003 俺をパーティーに入れてください!
「流石に論外だって!攻撃も支援もできない奴がパーティ入って何をするんだよ!」
「すっ、すいません!ご迷惑おかけしましたッ!」
俺は表情筋を引きつらせながらその場からダッシュで逃げ出した。
いわゆる始まりの街、広場の噴水、周囲に響き渡るパーティメンバー募集の声。
にぎやかで、平和な光景の中で、一際目立つ怒鳴り声。
大きな声で断られるたびに周囲の視線が俺に集まった。
その度に誰からも見えなくなるまで、俺は早足で逃げ出す。
VRMMOを始めてから数十分、既に何回繰り返したのかわからない。
心は折れかけ、身体もヘロヘロ。
そんな時、
誰でもいいんですけど〜と歩きながら声を張り上げている若者集団を見つけた。
俺はもう一度だけ話しかけてみることにした。
「その……パーティーに入りたいんですけど」
「おぉ!スキルを教えてもらえる?戦闘系?支援系?どっちでもいいけど!」
全身に金属鎧を纏った男が元気よく答えてくれた
「えっと、戦闘系でも支援系でもないっていうか。まぁでも支援系っていったら支援系なのか?」
「お〜、もしかしてお兄さん、まさかのレアスキル引いちゃった人?」
鎧を纏ったリーダー格の男がそう言いながら振り返ると、周りのパーティーメンバーたちも目を輝かせてこちらに注目した。
期待値を上げすぎたかもしれない、もったいぶらずに言えばよかったと俺は後悔しながらスキルを告げた。
「レアスキルなんですかね?〈表計算ソフト〉っていうんですけど」
「へぇ……聞いたことないな」
メンバー同士で顔を見合わせているが、やはり誰も知らないらしい。いや、一人反応した。
「あの〜、それって現実の表計算ソフトと同じっすか?」
「そうです……あの……データを集めて記入して、計算したり、集計したり、いろんな処理ができるソフトのことです。それがスキルになってて、ほらこんな感じで使えます」
そっちか……と思いながら俺は答える。彼もまた、このスキル自体を知っている人間ではなかった。
俺は表計算ソフトを起動し、画面を全員に共有した。
将棋盤を横長にしたようなマス目が無数に広がる大きな画面が空中に表示される。
「それって、どうやって戦うんですか?」
もうひとりのパーティーメンバーの女の子が純粋な疑問をぶつけてくる。あまりに鋭い指摘を受けて冷や汗が止まらない。顔面が苦笑いのままフリーズした。
「どう戦うのか、知ってたりしません……よね?」
誰も言葉を発せなかった。残酷な間が数秒間続いた。
先程まで目の前で楽しそうにしていた数人組の若者が酷いものを見てしまったという顔を浮かべて目をそらす。
パーティーに入れる気配は皆無だった。
「いやっもう無理っ!」
パーティーメンバーの一人が笑い始めた。
「何なんだよこのスキル!表計算ってw」
「お前、失礼だろ、笑うなんてッ。す、すいません。僕たちモンスターと戦う仲間を募集してるのでw」
目の前の若者たちは大笑いしながら去っていった。
サッカーグラウンドほどの広さの広場では至るところでパーティーメンバーが募集されていた。
数千人のプレイヤーで賑わう中央広場。
その中の一人くらいはスキル〈表計算ソフト〉の活用法を知っていたり、噛み合うスキルを持ったプレイヤーが居たりすると思っていたのだが、まったくそんなことはなかった。
「もう無理だあああ!!!」
ブラック社会人生活で身につけた強靭なメンタルは数十分で崩壊した。
俺は周りにたくさんのプレイヤーたちがいることも忘れて絶叫した。
そしてそのまま全力で広場から逃走した。
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適合度も100%、ガチャも大勝利な俺がこんな目に遭うなんて、誰が予想できただろうか。
俺に残された財産はゲーム内コイン1万円分、つまり10万Gのみ。
これはもらいもののヘッドギアに付属していたお情けの初期所持金だ。
俺は100万円使って、チュートリアルにすら挑めずに広場を彷徨っていたのか……
キツイ!キツイ!キツイよぉ!
息を切らして広場の出口にまで来ると、反対にチュートリアルクエストを終えたプレイヤーたちがイケオジNPCの説明を受けているところだった。
「クエストをクリアした諸君が次にすべきことは拠点の確保だ!宿屋もいいが、長期間だと、拠点のほうが安くつくぞ!好みのテナントを探しに行きなさい!」
大学生と思しきプレイヤー集団がイケオジNPCに礼をいいながら、去っていく。
……
俺は最後の気力を振り絞って決心した。
とりあえず拠点を確保しよう。
俺は孤高のソロプレイヤー。
チュートリアルクエストの参加を諦めた男。
そして、最高の拠点の確保する男……!
現実でも無職なのにゲームでも住所不定無職というのはもう精神的に耐えられない。
俺はチュートリアルを諦め、住居を探しに行くことにした。