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011 ロイヤル・ステーキ

ロイヤルステーキ株式会社。8年前の1店舗オープンから始まったステーキ店は、今では王国飲食業界トップクラスの企業にまで成長していた。


店舗数は王国全土で328店舗。年間売上228億G、当期純利益5.8億G。


創業から10年も経っていない企業の業績には到底見えない。


来期も27%ほどの売上成長を見込んでおり、株式市場の評価も高い。


ロイヤルステーキを短期間でここまで成長させてきた立役者として、社長であるロイヤル・フェルディナンドは界隈にその名を轟かせている。


店舗を増やしていくにはいくつかのステップがあるが、フェルディナンドは立地の選定、内装や外装の決定、スタッフの採用、その全てを統括している。


フェルディナンド一人が己のセンスで全てを決定していく経営スタイルはリスクを伴うという意見も多かった。


しかし結果として彼は神がかり的な速度で店舗拡大を進め、圧倒的な収益率を誇る巨大企業を作り上げた。


創業から8年、毎年厳しい業績目標を掲げてきたが、達成できなかった年は一度もない。


ロイヤルステーキ王都ガラニール通り店。ロイヤルステーキの店舗としては王国最大にして、全店舗で最大の売上をあげている店舗である。


多くの客でごった返す店舗の中で、一人の男がちまちまとステーキをつまみながら店内の様子を観察していた。


顔を隠すように深く帽子をかぶったままステーキを口に入れる。


肉汁が口全体に広がることを確かめながらゆっくりと咀嚼した。


ロイヤルステーキは肉の安定した供給体制の確立に相当な金額を投資していた。


店舗を急増させてきたロイヤルステーキにとって、肉の質の維持は成長の生命線だ。


彼が食べた肉もまた、口に入れただけでわかるほどすばらしい肉質だった。


「……」


店内は美味しい肉を夢中で食べる客がひしめいており、ステーキを焼く熱と相まって凄まじい熱気で満ちていた。


店内にはある種の熱狂感さえ漂っている。


多くの客がその空気に身を任せるように、大きく切り取ったステーキを勢いよく口に入れ込んでいる。


そんな陽気な店内で私だけは、重たい手付きでステーキを口に運んでいた。


「隣失礼しますね」


隣の席にステーキを持った男が着席する。あつあつの鉄板の上でステーキがジュージューと音を立てる。


プレーヤーか……。


私はそう予想した。定期的に数ヶ月ほど姿を見せる、外界からの流浪者のことをこの国ではそう呼称している。


隣の男が肉を口に入れた瞬間、表情が幸福感で満たされたように緩む。


やはりステーキの品質自体に問題はないように思われる。


何を改善すればよいのか……


私は眉間のシワを深め、深い溜め息をついた。


「この店、いつも賑わってますよね〜、知ってます?ロイヤルステーキグループの中でもこの店舗の売上が最大なんだとか」


私は隣の男に対して無言で首肯した。


正直、面倒な奴が隣に来たと思った。


王都ガラニール通り店はそもそも床面積、席数がロイヤルステーキ全店舗の中でも最大。


王都の旺盛なステーキ需要に応えるために作った巨大店舗は毎年記録的な売上を上げてきた。しかし……


「おお、ご存知でしたか。失礼しました」


男はまたステーキを口に運んだ。肉をゆっくりと噛み締め、飲み込んだところで再び口を開いた。


「こちらの店舗、来店客数はもちろん全店舗でナンバーワンですが、一人あたりの平均注文価格の方はむしろ低いとか。328店舗中、250番目くらいなんですよ」


どうしてそんなことを知っている?


私は隣の男を今一度、注意深く観察し直した。


自分が知っているプレーヤーと比較しても貧相な装備。こちらに来て間もないプレーヤーが纏っている衣装だ。


プレイヤーではないとしても、自社の社員のようには当然見えない。


目の前の男からひどい違和感を感じる。


彼が口にした情報と、彼の外見、醸し出される雰囲気はあまりにもちぐはぐだ。


どんなバックグラウンドを持つ人物なのか想像もつかない。


競合他社の社員、脅迫、カツアゲ、様々な推論が立ち、その全てが即座に脳内で否定された。


「ロイヤルステーキ株式会社。飲食店業界の中でも圧倒的な成長率を実現している企業です。気軽にステーキが食べられる革新的なモデルの店舗を、王国全土に高速出店していくことでこれまで高成長を続けてきました」


