S級大魔法・ダークサイクロン
再び中立地帯・スコット目指して歩き出す。先の方から馬車が近づいて、僕達の目の前で止まった。いったい、なんだ。首を傾げていると、馬車の中から、貴族が現れた。
この威厳のあるジェントルマンスーツは、ランカスター帝国の貴族っぽいな。小太りの中年の男は、こちらに近づいてくるとニヤリと笑う。
「小僧、名はなんと?」
「僕? 僕はヘンリーだけど」
「ほう、平民のようだな。まあいい、それより……お前の隣にいる少女。美しいな」
「ヨークか。この子は、僕の仲間だ」
「そうか、お前の仲間か。よし、言い値で買おう。いくらだ?」
「は?」
この人、いきなりを言うんだ。
仲間を売れるわけないだろ。
というか、この貴族は人身売買でもしているのか? つい最近、ようやく奴隷商人を壊滅させたのに。
「100万セントどうだ? 足りなければ300万セント出す」
「いやいや!」
「分かった。500万――いや、1000万セント出そう」
「お金の問題じゃない!」
叫ぶと、中年貴族は少し驚いていた。けど、それでも諦めなかった。
「1000万セントだぞ!? ああ、分かった。ならばもう3億でもいい! 3億あれば一生遊んで暮らせるぞ。まったく、ここまで出させるとは、お前は運がいいな」
……しつこい。
ヨークも良い顔をしていなかったし、僕の後ろに隠れていた。
「ヘンリーさん、わたくし……売られちゃうんですか?」
「売るわけないだろ。ヨークは、僕の人生を変えてくれた恩人であり、大切な仲間なんだから」
「ヘンリーさん。わたくし……はいっ。信じています」
もちろんだ。お金の問題じゃない。というか、なんでもお金で買えると思ったら、大間違いだ。貴族はこれだから。
「これ以上は無駄です。僕たちは先を行くので」
「貴様ァ!! 平民の分際で!! もういい、ならばお前を殺して、その美少女を奪ってやる!!」
いきなり杖を振り回す貴族。
杖の先から炎の魔法・ファイアーボルトを発動して襲ってきた。……嘘! いきなり! しかも、背後にはヨークもいるんだぞ。
せめてヨークだけは守ろうと、かばった。
防御姿勢を取り、物凄い勢いの炎に包まれた。熱い。とんでもなく熱い。このまま焼かれて死ぬのか……?
いや、そうでもなかった。
幸い、S級クラスの武具が守ってくれた。魔法耐性が高かったんだ。ラッキー!
「ふぅ、危なかった……って、ヨーク!!」
よく見ると、ヨークは手に火傷を負ってしまっていた。そんな。守り切れなかったんだ。
「……うぅ」
「大丈夫か、ヨーク!」
「ごめんなさい。わたくし、ヘンリーさんを回復していたので……」
そっか、ヒールもしてくれていたんだな。だから、僕は傷がひとつもなくて。けれど、ヨークは自分の回復にまで支援魔法を回せなかったんだ。
あの貴族を許せない。
僕は怒りに震え、ヤツの方へ向き直った。
「お前、よくもヨークを傷つけたな」
「取引に応じないお前が悪いんだ!!」
「そうか。なら、もう容赦はしない。テイマーとして命じる。スイカ、お前の力を見せてやれ! ダークサイクロン!」
「了解ですっ! あたしもすっごく怒っていますから、本気でいかせてもらいますよぉ!!」
ドラゴンに変身し、速攻でダークサイクロンを放つスイカ。巨大な黒い渦が飛び出て、貴族と馬車を巻き込んだ。
「黒い渦!? な、なんだ、これは!! うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
竜巻に飲まれ、貴族はどこかへ吹き飛んで行った。というか、渦が巨大すぎてやばいっ。ごうごうと黒い風を巻いて、どんどん遠くへ行ってしまった。
「スイカ、お前強くなったなあ」
「えへへっ! あたしも日々精進しているんです」
「そうだな、よくやった」
スイカ(ドラゴンモード)の頭を撫でてやった。これは驚いた。ちょっと前まで、プチスキルだったのに、今は立派なアルティメットスキルだ。S級ランクといっても過言ではないはず。つまりこれは『S級ダークサイクロン』といって間違いないだろう。
「それより、ヘンリーさん。ヨークさんの容体です!」
「そうだった!! ヨーク、ホワイトポーションを飲むんだ」
「……ありがとうございます」
回復力の高いポーションを飲ませ、治療した。ふぅ、火傷くらいなら回復できたな。危なかった。状態異常によっては死に至るからな。
「良かったよ、ヨーク」
「ヘンリーさんのおかげです! わたくし、嬉しくて嬉しくてっ」
抱きつかれて、俺はドキドキしまくった。けど、なによりヨークが無事で本当に本当に良かった。ぎゅっと抱きしめた。