004 住所不定無職、テナントを契約する
さて、住居の決め方だが、大通りに沿ったテナントは既にプレイヤーやNPCで埋まっていた。
家賃もそこそこ高いのだろう、店主も客も装備が充実している。
そこから裏通りに入っていくと、少し人通りが寂しくなり、店主と客の装備も貧弱なものになってきた。
また空いているテナントもポツポツ見つかる。
俺は自分の設定画面を確認する。
〈表計算ソフト〉と〈鍛冶〉-----2つのスキルが表示されていた。
VRMMOにダイブして、俺がもらったスキルは〈表計算ソフト〉と〈鍛冶〉の2つだ。
しかし、〈鍛冶〉はプレイしている全員がもらえるスキルらしく、正直そんなに価値はない。
〈鍛冶〉ができます!と自信満々にパーティーメンバー募集して、死ぬほど笑われたことで得た情報だ。
〈表計算ソフト〉の需要がないことも既に十分確認した。
このゲーム、戦闘以外の用途のスキルに厳しすぎないか......?
後方支援スキルしか持っていない俺はパーティーに入ることすらできない。
......そもそも〈表計算ソフト〉は後方支援スキルなのか?
どういう用途で使えばいいのか全く想像がつかない......
そんなこんなでパーティーにすら入れない俺だが、まずは収入源を作る必要がある。
〈表計算ソフト〉の用途がわからない今、俺は〈鍛冶〉で稼いでいくしかないのだ。
空きテナントにはどこも鍛冶場が設置してあった。できれば人通りが多そうなところを契約したい。
とはいえ基本的に大通りから一本以上裏に入った通りにしか空きテナントが存在しない。
いや、もう少し検討の余地がありそうだ。
少し先の人だかりの中心、人が一人通過できるかというようなサイズの門を俺は見ていた。
門の中は虹色のもやが広がっていて、いかにもどこか別の場所につながっているように見える。
ワープポータルというらしい。
都市の様々な場所にワープポータルが設置されていて、別の都市に移動することができるようになっているそうだ。
ある程度人が並んでいるし、金もかかるみたいだが、移動すればさらに安くて良い拠点が見つかる可能性がある。
「いや......もうこのあたりで契約することにしよう!」
もう数十分、広場から出て歩きまわっていたが、絶妙な人通り、日当たりの道に良さげな空きテナントを発見した。
欠点としては周囲よりも少し小さめのテナントというくらいだ。まぁぼっちの俺には関係ないし、その分家賃も安いだろう。
とりあえず話を聞きに行ってみよう。
俺はテナントに貼られていた管理会社の住所に向かった。
ーーーーーーーーーー
「いらっしゃいませ」
青を基調にした制服に身を包んだ金髪の美人が俺を出迎える。
テナントの張り紙にあった管理会社に来たのだが、そこは一風変わった店だった。
白く塗られた木の床板、真っ白な壁。ほんのりと良い匂いもする。
外の、木製感があってベージュ色が多かった中世ヨーロッパ風の世界とは全く異なる空間だ。
内装にセンスの良さがにじみ出ている。俺は正直好感を覚えた。
ただ……この会社の物件、家賃高そうだな……
と少しだけ不安な気持ちにもなった。
「はじめまして、オーナーのサーヤ・テレーゼです。弊社のテナントの契約をご希望でしょうか?」
頷くと、俺は椅子に案内され、希望物件の確認が行われた。
「ルーゼル通りの鍛冶場付きのテナントですね。あそこは良い物件ですよ」
サーヤさんが物件情報を取り出しながら微笑んだ。
「それはよかった。お家賃はいくらほどでしょうか?」
家賃はあそこに掲載されていなかったため、俺は質問した。
かなりの数のテナントを見てきたが、どの物件も家賃は表示されていなかった。
管理会社もいくつか見たが、現実世界のように、入口付近の壁に様々な物件の家賃が張り出されているということもなかった。
契約したい物件を選んで話を聞くほか無いのだろう。
したがって俺は、この物件の家賃をまだ知らない。
家賃が自分に払える程度かすら不明だが、広さ的には中の下以下の物件だ。
そこまで高すぎる家賃は請求されないだろう。
「失礼ですが、お仕事は何をされていますか?」
「んん!?」
想定外の質問に変な声がでた。どうにも先行きが怪しくなってきたような……
「今なんとおっしゃいましたか?」
「いや、あの、すいません……今の所は、その、無職ですね……こちらの物件で鍛冶を始めようかと」
「なるほど。無職、無職ですか」
彼女がこちらに見えないようにヒヤリングシートに何かを書き込んでいる。ペンが紙の上を走る音がやけに大きく響き、不安が倍増する。
サーヤさんの深い溜息が聞こえる。
いたたまれない気持ちで全身から火が出そうだ。なんだよこの羞恥ゲー。
「戦闘系、戦闘支援系などのスキルはお持ちですか?」
「あ……その、持ってないですね」
「お持ちでないのですか?それでは収入の見込みは鍛冶のみということでしょうか?」
「そのとおりです……」
彼女はまた何かを書き込んでいる。徐々に曇っていく彼女の表情を見て、俺は胃が締め付けられるような感覚を味わう。
「鍛冶でお仕事をされていた期間というのはどれくらいでしょうか?」
「あ、いや、その、未経験です」
サーヤさんが正直そうだと思ってましたと言わんばかりの顔でこちらを見てくる。
もう、苦しいやら恥ずかしいやらでわけがわからない。
穴があるなら埋まってしまいたい。
現実世界でも未経験でエンジニアになろうとしたらこんな目に合うのだろうか。
今の俺の状況はそれに『パソコンに触ったことがない』を追加したくらい悲惨なように思われる。
「収入源がなく、鍛冶の経験もない。では手持ちの資金の方はおいくらほどですか?」
「10万Gほどです……」
「お客様……弊社といたしましても、そう簡単にお貸しするわけにはいかないのですが……」
残酷な間が部屋全体に満ちた瞬間、店員さんが青い目をキラキラを輝かせてこちらを見た。
「お客様限定で、特別に、一括100,000Gで4日間、お貸し致しますがいかがでしょうか?」
「お試しでご利用いただいて、鍛冶の業務を体験されてみるというのがよろしいかと存じます。事業が軌道に乗りましたら、そのまま住み続けて頂いて問題ございません」
サーヤさんはあたたかい目でこちらを見ていた。
重苦しかった部屋の雰囲気が一変したように感じる。
「本当ですか?本当に住んでもいいんですか?」
「大丈夫です。お住まい頂けますよ」
俺は彼女の仏のような微笑みを見た。
これは信じても大丈夫な人だ。
俺は人生経験からそう判断した。
「ありがとうございます!それで!それでお願いします!」
俺はサラサラと契約書にサインをし、100,000Gを支払った。
これで俺も完全に文無しだ。
「では4日後のこの時間にまたお客様のテナントを訪問させて頂きますので、よろしくお願い致します」
「はい、ありがとうございました!」
にこやかに微笑むサーヤさんに見送られて、俺は足取り軽く自分のテナントに向かったのだった。