莫大な資金と時間がかかるのがネックとなって実現には至っていなかった。
しかしマスカレイド・ホワイトたちの存在は今後のインポスターにとって大きな障害となるということで上層部の見解が一致し、研究予算がおりたのだ。
これまでにない試みであるため失敗と試行錯誤を繰り返すことにはなったが、長い研究の末、インポスターはあらゆるマスカレイドのデータと遺伝子を基にした最強の怪人、マスカレイド・ブラックを造り出すことに成功した。
それはこれまでに造られた全てのマスカレイドの能力を有しており、さらにブレイクを使うことで後天的に新しいマスカレイドの能力を取り込む力を持っている。
原初のマスカレイドに対抗する存在として、終焉のマスカレイドと呼ばれるようになったブラックだが、しかし組織の期待に反してマスカレイド・ホワイトと戦う機会が訪れることはなかった。
なぜなら、最終的な調整が完了する前にインポスターとマスカレイド・ホワイトの決戦が始まってしまい、インポスターはその戦いに敗れたからだ。ブラックの完成はその戦いに間に合わなかった。
極秘研究所は本部から完全に切り離された施設であり、インポスター本体が壊滅した後もホワイトや政府関係者に見つかることはなかったため、この極秘研究所の研究員たちは復権を目指して細々と活動していくこととなった。
しかしその活動も長くは続かなかった。
彼らにとって不幸だったのは、マスカレイド・ブラックの最終調整権限を持つDr.ヴォイドが決戦に参加して研究所に不在だったことと、組織復権のため改造素体として拉致してきた人間が研究所の中で魔法少女に目覚めてしまったことだろう。
その少女の名は舞締和佳奈。当時はまだ高校一年生で、生徒会庶務としての仕事で下校時間が遅くなり、一人で歩いていたところをインポスターに拉致されることとなった。
そして極秘研究所の中に監禁され、自らの末路を想像して恐怖と悲しみの涙を流していた彼女のもとに、突如として宙に浮かぶ本が現れた。
それは魔法の宝物庫の扉を開く鍵。かつてはスカウトフェアリーによって見いだされた少女だけが手にすることの出来た、魔法少女に選ばれた証。
現在の魔法少女は妖精に選ばれるのではない。
魔法そのものが意思を持ち、自らの担い手を選ぶのだ。
だから彼女たちはこう呼ばれる。新世代魔法少女と。
・
培養槽の中に浮かぶマスカレイド・ブラックの瞳には、いつも慌ただしく動き回る白衣の人間たちの姿が見えていた。
しかしそれに対して何かを思うことはなく、何かを思考することもない。
外見はティーンエイジャーの女の子程度に育っているブラックだが、それはそのように作られたからであり、中身は生まれたばかりの赤子のようなものなのだ。
造られるにあたり、組織の指揮系統や力の使い方など、マスカレイド・ブラックとして活動するために必要な知識は事前にインプットされているが、一般常識や情緒などの優先度の低い内容は後回しにされている。
だからその日も、ブラックにとってはいつもと何ら変わらない無味乾燥な一日となるはずだった。
「改造素体が魔法少女に変身しやがった!」
「警備はどうした!?」
「ぜ、全滅してます……。戦闘員も、マスカレイドも」
「クソ! これだから魔法少女は嫌いなんだ!! 本部も本部だ! だからもっと強いマスカレイドを配備しろって言ったのに!」
「こうなったら、こいつを使うしか」
「おい!? まだ最終調整は終わってないんだぞ!?」
ブラックには知る由もないことだが、この極秘研究所に配備されている戦闘員やマスカレイドはそれほど戦闘力が高くない。元々はそれなりに厳重な警備が敷かれていたが、マスカレイド・ホワイトとの戦いで強力な怪人は次々と数を減らしており、警備に回せるほどの余裕がなくなっているのだ。
とはいえ、それでもノーマルや異能強度4程度までのホルダーであれば問題なく制圧できるレベルではあった。しかし魔法少女は、本人の適性や魔法との相性にもよるが、初変身で異能強度5ということもあるホルダーだ。端的に言うのであれば、運が悪かったのだろう。
あるいはブラックにとっては幸運だったのかもしれない。
この研究所における最高戦力はブラックであり、まだ最終調整が完了していないため博打になる部分もあるが、もうそれに頼るしかないと考えた研究員たちによって、生まれて初めて培養槽の外に解き放たれることになったのだから。
「……」
スライドドアのように大きな培養槽の前面が開き、中を満たしていた透明度の高い緑色の液体が流れ落ちて床を濡らしていく。
そしてその水たまりに大きな波紋を描くように、マスカレイド・ブラックは降り立った。一糸纏わぬ少女の姿でありながら、羞恥心や困惑などは欠片も感じさせない無表情で、悠然と。
培養槽の中でぴくりとも動かず漂っていた時には感じられなかった、作り物めいた美しさに一部の研究員は圧倒される。しかしすぐに作り物めいた、ではなく真に作り物であることに思い至る。だからこそ、吸い込まれるような黒い瞳も、濡羽のような黒髪も、これほどまでに美しいのだと。
「お前の出番だマスカレイド・ブラック! この研究所で暴れまわる魔法少女を制圧しろ! 最悪殺しても構わん!!」
研究員の中のリーダー格らしき男が、唾を飛ばすほどの剣幕で怒鳴るようにブラックへと指示を出す。
「……」
しかしブラックはその男へと視線を向けるだけで、了解の意を示すこともなければ動き出しもしない。
