006 初めての食事2
「「「乾杯!」」」
グラスをぶつける音が店内に響いた。
2人はそれぞれ料理に手を伸ばしていく。俺も一応食器はもつが、目の前料理の存在感、香りに圧倒されて手が動かない。
VRMMOでの食事は想像を超えていた。
ゴム人間じゃなきゃ食べられなそうなくらい巨大なマンガ肉、1メートルはあろうかという巨大な魚で作られたアクアパッツァ、チーズが山のように降り積もったシーザーサラダに、ボウリングの球より大きなワイングラスに入ったパンナコッタ……
目の前の料理の圧倒的な存在感、食材の香り......
それに身体が反応して自然と唾液が分泌され、喉がゴクリと鳴った。
電気信号が脳の神経を刺激した結果、俺がこのように感じているのかと思うと空恐ろしくさえなる。
しかしあくまでVRMMO……
目の前の料理は現実よりも遥かに低いコストで再現されているはず……
そんなオーバーテクノロジーに俺は驚きを隠せないでいた。
「ランダムセットは3品をメニュー表からランダムに注文できるんだお。んじゃ問題」
フトシが人差し指をたててこちらを見る。七瀬ちゃんがどこからかペンを取り出して構えた。
「今回の注文でいくらお得になったお?」
「注文が30,000Gで、43,680G浮いてるな」
テーブルの上に現れた料理に心を奪われながらも俺は即答した。
「ウソ!そんなわけない!ていうかメニュー表すら開いてないのはおかしい!」
メニュー表を手に取ろうとしていた七瀬ちゃんが俺の即答に悔しげな表情を浮かべて反論する。
「相変わらず、凄まじい脳みそしてるお」
フトシが得意げに笑っている。
俺は今〈表計算ソフト〉のスキルを使ったわけではない。
そもそも、俺は見たものを瞬時に覚えられるくらいの記憶力と、圧倒的な計算の才能があった。
フトシには人間計算機と言われてきたが、まさにそれだ。
逆に計算機、もとい表計算ソフトがあれば俺は用無しとも言える。
「うぅ……ほんとに43,680Gお得だぁ……」
メニュー表をパラパラめくっていた七瀬ちゃんが悔しげに呟く。
「ちなみにこれは3セット頼んだから9品来てるんだお。じゃあ、3セット頼んだとき、20,000G以上お得になる確率はいくらだお?」
紙ナプキンとペンを手にとった七瀬ちゃんが硬直する。
先程の問題とは違い、手計算だと必要な工程が多すぎる。
全ページのメニューの金額をまとめないと計算も始められないだろう。
だが、俺は脳内で表計算ができてしまう。70種類のメニューからランダムに9品が選ばれたときの金額分布を脳内で集計した。
「20,000G以上得なケースで、0.82%くらいの発生確率か。それにしても今回の注文結果はかなり極端だな。3万回に1度ってレベルの大当たりじゃないか」
七瀬ちゃんは最初メニューの金額を書き出そうとしていたが、諦めて目の前の料理を口に放り込んでいた。
俺もマンガ肉にフォークを差し込み、ナイフでスッと切り取る。口に含んだ肉はとんでもない旨味を伴って口の中で溶けていった。
それにしても発生確率がここまで低いと何らかの作為を疑いたくなる。
「もしかしてこれ?」
俺は指で注文ボタンを押すふりをして七瀬ちゃんの方を見た。
「あたりです。スキル〈予知〉の効果です」
七瀬ちゃんが耳打ちをするように手で輪を作って、小さな声で言った。
「ごちそうになってる身でいうのもなんですけど……それ大丈夫?」
俺はパンナコッタを口いっぱいに含みながら聞いた。
だって、そんなことされたらお店、赤字になっちゃうじゃん?
「この店は平均12,000Gのメニューがセットになって返ってくると謳っていますが、実際は平均8,500Gの料理しか出てきません。そうやってプレイヤーからぼったくっているんです。天罰が必要でしょう」
前に来たときに予知スキルで十分なサンプル数を確保し、検証したらしい。なるほどなぁ。
まぁここはゲームだし悪を懲らしめるのが自分であってもいいだろう。
また、不利益を回避するためにスキルを行使しても、まぁ別にいいんじゃないか?
