脳筋令嬢
頭を空っぽにしてお読みください
辺境伯であるワイナール・ツヴァイとその妻であるハレイン・ツヴァイは大号泣しながら今し方産まれた天使の様に愛らしい『娘』を潰さない様、優しく抱きしめていた。歳の離れた六人もいる兄達も目をキラキラさせて『妹』を見つめていた。
ツヴァイ家は男家系で有名だった。最早呪いかの様に男しか産まれないのだ。それも武力に秀でていて、戦場にツヴァイ家が出れば負け無し。だが、代々のツヴァイ家当主達、その血を引く男共の悲願は名誉や地位などでは無かった。『女の子が欲しい』これだけだったのだ。
ワイナールとハレインは頑張った。子供を六人も産んでも諦めなかった。これで最後だと、神にどうか『女の子を授けて下さい』と毎晩祈り続けた。そして、産まれたのは正真正銘、『女の子』だった。父譲りの白金の髪と宝石の様な青い瞳、顔立ちは母譲りの優しくおっとりとして愛らしい。ツヴァイ家の一族は知らせを聞き、一丸となって泣いて喜んだ。産まれた女の子の名前を決める時には、一族の男共は乱闘するまでに至り、ハレインと男共の妻達の一喝で『マリツァ』と名付けられた。
マリツァはそれはそれは可愛がられた。ワイナールは片時も離れたくないと執務室にベビーベッドを運び込み、自らオムツを換え、泣けば執務を放り出して強面をデレデレと緩ませてあやしまくった。ハレインは念願の女の子を産み、ヒラヒラでフリフリの服を自ら縫って大量に積み上げた。それを着せては有名な画家にマリツァを毎回描かせた。
兄達はキャッキャっと愛らしく小さな手をバタバタさせて笑うマリツァを、誰が抱っこするか殴り合いの乱闘をする程だった。ツヴァイ家はある意味戦場であった。
だが、マリツァがハイハイをする様になってから、そのマリツァの異常性に皆が気づいた。最大の防御魔法がかかったマリツァの部屋をマリツァは高速ハイハイで突き破り、ドアを吹っ飛ばし、壁という壁に激突して穴を開けた。だがマリツァは怪我一つない。ツヴァイ家の男全員総出で高速ハイハイをするマリツァを息切れしてやっと捕まえた程だ。
歩ける様になる頃には、マリツァと遊んでいた一番上のゴリゴリの兄を素手で簡単に投げ飛ばす怪力を見せた。
五歳になったマリツァは、軍馬よりも一回りも大きく、酷い暴れ馬でもある黒い魔馬を簡単に乗りこなして、屋敷の庭を楽しそうに乗り回して荒地に変えた。ツヴァイ夫妻は頬をヒクヒクとさせてこれはヤバいのではないかと笑った。
六歳になったマリツァは、愛馬になったナンシー(雄)と共に遊びに行くと言って魔の森へ遊びに行って帰らなかった。ツヴァイ夫妻と兄達は発狂し、魔の森を血眼になって探し回ったが見つからなかった。そして三日後にマリツァはケラケラと笑いながらナンシーの上に跨り帰ってきた。マリツァとナンシーはボロボロになっていたが、怪我はない……だが、その後ろにもっとボロボロになっているブラックドラゴンを引き連れていた。
「パパ!!ママ!!新しい家族だよ!!マカロンって名前にしたの、可愛いでしょ?」
「……マ、マリツァ?色々言いたい事があるが……そのブラックドラゴンはどうした?」
「戯れついてきたから、ナンシーと一緒に遊んだの!!マカロンったら五発くらい殴ったら大人しくなって、後ろをついてきたの。ね?パパいいでしょ?マカロンは良い子よ?悪いことしたら、マリツァが殴って叱るから、、、飼っていいでしょ?」
マカロンと呼ばれたブラックドラゴン(雄)はプルプル震えているではないか。マリツァの殴るという言葉に反応して、地面をガタガタと揺らして余計に震えている。赤い瞳からは今にも涙が溢れそうで憐れに見える。
ドラゴンは魔物の頂点と言っていい。国の兵士達と魔法士が総出で追い返すのがやっとなのだ。特にブラックドラゴンは凶悪で、国一つ滅ぼす事等容易い。それを殴って従えるマリツァは天使の笑みを振り撒いていた。
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私はナンシーに乗り、パパと一緒にマカロンを散歩がてらに連れて都に初めて来た。マカロンを見た兵士さん達が顔を真っ青にして遊びたそうにしているではないか。私は空を飛ぶマカロンを呼んで、地面に降り立たせる。
「おじさん達、マカロンと遊びたいんだよね?良いよ、マカロンの運動にもなるから!!」
「待てえええ!!マリツァァァァアア!!違う!!誰もブラック……マカロンとは遊びたいわけじゃないいい!!」
