009 ヴィクトリアさんのパフェ
拠点の入り口に見知らぬ女が立っていた。
「ヴィクトリアさん、どうもだお。こんな時間に珍しいんじゃないかお?」
ヴィクトリアさんが入ってきた瞬間、空気が一気に緊張したように感じた。
名前の響き的にさすがにプレイヤーではなさそう。この空気といいフトシがどうもとか言ってるあたり、これは話に聞く2階のオーナーじゃ……
「いやいやいやいや……今日も平常運転だよ」
ヴィクトリアさんがサングラスに軽く触れた。
お酒の匂いを軽く漂わせながら、2階に続く階段へスタスタとヴィクトリアさんが登っていく。
「簡単なパフェならついでに作ってあげるけど」
「「「やったあぁぁぁぁ!!!」」」
女性陣が色めきだった。
「おおお!ボーナスタイムだお!レーヤも行くお!」
機敏な動きで階段に向かう一同。
「しゃ!運がいいぜ!」
抽選に外れてソファーに倒れ込んでいた蘭ちゃんが飛び起きて階段を上がっていった。
暗い雰囲気だったぽぽちゃんの目がキラキラしていたり、七瀬ちゃんが見たことのないほどの機敏さを見せたりと、ヴィクトリアさんの一声で部屋の空気が一変した。
ここにいるメンツがいかに彼女のパフェに魅了されているかが見て取れる。
いったいどんなパフェなんだ……
ーーーーーーーーーー
2階はレトロな雰囲気のバーカウンターだった。
人数分のパフェグラスを並べたヴィクトリアさんが、流れるような手付きで、5人分のパフェを作っていく。
空中に投げられたフルーツが最高到達点に至る頃にはヘタが取られていて、落下する頃には美しく飾り切りされていた。
空いていたフトシの隣に座ったときにはパフェが完成していてカウンターに差し出される。
その後、彼女は残ったフルーツをペーストになるまで切り刻むと、塊の氷を空中にほおりなげ、一閃。
キンッという甲高い音が聞こえたと思うと、氷が霧になってキラキラ輝きながら、店内を舞い散った。
一気に部屋全体に清涼感が広がる。
「それじゃ、ごゆっくり」
いつのまにか彼女の手元にはスムージーが握られていた。
フルーツをペーストにしてたのはスムージーのためだったのか。
スカートをつまみながら優雅に一礼すると、彼女はカウンターの奥のドアから消えていった。
女性陣が感嘆の声を上げながら、パフェを食べだしていた。
圧倒的なパフェの存在感に俺はゴクリと喉を鳴らした。
「まぁ色々聞きたいことはあると思うけど、一口食べれば全部わかるお」
質問が口から出かかっていたのだが、蓋をされてしまった。
見た感じ、イチゴにすごく似たフルーツにみえるが……
黙って俺はパフェを口に頬張る。
「うんまッ!ってなんだこりゃ!」
口の中に今まで体験したことの無いような繊細な甘さが広がったと思ったら、力が湧き出しているかのように全身が熱くなる。いや、実際に力が湧き出している。
「力が強くなってる気がするぞ……これヤバくないか?」
「まぁこのゲームはステータスがないからわからないけど、多分力が強くなってるお」
フトシがゴムまりのような手をニギニギしている。某猫型ロボットみてぇな手だなぁ、
「彼女はいわゆる〈パフェっ娘〉のスキルを持っているんだお。年に一度国が主催するパフェっ娘コンテスト、その優勝者でもあるんだお」
新出ワード『パフェっ娘』……
俺は慎重に出てきた情報を整理する。
「この国には一定の数、〈パフェっ娘〉というバフを付与するスキルを持った人間がいて、ヴィクトリアさんは、その中でも最高峰っていうことでいいか?」
「それでよろしいお。まぁ〈パフェっ娘〉のスキル持ちのことをパフェっ娘と呼ぶ人もいるけど、基本的にダメだお。特にヴィクトリアさんをそう呼ぶのは失礼にあたるからダメだお」
