伝説の騎士
「くっ、あああああ!!」
それは男の声だった。
誰かがヘンな声を上げた。
エドワードでもないし、僕でもない。
すると、誰だ?
食堂の向こうから何か出てくる。
ネヴィルが姿を現したが……え? 誰かにしがみつかれている。その人物はネヴィルを離すまいと必死だ。
――って、あの女性はまさか!
SSS級のブラッドアックスを背中に装着させているあの人!
「暗殺者さん」
「久しぶりだな、ヘンリー! ここまで来るのに苦労した」
「まさかネヴィルに僕の居場所を聞いて来たのか」
「そうだ。だけど、ぜんぜん吐かないのでしがみついてみた。すると、どうだ! このよく分からない屋敷に飛ばされたではないかっ」
なんてヤツだ。よく衛兵に処刑されなかったな。運がいいんだか、何なんだか。でも、ランカスター帝国から帰ってきたという事は、ガヘリスに関して何か進展があったということ。
ていうか、あのゴロツキ共はどうなったんだよ。アイツ等より先に帰ってくるとは、どうなっているんだ。
「教えてくれ、暗殺者さん」
訊ねるが、ネヴィルが『待った』をかけた。
「ちょっとマテ! ヘンリー、この暗殺者のお姉さんと知り合いか?」
「ああ、知り合いっていうか、ガヘリスの暗殺を依頼した」
「な、なんだって?」
「怒るなって。だって、僕が殺されそうになったんだぞ? なら、こっちにも権利があるだろ」
頭を押さえるネヴィル。
「いやいや、極端すぎるだろう。しかしまあ、ヘンリーも大変なんだな」
「悪いな、巻き込んでしまって。それより、暗殺者さん、ガヘリスの件なんだが」
改めて結果を聞く。
だけど、暗殺者さんは溜息を吐いた。
「残念だが、暗殺失敗だ」
「な!?」
「ガヘリスは、私の失敗に勘付き……逆に暗殺される事を恐れてギルドを逃亡。噂によれば、ランカスター帝国にあるどこかの地下で女性達を集めてハーレム帝国を築いているという……」
暗殺者さんは「下衆が」と吐き捨てた。なんて男だ、ガヘリスのヤツ。
「どうすれば……」
このままでは、ガヘリスのやりたい放題。この中立地帯だって安全じゃない。アイツの危険を一刻も早く排除せねば。
そんな中、ネヴィルが口を開く。
「この中立地帯から女性が攫われているのは事実。ならばヘンリー、君にこの情報を渡そう」
こっちへ来てくれと誘われ、僕はネヴィルについていく。
「ヨークたちはそこにいて」
「分かりました、ヘンリーさん。後で」
「うん」
* * *
庭に出ると、満天の星空。
フクロウ系のモンスターの鳴き声が静かに響く。
「それで……情報ってなんだ、ネヴィル」
「ああ、実はランカスター帝国に知り合いがいるんだ」
「知り合い?」
「ああ――」
聞く所によれば、ランカスター帝国にはクリフォード辺境伯クリフォードという凄腕の聖騎士がいるらしい。……知ってる。
僕でも名前くらいは耳にしていた。
彼は帝国の皇帝に絶対の忠誠を誓い、数々の戦争を勝利へ導いたという伝説の騎士。英雄。
そんな彼にも弱点があったようだ。
彼には病弱な妹・リーゼがいた。
回復不可能と呼ばれた難病に掛かっており、今ではほとんど動けないという。そんな妹の傍を離れるわけにはいかなくなったクリフォードは、今は帝国の屋敷でひっそりと暮らしているようだ。
「それで、そのクリフォードさんがどうした?」
「彼を動かす。ヘンリー、君の力ならクリフォード卿の妹・リーゼ様の不治の病を治してやれるんじゃないかって思ったんだ」
「んな無茶な! 不治の病って治らないから、不治の病だろ」
「だけど、君は不思議な力があるようだし……あのヨークも」
とはいえ、金貨でどうにかなるとも思えないけどなあ。不治の病すら治すポーションとか……不老不死のアイテムとかあれば別かもだけど。
そういうアイテムがない事はないけど、超難易度の高いダンジョンだったり、クエスト。しかも、入手率やドロップ率も極端に低い。強運の持ち主でないとな。
いくら伝説の騎士でも、そこまで身を削れないだろうな。だから、妹の傍にいてやれるくらいしか……。
けど、ガヘリスもなんとかしたい。
ここは、やれるだけやってみるかな。
「分かった。そのクリフォードさんを頼ってみるかな」
「そうか! 俺としても、妹さんを何とかしてやりたかったんだ。その、なんだ……俺にも妹がいるからな」
頬を掻きながらネヴィルは小恥ずかしそうに言った。そういう事か。でも、気持ちは理解できる。あのリナを前にすると、なんとかしてやりたいって思えたから。