「……そうなの?分かった……マカロン、ちょっとお空で遊んでて?」
マカロンはガウと鳴いて空を遊覧し始めた。私はニコニコと兵士のおじさん達に笑う。だが、おじさん達はガクガクと震えて喜んでいるのにパパ達って変なの。
そしてパパと私は『王様』って一番偉い人と会う事になり、綺麗なお城に案内される。でも、ナンシーは気に食わないのかブルルと鼻息を鳴らして不機嫌そうだ。お城の馬小屋にナンシーを連れて行くと、他の馬達はプルプルとナンシーに熱い目を向けるが、ナンシーは私が降りると血眼になって暴れるのでそのまま乗っていろと言われた。
ドスン、ドスンとナンシーは私を乗せながらお城の中を歩く。パパは顔を真っ青にしていてどうしたのだろうと首を傾げる。
大きくてキラキラしたドアをナンシーが前足で蹴り上げてぶち壊す。中にいたおじさんと騎士の人がビックリしている。その顔が面白くてクスクスとナンシーを撫でて笑う。
「これは……聞いていた以上だな……。魔馬にこれ程懐かれ、乗りこなしてるとは……空に見えたブラックドラゴンもワイナール、貴殿の娘の……ペットだと聞いておる」
「ハッ……我が娘の……ペットでございます。娘のいう言葉は絶対に聞いて服従しております故、娘が命じない限り国に仇なす事はありません」
「王様、マカロンはね良い子なんですよ?ちゃんと言う事聞くし、もし聞かなかったらぶん殴ればちゃんと良い子になるから怖くないの」
「な、殴る……そうか……。マリツァ嬢よ、其方のブラックドラゴン……あ、いや……マカロンを使って国を滅ぼさないと誓えるか?」
「うん!!意地悪しなきゃ、マリツァもナンシーもマカロンも良い子よ!!」
ダンッとナンシーは床に前足をめり込ませ踏ん反り、王様と周りの騎士達を見下ろす。まるでマリツァの言うことは絶対だという風に。外からはマカロンの咆哮が聞こえる。
王達は顔を青くし、マリツァの有用性と危険性を理解した。そんな事は知らずにマリツァはクスクスとナンシーの鬣を三つ編みしている。
「ワイナール辺境伯……マリツァを我が息子、王太子であるブレノンの婚約者と据えたい。……これは王命だ」
「……承知しました」
「パパ?どうして泣いてるの?王様がパパを虐めてるの?」
私はパパが王様に虐められていると思い、ナンシーの上から無機質な目で王様達を見下ろす。
「マリツァ!!違うんだ……虐められてはないが、マリツァがいつか……私の元から離れるのが悲しいのだ」
パパはナンシーの上に乗る私を抱きしめ号泣する。私はよく分からないから、パパの頭をよしよしと撫でる。
「父上、お呼びで……す……か?」
ナンシーがぶっ壊しちゃったドアから王様と同じ黒い髪をした綺麗なお兄ちゃんが一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに無表情になる。
「ブレノン、お前の事だろうから察してると思うが、今日からお前の婚約者になるマリツァ嬢だ。……分かっているな?」
「はい、畏まりました。マリツァ嬢、今日からよろしくお願いします」
無表情のお兄ちゃんが私を見上げてナンシーが息を荒くしながら威嚇をする。それを宥めながら質問する。
「お兄ちゃん、『こんやくしゃ』ってなあに?」
「マリツァ嬢が大人になったら、私と夫婦になる約束みたいなものです」
私はママに似た垂れ目を大きく見開き、お兄ちゃんをマジマジと見る。
「マリツァ、『うわき』するような男はやあよ。マリツァ以外に触らせるのもやあよ。あと、マリツァより弱い男もやあよ」
お兄ちゃんは私の言葉にまた目を見開き、ナンシーと窓から見える外を飛ぶマカロンを見て何か考えるように黙り込む。
「辺境伯……私に剣や体術のご指導をお願いしても宜しいでしょうか」
「王太子殿下……指導は王太子殿下とはいえ手加減はしませんよ」
「ええ、分かっています。それでなければマリツァ嬢に好いてもらえなさそうですし」
王太子殿下と呼ばれるお兄ちゃんは無表情でパパを見つめていた。私は弱い人には興味無いから素敵なナンシーの鬣の三つ編みを再開した。
衝撃の城での出来事から十年後、マリツァは大陸全土に轟くまでの武人になってしまったり、希少種である誰も乗りこなせないとまで言われる魔馬を手足の様に操り、拳一つで大地を割って敵国の兵を壊滅さたり、それだけではなく、空からは誰もが恐れるブラックドラゴンの猛攻も加えられ、次々と敵国の兵を壊滅させたりして、冷徹無表情鉄仮面と言われるブレノンの頭を悩ませるのは、誰もまだ知らなかった。
有難うございました!