道場
城から道場までは飛行兵なら巡航速度でも、ほんの10分くらいの距離だ。
いきなり、邸内に乗り付けるとみな驚くだろうから、門から少し離れたところに着地し、降機した。
「懐かしいな。なにも変わっていない。」
道場の外観とその周囲の様子を見てラインハルトが呟く。
「父様、母様を呼んできます!」
そう言ってハイデマリーが駈け出してく。
ラインハルトとファティマは門に向かって歩き出した。
門に着く頃、玄関からハイデマリーと同じ髪色の、この10年間ずっと毎日思い返していたその顔が現れた。
食事の用意をしていたのか、ワンピースにエプロンをつけたままだ。大人になっていたが、雰囲気はあの頃と少しも変わらないシャルロッテのままだった。
顔は上気して眼が少し潤んでいる。急な命令だったので、今日帰ることは伝わっていないはずだ。
「ラインハルト、、、、、、、。」「シャルロッテ、、、、。」
言いたいこと、伝えたいことはたくさんあるが言葉が出ず、二人共見つめ合ったままだ。
しばらく、そうしていると、
「ふたりとも、いつまでそうしているのっ!」
そういって、ハイデマリーがシャルロッテの背を思いっきり押す。
ハイデマリーがラインハルトの方によろめくと、ラインハルトはシャルロッテを力いっぱい抱き寄せた。
「ごめん、ずっと連絡しなかった。」
それしか言わない。
「いいのよ、あなたのことだもの。」
そういって、シャルロッテもラインハルトを抱きしめる。
後ろでファティマは、やっぱりそうなるよねみたいな顔で立っている。
「もう、続きは中に入ってからにしましょうよ。父様、母様、ほら!」
ハイデマリーが2人の腕を掴んで引っ張っていく。
「何も変わっていない。ジークフリートと3人でいろんなことを話し合っていたのが、つい昨日の事のようだ。」
食堂に入るとラインハルトは部屋を見回して懐かしそうに呟く。
「あら兄様、私も随分とその話し合いには参加させてもらっていたと思いますけれど?」
「そうだねファティマ、ジークフリートと4人でだね」
ラインハルトが笑いながら訂正する。
「ラインハルト、ジークフリートはどうしているの?」
「ジークフリートは重要な任務で、いまは外国にいる。当分は帰ってこれないと思う」
「そうなのね。あなたとジークフリートはきっと大きな仕事をすることになると思っていたけれど、当たっていたわね。」
食堂で近況を話していると、現在の内弟子たちも集まってきて、昔と変わらず賑やかになった。
内弟子は20人に増えていた。最近では、オノ流の剣技に憧れ、遠方の他領からやってきて門を叩く子供もいる。
その中で才能があって、人格に問題がない者を内弟子として迎えており、昔のように宗家がスカウトしてくるよりはるかに人が集まってきている。
ちなみにオノ流が有名になったのは謀らずもラインハルトの活躍のおかげである。
しばらくぶりに出た聖星十字勲章の受賞者がオノ流の達人でアレクサンドラ女帝の命の恩人だとすっかり国中に浸透しているからだ。
ちなみにこれは軍のプロパガンダの一面もある。おかげで軍の入隊希望者も好調で、特に近衛兵団の人気が高い。しかし事実は事実だ、嘘はない。
なので、この内弟子の中の数人にとっては、ラインハルトは伝説の英雄である。
「ねぇ、父様、今日は一緒に寝ましょう?いいでしょ?」
ハイデマリーはここぞとばかりにラインハルトに甘えている。
「ハイデマリー、あなたすっかりラインハルトになついているのね。」
ラインハルトの腕にしがみついて離れないハイデマリーをみてシャルロッテが呆れている。
「そういえば昔はファティマも、いつもラインハルトに抱っこしてもらっていたわね。なにかっていうとラインハルトの腕によじ登って。ラインハルトも何も言わずにずっとそうしているものだから、ファティマも調子に乗って、、、。」
シャルロッテが思い出したように暴露する。
「姉様!それは私が5歳くらいの時の話です。」
ファティマは真っ赤だ。
「ほら、ファティマだって同じよ、私も子供なのだからいいでしょ!なんなら抱っこしてもらっても、、。」
ハイデマリーがラインハルトの上に移動しようとする。
「お嬢、弟子達が見ていますよ!」
ファティマが窘めるが、ハイデマリーはどこ吹く風だ。
「でも、ふたりとも剣気が上がったわね。やっぱりラインハルトのところに出して正解だったわ。」
「そうだね、ふたりとも壁を超えていると思うよ。ファティマとは「一つの太刀」でも、最近はいい勝負だよ。」
「いいわ、ファティマ、明日私と立ち合いなさい。それで判断するわ。」
「母様、私は!?」
「そうね、あなたも立合いましょう。技のチェックは終わっているから、その内容で決めるわ。でも二人とも手心は加えないわよ。ダメなときはもう一度修行してきなさい。」
シャルロッテは昔から流派を守ることには本当に厳しい、甘くすれば、それはすなわち流派の衰退に継ることをわかっている。
その夜、粘ってなかなかラインハルトから離れないハイデマリーを自室に行かせ、というか、なんとファティマが気を利かせて引き剥がして連れて行ってくれて、ラインハルトとシャルロッテはふたりきりになれた。ハイデマリーは久しぶりに再開した父と母を水入らずにしてやろうなどという思考は全く無いようで、とにかく、ラインハルトと一緒にいたいばかりのようだ。
「シャルロッテ、長い間ハイデマリーのこと、一人でありがとう。」
「ラインハルト、ひとりじゃないわ。お父様も、道場のみんなもいたし、門弟のご婦人方が色々お世話をしてくれたのよ。それとファティマも。あの子、本当の姉妹みたいにハイデマリーの面倒をみてくれたわ。」
「うん、ファティマは本当に大人の女性になったね。びっくりしたよ。
・・・・・シャルロッテ、俺はまだ陛下のお側を離れるわけにはいかない。しばらくは帰ってこれそうにない。すまない。」
「ラインハルト、そんなことはわかっているわ。あなたが皇都に行くと決まった時、そう簡単には戻ってこれないとわかっていたわ。余計な心配はせずにしっかりお勤めを果たしてください。そしていつかそのお勤めが終わった時は必ず戻ってきて。わたしは待っているわ。」
シャルロッテはやさしい眼差しでラインハルトを見つめている。
「ありがとう、シャルロッテ、必ず戻る。待っていて欲しい。」
今回は、待っていてくれと言えた。
「それと、二人のことなんだが、、、、。」
「あの子たちのことは、あなたにお願いしたいの。責任のあるお仕事を頂いたのでしょう?成長しているのが本当によくわかるわ。あの子たちも、きっと大きな仕事をすることになると思うわ。あなたとジークフリートを送り出した時と同じ気持ちなのよ」
「わかった。二人のことは任せて欲しい」
「ありがとう、よろしくお願いします。」
そうして、2人で色々な話をしながら過ごしているうちに、いつしかふたりは寄り添い、
「シャルロッテ、、、。」「ラインハルト、、、」
2人の影がひとつになった。




