026 僕は君と契約することにした
アルトクレアが手に持っていた扇をパチっと閉じて、笑った。
「それでは契約の儀と致しましょうか。レーヤ様には私のパフェを食べて頂きましょう」
アルトクレアが調理をしようとテーブルの方に向き直った。
「あっ……」
今の今まで会話の外にいたエリが、アルトクレアを見上げる。
「下がってくださる?」
「は、はいっ……」
「頭が高いのではなくて?」
「も、申し訳ございません!」
エリが慌てて後ずさり膝をつく。
アルトクレアは汚物でも見るような目でエリを見ていた。
「所詮平民ね……」
アルトクレアは小さくため息をつきながらテーブルの前についた。
テーブルの上には俺たちの食後のスイーツカップが4つ、そしてパフェの材料の生クリームとフレークが広げられていた。
嫌な予感がする……
「だめっ!!!」
いち早く未来を知った七瀬ちゃんが声をあげたが、それは止まらなかった。
アルトクレアがテーブルの上のものを薙ぎ払う。
食材が、食器が宙を舞い、ひざまずくエリに直撃する。ガラスの割れる音が響いた。
ひざまずいたエリは生クリームとフレークにまみれ、大切に風呂敷に包んで持ってきていた食器は粉々に砕け、散乱していた。
俺とフトシと七瀬ちゃんが動こうとした瞬間、サーヤと共有している画面が大きく光った。
『動かないで!』
『動けば殺されます!』
当たり前のことに気づく。
騎士団を統括する公爵家が大切な一人娘を、護衛もなしに外に出すわけがない。
俺たちの目の前にいるのは王国騎士団の戦力の要だ。
俺たちの動きが少しでもアルトクレアを害するように見えれば、何が起こってもおかしくない。
「では作りましょう」
アルトクレアは何食わぬ顔で、黒服が手渡したフルーツにナイフを入れた。
彼女の所作はお世辞にも美しいものではなかった。
ざくざくざくとフルーツを切っていくが、切り口が中心軸からずれているようにすら見える。
また、果実を押しつぶすように切ってしまっていたからか、大量の果汁が漏れ出し、切り口は歪んでしまっていた。
彼女がなんとかフルーツのカットを終えると、後ろにいたメイド達がパフェを準備していく。
美しく飾り付けられた巨大なパフェグラスに流れるように盛り付けがなされ、アルトクレアがカットしたフルーツもパフェを飾り立ててゆく。
パフェが完成するとメイドたちは再び後ろに下がり、アルトクレアが前に出た。
「どうぞお召し上がりください、レーヤ様」
メイドたちが盛り付けたパフェは芸術的な美しさがあった。
複数種類のフレーク、ふんわりとした生クリームだけでなくどうやって持ってきたのか、中央にはソフトクリームも鎮座していた。
アルトクレアが切ったフルーツも歪んだ切り口がうまく隠され、パフェ全体の美しさを邪魔しないよう絶妙に配置されていた。
俺が何もしないまま数秒がたった。
サーヤも七瀬ちゃんも何も言わない。
俺はテーブルの上の巨大なパフェを見て、それからフトシの方を見る。
フトシがやるか?とでも言わんばかりにこちらを見た。
契約すれば、莫大な利益が手に入るだろう。
サーヤも喜ぶに違いない。
現実世界では体験したこともない、大きなビジネスが経験できるのかもしれない。
ポタポタと、エリの頭からミルクが垂れている。
それでも、何の罪もない少女にこんなことをする人間と契約する気は一切ない。
俺は覚悟を決めた。
「フトシ、食べていいぞ」
「お!頂くお!!!」
フトシは大きなパフェグラスを掴み取ると、凄まじい勢いで食べ進めていく。
「……どういうことでしょうか」
アルトクレアが氷のような目つきでこちらを見る。
俺はけだるげな口調で答えた。
「残念ながら、つい先程、契約するパフェっ娘を決めてしまいましてね。あなたと契約することはできないんです」
