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稽古納め

 冒険者養成学校が新学期を迎えると、ウアル少年達との稽古の機会は随分減ってしまった。

 それでも学校が休みの日には彼ら4人はよく俺達の家に稽古に来ていた。


 継続は力なりとはよく言ったもので、ウアル少年の魔力量不足は改善され、今やBランク冒険者よりも魔力量は多いくらいだ。

 ミュナちゃんやラウナちゃん、ダナン少年も確実に力を付けている。

 

 正直な話、ここまで少年少女達が稽古に付いてこれるとは思わなかった。

 若者の精神力を見誤っていたらしい。

 俺もまだまだ観る力が甘いみたいだ。


 稽古を始めてから随分経ったある日の事。

 この日は学校が休みの日らしく、ウアル少年達4人は俺達の家に来ていた。

 稽古の合間の休憩時間。 

 ウアル少年が俺に質問してきた。


 「どうすれば魔物を怖がらないようになりますか?」


 「そうだなあ。いっぺん死んでみたら怖く無くなるかもな」


 「……え?」


 「ああいや、すまん。死ぬような目に遭えばが正しいかな」


 「……どっちも難しいですね」


 「そうでもないぞ?なあアルティナ」


 今日は全員で鍛錬していたので、アルティナがスミレの代わりにお茶を淹れてくれた。

 そのアルティナに同意を求めるが、キョトンとした表情で首を傾げて分からないといった様子だ。 


 「アルティナ。ドラゴンになってくれないか?」


 「目立ちますよ?」


 「認識阻害を掛けるさ」


 「分かりました。では失礼して」


 玄関先のテラスからアルティナが庭先に降りて歩いて行く。

 しばらく歩いて家から離れたアルティナは、人化の魔法を解き、元の姿であるドラゴンへと変身した。

 

 「は、話には聞いてましたけど、本当にドラゴン……なんですね」


 「じゃあ4人はアルティナの前に立って」


 「「「「え!?」」」」


 皆同時に驚き、声を上げた。

 しかし、アルティナの人状態の姿を知っている4人は恐る恐るではあるが、俺が言った通りにアルティナの前に立った。


 「じゃあ、ウアル少年、死を体験してみようか。

 アルティナ。咆哮」


 「分かりました」


 アルティナが大きく息を吸い込んだのを見て、消音結界を張り、街にアルティナの咆哮が聞こえないようにした後、俺達は耳を塞いだ。

 一瞬訪れた静寂の後、アルティナが一気に咆哮を吐き出す。


 ライオンの咆哮が仔猫の威嚇にしか感じなくなる代物を、冒険者の卵である少年少女達が至近距離で聞いたなら、例え耳を塞いでいようが腰を抜かしてしまうだろう。

 実際、ミュナちゃんとラウナちゃん、ダナン少年はアルティナの迫力に腰を抜かして震えている。

 ただ一人、震えてはいたがミュナちゃんを庇うようにウアル少年だけは立っていた。


 「どうだ少年、ドラゴンの咆哮を目の前で聞いた気分は」 

 

 「し、死ぬかと……思いました」


 「ハハハ!そうだろうなあ。もし魔物に怖じけそうになったら今日の事を思い出すと良い。

 そこいらの魔物くらいなら可愛く見えるようになるぞ。

 ありがとうアルティナ。戻って良いぞ」


 アルティナが再び人化の魔法で人になり、ウアル少年達に一礼するとテラスまで戻ってきた。

 そのアルティナが何故か微笑んでいる。


 「あの少年、セツナが目を掛けるだけありますね。大した胆力です」


 「だろう?将来良い冒険者になるぞウアル少年は。

 他の三人もアルティナの咆哮で腰は抜かしたが恐慌しているわけでは無い。

 アルタのギルドはしばらく人材には困らなそうだ」


 アルティナが人化してもしばらくウアル少年以外は腰を抜かしていたが、その表情には安堵にも似た表情を浮かべている。

 どうやら今日の事がトラウマになる事は無さそうだ。

 もしトラウマになったら……本当にすまない。


 因みにうちの嫁達は全員アルティナの咆哮を平気な顔で受け流し、お茶を楽しんだりお菓子を食べたりしていた。

 

 「君達は今日ドラゴンと対峙した。

 でも忘れるなよ?アルティナに殺気は無かったが、クエストやダンジョンで遭遇する魔物達は君達を敵と見て殺しに来るって事をな」


 「はい、肝に命じます」


 ふむ、しばらく稽古を付けてきたが、そろそろそろ時期かもしれんな。


 「ウアル、ミュナ、ラウナ、ダナン。

 今日をもって稽古を終了にする」


 「え!?急ですよセツナさん!」


 「確かに急だが、子供である君達に今教えられることは教えた。

 後は君達がもう少し心身ともに成長したなら、その時は対等な友人として、もっと色々教えるよ。

 だから、ちゃんと学校卒業して冒険者になるんだぞ?

 俺達は此処に居るからさ……まあクエストとかダンジョンに行ってなければ、だけどな」


 「たまには遊びに来ても良いですか?」


 「ああ、それは構わないよ。

 稽古を終わるだけだからね」


 突然の事に、4人の表情はどこか悲しげで、落ち込んでいるようにも見えた。

 短期間で随分慕われたなあ俺達。


 この日は4人を夕食に誘い、夜遅くまで俺達夫婦の馴れ初めや、これまでこなしたクエスト、攻略したダンジョンの話をして過ごした。


 なんだろうなあ、自分から言い出したのに、ちょっと寂しい。

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