4匹目の猿
例年のように茹だるような暑さが続くなか木造建築の駐在所で向かい合うように警官と少年が錆の目立つパイプ椅子に腰掛けていた。
「君は見猿、言わ猿、聞か猿は知っているかい?」
そう問いかけた警官は暑さなど感じていないかのように長袖の制服に腕を通していた。声は嗄れていて顔や手にも皺が見られたが体躯は少年よりも大柄で加齢による衰えを感じさせなかった。
「知ってますよ、そのぐらい。日光に飾られてる猿でしょ?」
不機嫌そうに返した少年は歳は二十歳ごろに見え、タンクトップにハーフパンツと暑さを少しでも和らげようと露出の多い服を身に纏っていた。
「そうそう、そのお猿さんたちの事。私も日本史が好きでねぇ、一度観に行ったことがあるんだよ」
「アンタの思い出話なんかどうでもいいんですよ!早く俺を帰らせてくれ!」
少年はそう言って暴れたが後ろ手に手錠を掛けられたうえにロープでパイプ椅子に縛られていた。
「そうはいかない。きみはこの村の少女たちを乱暴して回ったんだろう?無害なように見えたのにやっぱり外者はいかんかなぁ」
「ちょっと声かけたぐらいでホイホイ着いてくる方が悪いんだよ。それにこんなど田舎で起きた事なんて誰も気になんかしないし、事件が起きたなんて知れたら観光客なんて来なくなるだけだぞ!」
少年は悪びれた様子もなく唾を飛ばしながら聞くに堪えない雑言や少女たちの様子を喚き散らしている。
その様子を見ていた警官は湯呑みに湯気の立つ白湯を注ぎ一息に飲み干し残念がるように口を開いた。
「謝罪の一つでも言ったなら掛け合うつもりだったが仕方がない。おーい!入ってきてくれ!」
警官が呼びかけると扉が開き屈強そうな3人の男が入ってきた。
「済まんが駄目みたいだ。掟に従うしかないようだ」
男達は頷くと縛ったまま男を担ぎ上げ部屋を出て行く。
「おい、ふざけんなよ!掟って何のことだよぉ!?」
「すぐに分かる」
警官は目を合わせる事なく白湯を再び注ぎ沈む太陽を窓から眺めていた。
男たちに担がれ少年が持ち込まれたのは村唯一の神社だった。赤い鳥居を潜り玉砂利が敷き詰められた参道を抜けると本殿が見えてくる。本殿の前には神主と思われる男と巫女装束を身に纏った少女が3人立っていた。
その少女たちは少年を見て目に涙を溜める者、激しい憎悪を向ける者、歓喜の笑顔を浮かべる者様々だったが一様に少年の顔を見続けていた。
「それではこれより神罰を開始する。男衆頼む」
神主が命ずると男衆と呼ばれた少年を担いできた男たちは岩で出来た台に置くと抵抗も気にせず鎖で縛りつけた。
「おい、離せよ!俺にこんな事して許されると思ってんのか!?大体神罰って何だよ!?」
少年は狂乱しながら鎖を解けと喚き立てるが男衆に猿轡を噛まされ呻く事しか出来なくなる。
静かになったところで神主が再び口を開いた。
「この者は村の観光と偽り少女たちを汚した。村の掟に従い神罰を与え汚れを浄化する儀を執り行う。だがその者にもこれから何をされるのかを教えておこう」
神主は少年の元に近寄り神罰を語り始めた。
「この村で産まれた女子は皆巫女であり神に使える身である。故に神に赦された男だけがその身に触れる事が出来るが、それに従わず純潔を奪った者は極刑に処すと定められておる。しかし、村の歴史の中で罪を犯した者はおったが巫女を穢したのは同じが初めてだ。その顔は殺されると思っているようだな?安心せい、命までは奪わぬ。この村では猿は邪悪な存在と扱われ巫女に対して行った罪ごとに罰が決まっておる。巫女に嘘を吐いたら口を縫う、巫女に悲鳴をあげさせたら耳に熱した錫を流す、巫女の沐浴を覗いたら眼をくり抜く」
縛られた少年は発狂したように呻きながら身を捩り鎖から抜け出ようとするが男衆に押さえ付けられてしまう。
「これがこの村に伝わる不見猿、不言猿、不聞猿じゃ。お主は不触猿の罰じゃ。・・・巫女たちよ、この者の舌と四肢、性器を斬り落とし自らの穢れを清める事を赦す。望むなら不見猿と不聞猿の罰も行なって良い」
巫女たちは一切の感情を顔に浮かべず手にした刀を猿に振り下ろした。