「加えて、うちのパフェっ娘をないがしろにするような人間のパフェを食べる気もありません」
ミシッと扇がきしむ音が聞こえる。
アルトクレアはちらりとエリちゃんの方を見た。
「……後悔することになりますよ」
「どうでしょうかねぇ?」
俺は笑みを浮かべながらアルトクレアに聞き返した。
「後悔するはず無いだろ。お前、レーヤが俺にパフェを食わせた意味がわからないのかお?」
フトシが笑いながら口を挟んできた。スプーンで大きくパフェをすくい取って口に含んだ。
アルトクレアは視線を少しフトシの方に向けたがすぐさま俺の方に戻す。
少し考えてはみたものの、わからなかったのだろう。
フトシがスプーンでアルトクレアを指差しながら言った。
「お前のパフェなんて豚のエサってことだお」
数瞬の後、アルトクレアの顔がかぁっと紅潮した。
「貴様ッ!」
黒服が主人を侮辱された怒りから俺に掴みかかろうとする。
瞬間、ダンッ!!!っと凄まじい音が響く。
黒服の動きが止まっていた。
その音は、仁王立ちのアルトクレアが黒服の額に、握りしめていた扇を突き刺した音だった。
あまりの光景に俺もフトシも絶句する。
「が……あぁ……」
黒服が後ろに倒れた。
アルトクレアの表情は見えない。いや、怖くて見れない。
しかし、額には稲妻のように血管が浮き上がっていた。
……ちょっとやりすぎたかもしんない……
あまりの迫力に、俺は指一本動かせない。フトシはビビりすぎてスプーンを落としている。
こっ殺されるッ!!!
ゲームを始めてからの思い出がフラッシュバックする。
豪華な飯、ヴィクトリアさんのパフェ、サーヤのギャフン……
しかし数秒後、アルトクレアはエリを一瞥した後、不敵な笑みを浮かべて俺の目を見た。
「いいでしょう、レーヤ様。またお会いしましょう」
彼女はそのまま振り返ると、テナントの外に出ていった。
「お、お嬢様!」
メイドたちも倒れた黒服を引きずりながら、彼女を追って出ていく。
拠点の中に静けさが戻った。
「エリちゃん!」
サーヤと七瀬ちゃんがエリちゃんの方に駆け寄る。
二人はごめんなさいと声をかけながら、彼女をタオルでつつみ、拭いていってくれた。
本当にこんなのに巻き込んでしまって申し訳ない……
男性陣は向こうに行ってろと言われたので、俺とフトシはそそくさと拠点の外に移動しようとした。
「ちょ!しょ、少々お待ち下さい!」
エリちゃんが、今までになく切羽詰まった声を出したので全員が振り向いた。
エリちゃんがフトシの元にパタパタと走っていく。
「アルトクレアさんのパフェを一口、一口でいいので食べさせてください!」
「わ、わかったお」
フトシの確認が取れるや否や、エリちゃんはどこからスプーンを取り出し、パフェをすくい取ると口いっぱいに頬張った。
「あぁ……いい……とてもいいですぅ……」
パフェを口いっぱいに含み、もっちもちに膨らんだ頬袋を両手で抑えながら、エリちゃんは満面の笑みを浮かべていた。
「強い酸味……これがかの有名なガイアパイナップル……甘みの強いソフトクリームと、チョコレートソースを使って強引にまとめ上げていますが......絶妙です。少しでも配分が崩れればこうはならないです……後味も心地よい酸味が残るくらい……これがアルトクレアさんのパフェ……」
「よ、よかったら残りも食べるかお?」
「よろしいのですか!?」
エリちゃんは目を輝かせながらフトシからパフェを受け取る。
『い』のあたりで既にパフェグラスに手が伸びていたあたり、本当にパフェが好きなのだろう。
頭から垂れるクリームに構わず、アルトクレアのパフェを食べたいと訴えたあたり、常人にはない執念を感じる。
この娘、貪欲だ……
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