010 スキルの正しい使い方
「それにしてもすんげぇバフだな……」
手をニギニギしたり、ぴょんぴょんジャンプしたりすると明らかに普段より力が入っているとわかる。
パフェによってステータス増強効果が発生していることは間違いない。
「あとステータスが存在しないのは意外だったな。まぁ自分のスキルは設定画面でわかるけど」
思い返してみると、設定画面もログアウト時もファンタジーの世界観を壊さないような控えめな表示がなされている。
世界観とちょっとずれているなと感じたのは俺の〈表計算ソフト〉くらいか?
今も視界の隅にオプションなどが表示されているわけではない。ゲームの中とはいえ、別世界にいるのと同じような感覚だ。
個人的にステータスを表示する実装は難しいだろうなと思う。
運動ができる人間、できない人間、身体を怪我している人間などなど、プレイヤーにもいろいろな事情があるだろう。
個人の運動神経、筋力を反映して現実に影響がでないようなバーチャル肉体を構成した際に、スキルである程度補えるとはいえ、攻略に極端な不公平が生じると大きな問題になる。
最初の能力値を揃えるということが如何に困難かということだ。
加えて、ステータスは差別的な意味合いで利用がされやすいだろう。
ゴミスキルを手に入れた俺は、実際チュートリアルにも参加できていない。
もし現実の友人らと一緒にゲームに参加して、そのうちの1人のステータスが劣っていたら相当ギクシャクするんじゃないだろうか。
考えながら歩いているうちに拠点に帰り着いていた。
さて、拠点に入って毛布をかぶって俺は発狂した。
「うおおおおおおおん!俺も稼ぎたい!稼ぎたいよぉ!きれいなお姉さんが作ったパフェを毎日食べたいよぉ!」
ずるい!ずるい!ずるい!
俺は血涙を流しながら金床に頭を打ち付けた。
適合度も高かったのに!
ユニークスキルもたくさん当たったのに!
なんでこんな目に遭っているんだ!!!
チュートリアルには参加できず、NPCにぼったくられて全財産を失い……
まぁヴィクトリアさんのパフェを食べられたのはめちゃくちゃ幸運だったな……
また……食べたいな……
あ〜んとか、してもらいたいな……
ひとしきり嫉妬心と願望を吐き出した俺は〈表計算ソフト〉を見てみることにした。
そもそも通りを見ても点検が必要そうな人自体そんなにいない。
鍛冶なんかやったところで焼け石に水だ。
拠点のソファにごろ寝しながら、俺はスプシのウィンドウを開く。
現実世界でも触り慣れたシンプルなデザインの表計算ソフト。
世界的企業Googleとマイクロソフトの2社がそれぞれGoogle Spreadsheet、Microsoft Excelとして提供している。
いわゆるスプレッドシートとエクセル、略してスプシ。
俺はスプシって略して言うことが多い。
普通の人間の頭では不可能に近い計算も簡単に高速に正確に行うことができる……
人類の英知がもたらした究極の発明、それがスプシ……
言いすぎか。
目の前には真っ白な画面が表示されていた。
そもそも、俺はスプシで可能な程度の演算だったら暗算でできる。
仕事で使うとしたら他人に説明する時くらいだ。
だがまぁこのゲームで他人に分析結果を報告する必要はないし、分析するデータもない。
……
じゃあなんでAIは俺に〈表計算ソフト〉なんてスキルをくれたんだよ?
俺は独り、仮説の構築と検証を繰り返し、適切な結論を出せそうな切り口を探し始めた。
「スキルの〈表計算ソフト〉と現実の表計算ソフトで分けて考えてみよう。違いはあるか?」
画面は似たような感じだ。
現実と同じようにマス目を指定し、関数を想起しただけでそのマス目に計算式が入力される。
現実で使える関数はほとんど使える。
だが、インターネットに接続する関数は使えないな。
俺はスキルが決定した瞬間を思い出す。重要な情報がなかったか……
スキル……生成……
このスプレッドシートは俺がゲームを楽しむために生成されたものらしい。
コンピュータ並の記憶力、計算力を持った俺がゲームを楽しむために、この〈表計算ソフト〉が必要だとAIが判断した。
筋は良さげだ。こんな仮説はどうだ?