「しかし、今年になって、既存店の売上が前年比で初めてマイナスに転じたそうです。店舗数が増えるに従って、店舗あたりの売上を維持する重要性も増してきました」


出店余地はどんどん小さくなっていく。


客観的に見ても既存店売上の維持はロイヤルステーキ成長の最低条件だ。


男はこちらを見て口を開く。


「成長率を維持するために、会社としても既存店舗の売上改善施策を模索しているのではないでしょうか、ロイヤル・フェルディナンド社長」


「お前は……何だ?」


正体を看破された私は隣の男の目をじっと見据え、低い声で男に尋ねた。


目の前の男がかすかに怯んだのか、ぴくりと後ずさった。


敵意を持っている人物であればこのくらいでは怯まないだろう......


私は少し安心する。


男は深呼吸すると白い画面を目の前に表示させた。見やすくまとめられたいくつかの表が目に入る。


「こちらの画面は今、私達二人にしか見えておりませんのでご安心ください。私の名前はレーヤ。プレイヤーです」


「今日は私のスキルを使った経営分析支援サービスの提案に参りました」


私の耳にその言葉は届かなかった。


視線は既に目の前の白い画面に釘付けになっている。


「私のスキル〈表計算ソフト〉によって御社の売上データを分析させて頂きました。こちらはその結果になります」


「どう見ればいいんだ?」


私は目の前のデータが自社の販売情報を集計したものだと気づいた。


そして私ですら知り得ない、とてつもない量の情報を分析した結果だと確信する。


男の、のんびりとした口調が非常にもどかしい。


「こちらのシートは全店舗の業績の概要ですね。既存店舗の売上、客数、平均単価でランキングを作り、グラフで表示致しました。直下にあるのが実際の数値です」


私の目の前に表示されていた売上データはなんと昨日のものだった。


王国全土のロイヤルステーキの売上情報が私のもとに集約されるまでには、最低でも1週間を要している。


集まった各店舗の売上情報が店舗ごとに1枚の紙に記載されており、毎週数百枚の紙に目を通し、全店の売上を頭に入れていた。


自分でも手に入れられていない情報が、見やすくまとめられていることに私は興奮が抑えきれない。


私は拳を握りしめ震わせながら、彼の話の続きに耳を傾けた。


「こちらは客単価上位10%の店舗群の客単価をメニュー属性ごとに分類、積み重ねて表示した積み上げ縦棒グラフになります。メインディッシュ、追加メニュー、ドリンクの3つに分けて積み上げてあります」


「例えば、客単価下位10%の店舗群と比較するとドリンクメニューの単価寄与に顕著な差がありますね」


全店の客単価の情報など集められるはずがない。


店内で集計可能なデータは売上の合計金額のみ。毎日、社員が売上金を回収することで集計していた。


私に情報が集約される頃には当然客単価の情報など消滅している。


経営判断に使うことができる情報は店舗別の毎日の売上のみだ。


「ちなみに店舗別の注文メニュー割合などもこちらから確認できます。他にも時間帯別売上、時間帯別客数など様々な切り口からも全店の運営状況を閲覧可能です」


私は目の前の白い画面に表示されている情報を食い入るように見つめていた。


スキル......とんでもないスキルだ......


経営者の目線から見て必要な情報が、とてつもない精度で収集されて、可視化されている。


「ちなみにこのシートのデータはリアルタイムで更新されています」


思わず視線が男の方に向いた。


常識ハズレな性能のサービスに開いた口が塞がらない。


これだ……これがあればロイヤルステーキは今後10年は成長を続けられる……!!!


拳の中に汗が滲む。


何をしても思い浮かばなかった改善施策が、数秒ごとに思い浮かぶ……!


私の中で、会社の成長への自信が急速に蘇り始めていた。


「こちらの情報画面のレンタルというのが本日のご提案なります」


「いくらだ?」


「え?」


「一体いくらでこれを借りられる!?」


私は目を血走らせて叫ぶ。目の前の男が驚きながらもそれに応じた。


「つ、月に5万Gのご提供になります」


スーツの胸ポケットから小切手を取り出すと金額欄に『600,000G』と書きなぐり、隣の男の胸に押し付けた。


「とりあえず1年分払っておく!私はやることができた!また会おう!」


一刻も早く改善に取り組まなければ……!


私は隣の男と握手し、そのまま店を飛び出した。



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