密林の魔獣
アルジェントから、目的地であるインドラ国の北東に位置するヴァルダナ藩国まで、およそ1ヶ月の行程を見込んでいたが、南西から西アリアンを支配する強国イラニアの内偵のために一ヶ月ほど現地に潜伏するなどの諜報活動で、結局到着まで3ヶ月を要した。
エウロットでは南アリアンのインドラ亜大陸全体を総じてインドラ国と称しているが、実際は6つの藩国からなる連邦国家である。ただ現在は宗主国であったラージブタナ藩国がイラニアの侵攻を受け、連邦国家としては事実上解体されている、らしい。
らしい、というのは、途中途中で聴きこんだ裏付けの取れていない情報だからである。
深夜、二人は熱帯特有の湿度の高いうっそうとした密林の中に着地した。人目を避けるために飛行兵での移動は、ほとんど夜間に行ってきた。コルカタの位置を確認した後に、一旦引き返して人里から離れた人目につかないこの場所を選んだと言う訳だ。
目的地のヴァルダナ藩国の藩都コルカタはここから東に20kmほどのところに確認できた。
コルカタは、世界でも有数の大河であるガンガー下流域の一辺が400kmにもわたる巨大三角州の西端に位置している。
なお、ガンガーは、本流と10以上の大支流からなっており、そのうちの一つがコルカタを東西に分断するように流れ、そのまま海につながっている。
「マリー様、ここから東に真っ直ぐ進めば10kmほどで密林を抜けることができます。一旦ここに機体を隠して夜明けとともに徒歩でコルカタに向かいますか?」
「うむ。必要と思われる装備はすべて持って行くとしよう。この密林の中をちょくちょく戻ってくるのも面倒だしな」
マリーローズは、いつもの装備に、諜報活動用の各種小道具と疲労回復薬及び自動小銃、小銃、時限爆薬も準備している。
一旦仮眠をとった後、飛行兵を簡単に偽装し、東に向けて移動を開始した。
高速移動装置は後々の事を考えると、無駄に電力を消費するわけにはいかないので、できるだけ徒歩で進む。
さすがにマリーローズは密林の中の行軍は慣れていないため進むのに苦労している。
2時間ほどで三分の二を進んだというところだった。
少し開けた場所で朽木を椅子に休憩していると、ふいにジークフリートが雷撃銃に手をかけた。
「・・・・・マリー様、そのままお聞きください。
周囲を何者かに囲まれてしまいました。かなりの手練です。包囲が完成するまで気づきませんでした。
そのまま、ゆっくりと出発の準備をしてください。合図をしたら、高速移動装置最大出力で私についてきてください。かなり危険な相手です。一旦飛行兵に戻ります」
周囲に眼を配りながらマリーローズに指示をだす。
「了解した。お前がそこまでいう相手か。数は?」
指示通りゆっくりとした動きで荷物を背負う。
「わかっているので5人ですが、確実にまだいます。・・・・いきますよ!」
そういうと、ジークフリートは最大出力で西に向かい跳躍する。マリーローズも間髪いれずそれに続いた。
そのまま木の枝を足場に、着地せずに進む。
しかし、500mも進まないうちに、追いつかれた。
「くっ!」
マリーローズは跳躍中に背後に気配を感じ、体を捻じり雷撃剣で後ろを袈裟に薙いだ。
その時、一瞬見えたのは、、、、青い肌で人の形はしていたが、手足が異様に長い。人ではなかった。
そう、故郷に伝わるイエトゥス教の寓話にでてくる地の底から這い出てきた魔獣そのものだ。
魔獣は、空中で体を捻じり雷刃を躱すと、ねじった勢いで回し蹴りをマリーローズの頭部に放つ。
マリーローズは高速移動装置の出力を切って体を落下させる。
蹴りはギリギリで頭頂部の上を通過し、髪の毛を何本か蹴りで持っていかれた。
マリーローズは体勢を立て直すと高速移動装置の出力を入れて地面に軟着陸する。
着地すると同時に、横に飛んだ。
目の前の低木がなぎ倒される。マリーローズとほぼ同時に着地した魔獣が間髪入れず体当たりしてきたのだ。
判断が一瞬でも遅れれば押しつぶされていた。
強い。ジークフリートの言ったとおりだった。相手の攻撃を躱すのが精一杯で、反撃にでる緒がない。
見たところ何も身に着けていない。生身で高速移動装置についてきているということか?
最初の印象通り手足が異常に長く、手の指が鉤爪になっていて、それを武器としているようだ。
蜥蜴のようにゴツゴツした如何にも硬そうな緑色の皮膚だ。ん?、緑色?
魔獣は起き上がりこちらを振り向くと身を低く構えた。
マリーローズは、雷刃を正眼に構え、正面から向き合う。
その瞬間、魔獣は神速の動きで間合いを詰めてきた。
「ちっ!」
速い!高速移動装置以上だ。真正面から振りかぶり斬り下ろす。
魔獣は軽くサイドステップして雷刃を躱すと長い爪で斜めに薙いでくる。
だめだ、躱せない!マリーローズは死を覚悟した。