「仮説1、現実世界で俺が、スプシを使って解決している困難は、この世界でも発生しうる。この世界で、俺が直面した困難を解決するためのスキルが〈表計算ソフト〉である」
俺が現実で表計算ソフトを必要とする場面は3つ。データ量が多いとき。外部からデータを取得したいとき。そして人にデータを共有するとき。
そういえば人に画面は共有できたな。
データ量が多いとき……そもそもデータがないんだよ。
外部からデータを取得したいとき……インターネットから、他のスプレッドシートから、他のデータファイルから、外部から欲しいデータを取得している。
「仮説2、スキル〈スプレッドシート〉はゲーム内の情報をスプレッドシート上で取得・表示することができる」
これは良い仮説に思えた。スプレッドシートは外部情報を取得するために、関数を使用したり、プログラムを書いたりすることが多い。
先程も試したが、インターネットからの情報取得は不可能だった。
なら、ゲーム内情報の取得くらいしかないだろう。
ゲーム内の情報が取得できるかの検証はHELPから関数リストを参照すればいいか。
「あるぞあるぞ……」
関数リストをスクロールしていくと、面白そうな文字列が目に入った。STATUS……
俺は正直、スプレッドシートをこの上なく愛している。
世界で俺と同じ計算力を持った人間に会ったことはない。
そう、俺と同じ結論を導いてくれるのはいつもスプレッドシートだ。
スプレッドシートの新関数を前に俺のテンションが壊れ始めていた。
アドレナリンがどばどば分泌されているのを感じる。
「STATUS関数を書き込んで、ユーザー選択は……俺でいいか。あとは適当に選択して、確定!」
画面上に俺のステータスが表示された。
Lev1
HP 100/100
MP 100/100
STR 150(+50)
DEF 100
SPE 100
うおおおおおおおおおおん!!!!データ!データ!データが表示されてるぅ!!!!
感動のあまり、心の声も荒ぶってしまっていた。脳汁が止まらない。
我慢できず、俺はソファーの上でのたうちまわって床に落下した。それでも俺は転がり続けた。
壁にぶつかっても砥石で頭を打っても回転は止まらない。
2分後、冷静になった俺はとある光景を想像していた。
「よかったらパーティーに入れてもらえませんか?俺は皆さんのステータスが分かりますよ!」
(……ステータスは知りたいけど、パーティーに入れる必要はなくね?)
脳内で思い描いたパーティーメンバーは全員渋い顔をしていた。
脳内実験終了。ステータスが分かったところでパーティーに入れるわけではなさそうだ。
ステータスがわかったところで戦力になるはずもない。
ソロ、俺はソロで生きていくしか無い。
他にも色々な情報が取得できそうなんだが、それは後にして、もう一つくらい何か気づいていないことありそうな気がする。
魚の骨が喉に引っかかっているような、もう気づく寸前なんだけど、まだ気づけていないことがあるような……
もう一度情報から考えてみよう。
ユニークスキル……生成……
〈表計算ソフト〉は俺のために生成されたもの……
「現実世界のスプレッドシートと違って俺専用の使い方ができるような機能がついてるんじゃないか?」
くるくる頭を回転される。つまりこういうこと。
「仮説3、スキル〈表計算ソフト〉は一般人とは比較にならない記憶力、計算力を持った俺でしか使えない」
この仮説は俺だけでは検証できない。俺以外にも使って貰う必要がありそうだ。
そう、俺だけでは使っていてもわからないからだ。
というわけで、適切な仮説をたてるとこうなる。
「仮説4、スキル〈スプレッドシート〉には一般人とは比較にならない記憶力、計算力を持った俺だからこそ活用できる機能がある」
非常に明瞭な仮説になった。正直ここまで来ると答えは一つしか無いように思えた。
先程のレストランのメニュー名、価格、栄養成分表を頭に浮かべて……ペースト!
「できたよ……できちゃったよ!!!!」
俺の頭にしかなかったデータがスプレッドシート上に転記されていた。
先程のレストランの全てのメニューが縦に並んでいる。その隣にはその価格(G)、たんぱく質量(g)、脂質量(g)、炭水化物量(g)が並んでいた。
量で言ったら70メニューが5列なので350個のデータが一瞬で入力されたことになる。
現実のスプレッドシートには当然こんな機能はない。世界で俺にしか使えない機能を実装する意味がないからだ。
今まで俺の頭の中から外に出ることができなかったデータたちがこのスプレッドシートには即反映される!
今まで幾度となく脳内のデータを一つずつスプシに転記していた俺は、圧倒的な情報の転記速度に涙を流していた。
いままでデータをぽちぽち入力することにどれだけの時間を注いできたか……
「うおおおおおおお!!!」
俺は嬉しくなって、いろんな情報を書き込みまくる。
通りの出店で販売されていた全ての商品とその価格を書き出してみたり……
テナントを探しているときに、いいと思った物件の住所を並べてみたり……
あああ!楽しい!楽しい!楽しいよぉ!!!
ーーーーーーーーーー
頭に浮かんだあらゆるデータを入力して遊んだ後、俺は独りつぶやいた。
「このスキル使ったとして、どうやって金稼げばいいんだろうな……」
残金0 G。
無職から住所不定無職へのジョブチェンジを避けるためには、万単位で金を稼ぐ必要があった。
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