「パフェっ娘コンテストの出場者を『パフェっ娘』と呼ぶんだお」
コンテストの出場は13~18歳の年齢制限があって、出場は人生で1度のみ、出場することで初めて一人前と認められるといったことをフトシが補足した。
つまり、まだ成長途上、未熟なスキル持ちを『パフェっ娘』と呼んでる節があるから、人に対してその言葉を使うときは気を付けろということらしい。
「鍛冶の話に戻ると、パフェっ娘と何か関係してるのか?」
「そうだお。来週からパフェっ娘が修行のために王都に集ってくるんだお。店舗を持っていれば、パフェっ娘と契約して売り子をしてもらうことができるお」
「武器の点検のサービスとして売り子のパフェを提供することで、点検の単価を切り上げることができるんだお!店も賑わい、その上美味しい!うちもどんなパフェっ娘と契約できるか楽しみなんだお!」
「お前はヴィクトリアさんがいるじゃないか......強欲な......」
なるほどなぁ。確かにパフェっ娘と契約できれば、鍛冶初心者でも大繁盛は間違いなしだ。
実際にパフェを食べた俺が保証する。これはいいものだ。
まぁ契約できればだが。
「なぁ、逆にパフェっ娘はどういう店と契約すると思う?」
「まぁ儲かっていて客がいっぱい来る店じゃないかお?」
「俺が契約できると思うか?」
「……」
フトシがとんでもないミスをやらかしたときの顔をしている。
20年来の幼馴染だ。こういう顔を何度も見てきた。
買ったばかりの俺の車を廃車にしてきたときもこんな顔をしていた。
「パフェっ娘って何人くらい来るんだ?」
「多分、全国から1000人くらいじゃないかお?」
「プレイヤーって何人くらいいるかな?」
「……この瞬間アクティブなのは数万程度だと思うけど、登録ユーザー全体は数十万かそれ以上だと思うお……」
誰でも拠点は契約できる。俺でもできた。つまりパフェっ娘と契約するにはプレイヤー数百人から選ばれなければならない。
フトシレベルのトッププレイヤーなら可能かもしれないが……それともう一つ。
「ちなみにパフェっ娘って正確にはいつ頃来るんだ?」
「来週水曜日に馬車か何かに乗ってくるんだお」
「さっきも言ったけど、俺の所持金じゃ4日しか拠点を契約できなかったから、拠点を追い出された数日後にパフェっ娘が来るんだが......」
さっきも確認したが、鍛冶で稼ぐには100Gの点検を積み上げるしかない。
しかし、点検を積み重ねても拠点を借り続けられるとは思えない。
目の前のフトシがダラダラ汗を流している。別にこづかいをねだったりしないから安心しろ。
「おっさん、すげぇおもしろいことになってるな」
蘭ちゃんがケラケラ笑いながらこちらを見ている。
「だ、大丈夫です!レーヤさんならどうにかなります!」
七瀬ちゃんがガッツポーズで応援してくれた。
「え?スキルで何か見えてるの!?」
七瀬ちゃんの応援に対して俺はびっくりして聞き返した。
彼女の応援は他の人とは意味が違う。
なにせ、〈予知〉スキル持ちだからな。
これは......まさかの9回裏2アウト2ストライクからの逆転ですかー!?
七瀬ちゃんがみるからに動揺している……
「す、すみません……そういうのじゃなくて、その、単に……」
やらかした〜と思いながら、俺は元気に答える。
「ごめん!大丈夫、大丈夫!すげぇパフェも食べさせてもらったし、どうにかなるさ!」
俺は虚勢を張った。七瀬ちゃんの前でそんなダメ人間じゃいられませんよ!
そんなこんなでパフェを堪能した俺は自分の拠点に一度帰ることにした。
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