納得すると俺はまたパンナコッタをスプーンいっぱいに口に頬張った。涙がでるほどうまい。
9皿の料理、現実だったら力士でも到底食べ切れないほどの量が出てきていたが、VRMMOの食事は一口で数十倍の量を口に入れられた。
俺も今コップ2杯分くらいのパンナコッタが口の中に入っている。
おまけに無限に食べられる。いくら食べても満腹感は感じない。
俺はゴム人間になった気持ちで目の前の料理を味わった。
あっという間に机を埋め尽くしていた料理はなくなった。
食べ終わると、七瀬ちゃんはくぅぅ……と唸りながらメニュー表から金額を書き写し、先程の確率の計算を始めていた。
数字を書きなぐった紙ナプキンが次々と宙を舞う。
ウェイターさんが慌てて紙を拾いながら、新しい紙ナプキンを持ってくる。
待って……計算量的に店の紙ナプキンがなくなっちゃうからやめてあげて……
こうなると彼女はしばらく何も聞こえなくなる。
ドラマで見る天才そのままの姿に俺は心がぽかぽかしてきた。こういうの、いいよね。
話は変わるが、俺は自分の能力を公にはしていない。
というのも、ずば抜けた記憶力、計算力を持っていると思われて都合が良い場面が世の中にあまり無いからだ。
だってねぇ……例えば人がレストランでクレカを出すところをみたら番号は覚えられちゃうし……
そんなことができると悪い人たちに知られたら、何させられるかわかったもんじゃない。
ただ、フトシと七瀬ちゃんは俺と幼馴染なので、俺の能力を打ち明けている。
そして3人で会う度に、フトシがこういう風に遊んでくれるのだった。
頭の良い妹を持つと、そっちの方向でいじめたくなるらしい。
俺としてもキモがられるわけでもなく、純粋に悔しがってもらえると気分が良い。
残された俺とフトシは会話を再開した。
「奢ってくれてありがとな」
「まぁ不遇なお前の門出を祝って今日のところは奢ってやるお」
「今日は……これで30,000G……ってことはこれだけ食べて1人あたり1,000円ってことか?」
「そそ、大体1円=10Gっていう認識で間違いないお」
1000円でこの飯が食えるのか……
正直かなりショッキングだ。
100万円のヘッドギアを購入しているとはいえ、仮想世界の食事はあまりに魅力的すぎる。
ユーザーが増えていけば外食産業にも大きな影響があるんじゃないか?
1食外食を我慢して質素に済ませればこのレベルの飯が仮想世界で食べられる。高級ディナーを我慢すれば、数十回はこの飯が食えるということになる。
ヘッドギア自体が高額......100万円はするのだから、購入しているのも高所得層が多いだろう。
高級レストランの客数はかなり減少しているんじゃないか?
とはいえ、文無しの俺には関係がないか……
「そういえば、さっき拠点を借りてさ、4日で10万円払ってるんだけど、これって高いか?」
フトシの目が、可哀想な人を見る目になった。
あ、これやらかしてるわ。
「30日換算いくらだお…」
「月75万G……」
「ここが王国の中心っていうことを考慮しても高すぎるお。現実と同じで、ふつうに10万Gもあれば一月は借りれるはずだお?」
「ああ……悪い、ありがとう。どうやら、ぼったくられてたみたいだな」
悲しい事実に気づいてしまう。
サーヤさんのあたたかい目、あれは給与も払わず俺をこき使っていた社長と同じ目だった……
内定がもらえず、放浪していたときに俺を雇ってやると声をかけてくれたときの社長の目を思い出した。
あれから三年、給与未払いを我慢しつつ数年働いてきたが、またあの目に騙されてしまうとは俺も成長していない……
くそぉ……絶対ギャフンと言わせてやるぅ……
俺はサーヤへの復讐を心に誓ったが、とりあえずは鍛冶だ。
正直気乗りしないが、鍛冶で生計を立てねばならん。そうでなければ始まらん。
「フトシ、鍛冶で金を稼ぎたいんだが、やり方を教えてくれないか?」
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