極秘指令
護衛として研究所に移動したのは、マリーローズ殿下の治療が始まった直後だった。
ある日、ジークフリートはベルン総長に直々に呼び出された。
ジークフリート・ミューラー大尉。所属は中央戦略機甲師団第一特殊大隊第三飛行兵中隊長である。
「ミューラー大尉、君は、元近衛大隊所属だったな。」
ベルン総長は、会うなりそう言った。確かに第五機甲師団に転属するまでは、近衛大隊に在籍していた。
「マリーローズ殿下の担当だったそうだが間違いないか?」
「はい、専属護衛ではなく、殿下担当チームの一員でした。」
「剣の腕はラインハルト・シュタイナー少佐に匹敵すると聞いているが?」
「それは間違いです。年少の頃から内弟子として同じ師に学んだ同門ですが、少佐は剣の天才です。しかも努力を怠らない方です。私は今まで少佐に剣で勝ったことはありません。ただ、少佐の稽古相手を務める技量があるのが私だけでしたから、それを評価していただいるのかもしれません。」
「うむ。充分だろう。」納得すると、ベルン総長は続けて言った。
「実は、マリーローズ殿下が存命されていた。病を得られており、現在、兵器研究所で治療をうけられている。君には、専属護衛として研究所に赴任し、任務に就いてもらいたい。」
「なお、これは極秘任務である。マリーローズ殿下の件については、一切の口外を禁ずる。良いかね?。」
ベルン総長は鋭い眼光で、ジークフリートを見つめ言った。
「委細了解いたしました。速やかに移動し、任務を開始いたします。」敬礼して答える。
「よろしく頼む。詳細はグーテンベルク将軍と調整してくれ。」ジークフリートは翌日、移動した。
~ ~ ~ ~
マリーローズ殿下は、全身を包帯で包まれ、昏睡状態だった。
ジークフリートは病室の中の一画をカーテンで仕切り、そこに自分の仮眠ベッドを準備してもらった。
マリーローズ殿下の件に関わる者は最小限にしたいとの意向で、護衛はジークフリートひとりで昼夜問わず護衛するためだ。
病室内に入るときは、白衣に着替えること、兵装は最小限にすることを条件に許可してもらった。
昼間は病室の扉外で警備し、夜はそこで仮眠を取りながら警護する。
病室入口の扉は夜間は施錠するので、開錠すれば寝ていてもすぐに気付く。
ただし、夜間巡回し、投薬状況を管理している看護人がいるので、来室するたびに起きて確認する必要があった。
なかなか忍耐力を要する任務であった。
そうして2週間ほどたつと、マリーローズ殿下が目を覚ました。当初は意識が混濁して、うっすら目を開けるだけであったが、1週間ほどすると少しずつ会話ができるようになった。
治療の合間を見て、声をかける。
「殿下、私は中央戦略機甲師団所属ジークフリート・ミューラー大尉と申します。殿下の専属護衛として、御快復あそばされる迄、御側にお仕えします事を、お許し頂きたくお願い申し上げます。」
マリーローズは、か細い声で答える。
「わかりました、ミューラー大尉。よろしく頼みます。でも、あなたは確か、昔も私の護衛でしたのではなくて?」
「はい殿下。殿下がまだ御幼少であられたときに、しばらく担当させていただいておりました。再び殿下の護衛任務を拝し、光栄の限りでございます。」
「そうでしたね。あの頃がなつかしい。。」と言いながら目を閉じた。また眠ったようだ。
それから、脚の壊死した皮膚の治療の為に外科手術なるものを受けたり、
「コロニー」で見つかった太古の薬の投薬を受けたりしながら、徐々に回復に向かっていった。
2か月程過ぎると、皇都からアレクサンドラ殿下が毎月お見舞いに来るようになったが、その後は決まって、マリーローズ殿下は何か考え込んでいる様子だった。
3か月目で、ほぼ全身の包帯が取れた。
美しい白銀の髪は肩くらいまでに短くなってはいたが、その美貌は昔のまま、エウロットの宝玉と言われたマリーローズ殿下そのものだった。
ただ、ジークフリートの記憶にあるマリーローズ殿下は、月光に例えられる玲瓏とした美しさを、やさしく穏やかな雰囲気が包み込み、得も言われぬ嫋やかで儚い情緒を醸し出していた。
しかし今は、玲瓏とした美しさをさらに冷気が包んでいるような、感情が感じられない、そんな雰囲気に変わっていた。
それからすぐに、歩行訓練など、身体機能回復訓練が始まったが、マリーローズ殿下の訓練に対する取り組み姿勢には関心させられた。
筋力は相当弱っていて、何をするのも辛いだろうに、全く泣き言を言わず、歯を食いしばり頑張り、ひと月後には歩行は問題なくできるようなっていた。
さらにそのひと月後には食事、着替え、入浴や軽い運動など、日常生活は問題なく送れる迄に身体機能は回復した。
そんなある日、唐突にマリーローズ専用兵装と飛行兵が準備され、ジークフリートは、グーテンベルク少将に内密に呼び出された。
極秘指令で他言無用だというその内容は、
マリーローズ殿下には出奔される計画があるようだ。随時そのことを念頭に入れ護衛を継続し、計画を実行された場合は、無理に止めたり、連れ戻したリはぜずにひそかに追尾し、頃合いを見計らって合流せよ。合流後は殿下の希望に従い、護衛として随伴し、定期的に状況を報告せよ。
高速移動装置、雷撃銃、飛行兵については、出奔までに最低でも殿下が自身の身を守れるレベルにはなるように教官として指導せよ。また出奔の際に、殿下が持ち出すものについては一切不問とする。
というものだった。
出奔の理由等の説明はなかったが質問はしない。理由如何によらず任務を遂行するだけだ。
ジークフリートはそう考えていた。