「なんだ? なぜ動かない? 命令を理解出来ていないのか?」
「もしかして失敗作だったのかも……」
「何か見落としがあったのか? 一度も培養槽から出してなかったせいで、それがわからなかった?」
「わかりません。詳しく調べれば何かわかるかもしれませんが……」
研究者たちの言う通り、調べる時間があればその原因は簡単に判明したことだろう。
ブラックには欠陥などなく、当初の予定通り最強のマスカレイドとしての力を持ち、インポスターの戦力として大いに活躍するポテンシャルを秘めている。
ただしこの研究を主導しているDr.ヴォイドは、最終調整が完了するまでブラックを培養槽から出すつもりはなく、そのことを研究員たちにも周知徹底していたが、一部秘していたこともあった。
知ってさえいれば単純な話で、Dr.ヴォイドはこの時点ではまだ自分以外の命令権限を設定していなかったのだ。これは裏切り防止のためであり、最強のマスカレイドを利用して馬鹿な考えを持つ者が出ないようにするための当然の措置だった。
「クソっ! この役立たずが!!」
用心深く慎重なDr.ヴォイドは、その深謀遠慮によってこれまでインポスターに大きく貢献してきたが、しかし今回はそれが裏目になった。
魔法少女によって追い詰められている現状が研究員の精神を蝕み、普段であれば考えられないような暴力性を発露させる。
リーダー格の男は苛立たし気に悪態をつきながら、あろうことかブラックを殴りつけようと拳を振るってしまった。
「敵対行動を確認。排除を開始します」
パシッと乾いた音を響かせてその拳を手で受け止めたブラックが、機械的に呟いた。
「は――」
そして次の瞬間、呆けた男の顔が果実のように弾け飛んだ。
断末魔をあげる暇もないほど一瞬の出来事。鈍い音を立てて、男の身体が崩れ落ちる。
「変身しろ! 殺されるぞ!! マスカレイドウルフ!」
「う、うああっぁぁぁぁ!? マスカレイドベアッ!!」
「やられる前にやれ!! マスカレイドドルフィン!!」
「いやぁ! 死にたくない! マスカレイドスワロウ!」
「クソ! なんだってんだよぉ! マスカレイドブル!」
無残に殺された男を見て、飛散した男の血肉を浴びて、ブラックの無機質な視線に貫かれて、研究員たちはパニックを起こしたように一斉にマスカレイドへと変身し、それぞれの能力を使ってブラックへと襲い掛かった。
「マスカレイド・ブラック」
結果は最初からわかりきっていた。
なぜならブラックは最強の怪人、終焉のマスカレイド。
その性能に欠陥がない以上、優れた戦闘能力を持たない研究員のマスカレイド如きが相手になるはずもない。
最初の衝突で半数ほどのマスカレイドが泥人形のように簡単に打ち砕かれた。
勝てるはずがないと逃げ出そうとしたマスカレイドは、部屋の扉を開いたところで背中から腕に貫かれた。
一度でも敵対行動をとったマスカレイドは蹲ってじっとしていても踏み潰された。
生き残ったのは唯一、変身も攻撃も行わず、部屋の隅でガタガタと震えていた一人の研究員だけだった。
「……」
蹂躙を終えたブラックは、変身を解除して何事もなかったかのようにボーっと突っ立っている。
その姿や表情は、とても今しがた虐殺をした者とは思えないほどに無機質で、無感情。
そこまできてようやく生き残った研究員は心の底から理解する。目の前にいるのが、自分たちのような後付けで怪人になった紛い物なんかとは全く違う、真正の化け物だと。
「うわぁ!? な、なにこれ!? あっ! あなたも誘拐されたんだよね!?」
テンポの速い足音を響かせながら誰かが廊下を走り抜けていき、通り抜け様に部屋の中をチラッと覗いたかと思えば、急ブレーキをかけて部屋まで戻って来る。
美しい銀色の髪に銀河を投影したような煌めくインナーカラーが特徴的で、煌びやかな衣装を身に纏った少女が、内部のひどい有様に驚きの声をあげ、部屋の中で棒立ちしているブラックへ切羽詰まった様子で話しかけた。
生き残りの研究員は咄嗟に机の陰に身を隠し、嵐が過ぎるのを待つように震えて祈る。
今現れたのが研究所内で暴れている魔法少女であることは明らかであり、見つかればどんな目に合うかわからない。
「何があったのかわからないけど、こんな服も着せないで酷すぎるよ……! 安心して、私は魔法少女ホース。実はさっきまであなたと同じで誘拐されただけの一般人だったんだけど……。でも、絶対私が助けてあげるから、ついてきて!」
「……?」
「喋れないほどショックだったんだね。大丈夫、もう怖い思いはさせないよ」
一緒に走るよりも、謎の少女を抱えて自分が全力で走る方が速いと判断したのか、魔法少女ホースはブラックの返事も待たずにお姫様抱っこをして、安心させるように穏やかな言葉を投げかけながら走り出した。
それは明確な敵対行動という判定は下されず、マスカレイド・ホワイト及びマスカレイド・ホーネットの抹殺命令しか受けていないブラックは成すがままに連れ出された。
こうして魔法少女ホースとマスカレイド・ブラックはインポスターの秘密研究所を脱出し、野山を魔法の力で駆け下り公的機関の保護を受け、紆余曲折、喧喧諤々の議論の末、潜伏しているインポスターの残党を捕縛するのに協力することとなる。
そして黒石菜々という名前と身分を与えられたマスカレイド・ブラックは、極めて初歩的な情操教育を受けた後、新一年生として咲良第二高等学校に入学することとなったのだった。




