ふたりの夜
「それは、きっとシャルロッテ姉さまをかどわかして嫁にするつもりだったのよ!」
母屋の食堂で、末の内弟子、5歳のファティマが顔を真っ赤にして地団駄を踏んで憤慨している。昨年、宗家がどこからかスカウトして連れて来たちびっこだ。ちびっこだが、1年足らずの修行で、5歳上の兄弟子をボコボコにする。いまや内弟子の中でファティマのお稽古の相手ができるのは、ほんの数人だけという強者だ。
警備騎士団本部で事情を説明した二人は、夕方遅くに道場に帰ってきた。もちろん二人に非はないので状況聞いたらすぐに帰してくれた。
この時代、切った張ったは日常茶飯事だ。町を外れれば盗賊は普通にいるし、田舎町なら野盗の襲撃もある。
ましてや、皇国侯爵家の剣術指南ともなれば、真剣勝負を挑まれることは普通にあるし、護衛任務やら、厄介な盗賊の討伐支援なども請け負う。シャルロッテも師範代として、そういう任務には何度も参加している。
「ファティマ、そんなに怒ると、かわいい顔が台無しだ。少し落ち着きなよ。」
壁を背に寄りかかって腕を組んでいるジークフリートがいつもの調子でからかう。
夕食はお手伝いさんが作って食べさせてくれていたので、腹を空かせた内弟子達に文句を言われることもなかったが、事情を聞いたファティマが食堂に居残り憤慨していると言うわけだ。
「ジーク兄さま、そんな呑気な事を言っている場合ではありません。姉さまのテイソウの危機です。私がお守りせねば!」
などと、意味が解っているのかどうか怪しいが、おませな妹弟子はやる気満々である。
「ファティマ、私は大丈夫ですから、あなたこそ、かどわかされないように気を付けなさい。つぎはあなたが嫁に狙われるかもしれませんよ。」
シャルロッテはラインハルトと二人で食事をした後、片付けをしながら、ファティマを宥めている。彼女もこのおませな末妹がかわいくてしょうがない。
「ええっ! だめです。私はラインハルト兄さまの嫁になると約束しております。ジーク兄さま、私のテイソウをお守りください。」
「なんだよ!ラインハルトの嫁になるなら、ラインハルトに守ってもらえばいいだろ?」
「ラインハルト兄さまは修行で忙しいのです。ジーク兄さまはそれほど忙しくはないのですから、私の護衛にしてさしあげます。」
ジークフリートはずっこけた。
「こらファティマ、シャルロッテと自分のテイソウの心配はそのくらいにして、もう消灯の時間だよ。お休み。ちゃんと歯を磨いて寝るんだよ。せっかくきれいな歯をしているのだから虫歯にならないように。」
ラインハルトもシャルロッテの手伝いをしながら、からかうでもなく真剣にファティマの歯を心配して言っている。
「ラインハルト兄さま!そのようなこと言われなくてもしっかりできます。私はもう子供ではございません!おやすみなさいませ!!」
ファティマは怒ったまま行ってしまった。
「やれやれ、あの調子だと現場にいたら本気で勝負を挑みかねんな。」
「最近、この道場もトゥーマン候領だけでなく、となりのキーフ国とかにも名が轟いているようだからな。腕自慢が名をあげようとして挑んできたんじゃないのかな?」
ジークフリートが眠そうな眼をして、いつものやつだろうといった感じで言う。
たしかに、ここ最近は道場破りだとか、門弟に勝負を挑みかかる武芸者もどきが多い。ただし、どれもこれも有象無象ばかりで、初心者の門人でも勝てる程度の輩ばっかりだった。
「うん。ただ、今回の相手は風体は今までの連中と同じだったんだけど、腕は格が違った。それに見たことのない刀を使ってたな。」
「武者修行中の武芸者かな? でも一人だったんだろ? なにか裏があるようには思えないけど、とにかく俺も注意するよ。まぁ、シャルロッテに護衛は必要ないと思うけどね。とりあえず寝るよ、お休み。」
