あなたの作品どんな匂い?
これは自論で、あまり誰かと共感できる内容ではないと思うが。
自分の、小説作品で優劣をつける判断材料のひとつに、『匂いの描写』というのがある。
描写があれば無条件に上手いとまでは思わないが、評価されている作品には匂い・香りの描写が割とある。
匂いの描写が印象的な小説作品を思い返すと、筒井康隆の『時をかける少女』が真っ先に思い浮かぶ。映画化もアニメ化もされた名作だ。
ラベンダーの香りが一連の展開の鍵となっている。
パトリック・ジュースキントの『香水 ある人殺しの物語』なんかは、タイトルにあるように匂いが主題の作品だった。アメリカでは賞を取り、46カ国語翻訳されて全世界で1500万部を売り上げるベストセラーで、映画化までされている。
割とさりげない印象だが、芥川龍之介も作品内に匂いの描写が散りばめられていた。
田山花袋は匂いを結構露骨に書いてたなぁ。『蒲団』なんか発表当時は結構センセーショナルで騒動が起こったらしいし。ラストの行動で主人公完璧に変態キモ男と見なされるだろうけど。
最近の作家だと、村上春樹も割と匂いの描写を入れている。
そんな考えだから、自分も自作で匂いの描写は意識している。
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アバウトだとイメージしにくいだろうから、ここは小説内で実際に、主人公が初めてあるキャラと出会った場面を想定して語ろう。
その時、なにを書くかというと、まずキャラクターの見た目だろう。
男か? 女か?
身長はどのくらいか? 体型はどうか?
見た目の年齢は?
髪の色は? 瞳の色は? 肌の色は? 髪型は?
どんな服装をしている? なにを持っている?
こういった問いの答えが作品内で描かれるだろう。
次に多いのは、キャラクターが語るセリフからの情報だ。
キャラ自身が語る情報で、そのキャラのことを知れる。あるいは当人以外に周囲にいる別キャラが、そのキャラを語るかもしれないが、情報の価値に変わりはない。
どんな口調で話しているかは当然わかる。
名乗ればそのキャラの名前が知れる。
具体的な自己紹介はなくても、立ち振る舞いからキャラの立場も知れるかもしれない。
声質も知れるはずだが、触れている作者さんは少ない。
作風によって、あと情報の質よりも単純に文字数で換算したら、1番2番は逆転するかもしれないが、主人公の五感を通して読者が知れる情報の多さは、TOP2が視覚と聴覚なのは間違いない。
それで3番目なのだが……
世間一般のルールとマナーに則って初対面時の行動を考えるならば、嗅覚が来るはずなのだ。
だってさ? 触覚でキャラクターがどうであるかって書くこと、少なくとも初対面の段階で書くことはあんまりないよ?
頭ナデナデするとか? 事故で女性キャラクターの胸掴むとか? シチュエーションとしてはありえるけど、キャラにも作風にもよるので頻繁には出ない。
あと味覚は考えるまでもなく、ぶっちぎりの最下位。
なんでキャラクター紹介で味が感じられるねん。
やっぱ事故で出会いがしらにキスとかラブコメとかでありそうなシチュエーションだけど、逆を言えばラブコメでないとありえない。そうでなければ、初対面で項や腋や足を舐めまわす変態主人公でも採用しない限り。
なので3番目に出るのは嗅覚からの情報――匂い・香りのはずなのだ。キャラクターがどんな匂いを漂わせているか。あるいはどんな匂いがする場所でそのキャラと会ったのか。
だが、意外と匂いは小説で描写されることが少ない。
まぁ、これはね……と納得する部分もある。
まず、性別の違いがある。
男性よりも女性が嗅覚が鋭い。これは大脳の嗅覚を司る部分の神経細胞数が、男性と比較して女性の場合、1.5倍も多いと生物学・大脳生理学的に証明されている。女性は生まれつき匂いに敏感で、男性は比較して鈍感であると言える。
相関性は証明できないが、男はそれだけ匂いを小説に盛り込むことを考えない、と言うことも不可能ではない。
『なら女性作者なら匂いの描写があるのか』っていうとそんなことないので、性別を無視しても、小説の技術論的な理由もある。
聴覚情報……つまりキャラクターのセリフの場合は少ないが、視覚情報ですら省略されている作品は結構ある。『中世ヨーロッパ風』の一言で作中世界の町並みを表現し、キャラクターの見た目を『美女』『美少女』で説明を済ませている作品を見たことあるだろう。
重要度としては上位の視覚情報でそれなのだから、より下位の嗅覚情報なんて見向きもされないのも、致し方ない……と言えるのかもしれない。
自分の判断基準では『それで説明したつもりかよ?』だが、『それで充分』と気にしない読者もきっと多い。自分としては迎合できない考え方だが、他人がやる分にはケチつける気ない。
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小説内における匂いの描写は、空気感の作成だと自分は思っている。
アクションやミステリーなら、血や硝煙の匂い。
ハードボイルドならばタバコと酒の匂い。
スポーツモノなら汗や湿布の匂い。
グルメモノなら様々な料理の匂い。
医療モノなら消毒薬の匂い。
大雑把なジャンル分けをしただけでも、作品には必ず匂いが存在している。作中に描写されていなくても、読者は主となる舞台でそういう臭気が満ちているだろうと、無意識に認識しながら読む。
そしてキャラクターが発する匂いは、生活臭だ。
清潔感に気を遣うキャラなら、入浴も洗濯も毎日のように行っているだろうから、シャンプーや石鹸、柔軟剤の匂いがする。
逆に気にしないなら、悪臭を漂わせている。
喫煙者ならば当然タバコの匂いを漂わせているだろうし、習慣的にコーヒーや紅茶を口にする設定があるなら、当然その匂いを発する。
お菓子好きなら甘い砂糖やチョコの匂い。
乳幼児ならばベビーパウダーの優しい匂い。
そういった、作品内では実際あまり描写されない部分も、匂いの設定ひとつで読者にイメージとして届けられるのだ。
生活習慣とは無関係に、キャラクターのイメージを広げるためにも、匂いは使われる。
最近のアニメグッズだと、キャラ香水、キャラクターフレグランスなるものが販売されている。
アニメに登場するキャラクターをイメージして調香されたフレグランス――香水・コロン・パルファム・トワレといった香り商品だ。
そういう商品が作られるほど、作品作りにおいて匂いの設定は重要視されつつあるとも言える。
花な香りなら、愛情や優しさ。
香草な香りなら、知性や気高さ。
刺激的な香りなら、荒々しさ。
そんなイメージがある。
逆に、ギャップの演出も出来る。
筋肉隆々で強面の番長キャラが、常に甘い匂いを発していたら、何事かと思うだろう。スイーツバイキングに入り浸っていたり、お菓子作りが趣味だとか、設定や展開が広がる。
ギャル風美少女がなぜかお婆ちゃん家の匂いをさせていたら、家が古風と知れるか、別の理由を知らせるためのエピソードが必要になる。
匂いの設定ひとつで、話のフックが作れるので、モノ書きとしてはなかなか便利なのだ。
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ん、まぁ。そんな小難しいことはさておいて。
やっぱさぁ? 美少女なら良い匂い振りまいててほしくない?
イケメンなら男くささよりも爽やかな匂いを発してほしくない?
そんでクンカクンカしてトキメきたくない?