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 儀式は中央教会で行われる。

 地下にこのための広間があって、リフェンナは約四百年ぶりにそこに足を踏み入れた。


 石造りの広間は暗く、夏でもずいぶんと肌寒い。

 蝋燭の火に照らされてぼんやりと浮かび上がった、床の葉脈のような気味の悪い模様こそ、リフェンナの師であったリットが残した不死の魔法陣だ。


 リフェンナとリーフィールだけでなく、女王も、大司教もいた。そこにもうひとり、魔法使いの男が立ち会った。魔法使いを置いておくのは、念のための決まりだった。


 外はもうすっかり夜で、祭りは最高潮の盛り上がりに近い。あの男は、きっと見回りで忙しくしているだろう。この儀式が終われば、リフェンナはすぐに王都を出る。


「リフェンナ」


 女王はヴェールを下ろしたまま、リフェンナを抱きしめた。


「あなたが幸せになれますように。わたしの大切な人」


 リフェンナも、女王を抱き返す。


「リーフィールをよろしく」


 女王から離れ、決められた位置に立つ。

 かつてリットが立った場所に自分が、自分が立った場所にリーフィールが立っている。不思議な感覚だった。


 歌うように呪文を唱えれば、次第に体から力が抜けて行って、ああ、自分は不死ではなくなるのだと、確かに感じた。


 魔法の使えない生活は、どんなものだっただろう。怪我を恐れ、病に怯える生活は。毎日ちゃんと食事を忘れずにいられるだろうか。

 不安ばかりで、しかし、なんとなく楽しみだった。


 儀式自体は長くかかるものではない。十分ほどの呪文を唱え終えれば、不死者の完成だ。リーフィールは実感がないようだった。最後に彼も、抱きしめておく。


「先生」

「なに」

「僕、先生と同じように、決めませんでしたよ」

「何を」

「不死をやめるきっかけ。僕も、先生と同じくらい、生きてやりますよ。絶対」

「バカだね。ほんと、おまえは、バカ弟子だよ」


 バカでいいですよ、と弟子は言う。本物のバカは、先生ですかね、と。

 確かにそうだと思った。笑うことしかできない。確かに、本物のバカは、リフェンナの方だ。


 女王がそっと近づいてきて、ヴェールを持ち上げた。その顔は、化粧をしていない。

 リーフィールを抱きしめたままのリフェンナにだけ見えるように、手に持った蝋燭を自分の顔に近付けて、女王は囁くように言った。


「この顔、覚えていますか」


 リフェンナは頷く。


「何度も見た顔よ」

「この火傷、覚えていますか」


 リフェンナは頷く。


「おまえが十二の冬、おまえの母に殺されかけたときの火傷ね」


 女王は、美しい笑みを浮かべた。その顔の右半分は、ひどい火傷の跡に覆われている。


「あなたが救ってくれた。あなたが、このヴェールを与えてくれた。あなたが、化粧の仕方を教えてくれた。使用人にすら見られたくないと泣いたわたしのために」

「そうだったかしら。よく覚えてないわ」

「あなたが覚えていなくても、わたしは救われたのよ。だから、あなたが好きなの。あなたは自分を好きな人なんていないと思っているようだけど……あなたに救われた人はたくさんいるわ。だから、あなたを好きな人も、あなたが思っている以上に、いるはずよ」


 それだけ言って、女王は蝋燭を吹き消し、ヴェールを下ろして離れていった。


 さよなら、と心の中でリフェンナは言う。

 もう二度と会うことはないだろう。王都からも、地位からも離れるリフェンナは、もう女王と会えるような身分ではなくなる。








 リフェンナは静かに揺られていた。

 王都からどこかへ移り住むのはこれが初めてだ。最低限の荷物だけを持って、最近急成長しはじめた鉄道に乗る。乗り心地は悪くなかった。リフェンナが乗ったこの夜の便は、夜行列車と呼ばれているらしい。ぎりぎりに切符を買ったものだから、寝台のある部屋は取れなかったが。


 リフェンナの隣に座ったのは、壮年の紳士だった。シルクハットがよく似合う。人の良さそうな感じではなかったが、ずいぶんと整った顔をしていたし、何より誰かによく似ていて、まじまじと横顔を見つめてしまった。


「何か」


 紳士がこちらを見ずに言う。


「あ、いや……。知り合いに似ているな、と思って。申し訳ない」

「いえ、それなら結構。言われ慣れています。私の体質のようなものですから、あなたもお気になさらず」

「……もしかして、呪いかしらね、その言い方じゃ」


 紳士は目を丸くしてこちらを見た。やはり似ている、と思うと同時に、しまった、とも思う。魔女であったときと同じように話してしまった。

 呪いの存在を知っているのは、ごくわずかな人間だけだというのに。


 つっこんで聞かれると困るなあ、と迂闊な自分にうんざりしていると、紳士はそこで初めてゆるく笑った。


「あなたに出会えてよかった。フィルストゥークです。あなたの旅と私の旅の途中まで、どうぞよろしく」


 差し出された手は女性的にも見えた。自分のものより大きなそれは、確かに男のものだとも感じる。

 少し、間。名乗るべきか否か。もう身分も何もないのだから、気にすることもなかった。紳士の手を取る。


 リフェンナは、四百年ぶりにその名を口にした。


「アンドーラ・レッツ・トワイニー。こちらこそよろしく」


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