そういって、ジークフリートは大あくびしながら自室に戻っていった。
「当面は、俺も塾は休んで道場にいるよ。やっぱり今日の相手は、今までとは違うと思う。」
二人になると、ラインハルトはシャルロッテに向き直り、真剣な眼差しで言った。
「でも、お休みして大丈夫なの?」
「うん、もう卒業までに学ぶ課題は終わっているんだ。大丈夫だよ。」
「ありがとう、ラインハルト。私、、、。」
シャルロッテは泣きそうな顔をしている。
「シャルロッテ、俺は、、、、。」
シャルロッテがラインハルトに一歩近づき手をとった。ラインハルトも見つめながら一歩近づいて、シャルロッテの頬にやさしく手を添える
「今は、、一緒にいたい。。」
ふたりは見つめ合い、お互いにそうつぶやいた。
〜 〜 〜 〜
「シャルロッテ姉様、今日はなんで朝からそんなにご機嫌なのですか?」
シャルロッテが鼻唄まじりで、朝食の準備をしていると、起きてきたファティマが敏感に何かを察知して食いついてきた。
「べ、別にご機嫌ではありませんよ、ファティマ。」
「ん〜、、、、、まぁいいか。いただきます!」
ファティマはジト目で、しばらくシャルロッテを睨んでいたが、目の前に出された朝食に意識を持って行かれたようだ。
「おはよう、シャルロッテ、ファティマ。」
「おはようございます、ラインハルト兄様。」「おはようラインハルト。。」
シャルロッテはすこし頬を赤らめてすぐに後ろを向いた。
じぃー。ファティマは幼女の勘が働いたのか、またしてもシャルロッテをジト目で見ている。
「フィティマ、どうしたの? 手が進んでないけど食欲がないのかい? 珍しいね。」
「ラインハルト兄様、私だって食欲がないときくらいはあります。失礼ですわ。そんなことより、昨日の一件ですが、」
「ファティマ、その件は俺とジークフリートに任せて、君はしっかり修行するんだ。大丈夫だよ。」
「でも、」
ファティマは喰い下がろうとする。
「ファティマ、しっかり修行しないと、ラインハルトの嫁にはなれないぞ」
食堂に入ってきたジークフリートが対ファティマ戦術を発動した。
「・・・・。わかりましたわ、ジーク兄様。それとおはようございます。」
「うん、おはよう。今日は一段とかわいいよ」
「ありがとうございます、ジークに・い・さ・ま。」
ファティマは、ハイハイみたいな感じで答える。
そんな風に、朝の道場の食卓恒例のおしゃべりが始める。すぐにラインハルト達の弟弟子、つまりファティマの兄弟子たちも起きてきてさらに賑やかになった。
最後に宗家のカイが食卓につく。
カイは道場を不在にしていることが多い。侯爵の信頼が厚く、近年はその補佐役として、主に治水関連の事業を手掛けている。オノ流は剣術だけではなく体術、兵法全般を伝承している流派である。兵法は治水の理にも通じている。
そういうわけで、治水工事の指揮で領内各地を廻ったり、城に泊まり込んだりが多いのだ。
しかし、ここ数日は珍しく道場に滞在している。
「おはようございます、先生」
「おはよう、昨日は大変だったみたいだね。騎士団から報告があったよ。中々の腕利きだったんだろう?」
「はい、腕利きではありましたが、シャルロッテが一撃で仕留めたので、その程度だったと思います。」
「ラインハルト! そういう言い方をすると、私が有無を言わさずに切って捨てたようになるではありませんか。一応、警告はしましたし、先に抜いたのはあちらですからね。」
内弟子達は食事を終えて、塾に行くもの、道場に向かうものそれぞれ散っていった。
「先ほどの件ついて、少々心当たりがある。」
ラインハルト、ジークフリート、シャルロッテだけになると、カイは口を開いた。




