内弟子
「おーい、ラインハルト!、いったいいつまでそうやってるんだ?シャルロッテが早く食べろって怒ってるぞ!」
齢の頃は15歳くらいか、長身でがっしりした体格の金髪、碧眼の若者が母屋の方から声をかけてくる。
「ああ、もう少しやりたい。ジークフリートすまないがシャルロッテには後で食べるってあやまっておいてくれよ。」
こちらも同い年くらいの、同じような体型で、こちらは黒髪で黒曜石の瞳の若者が、稽古場と思われる板の間から、木刀を片手に答えた。
彼の名はラインハルト・シュタイナー。ここは彼が内弟子として住み込みで剣の修行をしている道場である。先ほど声をかけてきたジークフリート・ミューラーは兄弟弟子で同じく内弟子として住み込んで修行している。
彼らの師は、カイ・オノといい、ここ、トゥーマン候領の領主であるトゥーマン侯爵家の指南役も勤め、この一帯では右に出るものがない剣士である。先祖はアリアン州のさらに東の島国出身で、彼の流派は太古からその国で受け継がれてきたものであるという。一番の特徴は、剣ではなく、刀を両手で使い、盾は持たない。また、刀法だけでなく投げや打撃などの体術も修行する。
「いやだよ、毎度毎度お前のせいで俺が怒られるんだぞ。飯を食ってから思う存分続きをやってくれ。」
そう言いながら、母屋のほうに引き上げて行った。
「ふぅ、まだ勝てない。」
そう言いながら、仕方なさげに木刀を壁に掛けて、母屋の方に向かった。
師から与えられた課題が解決できていない。それは、
師と相対し双方木刀を構え、相手の呼吸を読みながら、ここぞという時にお互いを両断する。
自分の木刀は空を切り、師の木刀は自分の額を割る。もちろん寸止めされるが、割られたのはわかる。
理屈はわかっている。正中線の取り合いに負けているだけだ。技でも力でもない心の問題だ。
しかし、そのほんのひと振りの時間の中の、ほんの一筋の軌跡の取り合いに勝てない。
いまも、師の幻影と対峙して何度も勝負したが、結果は同じだった。
そんなところにジークフリートに声を掛けられた訳である。
母屋の食堂に入ると、兄弟弟子達は食べ終わったところだった。
「ラインハルト、毎日言っていると思うのだけれど、食事の時間は決まっているのだから、その時間を考えてお稽古してちょーだい。」
シャルロッテが呆れたように言う。赤毛のウェーブのかかった髪で翠眼の美人だ。
彼女は、師の末娘で年は同い年の15歳。師の奥方は数年前に亡くなっており、長兄は道場を継がず、役人として家庭を持ち独立、長姉は他家に嫁いでいるので、今はシャルロッテがこの家の家事全般を切り盛りしている。
ゆくゆくは、シャルロッテが優秀な弟子を婿に迎え、家を継ぐ。
この道場の内弟子は全部で10人、いまはラインハルトとジークフリートが一番上だ。その他通いの弟子が総勢200人はいる。殆どが現役騎士か騎士家の師弟だ。
内弟子は居候である。食費や部屋代など費用を徴収されているわけではない。師が才能を認め、本人とその家族が了承すれば内弟子として住み込みで修行ができる。もちろん素行悪くなったり、才能が伸びなくなると追いだされる。ラインハルトとジークフリートが内弟子になったのは8年前。二人共トゥーマン侯爵家の禄を食む騎士家出身で、ラインハルトは初めて稽古に参加した時に師から声をかけられた。その後、ジークフリートも内弟子を希望して師に認められたという経緯だ。
内弟子といっても一日中稽古しているわけではなく、日中は騎士家の師弟が通い教養を身につける塾に通い、夕方から寝るまでと、早朝が稽古の時間である。
「すまない、シャルロッテ。遅くなった。」
「いいわ、早くお食べなさい。スープは温め直すわね。」
そういって、世話をしてくれた。
「シャルロッテ姉様は、さっきまであんなに怒っていたのに、ラインハルト兄の前になると言うことが全然違うじゃないか! とばっちりを食らった俺達だけ損してる。」
そういって弟弟子がからかう。
「あんた達は、食事が終わったら、また稽古でしょう?ささっとお行きなさい。」
そういって追い散らされた。
「ラインハルト、俺も行くぞ。その課題を試したいのならいつでも声をかけてくれ。」
「すまない、ジークフリート。頼むよ。」
ジークフリートは道場に向かった。
ラインハルトは師も認めた天才だ。この道場で、ラインハルトの稽古の相手ができるのは、ジークフリートだけである。同門で年上の現役騎士たちでさえ全く歯がたたない。ラインハルトが構えると、打ち込む隙すら見いだせず、固まっているうちに打ち込まれて終わる。
一対一よりも、一対多数の方がまだ悪い。以前、師に言われてラインハルト一人に対し10人で打ちかかったことがあったが、ラインハルトがどこにいるのかすらわからずに打ち込まれて、ほんの数秒で全滅した。
ラインハルトは一瞬にして数メートルの間合いを詰めることができる。その足運びと筋力は天賦の才だ。そして、そしてその「瞬脚」をもって、常にだれかの死角になるように動きながら攻撃する。打たれた者は、どこから打たれたのかがわからない。その誰かの視点を自分のものとして動く、戦場を「俯瞰視」する能力こそ、ラインハルトの天才の本領であった。
そんな、ラインハルトに師が課題を与えた。
「お前は、少し自分の才能に頼りすぎているところがあるな。一瞬で間合いを詰めるその足も、いずれは衰える。」
と言い、先の課題を与えたのである。
奇しくもラインハルトも同じことを考えていた。
師の動きは自分ほど速くない。それでも勝てない。技を返されるのならまだわかるが、どんなに全力で打ち込んでも打たれるのは自分だった。自分の速さは実は剣術に必要ないものではないのか?疑問を持っていたところだった。
「ごちそうさま。今日もおいしかったよ、シャルロッテ。」
ラインハルトが微笑みながら言うと、シャルロッテは決まって赤くなり俯きながら、「どういたしまして」とそっけなく言う。
「じゃあ、道場に行くよ。」
と席を立つと、
「ま、まってラインハルト。あ、あの、その、、、。」
「なんだい?どうかしたのかい?」
「あ、あしたは、塾はお休みでしょう?その、暇かしら?」
「暇ではないよ。稽古がある。」
「それはわかってるわよ!、そうじゃなくて、少し時間をもらえないかな?」
「どうしたの?」
「あす、ちょっと買い物に行きたいのだけど、その、付き合ってもらえないかしら?」
「いいよ。荷物持ちかい? 何を買うの?」
「い、いろいろよ!、じゃあ、明日ね、いい?」
「わかった。じゃあ明日。」
そう言ってラインハルトは道場に向かった。
お分かりのように、シャルロッテはラインハルトと町に行きたかっただけなのだが、ラインハルトは今も昔もそういうことには朴念仁である。
結局、その日は、課題の答えを見つけることはできずに、稽古を終了した。




